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異世界を生きる僕らへ  作者: パーカー被った旅人さん
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06 自分の変化には気づかないもの

 叶エピソードその2です。

 見たこともない街が夜空を煌々と照らしながら炎上している。その中心に鎮座しているのは、全身を黒い粒子に覆われ、所々から黒い泥のようなものを滴らせている一体の怪物だ。


 地面に着いた黒泥からは、似たような怪物が次々と湧き出てくる。怪物の軍勢は勢力を広げ、街を飲み込み続けている。規模は想像もつかない。


「ガアアアオオオオオォォァァァァァ!!」


 怪物が咆哮した瞬間その足元で爆発が起き、続けて地面の黒泥が連鎖して燃え上がった。一瞬の間に建造物がいくつも吹き飛び、街の破壊が進む。


「………!!」


 上空から見下ろしていた自分の方を怪物が見た。目も顔もあるか分からないのに、見られたと感じた。


「ガアアアアアアァァァァァ!!」


 ()()()()()が同時に開き、再び背筋を震わせる咆哮が響き渡る。それを最後に、意識が遠のいていった。



   ◇ ◇ ◇



「起きた?」


「……………はぁ、二日目からなんて夢だ。予知夢じゃないことを祈る」


 目を開けると傍らから声がかかり、そちらを向くと青髪の少女が目に入る。


「おはよ、セイラ」


「ん、おはよう」


 セイラ・グランザム。叶が転生してきて、エレインを除けばこの世界で最初に出会った人物。魔界の王らしいアルザストという人物の配下で、驚異の戦闘能力を持つ魔族の少女。


「ごめんな、夜通し見張っててくれて」


 昨日の昼にサイファルア王国から逃亡し、陽が沈むまでの間セイラの指す方角に飛び続けた結果、だだっ広い平原のど真ん中で野宿をする羽目になった。


「大丈夫。慣れてるから」


「その年齢で野営に慣れてるってスゲェけど………まあ俺が言えた話でもないか」


「魔族の寿命は人間の五倍ある」


「おっとぉ女性に年齢の話はタブーだぜ? 俺を殺す気か?」


 危うく大地の祖母に海翔の巻き添えで躾けられた鉄則を破るところだった。破ろうものなら海翔と信乃にどんな目で見られるか分からない。


「人間族とは価値観が違うから大丈夫」


「そんなもんなのかね。そういや、この世界じゃ俺たち…一般的な人類のことは人間族って言うんだな」


 立ち上がって伸びをすると、地平線の向こうに見える山々から半分ほど顔をのぞかせた太陽が目に入る。ここまで広大な平原は、初めて見たどころか元の世界にあったのかすらも分からない。


「人間界は神に捨てられた世界だから」


「捨てられた?」


 不穏な響きを持つ言葉を発したセイラは焚火にかけている鍋をかき混ぜている。さっきから漂ってくる甘い香りの正体はその中身らしい。


「私にもよくわからない」


 膝を抱えて頭からフードを被っている姿は、やはり容姿相応というか、アルバムの中にいる信乃のような子供らしいあどけなさを感じる。


「なんか失礼なこと考えたでしょ」


「気のせい気のせい」


 初めて会った時よりはかなり打ち解けてくれたようだが、妹が増えたような感じがする。ムスッとした表情と一緒にセイラが差しだしてきた椀の中には白色のシチューのようなスープが入っていた。


「サンキュ。鍋もそうだけど具材もろもろとかどっから出したんだ?」


「魔法でちょちょっと」


 そう言いながらセイラは、敷物だとばかり思っていた傍らの紙に描かれた魔法陣の上に手をかざし、次の瞬間にはどこからともなく魔法陣の上に現れたスプーンを渡してくる。


 今度はこちらがジト目を向けると、してやったと言わんばかりにどや顔を向けられた。


「冷めないうちにどうぞ」


「………ありがたくいただくよ」


 お椀の中身は予想通りクリーミーなシチューだった。



   ◇ ◇ ◇



 サイファルア王国を脱出して一夜明け、叶とセイラは世界の端を目指している。『端』と言ったが、この世界は、いくつもの円盤状の平らな世界―――フラットアーサーが描いた地球のような世界が繋がってできているらしい。


「パンケーキみたいな感じか?」


「ぱんけーき?」


「分かんないならミルフィーユ」


「それも分からない」


「なんかこう……層状になってるのか?」


「それもちょっと違う」


 セイラにも『繋がって』の詳しい部分は分からないらしい。


「父上…魔神王閣下なら多分分かる」


「神様なんだっけ? 聞きたいこともいろいろあるな」


「もう神様じゃない」


「ん?」


 セイラの声の調子が変わった。フードとマフラーで表情はよく見えないが、俯いてずかずかと歩いていく辺り何か気に入らないようだ。学校で嫌なことがあった時の海翔や大地に似ている。


「……あの街は?」


 そのままセイラに追随して歩き続けること小一時間。永遠に続いていそうな平原に点在している森林の陰から、巨大な城壁を備えた街が現れた。街の近くにも何やら攻城台のようなものが数本立っている。


「人間界の第一商業都市モレリア。私の荷物が隠してある」


「商業都市か……情報も集まってそうだな」


 この世界に転生してきてはや二日。セイラがいるとはいえ、片時も傍を離れなかった家族たちがいないのがここまで心の平穏をかき乱すものだとは、予想はしていたがあまり長くは耐えられそうにない。


