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異世界を生きる僕らへ  作者: パーカー被った旅人さん
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01 出会い

「………ふう」


 叶が創造神の権能を持って異世界に降臨した。降下するにしたがってはっきりと見えてきた眼下の街並みは、叶の放った衝撃波のおかげでかなり混沌としている。


想像(イマジネーション)、『完全修復』」


 叶の小さな呟きに呼応して町の瓦礫が見えない力によって宙を舞い、瞬く間に元の美しい中世の町並みへと戻っていく。その様子を見ながらさらに下降していくと、広場に立てられた処刑台と、その上の縛られた少女が叶の視界に入った。


「あの子のことかな?」


 そのまま大勢の注目を浴びるなか、叶は処刑台の上に降り立ち少女の深い蒼色の目を見て声をかける。


「よ」


「……」


 少女は何も答えない。眼帯に隠されていないほうの目で正面から見返してくる。


「助けようか? てかそのために来たんだけど」


「……」


 背中にはえていた白い鳥の羽も先端から少しずつ消えていき、身体中から発せられていた黄金の光も徐々に弱まってくる。


「俺の名前は叶。転生者だ」


「……!」


 そこで初めて少女の顔に変化が見られた。目を見開いて叶の顔をまじまじと見つめてくるが、当の本人はポケットに手を突っ込んだまま、少女に向かって話しかけ続ける。


「この世界に来るときに、君を助けてあげてって神様に言われたんだけども、心当たりある?」


「…ない」


 少女は一瞬の躊躇ののち、すぐに首を横に振った。


「私は魔界の王の配下。神の知り合いはいるけど転生者に干渉できる存在は知らない」


「いきなり重要人物フラグが建造されたな。大事なフラグは全部回収してくつもりだけども流石にきついかな……」


 訳の分からない単語を並べられて困惑している少女に、こっちの話、と付け加えて小さくため息をつく。


「でどういう状況なのよ」


「……私は魔界からきた諜報員。人間界の、魔族と仲の悪い国に見つかっちゃったから処刑される所」


「ああ、君は魔族だって言ってたな」


「知ってるの?」


 意外そうな顔をする少女にニィ、と笑いかける。


「俺の前世じゃその手の話がいっぱいあったもんでな、ついでにさっき神から聞いた。とりあえずそこから降ろすよ」


 手をかざして『切れろ』と念じると、少女の手足を縛り付けていた縄が見えない刃物で切られたように切れ、解放された少女が処刑台の上に降り立つ。


 フードが外れ、口元のマフラーをずらした少女も微笑を見せる。


「ありがとう。私はセイラ・グランザム」


「……あいよ」


 目と同じ深い蒼色の、腰まで延びた水の流れのような美しさの髪と、雪のように白い肌、そしてその凛々しい表情にしばし見惚れてしまう。


 妖精のような表情から一転、少女は目を逸らした叶から視線を外すと広場の方へと厳しい表情を向けた。叶もそちらを見やる。


 叶が吹き飛ばした広場から放り出された民衆は徐々に戻ってきており、その最前列には五十名ほどの兵士が陣形を作って処刑台を取り囲んでいる。


「セイラを助けたから敵に回った、って認識でよろしい?」


「うん。サイファルア王国は…この国の人たちは、魔族を憎んでいるから」


「くだらねぇ。戦争がご所望なら焼いてやるぞ」


 己の全てを奪った戦争を憎む叶自身の意思が反映して、その半身から炎が立ち上る。


「おっと」


 転生者が異質な存在といえど、身に宿ったのは神の権能。まだ完全には扱えきれていないようだ。目を閉じて深呼吸し、苛立つ心を鎮めてゆっくりと炎を小さくする。隣ではその様子を見たセイラが目を見開いている。


「それが……」


「俺の権能、神様の力らしい。はぁ、とっととあいつらを探しに行きたいからな」


「仲間がいるの?」


「あぁ、俺含めて五人で転生してきた」


 セイラがさらに息を飲むが、叶はそれには気づかず、ボキボキと指の骨をならす。


「差別、集団リンチ、よってたかってふざけやがって」


 戦争孤児であり、中学校生活の大半を学校内でのいじめに関わってきた叶含む孤児院の同世代の子供たちは、そういった人間の『負』の側面を嫌悪している。


「最も、第一村人との関係が最悪ってのも良くはない。一旦逃げるか」


 叶の背中に再び一対の羽が生える。


 その瞬間、


「っと!!」


 燃えさかる炎の球体が十数個飛んできて、あわてて避けようとするが、それより速く動いたセイラがナイフを抜き去って振るうと、火球が一瞬にしてナイフの切っ先に吸い込まれる。


 数個は叶の羽を貫通し、あっという間に白い標的を燃やし尽くした。


「デカすぎて使い勝手悪いな」


「……権能の力のおかげだったとは思うけど……もしかして、あなたって弱い?」


「この世界のことをまだ知らないだけだよ。元の世界には魔法はなかったし、剣すら日常的には使えなかったんだ。俺の兄弟ならたぶん秒で無双始めると思うけどね」


 尻餅をついたままの叶に、セイラがなんとも言えない顔を向ける。よっこいしょ、と立ち上がると、下から声がかかった。


「魔力の流れを見たところ、貴殿は我々と同じ人間族とお見受けする! しかし何故魔族を庇うのか、答えられよ!」


「……何て言えばいい?」


 白地に赤い刺繍が入ったマントを大きくたなびかせて、先端に宝石がついた杖を処刑台に向けた兵士の一人が声を張り上げている。どう返答すればよいのか分からなかったのでとりあえずセイラに小声で聞いてみた。


