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異世界を生きる僕らへ  作者: パーカー被った旅人さん
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04 英雄

「おっ来た来た」


 焦土に座り込んで待つこと十分、大地の視線の先に三隻の巨大な飛行船が現れた。黒塗りの巨体は三対六つの巨大なプロペラによって飛翔し、夜空に風の唸り声を響かせている。


「あれなんで浮いてんの?」


 よくよく見るとプロペラではない。プロペラガードのようなものの内側は完全に空洞だ。


『そのプロペラガードのような部分は、風力発生器を一列に並べたものです』


「動力は?」


『魔力です。機兵界はその技術力によって魔力結晶の生産力は九世界でもトップクラスですので』


「ふうん」


 魔力が存在する世界なら、何故魔法でなく科学技術がこれほど発達しているのかが引っかかる。別に科学と魔法の融合はありえなくはないが、もしや魔法の方はあまり発達していないのか。


『そういうわけではありません』


 思考に反応して脳内のログノーツが答えてくる。


『まず説明すると、この九世界はその名の通り九つの世界が連なって存在していますが、それぞれの世界には異なる特徴を持った種族が住んでいます』


「この世界の連中が科学技術を進歩させたのは?」


『私が降臨したときに彼ら———―機兵界人の魂に『技術』の秩序を刻み込みました。神々は己の司る『秩序』と呼ばれる世界の規則に人々を適応させることで、それぞれの収める世界の民を眷属としたのです』


「魔法が使えないのは?」


『それはそもそもの秩序の問題です。魔法は『非科学的』でしょう』


「それもそうだ」


 そうこう会話していると、飛行船の横のカタパルトデッキのようなところから数機の飛行機のような何かが出てきた。飛行船と同じようなシステムで飛んでいる。


『小型飛空艇『シーカー』です。かなり武装してますね』


「なんとかできるか?」


『造作もありません。それと、私の存在は秘匿しておいてください』


「オーケー」


 少し離れたところに着陸した飛空艇からは、銃を持った兵士が次々と降りてくる。総勢は二十名ほど、周りを取り囲んで銃口を向けてきた。


 最後に降りてきた一人だけは銃を持っていない代わりに胸に勲章をつけ、悠然とした歩みで大地の方へと進んでくる。恐らく将官クラスだろう。


「クソみてぇな歓迎感謝するぜ、悪いが土産はまだ決まってないんだ」


「土産のノリで崩壊兵器でも持ち込まれては困る。丸腰でご同行願おう」


『彼女は機兵界第三軍大尉、シャルティア・ロウグル。機兵界最強の部隊の副隊長で、肉弾戦にもたけています。今の私たちでは勝算は薄いかと』


「嫌だって言ったら?」


「………力づくでそうさせるまで」


 文字通り、『目にも止まらない』速度で首筋にナイフが押し当てられた。眼帯で覆っていない方の目が、獲物を前にした鷹のように爛々と輝いている。


 だが力による脅しには自分たちの誰も屈しない。そしてさらに悪いことに、今ここにいるのは結城大地だ。


「不可視の(かいな)


『ちょ待っ』


 ログノーツが何か言う前に、思い付きの権能名を口に出す。肩から新たな腕が生えたような感覚があり、不可視の、否、恐らく大地にだけ見えている光の左腕が首筋のナイフを握りしめる。


「ふんっ!!」


「なっ!?」


 そのまま手首を捻ってナイフをもぎ取り、足を引っかけて転ばせると右手で持ったナイフを突きつける。


「大尉!!」


「動くな」


『ああもう知りませんよ』


 頭の中でログノーツの声が聞こえた直後、大地の右肩からさらに十数本の腕の幻影が伸び、周りの兵士たちの手から一斉に銃がもぎ取られた。そのまま銃口を兵士たちに向けて大地の周りを取り囲んで浮遊する。


「やるやん」


『私は機神です。周囲の機械類を自在に操作できます。あと貴方の権能も使わせてもらいました』


「お話はあとだ。これで主導権握ってんのがどっちか分かったか? 返事はいらんから上でこっちに砲塔向けてるデカブツをどかせ。あと一番偉いやつ出せ」


「………わかった」


「この軍の元帥はいま本部にいるから会おうと思ったら二日かかるよ」


 声のするほうを向くと、飛行艇からさらに一人の男が降りてきた。兵士ではないのだろう、白衣をつけ、頭には何やらヘッドギアを装着している。


「初めまして転生者君、僕はセドリック。機兵界軍で軍事兵器開発顧問をしているよ!」


「おーおー、やっと話ができそうなやつが来たな。結城大地だ、転生者らしい」


 銃には目もくれずに近づいてきて右手を差し出した男は、茶髪交じりのぼさっとした髪の毛の下に、日本人然とした人当たりのいい笑顔を浮かべている。


「セドリック博士! ここはあなたの役では………」


「いいじゃないか面白そうだし。これがダイチ君の権能かな?」


「ああ、念動力みたいなもんだ」


 セドリックが周りを浮遊している銃の一つを指でつつくと、銃口が勝手にセドリックの喉元に向けられた。ログノーツの権能と、まだ未使用だが空間をつなぐ門の権能は伏せておく。