「……メンタルも随分と弱くなったもんだ」


「仲間探しならやめておいた方がいい」


「なんでっ!?」


 こちらを見もせずにさらりとそう言ってのけたセイラに思わず大声を上げる。


「ここはまだサイファルア王国の領内。あなたが探しているのは転生者の仲間。まず間違いなく王国の諜報機関の耳に入る」


「ぐっ……!!」


 そう言われればそうだ。洋画でも、主人公と同じ人物を探している存在の情報が、情報屋ご本人から明かされるのは鉄板過ぎる。助けてもらっている身でこれ以上セイラに迷惑をかけるわけにもいかない。


「魔神王に合うまでの辛抱だっ……!」


 泣く泣く情報収集を断念している叶を、セイラはじっと見つめている。


「情報を集めるのはダメだけど、情報をバラまくならいい」


「ん?」


「街を出るとき、私だけ先に出て世界の端に向かう。叶は街中で大暴れしてから逃げる」


「おおっ、それなら………いやしんどいかもな」


 叶はまだ権能に馴染めていない。創造神の力だと言われたが、何かを作るもしくは思った通りの現象を引き起こす能力、ぐらいにしか考えていない。


 尤も魔力とやらが尽きない限りはアニメだろうがラノベだろうが魔法をパクりまくって再現できるので、外れ無能枠というわけでもなさそうだ。転生させられてまで半ば無理矢理引き継がされた権能がそんな枠だったら前任者をぶん殴りたくなる。


「弱いわけじゃないが………はぁぁ、先代は何で俺を選んだんだ…」


 世界を背負うなどという大それた使命はさておき、この世界においてGM同然の能力を与えられたのがよりにもよって自分ということにため息をつきたくなる。大地や海翔なら、あの時サイファルア王国に現れた刺客たちを全員まとめて叩きのめすぐらい訳はないだろう。そのまま国家制服でもやらかしそうではあるのだが。


「選んだって何の話?」


「魔神王のとこ着いたら教える」


 正直、創造神の権能の継承だのエレインから聞いた大きな戦いだのの話をできる程には、まだセイラを信頼できていない。まだ会ってから2日だ。セイラの父親に会えばその辺りを明かしても大丈夫だろうが、一応距離は空けておこう。


 パーソナルスペースは広く浅くに限る。



   ◇ ◇ ◇



『人間界に3つほど存在する物流の中心地である商業都市の一つ、モレリア。世界の端にほど近いこともあり、他世界からの訪問者も後を絶たないかなりの大都市。規模でいえば人間界の一級都市であるカロンやニューオーレンに迫るほどであり、抱えている戦力も一国の軍隊に匹敵する。

 楕円形の城壁の中には九世界を代表する大商会が保有する倉庫や商業施設が所狭しと並び、大通りを歩けば文字通り『大体何でも手に入る』。人間界の特産品から龍界の名匠が打った武具、機兵界の便利な道具まで、目当ての品が見つからなければ中心の案内所に出向けばよい。

 九世界全土にまたがって活動している冒険者ギルドのうち、人間界の本部もこの街にあり、屈強な冒険者たちのたまり場にもなっている。サイファルア王国の領内にありながら自治が認められているのは彼らの存在も大きい。彼の高名な宮廷魔導士『水帝』でさえ、ランク10のメイジを相手にしたくはないだろう』


「なあセイラ、冒険者ギルドってなんだ?」


 モレリアの入り口、西側の門の検問所に置いてあったパンフレットのような薄めの本をぱらぱらとめくりながら隣を歩くセイラに声をかける。


「冒険者たちに依頼と報酬を与える機関」


「の本部がここにあるんだ」


 ゲームや異世界物のライトノベルではお馴染みの組織だが、この世界でもその役割は変わらないらしい。確かに先程から剣や槍のような武器を持った屈強な戦士たちや、杖を携えた魔法使いのような人々が通りを行き交っている。なんとも活気のある街だ。


「将来食い扶持に困ったら冒険者にでもなるか」


 元の世界では学校の教師を目指していた叶だが、ファンタジー職業にはどうしても魅かれてしまう。


「『そんな冒険者たちを支えるための文化も発達しており、特筆すべきは鍛冶産業と魔道具制作業だろう。尤も、この街の印象から言えば前述した2つよりも色街の存在が大きい』………え色街あんの?」


「カナエサイテー」


「まだ何も言ってないんだが」


 色街と言えば確かに大きな異世界要素の一つだ。この小綺麗な街にそんなものがあるとは思えないが、あってもなんらおかしくはない。


「くっ、俺の中の男のロマンが鎌首をもたげそうに……!! いやダメだ俺にはエレインが!!」


 一瞬でも興味を持ちそうになった頭をブンブンと振って煩悩を追いやる。すべてから隔絶されたあの空間で出会った笑顔の眩い少女をほったらかしにして現を抜かすわけにはいかない。


「婚約者でもいるの?」


「そんなんじゃないけど、絶対俺のものにするって決めてる娘がいる」


 我ながらあの短い時間でよく恋に落ちたものだ。前世でも縁はなかった恋愛という代物に、死後に巡り合えるとは思ってもみなかった。


「ストーカー?」


「ちげーよ、さっきから扱いが酷いな。エレインこそ婚約者とかいるのか? 立ち位置的には魔界の支配者の娘なんだろ?」


「いない。お父さんが『結婚相手など俺が決めることではない。自分で心に決めた者を連れてこい』って」


「いいお父さんだな。じゃあその心に決めた人は?」


「………いない」


「ふーん」


 微妙な間が空いた。いるらしい。『思考読解』で覗いてやろうかと思ったが、後々信乃辺りに鉄槌を下されそうなのでまたの機会に期待しておく。


「着いたら魔神王に聞いてみるかな~」


「………ッ!!」


 歩くスピードを速めながらセイラの横を通り過ぎるときにそう言ってみると、五歩ほど歩いてから後頭部に木の水筒が直撃した。



   ◇ ◇ ◇



 恋バナに疎いらしいセイラの機嫌を直すのに夕方までかかった。セイラが荷物を隠しているらしい宿に荷物を預け、大通りの露店で買った串焼きをベンチに座って食べているときにはもうジト目を向けられることはなくなっていた。


