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1話 落書き

 ───バキッ


 凄まじい金属音。僕は目を見開く。音の方を見ると、信号機が根元から倒れていく。その先には、僕のよく知る女の子が。


天羽(あもう)さんっ!」


 天羽さんが、迫り来る信号機に気付いたが、ただ立つ事しか出来ずにいた。


 ───ゴォォォォォン


 轟音が空気を切り裂く。重く、鈍く、金属音が爆ぜる。アスファルトの地面が揺れ、その振動と恐怖に耐えられずに僕は尻もちをついてしまった。

 次第に音が止む。

 きつく閉じた目を開け、見てみる。


「っ!」


 なぜか色を失った白黒の世界に、ゆっくり広がる黒。天羽さんが、信号機に潰されていた。




◆◇◆◇◆




石上(いしがみ)!」

「はぅ!?」


 急に呼ばれ、僕は頭を上げる。

 見慣れた教室。クラスメイトの皆が、僕を見て静かに笑ってる。黒板にチョークを置いた先生がため息をついている。

 また、やってしまった。僕は、授業中に居眠りしていたようだ。


「顔洗ってくるか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。あと少しだから頑張れ」


 そう言って、先生は黒板に向き直す。

 クスクスと笑いを堪える声が辺りから聞こえる。恥ずかしい。穴があったら速攻で入りたい。


「頑張れ〜。ぶくくく」


 ニヤニヤと笑いながら、前の席から振り向いてくるこの男子は、片桐(かたぎり)。幼なじみの親友だ。


「うっせえわ。頑張るから後でノート見せて下さい」

「お〜後でな」


 と。片桐は笑っていじってくるが、基本優しい。僕の勉強の半分くらいは片桐のお陰だと言っても良いくらい世話になっている。


「また、アレだろ?」


 ……せっかく褒めたのに。片桐が、また振り向いてニヤニヤしてきた。

 僕は返事をせず、片桐の椅子を軽く蹴る。片桐は変な笑い声をしながら、今度こそ前を向いた。


「……」


 ふと、見る。

 廊下側の列で、黒板に一番近い席。前を見ると視界に入る斜め前に、その女の子はいる。

 栗色の長い髪に、陽光が均一に反射して美しい。椅子の背もたれに掛かっているが、1本1本がサラサラと流れるように軽い質感で垂れている。しかし前髪の両端は黒い無地の平らなヘアピンで留めていて、授業の妨げになっていない。そうして下を向いて集中してノートに書き、顔を上げて黒板を見つめるその艶やかな眼差しに、幼さがありつつ大人びた顔立ちが窺える。

 天羽(あもう)花恵(はなえ)さん。

 同じ高校に入ってから初めて出会った。誰にでも愛想が良く、仲が良い訳でもない僕にも挨拶をしてくれる子だ。でも、僕から話しかける勇気が持てず1年が過ぎてしまった。

 2年生の今年から同じクラスになって、早1ヶ月。僕は、天羽さんの髪の美しさと、勉強に集中する横顔を見つめる事で、満足している。授業中、この教室、この席の角度で、好きなだけ見つめても気付かれない、奇跡が重なったこの瞬間が好きだ。正面から顔を見たい気持ちもあるし、名前を呼ばれたいし、その髪を撫でてみたい。けど、そんな勇気は僕には無いし、間違いなく僕の心臓がもたない。だから、良いんだ。そんな小さな幸せで満たされているのが、僕の日常だから。

 ───でも。今日は、いつもの幸せな気分になれない。変な夢だった。色が白黒で、妙にリアルで、天羽さんが……うん、止めよう。気分が悪くなる。授業中に居眠りした僕に誰かが天罰を下したんだろう。そう言う事だと思うようにして、授業に集中しておこう。


「…ん?」


 そう思ってノートをめくる時。僕は、左手薬指の爪に、黒色の落書きがある事に気付いた。

 55m、と書いてある。何のメッセージだろうか、心当たりを考えても浮かんでこない。


「片桐」

「ん、何だ?」

「片桐だろ? 僕が寝てる間に落書きしたのは」

「…は?」

「どうせやるなら、もっと面白い事を書いてくれよ」

「ちょい待ち。マジで何の事?」

「え? 片桐じゃないの? この、落書き」

「落書きぃ?」


 その爪を見せる。しかし、片桐はため息を一つ。頭をぽりぽり搔いて。


「落書きなんて無ぇんだけど。まだ寝ぼけてんなら、寝とけ。ノート見せてやっから」


 いつも以上に優しくそう言って、片桐は前を向いた。

 落書きなんて無い? 嘘だろ、こんなにハッキリ書いてあるのに。油性ペンで書いてあるみたいで、擦っても消えそうに無い。この54m……

 54?

 どういう事だ。さっきは55だった。数字が変わってる。誰かが書き直した訳じゃない。

 何か、普通じゃない事が起きているのか?


「よし、問題をやるぞ。1分後に答え合わせだ。始め」


 いやいや、授業どころじゃない。とりあえず教科書を見ても、やっぱり気になる。左手薬指の爪だけ。他の指や、右の指は……無い。


「はい、1分」


 先生が言うと。54mが、53mに変わった。

 見てしまった。1分経って数字が減った。

 ……1分。もしかして、mって……。

 確かめるべく、1分間数字を見続ける。秒数を心の中で数えながら。

 30……40……50……。

 すると、60秒数えた所で、変わった。

 52m

 これは、時間なのか。分は英語でminutes。つまり、あと52分経過すれば、数字はゼロになる。

 それなら、ゼロになると何が起こるんだ?

※高校2年生という補足を追加しました。

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