「うんうん、また新しいアイデアが思いついたよ!」


「後でじっくり見せてやるから上まで運べ」


「はいよ! さあさあシーカーに乗ってくれたまえ、僕の最高傑作のひとつさ!」


 どうやらこの飛空艇を開発したのはセドリックらしい。科学好きとしては話が通じそうだが、やはり兵器というのは好きになれない。


 セドリックに続いてシーカーに乗り込むと、後ろからシャルティアとか言った女性も乗ってきた。


「この空気でよくついてこれたな」


「我が軍の軍規で、セドリック博士には常に少尉以上の階級の者が監視として同行しなければならないと決まっているのだ」


「お前なんかやらかしたの?」


「身に覚えがないねぇ」


 目の前で飛空艇を操る白衣の男は、思ったより危険人物なのかもしれない。


『彼、以前に新型兵器の実験で首都郊外の森を焼き払ってますね。死者はいませんでしたが首都の住民に避難命令が出されました』


「なるほど、俺と同類だ」


 セドリックが飛空挺の前方についたレバーをいくつか動かすと、左右についた風力発生機から強力な風が発生し出したのがわかる。そのまま足元のアクセルのようなものを踏むと、ふらつきながらもゆっくりと上昇し始めた。


「無音なのいいな」


「魔力がダダ洩れだから隠密行動には向かないけどね」


 今の会話だけでも、魔力を探知する機会があること、隠密行動用に別のマシンがあることがわかる。技術力は半端じゃなく高そうだが、いったいどこと戦争するのか。


『魔界です』


 これまた物騒な名前が出てきた。予想が正しければ魔王の統治する侵略国家の類だが……


「こんなん使って戦争たぁ、お相手のバケモンさが気になるぜ」


「魔界の兵士たちは皆魔法で体を強化しているからね。一般的な銃器はほぼ無効化されるんだよ」


 答えたのはセドリックだった。というかさっきからほぼすべての質問にはコイツが答えている。


「魔界ってことは魔王がいるのか?」


「いるよ、魔神王アルザスト・グランザム。魔界に降臨した神が死んで、魔族に生まれ変わった存在さ。機兵界との戦争に出張ってくるのは彼一人、おかげで近年の戦いでは双方ともに死傷者なし。実力差が圧倒的で手加減されてるんだよ」


「なんだその戦争の皮被った茶番は」


 前世でもそれぐらいの力量差があれば、資本主義国と社会主義国のどちらかが圧倒的に強ければ、奪われた命はなかったのだろうか。


 いや、そうなればもう片方が完全に滅びていただけだろう。


『機兵界の民は魔神の恩情に感謝しなければなりませんね。彼が本気を出せば一夜にして機兵界は壊滅するでしょう。現時点で九世界に完全体として残っている神はおそらくいませんが、魔神ガイザレアスは『反転』の秩序を司どっています。本来なら力が大幅に弱まる転生を経ても、逆に力が増しているはずです』


 脳内に響くログノーツの話に耳を傾けていると、シーカーが飛行船のうちの一機のカタパルトに着陸した。


「………これが機兵界か」


 かなりの高硬度を浮遊する飛行船の上からは夜の機兵界が一望できた。某ファンタジーゲームの魔晄炉を思わせる、パイプだの鉄骨だのに絡みつかれた一本の巨大な煙突を中心に、半径2,3キロほどの巨大な工業地帯が広がっており、あちこちの煙突から黒い煙をもうもうと吐き散らしている。


「何のための工業地帯だ?」


「この第三工業都市イエレルのうち約60%の施設は全て、無人戦闘兵器を量産するためのものです」


 今度は答えたのはセドリックではなかった。背後に音もなく表れた声の主に驚いて勢いよく振り返ると、軍服姿の老人が立っていた。


「あんたは?」


「失礼しました。機兵界第三軍所属、一般戦闘術顧問のオルカン・メードフォードです。今回、機兵界軍総帥直々に転生者様の身辺警護と案内を申し付けられました。僭越ながら名をお尋ねしたく」


「結城大地だ。ユウキが性でダイチが名前」


「承知しました、ダイチ様。それではご案内いたします」


 肩書がとんでもなかった気もするが、見た目は物腰が柔らかそうな好々爺といった印象を受ける。船の中へ向かうオルカンについて歩き出すと、後ろから銃を持った兵士二人が付いてくる。


『麻酔銃ですので安心してください。そしておそらく権能を使えば貴方には当たりません』


「そんな重心がほっそい麻酔銃なんてあるんだな」


 後ろの兵士に話しかけると、何に驚いたのかぎょっとして立ち止まった。今回はできるだけ凶悪な笑みを向けるだけにしておく。


「権能ですか?」


「さあな」


 前を歩いているオルカンが振り向きもせずに聞いてくるので、一旦ははぐらかしておく。


 そのまま意外としっかりした作りになっている艦内を歩いていくと、オルカンが一つの部屋の前で立ち止まった。ドアに近づくと上部のセンサーのようなものが動き、オルカンの顔に焦点を当てている。


『ただの顔認証ですね。このオルカンという兵、機兵界人ではないようですがかなりの地位にいますね』


 ログノーツの言葉の意味はすぐに分かった。後ろの二人を廊下に残して入った部屋は、戦艦の中とは思えない豪華な部屋だった。天井にはシャンデリアがつるしてあり、壁には絵画が貼ってある。床も赤い絨毯が敷き詰められていて、奥の壁はガラス張りになっておりイエレルの街並みが一望できた。