「明日の朝日が昇ったら起きて。冒険者たちがこの街を出発するのに紛れて街を出る」


 あと絶対に私の部屋に勝手に入って来ないで、と念押しをされて目の前で勢いよく閉まったドアにやっぱり妹が増えた気分を味わったのは宿での1コマ。


「『座標転送』」


 テーブルの上にあった木製のカップが、パキンッ、という小さな軽い音と共に消え、叶が座っているベッドの上に現れた。


「はあああああ、やっと掴めてきた」


 部屋に戻ってからはずっと権能の使い方の練習をしている。『座標転送』はとあるアニメの魔術師が使う魔法の一つで、何度か使った『空間束縛』や『思考加速』『思考読解』と同じ作品からのパクリ、もとい借用だ。叶は勝手に『四字熟語シリーズ』などと呼んでいる。


 同シリーズには鋼鉄の壁も数秒で焼き尽くす『紅蓮地獄』やあらゆるものを距離硬度無視してぶった切る『絶対斬撃』などがあるが、今は使いどころがなさそうだ。


「でもやっぱ緊急の避難方法はいるよな」


 転送の射程圏内は無限、大きさは消費する魔力量に比例、『一度訪れた場所にしか転送できない』という制約付きだが、いざとなったらセイラを逃がす手段ぐらいは確保しようと思い、練習を始めた。


 未だにこの世界での魔族の立ち位置が分からないが、もし捕まったとしても魔族というだけで即処刑されそうになっていたセイラさえ逃がせば、同じ人間族の叶はどうにかなるかもしれない。


「しっかし……神に捨てられた世界かぁ」


 セイラの話が頭に引っかかる。魔界には魔神という神が居り、魔族はその恩恵を受け魔力が増大した種族だとも言っていた。ならば人間族は何故神の恩恵を受けられなかったのか。人間界を治めていた神は誰だったのか。


 もし人間族が恩恵を受けていたのなら、それは何の恩恵なのか。


「クソッ」


 考えても埒が明かない。我らが参謀の奏汰やラノベ&科学オタクの大地の方がこの手の話は得意そうだ。改めて話をするためにも、一刻も早く彼らと合流したい。


「………ん?」


 第六感に奇妙な感覚が走り、うなじがピリつく。窓を開けて外を見てみるが、街の中央の方が騒がしい。何やら大きな火も上がっている。


「うっし」


 椅子に掛けてあったローブを手に取り、部屋の外へ出る。一つ隣がセイラの部屋だ。


「ノックしてもしもーし!」


「んぁ?」


 ノックすると、寝ぼけたような返事が聞こえた。寝ていたのなら悪いことをした気がする。昨晩の見張りもさせてしまったし。


「セイラ! ちょっと街が騒がしいから見てくる!」


「………わたしも行く」


 扉越しにやはり寝ぼけた声が聞こえたことで申し訳なさメーターが振り切れてから約1分後、目に馴染んできた紺色のローブとマフラー姿のセイラが、短剣2本を腰に差しながら部屋から出てきた。


「あの方向は冒険者ギルドの本部がある方」


 セイラも窓から外の景色を見たらしく、訝しげな表情を浮かべて通りを疾走している。叶は権能で少しだけ足の速さを上げているが、セイラはデフォルトでオリンピアンより速そうだ。


「遠くから見るだけ。何かあったら今夜中に逃げる」


「おうおう、無駄な戦闘はするべからず」


 そのまま裏路地を駆け抜け、街の真ん中に通る大通りに飛び出した。昼間と違って人気はほとんどない。


 というかセイラがついてきていない、と思って振り返ると、丁寧に路地から顔だけを覗かせて様子を見ていた。勢いに任せて飛び出した叶の方をじっと見ている。


「………」


「すいません調子乗りました」


 通りのど真ん中でとりあえず腰を折っておく。セイラは小さく鼻を鳴らすと、そのままスタスタと通りを歩いて行った。叶も急いでついていく。


「ん?」


 しばらく歩くと、街の中央の広場で大きな火の手が上がっているのが見えた。大勢の人々も集まっているが、大半が冒険者のようだ。


「行こう」


 先に駆けだしたセイラを追って、再び叶も走り出した。近づくにつれて人々の叫び声が聞こえてくる。


「わっと!!」


 突然セイラが急ブレーキをかけて立ち止まった。声をかけようとして、セイラの目が大衆の中心に向けて見開かれているのに気づいた。


「もっとだ!! もっと燃やせ!!」


「骨まで焼き尽くせ!!」


 叫ばれている内容から、何かを燃やしているのは見当がつくが、一体何………










「死ね!! 薄汚い魔族が!!」


 瞬間、権能を使って高く飛び上がっていた。大衆の中心には、大きな丸太で組まれた燃え盛る十字架。そしてそれに張り付けられているのは、





「何やってんだああああああああああ!!」


 叶よりもずっと小さい子供だった。


 魔法で水の球を無数に作り出し、十字架目掛けて乱射する。子供が掛けられた処刑台はあっと今に鎮火され、民衆にどよめきが走る。


「権能行使ッ!! 『衝撃波(ショックウェーブ)』!!」


 気づかれる前に人の輪の中心に半ば突っ込む勢いで着地し、正面方向にサイファルア王都の街並みを破壊した衝撃波を発射する。大通りを混乱が襲い、人々や建物が見境なく吹き飛んだ。


「大丈夫か!!」


 子供を縛っている縄を念じて切り落とし、落ちてきたところを受け止める。服は焼け焦げ、皮膚がただれている。


「『パーフェクトヒーリング』」


 治癒の魔法が咄嗟に思いつかなかったため、それっぽい言葉を発して『治れ』と念じると、子供を抱きかかえる叶の両手から翡翠色の光が流れ出て子供の身体を包み込む。光が晴れると、傷一つついていない綺麗な姿の子供が出てきた。


「燃やし尽くせ!! 『ガルヴァ』!!」


 気を失ったままの子供を抱きかかえると、横から炎の魔法が飛んできた。睨みつけて『消えろ』と念じると、衝突する直前で熱波を残して消滅する。


「『黙れ』ぇ!!」


 体内の魔力を喉に送り込むイメージをしながら声を発すると、魔力によって強制力を持った言霊となった叶の一言が、周囲の冒険者の喉を絞める。叶の方も負担は大きく、一瞬息が止まった様な感覚がして咳き込むと、口から鮮血が噴き出した。


「ゲッホォッ!! ………『ヒーリング』」


 潰れた喉で再び治癒の魔法を自身にかける。ふらついていた視界がはっきりしてきた直後、背中と後頭部に衝撃を受け、正面方向に吹き飛ばされた。


「うっ!!」


 子供を抱きかかえて体を盾にし、正面の商店に突っ込んだ。体のあちこちに熱い痛みが走る。視界が再度ぼんやりしている。


「『魔力障壁』…『ヒーリング』」


 視界の端にちらりと見えた赤い光に危険を感じて魔力の壁を展開し、すぐ近くで爆発音が轟くのを感じながら再度治癒の魔法を使う。


「はぁっ………はぁっ………」


「突然現れて魔族を庇ったと思えば、一般人のガキだぁ? どっから来やがった」


 魔法の嵐に耐えられなかった魔力障壁がガラガラと崩れ落ちていくのを見ながら息を整えていた叶の前に、巨大な剣を背負った男を先頭にして、大勢の冒険者たちが現れる。


「どーも、ただの旅人だよ」


「ただの旅人が治癒魔法を詠唱も魔法陣もなく使えるわけねぇだろ。テメェ、さては権能持ちだな?」


 顔や二の腕に無数の刀傷があるその男は、叶を値踏みするような視線でじろじろ睨みだした。


「見たところ人間だが、権能持ちには異端思想者や犯罪者が多いって話だ。テメェも魔族に肩入れなんかして………」


「るっせえぇっ!!」


 叫び、軋む体に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。


「魔族魔族魔族って、この子供が何をしたぁっ!! 魔族を恨むなら、魔神王を殴りに行くぐらいの気概を見せろカスども!!」


 憤怒が言葉となって溢れてくる。元の世界で人間の負の側面を散々見てきたとはいえ、この世界の人々がここまで腐っているとは思わなかった。


「きれいごとばっか口先で言いやがって、テメェら全員人ですらねぇ!!」


「このガキっ………!!」


 先頭の男のこめかみに青筋が浮かび、周りの冒険者たちも武器を構えてじりじりと寄ってくる。


「舐めたこと抜かしやがって。もういい、テメェも魔族だ。ぶっ殺してやる」


「やれるもんならやってみろ。俺こそ人間だ、それを証明してやる」


「ぶっ殺せ!!」


 叶が中指を立てて最後の一言を発した瞬間、魔法使いたちが一斉に魔法を放ってくる。手加減なし、街ごと吹き飛ばす勢いだ。


「障へ…」


 しかし、叶が右手を前に突き出して魔力障壁を展開しようとする直前、その正面に小さな影が割り込んだ。


「喰らい尽くせ」


 聞き覚えのある声が響き、叶を飲み込もうとしていた炎、氷、風、雷など多様な魔法の嵐が逸れ、目の前の人影に吸い込まれていく。衝撃波がそのローブを大きく揺らし、サファイアを織り込んだような深い蒼色の髪がフードから溢れ出る。