「司令官、お連れしました」


 その中に一つだけおいてある机に向かって声をかけると、奥を向いていた椅子がこちらへ回り、腰掛けていた人物が立ち上がる。


「ご苦労、オルカン。初めまして、転生者の少年。私は機兵界第三軍司令官のローセル・アドリアーノだ」


 白髪をオールバックにまとめ、立派な口髭を生やした初老の男性。オルカンと同じ軍服に身を包み、胸にはいくつかの勲章のようなものが付いている。


「早速だが、我々が君を召還した理由を説明させてもらおう」


「戦争での戦力、だろ? 生憎と俺の権能はせいぜい半径十メートルぐらいの範囲内でしか使えない念動力だ。とてもじゃないが戦力にはならない」


 相手の言いたいことがわかりきっていたので先を読んで言うと、ローセルは無表情から一瞬だけ眉をピクリと動かし、後ろのオルカンも若干だが気配が変わった。


「……そうか、よく知っているな」


「ついでにそれ以外のことでも俺はお前らに協力するつもりはない。悪いが出ていかせてもらうぞ」


「ああ、好きにすればいい」


「……意外とあっさり出してくれるんだな」


 後ろを向いて歩き出そうとはしたものの、意外な反応に思わず再び机で手を組んで座っているローセルを振り返る。


「気が変わったかい?」


「周りが焦土になるレベルの実験やってまで召喚したんだからもうちょっと食い下がるかと思ったんだが」


「我々も別に君の意思は尊重するつもりだったからね」


『嘘をついてはいなさそうですが……何やら不穏ですね。ここは協力するふりをして探ってみては?』


「ふうん。じゃ」


 ログノーツの忠告を聞いてなお出ていくと、本当にそれ以上の追及はしてこない。


「なんか拍子抜けだな」


『お仲間の情報はいらなかったんですか』


「いらねえよ。なんとかなるだろ」


「誰と……」


「うおおおおおおおお!!!!」


 声が聞こえた瞬間に反射的にぶん殴ってしまった。


「失礼、驚かせるつもりはありませんでしたが……それで、誰と話していたので?」


 しかしヤケクソで放った拳はあっさりと白髪の老人に受け止められる。オルカンはニコニコと笑みを浮かべながら大地の手を離した。


「俺の中の別の自我」


「多重人格ですか?」


「そんな感じ。決して中二病とかではない」


「ちゅうに……」


 なんとか誤魔化したが、オルカンの表情が読みにくいせいで本当に隠し通せたかが分からない。初めて聞いたらしいネットスラングにそれ以上興味を持つつもりもないようで、左胸の徽章をずらしながら大地を先導して歩き出す。