「セイラ………」


「………ごめん」


 すべての魔法を吸い尽くして、こちらに背を向けたまま冒険者たちの前に立ちはだかるのはセイラだった。表情は見えないが、その口から発せられたのは謝罪の言葉だった。


「あなたがその子を助けた時、私は動けなかった。閣下の命令を優先することを言い訳にして、その子を助ける選択を捨てようとした」


 セイラが腰に差さっている2本目の短刀に手をかける。


「あなたのことも疑ってた。転生者だからって調子に乗って、どうせ人間族と変わらないだろうって」


「調子乗ってたのは申し訳ない」


「でも」


 セイラがこちらを振り返った。マフラーが外された素顔は心なしか、これまでのセイラよりも自身の漲った表情を浮かべている。


「あなたは少なくともこいつらとは違う。だから………ありがとう、カナエ。その子をお願い」


 セイラが右目を隠していた眼帯の紐に2本目の短刀を当て、切り落とした。そのままゆっくりと冒険者へと向き直る。


「我が名はセイラスティア・グランザム。魔神王アルザストの第一子にして、魔神王軍第五将を担う者!!」


 恐らくセイラの右目を見たであろう冒険者たちが一歩退き、続く口上を聞いてさらに後ずさった。


「我が世界の民を辱め、嬲り殺しにしようとした貴様らに対し、魔神王の名をもってここに裁定する!!」


 セイラが新たに抜き去った短刀を、右手で左肩に担ぐように構える。剣や短剣の構えではない。言うなれば、斧や槌を振りかぶるような姿勢。


「天龍の翼は滅びを散らし、後に残るは灰都の情景。其の身は未だ孤独のみを知る」


「なっ!! 止めろォ!!」


 次にセイラが口走った内容を聞いた瞬間、冒険者たちが慌てて魔法を放とうとした。しかし、そのどれもが先程と違って形にならず、杖の先に出現した瞬間に消えてしまう。


「天龍剣、壱ノ奥義『崩壊天翔』」


 静かに短刀が振り切られた、その刹那だった。


「ぐっ!?」


「ぐああああああぁぁぁぁっっ!?」


「なんっ………!?」


 冒険者たちに異変が起きた。体が崩れ出している。砂の塊が流水に溶けていくように、紙が燃えて灰と散るように、血も流さず、止める間も与えず、30名ほどの屈強な戦士たちが消滅していく。


「どうなってんだ?」


「『崩壊』。私の奥の手」


 こちらを振り返ったセイラは、片手で右目を押さえている。


「ごめん、右目(こっち)で見たらカナエもああなる」


 ああなるとはどうなるのか、言わずとも察せられる。


「殺しはしない。途中で止める」


「随分とグロいな」


「全部やっちゃった方がよかった?」


「いや別に。あれ痛いのか?」


 付近は絶叫する冒険者たちで阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているが、痛みというよりは自分の身に起きた現象への驚愕で叫んでいるように感じられる。


「痛くない。でも感覚はあると思う」


「ふーん、治らなさそうだな」


「治らないよ?」


 『崩壊』とかいう物騒な存在、もしくは現象によって体を失ったまま生きていく冒険者たちに同情こそするが、すっきりした気分の方が強い。叶自身、随分と人間の心を失ったものだと改めて気づかされる。


「自業自得だ。セイラ、とっとと逃げよう」


「ん、その子は先に……」


 叶が権能で作り出して渡した眼帯を目につけながら、もう片方の目で子供の様子を確認したセイラが顔をしかめる。


「セイラよりも小さいな」


「この子……炎帝領の子供」


「え覚えてんの?」


「炎帝の加護を受けてる民は、髪が一房赤くなる」


 言われてから見れば、子供のこげ茶色の髪の中に、一部分だけ後から染めたような赤い髪がある。


「ん、この刺青が奴隷の印」


 ボロボロの衣服からはみ出すほどの大きさの焼印が、子供の右腕についている。


「後で治そう」


「ん………誰か来た」


「敵か?」


 瓦礫と化した建物から一歩外に出たセイラが、再び身構える。通りの奥から走ってくる人影が見えるが、遠すぎて誰かは分からない。


「敵なら一撃お見舞いしてすたこらさっさだ」


「………」


「セイラ? どうし………た………」


 振り返ると、セイラが目を見開いて立ち竦んでいた。



 胸元が血で汚れている。




 否、





「ごぽぁっ………!」



「………あ?」


 ジワリと血痕が広がる。


 セイラの口から先刻の叶の比ではない量の血が噴き出た。


「なんかこう、何て言うのかなぁ」


 膝をついたセイラの背後、血で濡れた短剣(ダガー)を引き抜いた人影が刀身を舐める。


「粛清、虐殺、殺戮…うん、殺戮だ」


「しっ………」


 心臓付近を貫かれたセイラが倒れた瞬間、叶の右腕が動いた。手で銃の形を作り、引き金を引く。


「ワォ!! すごいすごい!!」


 乱入者のなびく髪を不可視の弾丸が撃ち抜き、戦闘が始まる。抱きかかえていた子供をやや乱暴に地面へ下ろした叶が、前へ進みながら次々と権能を使う。


「ほらぁ、がんばれがんばれ」


「権能行使ッ!!」


 紫色の鎖が四方八方から伸びて乱入者の四肢を拘束する。ぎょっとした表情の敵目掛けて、再び指先を向けた。


「撃ち抜けぇぇぇぇぇっ!!」


 指先に一瞬で電撃が収束し、音速を超えるビームが発射される。


「『身代わりの術』!」


 直後、跡形もなく消し飛ばしたはずの敵が真横から突っ込んできた。


「がっはぁっ!!」


「ニャッハー! 残念だったねぇ」


 飛び蹴りをもろに受け、車に轢かれたような感覚に襲われる。


「はぁっ…『ヒーリング』」


 再度治癒の魔法を使おうとしたが、叶自身ではなく傍で倒れているセイラを先に治療する。体が小刻みに動いているので死んではいなさそうだが、如何せん出血が多い。


「ふうっ!!」


「ワオッ! 治癒が使えるってのは本当だったんだ!」


 セイラを治療したことを気取られないよう自身に治癒は使わずに、悲鳴を上げる体に鞭を打って立ち上がる。そして改めて敵を真正面から睨みつけた。


「そんなに睨まないでよう、ファリンちゃん困っちゃう」


「呪印の相、弐行の鬼」


 いちいち気に障る言動の敵に一切の手心を加えず、全力で殺しにいく。


「傷痕は害成す者に還りて『反響の唄』」


「ごっはぁっ………!!」


 余裕の笑みを浮かべていたファリンという名らしい女の口から血が噴き出す。『呪術師』という役職のキャラクターの能力『還し』だ。受けたダメージやデバフ、行使中の技などを反射することができる。今のは心臓を刺されたセイラの分だ。


「あ゛ぇ゛………何゛で゛っ………」


 その場に蹲った女を捨ておいて、セイラの下に駆け寄る。心臓の傷は消えていたが、まだ顔色は悪い。


「セイラ、大丈夫か」


「………ん、なんで?」


 片手でセイラを治療しながらもう片方の手で権能を使うと、道路に寝かせていた気を失った奴隷の子供が空中に浮かんで飛んできた。


「受けたダメージ相手に返した。この子連れて逃げてくれ」


「カナエは?」


「暴れる」


 どうせ先程の冒険者たちとの一戦で王国の連中の耳にも届くだろう。なら限界まで暴れるべし。


「すぐに追いつくから………」


「あのさぁ、そろそろいいかな」


 背後から聞こえた声に悪寒が走り、勢いよく振り向く。倒したはずの女が気色の悪い笑みを浮かべて瓦礫の上に座っていた。


「人間のくせに魔族と………」


「『動くな』!!」


 言葉に魔力を乗せて飛ばし、一瞬体が硬直したファリンに向かってセイラが跳ぶ。


「シッ!!」


「まったく」


 しかし、首筋に短刀を叩き込む寸前、セイラに向かってとてつもない速度で何かが飛来した。間一髪短刀ではじいたセイラが地面に転がると、身動きを捕れずにいるファリンの背後からさらに二つの人影が現れる。


「貴女が一人で十分などというから」


「ニャッハハー、ごめんごめん」


「もういい、レスタ。今に始まったことじゃない」


 弓を構えた細身の男性と2本の直剣を持っている長身の女性が、炎上する街並みの明かりの下に姿を現した。叶の目でも分かる。先程までの烏合の衆とは格が違う。


「それでどうするんです、ヴァニス?」


「………変わらん。魔族は滅殺、人型の魔物は叩き潰してギルドに提出する」


 背後から声が聞こえた。その瞬間には、全身を白銀色の鎧で包んだ大男が肉薄してきていた。


「『反響の唄』!!」


「むっ?」


 叶の頭よりも大きそうなガントレットが顔面に打ち込まれる瞬間反射の壁を展開するが、飴細工のように一撃で叩き割られた。向こうはその一撃で仕留めるつもりだったのか、防がれたことに驚いて固まっている。


「『動くな』!!」


 そのまま硬直させつつゼロ距離で魔力をため、指先に送り込む。辺りの地面に青白いスパークが迸り、


「撃ち抜けぇぇぇぇぇぇっ!!」


 再度極光が夜空を照らした。


「セイラ!! 今のうちに…」


「なかなか効いたぞ」


 辺りに立ち込めた煙の中で後方のセイラに手を伸ばすが、抱きかかえていた奴隷の子供共々姿が見当たらない。嫌な予感がした直後、低い声が聞こえ、強風で煙が晴れた。


「てめっ………!!」


「おっと、動くな」


 数メートル離れたところでセイラの首を片手で締め上げているのは、極光に飲まれた大男だ。


「何者だお前っ………!!」


「先に名乗ったらどうだ? 俺の機嫌を損ねればこいつは死ぬぞ」


 セイラの首を絞める籠手に力が入る。セイラは既に気を失っているのかピクリともしないが、それでも腕の中に奴隷の子供を強く抱きかかえている。


「………カナエ、権能持ちの人間族だ」


「ふん、人間族が何故魔族などの味方をする?」


「そうだそれだ!!」


 自身を蝕むほどの憤怒によって叶の権能が暴走し、辺りに風が吹き荒れ、黒い雲が上空に集まってくる。全身から炎と雷が立ち昇り、ローブを焼き焦がしていく。


「魔族だからどうした!! 俺の両親は人間に殺された!! そいつらもお前らもやってることは変わらねぇ!! 何度でも言ってやる、俺こそが人間だ!!」


「………やれ」


 死神のような出で立ちの叶を前に臆した様子もなく、目の前の男はため息をつく。そういえば他の仲間はどこに………


「虎月二刀、壱ノ奥義『烈掌斬』」


 左足に熱を感じた。目を向けると、太ももから下が切り飛ばされて飛んでいくところだった。熱さから数コンマ秒遅れて、ここ数年は感じなかったほどの痛みが押し寄せてくる。


「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


「はいはい静かに~」


 前に姿勢が崩れかけた時、顎に衝撃が走った。何が起きた? 感覚的には蹴られたかもしくは………


「星よ、影を縫い留めよ」


 何か早いものが風を切る音がする。後ろに倒れそうになったが、突然体が動かなくなった。足の痛みが増す。熱さはさらに増す。


「あああぁぁぁぁっっっ!! 『パーフェクト………」


「ダメ―」


 口に何かが突っ込まれる。行き場のなくなった魔力が消えていくのが感じられる。


「よし、一旦止めろ」


 痛い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い………意識が遠のいていく………セイラはどこに……早く治癒を…………


「最後にチャンスをやろう、この魔族を殺せ。お前なら今の状態でもできるだろう。そうすれば治療してやる」


 うっすらと開いた眼の先にセイラの青い髪が見える……手を伸ばせば届きそうだ………手を伸ばせば………


「『座標転送』」


 近くでパキンッ、と甲高い音がして、セイラの青い髪が視界から消え去る。


「………死ね」


 視界が暗くなった。



   ◇ ◇ ◇



「……ふん」


「うおおおおおおお!!」


 ヴァニスの正拳突きが炸裂し、ぐしゃりと鈍い音を立てて少年を吹き飛ばした。ゆうに二十メートルは飛んだ少年は幾つもの露店をなぎ倒し、大音響と砂煙を伴って八百屋に突っ込んだままピクリともしない。周りで集まってきていた冒険者たちが歓声を上げている。