「まあ細かいことは置いておきましょう。セドリック博士があなたに会いたいと言っています。ご同行願えるでしょうか」


「さっきの変態?」


「さっきの変態です」


『よろしいのでは? セドリック博士は機兵界軍の要人の中でもかなり上位の役職についています。脅して情報を奪えばいいでしょう』


 機神というから上位の機械生命のような感じを想像していたが、なんというか人間っぽい。


『後で神についても説明しましょうか』


「まぁいいや。おなしゃす」


 大地の返答に口の端を少し上げたオルカンは、やはり読めない目で大地を見据えると、司令室とは反対方向へ向かって歩き出した。



   ◇ ◇ ◇



「やあやあ、よく来たね!」


「人を呼ぶなら部屋片づけろください」


「遠慮のない物言いは友好のあかしだと受け取っておくよ!」


 機械部品やら汚れた白衣やらが雑多に散らかされた部屋の一角で、片目を隠した白衣の男はコーヒーを飲んでいた。


「コーヒーいるかな?」


「いらん」


「オルカン、貴方はどうですか?」


「遠慮しておきましょう、彼に同行しただけなので」


 指し示された椅子のうち一つに腰掛け、少し離れたところにあるセドリックの方へと体を向ける。


「で、用事は何だい?」


「いやぁ、特に重要な話はないよ。できれば戦争を止める手伝いをしてほしかったけれどね」


「あ?」


 戦争が起きること前提で話していることも気になったが、今この男は何と言った。


「お前は戦争を止めようとしてるってことか?」


「その通り! 僕は兵器開発者ではあるが、ちゃんとした戦争反対派さ!」


「なら兵器開発をやめろ」


「そんなことしたら国家反逆罪で処されちゃうよ」


 ヘラヘラとしていて何を考えているかが分からない。叶たちから見た自分はこのような感じなのだろうか。


「つーかそれこの爺さんの前で言っていいのか?」


「問題ないとも! 彼は傭兵だからね、金を積めば約束は守るさ!」


「だってよ爺さん。どれだけ積まれたんだ?」


「ざっとダッフルバッグに詰め込めるぐらいですね。全部横領したものですが」


「ダメじゃねぇか」


 軍の幹部職に就いていながら横領、しかもバレていないとはなかなかの曲者の匂いがする。


『機兵界の軍部は権力機構と同等の力を持っていますので、軍人による国家資金の横領とその隠蔽はよく行われていますよ』


「ほかに何人買収してるのかが気になるが、用がないなら帰るぞ」


「まぁ待ってくれよ。さっきから聞きたかったんだけど、誰と喋ってるんだい?」


「おお」


 バレた。背後の傭兵が喋った様子はなかったのにどうやって掴んだのか。


「よく分かったな」


『何で肯定しちゃうんですか』


「先程のように否定はしないのですな」


 脳内の神と背後の傭兵が同じ文言を呟く。


「確証があんなら誤魔化したところでだろ。で、用件はなんだ?」


「いやぁ、機神の炉から観測してた魔力が消えたからもしかしたらって思ってね!」


「勘のいいガキは別に嫌いじゃねえよ」


『面倒ですが仕方ありませんね……初めまして、セドリック・スレイル、オルカン・メードフォード。私は機神ログノーツです』


 若干の愚痴を挟んだログノーツが念話を二人にも繋げたらしく、目の前のセドリックが納得したようにうんうんと頷いた。


「やっぱり機神様だったね! 機兵界中の遺跡を研究しまくった甲斐があったよ!」


「いやはや、この老骨に秩序の神の一柱と謁見する機会が回ってこようとは」


 嬉しそうなセドリックに対して、オルカンはしみじみとした様子で髭をさすっている。


『さて、セドリック博士、貴方は機兵界に点在する迷宮、もしくは神代遺跡を研究していますね?』


「その通りだとも! 是非とも機兵界の神様には僕の研究結果を……」


『連れて行ってほしい遺跡があるのですが』


「いいよ! その前に是非とも僕の研究……」


「うだうだ言ってんじゃねえ、テメェの研究発表会は四人いる俺の家族を探した後だ」


「なんと、転生者が一時に五人も……!?」


 驚いたのは目の前で落ち込んでいる狂科学者マッドサイエンティストではなくどこからか持ってきた椅子に腰かけたオルカンだ。


「すごいことなのか?」


『三人いれば神にも勝てると言われる転生者が五人です。十中八九戦争の火種になりますね』


「チッ……」


 過ぎた力は常に敵を生む。前世の日本がいい例だ。


「まぁいい。そっちがやんならとことんやってやるけど、今はまだ違う」


「その通りです、先を急ぎましょう。セドリック博士、案内を………」


 いつの間にかうとうとしていた白衣の男の脳天に、椅子から立ち上がったオルカンが部屋に落ちていた杖を振り下ろした。


「痛いなぁ」


「お前何? それなりの役職にいるんじゃねえの?」


「機兵界軍の軍規によって、重要作戦中に限らず、時と場所を選ばずに睡眠をとろうとしている、もしくは睡眠中であるセドリック大佐に関しては、眠りから覚ますための一切の軍規違反行為が認められています。上官への無礼を含んだ、ね」


 意外にお茶目らしい老兵はコーヒーカップを机に置くと、茶目っ気交じりにウインクをして見せた。



   ◇ ◇ ◇



「ここがその遺跡だよ」


『もう少し荒れ果てているかと思いました』


「機兵界最強の傭兵が毎週掃除してるからね」


「人型ロボットがあるんなら掃除機の自動化ぐらいできるだろ」


 セドリックに連れられて来たのは、工業都市イエレルを見下ろすことのできる山の頂上付近にある洞窟の入り口を、丸ごと研究施設に改良した場所だった。洞窟の中もある程度は舗装され、照明や送風ファンが取り付けられている。武具庫もあるようだ。


「この奥が?」


『ええ、私の遺跡です。さっさと行きましょう』


 大地を先頭にまっすぐな洞窟を進んでいく。入口から聞こえていた機械音が遠ざかってきた頃、ボロボロになって崩れた石枠の門が現れた。


「この洞窟にあるのはこれだけだよ。この門がどうやっても破壊できないから研究されているんだ」


『今なら通れます。進んでください』


「ん。んん?」


 ログノーツの言うとおりに門をくぐろうと一歩踏み出したとき、門の内側の空間が揺らめき、向こう側の風景がぐにゃりと歪んだ。そのまま進んで門をくぐり終えると、目の前には洞窟の続きではなく円形の空間が広がっていた。


「なんじゃここ。あれマグマか?」


 半径二十メートルほどの部屋の天井から中心にある祭壇のような場所に向かって超高温の流体が流れ込んでいるが、密室だというのに熱さは感じない。


『グラス火山の火口の真下です……魔法陣への魔力の供給が途切れていますね』


「魔法? 機兵界で魔法は使いにくいんじゃないのか?」


『かけたのは魔神ガイザレアスです』


「納得」


「うわっ、なんだここ!?」


 後ろからセドリックとオルカンも入ってきた。


「空間転移の魔法ですか。いやはや、よく隠されたものですな」


『ここは第一次九世界大戦の前に、戦争で私たち神々が死んだ場合の保険として神の権能を人間に継承させるための魔法を構築、保管した場所です』


「神の権能か、ログノーツは『技術』だっけ?」


『人が道具などを進歩させるための秩序です。私はまだ完全には消えていませんので継承はできませんが』


 そもそもこの世界では神が死ぬことがあるらしい。『神殺し』のような存在がいるとしたらテンションが上がるのだが……


『馬鹿なこと言ってないで早く始めましょう』


「自分の肉体は殺されてるくせによく言うよ」


 しかし一体何を始めるのか。ログノーツも完全には死んでおらず、おそらく魔神とやらも存命だ。神殺しが馬鹿げた存在であるという認識なら、他に死んだ神はいないのではないかと思うが。


『それは違います』


 脳内でログノーツが即答したが、その声音が少しだけ低い。


『神界が崩壊し、私たちが九世界に降臨した時点で、残っていた神々は全盛期の一割ほどでした』


「神界で戦争でもやったのか?」


『ええ。九世界の在り方を巡り、神々の干渉は最低限とすべきだと考えた創造神に半数以上の神々が反対し、九世界を自身の支配下に置こうとして反乱を起こしました』


 脳内のログノーツを通じて、神界と呼ばれる場所らしき風景が頭の中に映し出される。雲海の下から何本もの巨大な柱がそびえ立っており、その中心にいるであろうログノーツとほか数名の神を、何十柱もの神々が取り囲んでいた。


『何とか反乱の鎮圧はしましたが、その後の別の要因によって神界は崩壊、存命だった神々のほとんどもそれに巻き込まれて消滅しました』


「じゃあその全部の神の権能を継承させんのか? 誰に?」


「英雄、だね?」


 大地の問いに答えたのは機神ではなく、セドリックだった。


「九世界の全土にある、明らかに人間が作ったものじゃない遺跡。世界が始まった時に神々が作ったということは確認済みだけど、その理由については解明されてない」


 手に持っているタブレット端末を操作しながら、セドリックが壁の一面に描かれている壁画に顔を近づけた。


「僕の研究によると他の世界、とりわけ人間界の遺跡は入ってきた者に試練のようなものを与える構造になっているのさ。それを突破すれば、強力な武具や財宝が手に入る」


『その通り。迷宮や神代の遺跡は創造神が『英雄』と呼ばれる人間たちのために作りました』


 ログノーツが話を始めると、部屋の壁の一か所が光始めた。壁面の筋にそって伸びていく光は、壁画のような絵を映し出していく。


『英雄とは、悪意を持って世界を破壊、もしくは侵略しようとする外敵に立ち向かう、いわば人間の代表のことです。最初の英雄が現れたのは九世界が始まったばかりのころ、モンスターの数が増えすぎ、龍界と暗黒界を除くほぼ全ての世界で人類文明が滅亡しそうになった時でした』


 壁に現れた絵に描かれているのは、倒れている大勢の人々、その上に立つ異形の怪物、それと相対する数名の人物、そしてその背後にある、九世界を模しているであろう九つの円。


『もとより龍という圧倒的上位生物がいた龍界と、すでに滅んでいた暗黒界以外の世界では、神の眷属となってまだ日が浅く、神の秩序の本質を理解できていなかった者が多かったのです』


「お前らはどうしてたんだ?」


『世界に各々の秩序を刻み込み、全ての民を眷属とするのに魔力を使い果たし、封印されているのも同然の眠りについていました。他の神々も同じでしょう』


 壁に沿って歩くと、さらに壁画が浮かび上がる。


『魔獣や魔物との戦いが何十年も続く中で、神に与えられた秩序により深く適応した者『適合者』が現れました。今では『始祖』や『初代の英雄』と呼ばれている彼ら彼女らは、神に与えられた種族としての本質を最大限に引き出し、モンスターへ対抗しました』


 剣を地面に突き立てて背中合わせに立っている男女の騎士を中心に、炎を操っているローブ姿の女性、斧と盾を構えた剣闘士の男性、弓を構えた獣人、ゴーレムのような巨像を引き連れた人影、玉座に座して槍を構えている王など、初代の英雄たちが次々と現れる。


『始祖たちが伝えた魔法、武術、その他種族特有の能力によって人類は反撃を始め、今では地上のモンスターはほとんど見ないまでになりました。始祖の中でも、人間界の『勇者』『聖女』『大賢者』『騎士王』、精霊界の『霊騎士』、自然界の『獣王』は継承される称号となり、第一次九世界大戦、厄災事変、人魔戦争、第二次魔獣戦線など、多くの世界の危機に際し、姿を現しています』


 壁画に次々と怪物たちと、それに相対する英雄が現れては消えていく。そして、壁面全てを覆うほどの黒い影が現れた。その足元には十一人の人影がある。


『予言神の遺した予言も残り二つとなりました。そのうちの一つ、厄災戦役では十一人の英雄が現れるとされています』


「多くない? てか厄災ってなんぞ?」


「厄災については後で説明するよ。それにしても確かに多いね、始祖の世代と同じぐらいじゃないかい?」


『奴らの王の力を考えると足りないくらいです。この遺跡に刻み込まれている魔法陣に、上の火山の溶岩に練りこまれている魔力を流し込むと、私を含めた五柱の神で構築した魔法が発動し、英雄候補である適合者たちの力を解放します』