「ありがとうございます、ヴァニス様」


「いや、あんなのはよっぽどのやつじゃないと相手にならねぇからな。緊急クエストの招集機能を使って俺たちを呼んだのは正解だった」


 ギルド本部の受付嬢のニナがヴァニスに深々と頭を下げた。現在この街にいる最高戦力は間違いなくヴァニスで、その実力はランク8冒険者の中でも9に近い方と言われている。


「さてと、あのバケモンの顔を拝みに行くとするか」


「いやあ、さっすがヴァニス。『剛腕』の二つ名は伊達じゃないわね!」


 斥候のファリンが腕に抱き着いてくる。兜の下で頬が緩みそうになるが、なんとか持ち直して歩き始める。


「殺さずに捕まえるつもりだったんだが………ついかっとなっちまった」


「相変わらずヴァニスはこういうところだけ実直ですね」


 レスタが小うるさくヴァニスに言い聞かせるが、今はまだ油断できない。


「……」


「こいつが…」


 戦っているときは大きく見えたが、近くで見ると少年はレスタよりも小さい。珍しい黒色の髪を持っており、ボロボロの服は見たこともない素材でできている。


「どっかの孤児か? ガリガリだし」


「ヴァニスからしたら誰でもガリガリだよ」


 剣士のオルネアがそっと手を伸ばし、うつぶせになっていた怪人を仰向けに転がす。やはり子供だ。


「こいつは本部に持って帰って解析しましょう。うまくいけば…」


「レスタ!! 下がれ!!」


 本能的に叫んでいた。手の届く距離にいたオルネアの手首を掴んで引き戻し、同時に再び固有魔法を使って加速させた鉄拳を叩き込み、今度こそ完全に叩き潰した。


「んだとっ!?」


 つもりだった。


 ガントレットが怪人の顔を捉える寸前、半透明の障壁に阻まれて衝撃波を発生させる。辺りに爆風と稲妻が走り、ほとんどの見物人が吹き飛ばされた。


「キャアッ!!」


「ファリン!!」


 同じく吹き飛ばされたファリンをオルネアがキャッチし、ヴァニスも距離をとる。そして完全に崩れた八百屋の瓦礫の中からズタボロの少年が再び立ち上がるのを見た。


 その姿は異様だった。先程まで魔族の味方を自称していた黒い死神のような姿ではなく、白いローブを纏った、ある種の神々しさすらも感じられる姿だった。


 何よりも目だ。黄金の瞳は世界の全てを映し、内包しているように、深く輝いていた。


「ケッ、加減なんざせずに始めっから叩き潰しておくんだったな」


 ヴァニスの額から冷汗が滑り落ちた。先程までとは次元が違う。複数のパーティーでレイドを組んで倒すような高ランクの魔獣と遭遇した時も、ここまで足はすくまなかった。


「それがテメェの本性か? あぁ?」


 空中を浮遊しながらゆっくりと辺りを見回した叶が、ヴァニスの問いに答えるように口を開いた。





『世界システム『ワールドオーダー』が発動しました』



   ◇ ◇ ◇



 ―――頭が痛い、身体中が痛い、何も見えない。


『ダメージが深刻です。魔法による処置を行ってください』


 ―――何が起きた? 冒険者と戦ってて? セイラを直そうとして? それで?


『生命力が半分を切りました。付近の超越存在に接触を図ります』


 ―――まただ。一人になると途端に集中力も判断力も落ちる。いつも冷静な奏汰はやはり凄いやつだ。


『付近に超越存在が感じられませんでした。生命力が3割を切りました。世界の意思を用いて治療を開始します』


 ―――せっかく異世界に来て、あいつらも生き返って、もう一回一緒に暮らせると思ったのに、なんでこんな………


『秩序との適合が進んでいません。世界の意思の介入が不可能です』


 ―――誰か、誰か助けてくれよ………


『生命力が1割を切りました』
















『対象は特異存在1号『始まりの転生者』です。世界システム『ワールドオーダー』に接続しています』


『対象は権能『魂の絆』を保有しています。同権能の保有者に通達を行います』


『『魂の絆』の接続先に権能『機神の権能』の保有者がいます。世界システム『ワールドオーダー』の起動許可を得ました』


『世界システム『ワールドオーダー』を起動します』





『ワールドオーダーより通達します。厄災王ウロボロスの目覚めが近づいています。世界間での戦争を停止させ、厄災王ウロボロスを打倒しなさい』



   ◇ ◇ ◇



「………」


 ゆっくりと目を開くと、太陽が見えた。そして次に、大量の瓦礫と大勢の人々が見えた。


「…あぁ、そうか」


 全身が変わらず痛い。しかし、魔法で治そうと思った瞬間には痛みが消えた。自分の身体を見下ろしても傷一つなく…というのは語弊がある。ボロボロの服には血が飛び散っているが、目立った傷はなさそうだ。足も生えている。


『世界システム『ワールドオーダー』が起動しました。創造神の権能行使をサポートします』


 脳内に機械的な音声が響く。聞き覚えもあるが……一体どこだったか。


『魔力が半分を切っています。秩序『無限』を適用します』


『生命力が半分を切っています。秩序『再生』を適用します』


『対象が神体ではありません。秩序『無限』『再生』が権能『無限の魔力』『超速再生』へと変化します』


『生命力が回復しました。ワールドオーダーによる身体の自動操作を停止します』


 地に足がついた。


 生きている。


「……ふうぅぅぅぅ」


 しかし確実に死にかけた。一歩間違えれば二度目の死を味わう所だった。彼らに、家族たちに再会することも叶わず。


 神の力を手にし、セイラを王国から救い出し、魔族の奴隷の少女を助け、冒険者たちを圧倒し、そして一瞬の油断が原因で死にかけた。セイラの言う通り、少しどころかかなり調子に乗っていたようだ。


「もう二度と手は抜かない」


「バケモノがっ……!!」


 目の前にいるのは、たしかヴァニスとかいう名の拳闘士だ。兜の間から見える目は敵意と恐怖に染まっているが、逃げる様子はない。


「セイラ」


 指を弾くと真横に気絶しているセイラが瞬間移動してきた。奴隷の魔族の子供を抱きしめている。服もボロボロになり、全身あざだらけだ。息も細い。


「……ごめん」


 結局足を引っ張ったままだったことに唇をかみしめ、セイラに魔法をかける。体のあざが消え、元の綺麗な肌に戻った。


「すぐ終わらせるから」


 浮かべたままセイラを後ろに動かし、羽織っていた白いローブを体にかけておく。


「………で」


「ああああああぁぁぁぁ!!」


 振り返ると、顔面に白銀のガントレットが迫った。鼻先に触れるほどの距離で静止したそれを避け、殴りかかってきたヴァニスの肩に手を置く。


『権能『空間束縛』を使用しました』


「ぐっ!!」


「何か言うことは?」


 全身をとてつもない数の紫色の鎖でがんじがらめにされているヴァニスは、宙に浮かんでいるセイラを見て、そして叶を睨んで、口を開いた。


「魔族はっ………敵だっ!!」


「………そうか」


 相変わらず戦意が折れていないヴァニスの横を何も言わずに通り過ぎた。そのまま歩いていき、人込みに混ざっている受付嬢の少女の目の前に歩む。


「冒険者ギルドには、依頼を発注できると聞いた」


「はっ、はい………」


 大勢の冒険者に囲まれて、しかし誰も間には立ってくれずに、小さな少女は今にも失禁しそうだ。


「……なんだったっけ」


『厄災戦役、厄災王ウロボロスを滅するための戦いです』


「そうだ」


 一瞬何を言おうとしたか忘れたが、再三にわたって脳内に機械的な声が響く。


「厄災戦役が始まる。備えてくれ」


「えっ?」


 周りで起こったどよめきを無視して辺りを見回すと、少し離れたところにセイラが『崩壊』を使った冒険者たちが見えた。


「直せ」


『秩序『崩壊』を検知しました。秩序『錬成』を使用します。対象が神体ではありません。秩序『錬成』が権能『錬金術』へと変化します』


 最期までは見届けずに、セイラの元へ向かう。


「虎月二刀、弐ノ奥義!!」


『秩序『境界』を使用します。対象が神体ではありません。秩序『境界』が権能『障壁』へと変化します』


 背後で魔力が大きく膨れ上がったが、ガギィンと音がして少し風が吹く。


「このやろ………」


「お前は…一発!!」


「ぶっ!!」


 二刀の剣士同様に殴り掛かってきたウザい女斥候ファリスにはしっかりとやり返す。空中で束縛して、顔面に一発。スッキリした。


「あんたは?」


「………」


 少し離れたところで背中の矢筒に手を掛けている弓使いに視線を向けると、しばし無言で睨んできたが、すぐに両手から力を抜いて弓を地面に落とした。


「……そういや、お前ら何だったんだ?」


「は?」


 レスタとか言った弓使いに素っ頓狂な顔をされた。


「俺たちは……人間族の希望たる、高位冒険者だっ!! だからお前なんざに……」


「もういいです、ヴァニス」


 すぐ隣で縛られたまま騒ぎ立てているヴァニスに、レスタが小さくつぶやいた。


「彼が私たちの思っている通りの敵なら、この場の誰もが生きていません。しかし彼はそうしなかった上に、厄災戦役……彼の伝説について伝えてくれました」


「だから……」


「ヴァニス」


 反論しようとしていたヴァニスだったが、レスタの目を見ると、うつむいて歯を食いしばった。


「行こうか」


 空中で浮かびながら寝続けるセイラに声をかけ、両腕で子供ごと抱える。背中の肩甲骨の当たりに馴染んできた感覚があり、左右に大きな白い翼が広がる。


「また来るよ、人間族諸君」


 最期に一言を残して、モレリアの街を飛び立った。そのまま町全体が見下ろせる高さまで上昇し、遥か遠く、でもなくなってきた巨大な霧の壁に進行方向を向ける。


「…正しかったのか?」


 背中の翼を大きく羽ばたかせながら、ふと自分にそう問いかける。


「あのまますべてを焼き尽くすこともできたはずだ」


 死に際に覚醒した創造神の力…なのかは分からないが、少なくともあのままあの場にいた冒険者たちを蹂躙することは容易かったと思う。


 以前の、生前の叶ならば、家族を傷つけた敵の命を奪うことに何の抵抗もなかった。そうでなければ、死ぬのは自分だ。


 変わったのは、いつからだろう。


「………全部終わったら聞いてみないとな」


 多分恐らく、今も自分のことを見ている少女のことを思い浮かべながら、腕の中の二人を抱きしめる力をすこし強くした。

 叶少年の頭の中では創造神の権能=アニメ・漫画のキャラの技をパクれる能力、となっている模様。

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