「するとどうなる?」


『英雄たちに自身が英雄であることを知覚させ、各々に予言を与えます。恐らく厄災王を倒すための反逆神からの指示が与えられるでしょう』


「クエスト受注装置かよ」


『ズレていますがその認識です』


 話は大体理解できた。ここはちゃんとストーリーがある異世界のようだ。


「英雄を現代に降臨させるのではなく、初代の称号を継いだ新しい英雄たちを生み出す装置、ということだね! 早速やってみよう!」


 セドリックはノリノリで遺跡の中央へとスキップしていった。オルカンは神妙な顔つきで壁画を眺めている。


「今すぐできるのか?」


『可能です。溶岩が入ってきている入口を何とかして広げれば』


「一つよろしいですかな?」


 ログノーツと大地が相談していると、オルカンが会話に割り込んできた。


「なんだ?」


「いえ、そろそろ与えられた命令を遂行しておくべきと思いまして」


「命令?」


「はい、私はただの一介の傭兵ですが……………同時に魔神王の配下でもあります」


 瞬間、オルカンから放たれた、殺気と似たような感覚。場を絶対的に支配しているという存在感が、目の前にいた大地を襲った。


「へぇ、まさかあんたが敵だったとはな」


「閣下には恩があります故」


「じゃあなんだ? ここで俺を捕まえる気か? あんたに負ける気はしないからお仲間でもいるのか?」


「まさしく、その通りでございます」


 大地の問いにゆっくりと首肯すると、オルカンは部屋の入り口にある石門を振り返った。


「もう出てきては?」


『……驚きました。入ってきたのにも気づけないとは』


 二人が見守る前で、門の前の空間がベールをはがすようにずるりと滑り落ち、四人目の訪問者の姿が露になった。


 全身を漆黒の軍服に包み、フード付きのマントと仮面で顔を隠し、大地と同じぐらいの身長の割には海翔と同じぐらいがっしりとしている。両腰には二本の剣を差し、右腕はそのうちの一本に添えられている。オルカンがその人物に対して深く腰を折った。


「お久しぶりですね、オーレア六将」


「すげえ今の何」


『空間魔法ですね。かなりの魔法の使い手です』


「………一つ聞こう」


 仮面の下から発せられた声は想像したより低く、見かけに反して威圧感を与えられた。


「貴様は我々の敵か?」


「お前がどこのどいつで、お前らが俺にどんな利益を与えてくれるのかによるな」


「オルカン翁、閣下から命令だ。場合によっては無力化しろと」


 オーレアという名らしい目の前の人物が腰の剣のうち一本を抜いたのに対し、大地は何もせず突っ立っている。


「無力化ってなんだ? 殺すか?」


「それが嫌なら抵抗はするな。魔界に連行する」


「ハハッ、結局味方はいないってことか?」


『何をするつもりですか?』


 ――――不可視の腕、生やす本数におそらく上限はない。しかし腕が一度に何本も生えるとその制御が難しい。


 ――――ゲート、こちらも同時に開ける数は無限。一度訪れた場所ならどこでも接続可能だが、狙った場所が遠ければ、正確に展開するのにかなりの時間と集中力が必要。


 ――――機神の権能、機械類だけでなく、人が『道具』として使うものの掌握。そして脳内に宿ったログノーツによる高度な演算。


「ようやくつながったぜ。強い強いって言われてる転生者の権能が、ここまで使い勝手が悪いはずはない。ログノーツ、お前を利用するところまでが、この権能を考えた奴が思い描いたビジョンだったのかもな」


『そういうことですか。承知しました』


「もうちょっと渋るかと思ったわ」


「何をごちゃごちゃ言っている」


『………機神ログノーツが眠りに入りました。機神ログノーツが権能『独立演算』を起動させました』


 思考の一角を占めていたログノーツの感覚がなくなり、ログノーツと同じ響きではあるが人間味のない機械的な声が脳内に響き渡る。


『『独立演算』は使用者の意思を読み取り、活動を補助します。権能への接続、およびその一部の使用を許可しますか?』


「許可する。ゲートを展開」


 大地の立つ両脇の地面に黒い靄が広がったかと思えば、その中心から光が差し込み、徐々に広がっていく。


「ダイチ殿、戦うおつもりですか?」


「オルカンさん、あんたは俺の味方か?」


「……閣下から命令が出ている以上、それに従わざるを得ませんな」


 傍にいたオルカンが後方へ跳躍し、傭兵としての武器であろう一振りの日本刀を構える。


「しょうがねぇ。殺すつもりはねぇが、うっかり殺したらすまんな」


「ほざけ。宵闇の穿剣」


 大地の挑発にオーレアが剣を上段に構えると、その黒い剣身に紫色の光が集まり始めた。


「魔神王軍第六将、オーレア・イゼイン」


「魔神王軍元第四将、オルカン・メードフォード」


「肩書はない、結城大地だ」


 名乗りを上げた二人に倣って大地が自分の名を言った刹那、正面のオーレアの姿が掻き消え、オルカンが横から突撃してきた。


『敵意を持つものが現れました。戦闘演算を開始します』


 脳内に無機物的な音声が鳴り響いた直後、地面のゲートから現れた剣や槍、斧など多種多様な武器が不可視の腕の力によって浮遊し、オルカンに向かって殺到した。全て洞窟入り口の武器庫にあったものだ。大地にだけ見えている光の腕は右肩だけから十数本ほど生えている。


「むっ!?」


 オルカンはすぐに突進を止めると、刀を使って飛来した剣を次々に撃ち落とした。しかし一度はじき飛ばされてもすぐに戻ってくる剣に、かなり足止めを食らっている。


「もうちょい火力上げてもいいけど、オルカンさんいい人だからな」


「どこを見ている」


 すぐ右横に、姿を消していたオーレアが現れ、下段に構えていた剣を振り上げた。


「!?」


「すまんすまん、お前もいたんだったな」


 その切っ先が大地の身体を切り裂く寸前、新たに発生したゲートから出てきた二本の槍が剣の柄を押さえて止める。


「追撃」


「ふっ!!」


 指ではじいた方向に発生したいくつものゲートから現れた何丁もの銃が、飛びのいたオーレア目掛けて弾丸の雨を浴びせる。が、着地と同時にオーレアのマントが突如大きく広がると、火花を散らしてすべての銃弾を弾いた。


「なるほどね。機兵界が戦争で勝てないわけだ」


「宵闇の穿剣、奥義――――」


『警告、大気中の魔力が一か所に殺到しています』


 再び上段に構えなおした漆黒の剣から黒紫の光が発せられる。


「『冥淵一刀(めいえんいっとう)』!!」


 某騎士王の必殺技のごとく、剣身を魔力のエネルギーで巨大化しての一閃。剣で防げる訳もない。だが、


「ゲート!」


 目の前にゲートを展開し、その出口をオーレアの真上から少し外れた場所に展開する。


「なっ!?」


 一閃された剣の先端がゲートに吸い込まれた瞬間、ゲートの出口から放出された巨大なエネルギーの切っ先がオーレアの足元の地面を抉り、体勢を崩したオーレアが崩落した地面の下へ姿を消した。


「さてと、オルカンさんはどうする?」


「いやはや、なんともなりませんな」


 その間に横へ目を向けると、自身で持っていた刀さえも敵に回った老傭兵が、地面に膝をついた状態で剣に囲まれていた。更に数が増えて二十本ほどとなった剣が、少しでも動けば切っ先に触れるほどの距離間で静止している。


「権能は一つではないので?」


「ログノーツの権能パクった」


「神の権能相手ではどうしようもありませんな」


 オルカンにはもう戦意はなさそうだ。残りは―――


「……おお、こりゃ驚いた」


「権能の行使をやめて地面に這いつくばれ」


 後ろから突き出てきた漆黒の剣身を首に当てられ、ポケットに手を突っ込んだままフリーズする。


「さっきの姿消してた魔法か」


「聞こえなかったのか?」


「聞いてた聞いてた。従うかは別としてな」


 大地が指を鳴らした瞬間、二人のすぐ横にゲートが現れる。大地の首から剣を離さずに、ゲートと反対方向に回り込んだオーレアだったが……


「あとよろしく」


「はいよ!!」


「ぐあああああっ!?」


 さらにその背後に現れたゲートから飛び出してきた白衣の男が棒状の武器でオーレアを殴りつけると、黒い軍服に身を包んだオーレアの全身に青白い電撃が走った。


「久しぶりだね、オーレア君」


「ぐっ………セドか…」


「あれお前ら知り合いなの?」


「もちろん! 一緒にお茶をするほどの仲さ!」


 意外や意外、というほどではないが予想していなかった組み合わせだ。


「さてと、頼みの綱の援軍さんはマッドサイエンティストにつかまっちまったよ。こっからは交渉の時間だぜ、オルカンさん」


「自身が優位な状態で進めるのが交渉の基本とはいえ、これでは脅迫もいいところですな」


「好きに受け取ってくれ。ログノーツ、戻ってこい」


『戦闘演算終了。権能『独立演算』を停止します………お疲れさまでした』


 頭の中でただのシステムへと変化していたログノーツに呼びかけると、すぐに聞きなれてきた声が帰ってきた。


「さてどうする? こっからあんたに状況を打破する方法はなさそうだけど」


「あるにはあるのですが…生憎と機兵界では使いにくい代物ですな」


 そういえばログノーツが、オルカンが機兵界の出身ではないと言っていたような気が。魔王の配下ということは魔界出身の、所謂魔族なのだろうか。スッゴイキニナル。


「使う気は?」


「ありませぬ。さて、交渉でしたな。我々が閣下から与えられた命は、機兵界の軍部が召喚した転生者を魔界へ連れ帰るか、魔界に敵対的、もしくは機兵界に協力的ならば殺しはせずとも無力化しろ、というものでした」


「オルカン殿っ!!」


 後ろでオーレアが声を荒らげているが、相変わらず地面に這いつくばったままだ。背中にセドリックが座っている。


「いいでしょうオーレア六将、我々ではこの少年には太刀打ちなりませぬ。おまけに押さえつけようとすれば反発してくる模様。話は分かるようなので大人しく協力を頼むのが得策では?」


「しかしっ……!!」


「はいはい、オーレア君は外に居ようか。ついでに魔神王に連絡してもらうよ」


「おい馬鹿やめろ!! 下ろせっ、クソっ!!」


 尚もうるさいオーレアは、セドリックに担がれて遺跡の入り口の門から出て行った。


「…話を続けましょうか。我々魔神王軍は、いずれ来る厄災との戦いに備え、戦力をかき集めています。貴方に魔神王軍への協力を」


「断る」


『お願いですから話を最後まで聞いてください』


 ログノーツがもはやあきれたように口を挟んでくる。


「戦争に参加しろっていうんだろ? どいつもこいつも寄ってたかってふざけやがって。俺は家族を探したいんだ、めんどくせえ話はその後にしやがれ」


「貴方のお仲間探しに付き合いましょう。傭兵の中でも顔は利きますので」


「よし乗った」


『おい』


 機兵界最強の傭兵らしいオルカンが味方に付けば情報的にも強そうだ。あとはオルカンに魔神王軍から、セドリックに機兵界軍からアプローチしてもらえば、奏汰たちの情報も手っ取り早く集まるはずだ。


「ではひとまずこの剣を…」


「転生者君!! 外が!!」


 突然、セドリックが慌てた様子で飛び込んできた。担いでいたオーレアの姿はない。


「らしくないですな、セドリック博士。いったい何事……」


「いいから早く!!」


 それだけ残して再び石門から姿を消したセドリックにさすがに不信感を抱き、一瞬オルカンと目を合わせた後、権能を解除する。十数本の剣が音を立てて崩れ落ちると、その中から自身の刀を拾い上げたオルカンがすぐに走り出した。


『何かあったのでしょうか』


「これで外出て機兵界軍が雁首揃えて待ち構えてたら即撤退だ」


『了解しました』


 オルカンに続いて石門をくぐるが、入ってきた時のように薄暗い洞窟が広がっているだけだ。しかし……


「なんか……暑くね?」


「確かに……まさか……!」


 気温の変化を実感したらしいオルカンが、一気にスピードを上げて大地を置き去りにする。ついていくだけの体力と走力も、追いついてから外の状況を判断するだけの時間もないので、権能を使って現れた黒い靄の中に突っ込んだ。


 洞窟の入り口にある研究所の外に出現したらしいゲートから飛び出すと、目の前にセドリックの背中があった。


 その視線の先には、まだ明けない夜の下で稼働を続けている工業都市がある。












 はずだった。


「……なんで」


「……………あ?」


 洞窟の中にまで漂ってきた熱気。これだけ離れている山の上でも、肌がピリピリするほどの暑さを感じる。


 否。これは熱ではない。身に危険が迫っていることを、第六感が伝えてきている。


「いや……どう……え?」


「………そんな馬鹿な…有り得ない、イエレルは機兵界の第三都市なんだぞ!!」


 半径三キロほどの巨大な円状に広がる都市。その巨大な鋼鉄の城壁の内側にある工業地帯が、産業の生み出す光とは違う、



 赤々と燃え上がる炎に包まれていた。


「………お…」


『大丈夫ですか?』


「大丈夫じゃねえが正気じゃいる。戦争の炎だ」


 脳裏に悪夢が蘇る。両親が死んだあの日、祖父母に連れられて避難所まで逃げたあの時の光景だ。


「機兵界は魔界と戦争してるんだろ? 魔界が攻めて来たのか?」


「いや………そんなはずは……」


「魔界にはそんな余裕はない」


 一番の疑問に、セドリックの隣に立っていた小柄な人影が答える。


「オーレアか」


「何故呼び捨て…まあいい。魔界の軍は全て、魔神王閣下の指示の下に暗黒界への出兵準備を進めている。故に、今の魔界には機兵界と戦争する余裕などないのだ」


 仮面は外してないが声が震え、剣にかけた手は柄を握り潰しそうなほどに固く握られている。今の回答も、半ば自身に言い聞かせているようだった。


「戦争の準備自体はしてたんだろ?」


「有り得ませぬ」


 追いついてきたオルカンが、同じように魔界の関与をきっぱりと否定する。こちらの老兵も、現実を受け止められない、といった表情を浮かべている。


「閣下は殺生を嫌います。たとえそれが戦争をしている相手でもです。これは………魔界軍のやり方ではない」


「じゃあどこのどいつが……………」




「ガアアァァァァオオオォォォォォァァァァァァ――――!!!!」


 夜の闇に咆哮が響き渡った。同時に、イエレルの中心、魔晄炉のあった場所から巨大な黒い影が立ち上がる。


 疑念は一瞬で晴れた。洞窟の中でのログノーツの話、英雄が倒すべき人類の敵、目の前で世界を滅ぼそうとしている一体の怪物。


「――――厄災!!」


「閣下!! 閣下!! 緊急事態です!!」


 正面のセドリックが息を吞み、隣でオルカンが叫んでいるのが、どこか遠くの方で聞こえる。


「………おい、どうした?」


『ダイチ殿? 大丈夫ですか?』


 オーレアやログノーツの声も、もはや聞こえない。


「あれ………なんで………」


 足の先から背筋を伝い、首元まで悪寒が這いずり回る。心拍が早まり、足が震える。比喩ではなく全細胞が逃げろと警告してくる。


「………ばあちゃん、助けてくれ…」


 祖父を飲み込んだ業火の嵐の中に見た、この世界のものとは思えない異形の幻影。


 いるはずのない悪夢が、大地の前に立ちはだかった。

セドリック:マッドサイエンティスト

オルカン:世界最強の一般ジジイ

オーレア:思春期魔族

ログノーツ:機神(魂のみ)

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