「転生者。それだけで強い」


「なるほど」


 セイラから随分と分かりやすいアドバイスがあったので、叶も下に向かって叫び返す。


「俺の名前は神谷叶、転生者だ! この世界のことはあんまり知らないんでね! 魔族だのどうだのは知ったことじゃない!」


 途端に兵士や人々の間にどよめきが広がる。注目されて少しいい気分になった叶はさらに声を張り上げた。


「だけど、一人の女の子を大人数でよってたかって処刑だぁ? 反吐が出るな! 俺はそういうの大っ嫌いなんだ!」


「調子乗るのは良くない」


「すまん」


 隣のセイラがジト目を向けてくるので、叶も思わず小さくなる。処刑台の下では、先ほどの男が何人かの兵士と話している。


「……敵対してくるんなら、それなりの覚悟はしてもらおうかな」


「サイファルア王国の魔術師達は、人間界の中でもトップレベルの実力。侮らない方がいい」


「マジかよ」


 どうやらこの国の名前はサイファルア王国と言うらしい。王国ならば王がいるはずだ。協力を頼めれば、叶としても願ったり叶ったりだが……


「今更セイラを見捨てろって言われてもなぁ」


「言っとくけど、魔界に敵対されるぐらいならこの場で抹殺する」


「さっき助けてあげたよね!?」


 本気なのかただの脅しなのか、再びフードを被ったセイラの横顔からは、その真意を読み取ることはできない。


「まぁセイラの方が位置的には上っぽいしな」


 今までの流れから、セイラは『魔界』という場所からの使いのようだ。それに対してここが『人間界』ならば、セイラは国どころではなく、世界レベルでの重要人物ということになる。


「貴殿の返答は承知した! 我々とて、転生者である貴殿と戦うことは望んでいない! しかし、そこの魔族には国王の側付きに扮し、我が国の軍事機密を持ち出した疑いがかけられている!」


 再び処刑台の下から声が飛んでくる。


「この王都カロンから生きて出ることを認めよう! しかし! 一度城壁を越えた時、貴殿らは追われる身となる!」


 城壁を越えた瞬間攻撃するという宣言に、叶もセイラも表情が固くなる。


「無論、この場で投降し、その魔族を引き渡すのならば、貴殿の身の安全を保障し、最大限の待遇を約束する! 返答は如何に!」


 一瞬セイラがチラリと叶の方を向く。その目には叶に対する幾つもの感情が混ざり合って映っていたが、叶はそんなセイラの方を見向きもせず、間髪入れずに大声を返す。


「俺の答えは変わらない! セイラを助けるのはこの世界に来るときに頼まれたことだ! …………お前達こそ、俺を追いかけてくるなら覚悟しろよ」


 最後の一言は少しだけ低く、それでいてざわめく民衆の中でも兵士たちの耳に届いた不思議な響きを持っていた。先ほど叶に苦言を呈したセイラでさえ、突然変わった叶の雰囲気に思わずギョッとして叶の方を見る。


 一般人の、しかも魔族に比べれば寿命の短い人間族の、それもまだ二十歳もない少年であるにも関わらず、殺すことすら厭わないことを語っている目と、叶の全身から発せられる殺気は、死線を何度も潜り抜けているとセイラに思わせざるを得なかった。


「…………承知した」


 それは王国の兵士達も同じだったらしい。


「じゃあ早速逃げようか。セイラ、準備は?」


「問題な……逃げてっ!!」


「待てっ!! ヘルゼルト!!」


 下で兵士たちが一斉にどよめき、セイラが叶に叫んで飛び跳ねるのと同時に処刑台の根本が爆破され、乗っている叶も落下する。


 空中で舌打ちし、すぐさま権能によって生えた翼で大きく飛翔する。周りの民家のうちの一つの屋根に危なげなく着地し顔を上げると、さらにいくつもの火球が飛んできた。


「何くそぉ!!」


 火球を睨みつけて『消えろ』と念じると、途中で見えない壁にぶち当たったかのように霧消した。


「やっべっ」


 魔法が飛んできた方に目をやると巨大な宮殿の方角から誰かが飛んできている。目を凝らすとその人物が杖を構え、さらなる魔法を放とうとしているのが見えた。


 慌てて飛翔するが、迎撃の姿勢をとるまでもなく横から別の人影が飛びかかり、飛行中の人影を地面に叩きつけた。そのまま屋根づたいに叶のところまで跳び移ってきたセイラは、ナイフを腰に差して叶と顔を見合わせる。


「逃げるわよ」


「…あれはほっといていいの?」


「今は不意打ちだったからいいけど、一対一じゃ私でも勝てない」


 この世界の強さの基準はいまいちよく分からないが、今のところ遭遇した人物の中では、セイラはかなりの実力者だとフラグが立っている。


「ここで逃げたら完全にこの街の連中と敵対するってことだよな」


「嫌なら大丈夫。でも着いてきてくれたら、この世界のことを誰よりも知ってるうちの一人に会わせれる」


「セイラのお父さん?」


 そう聞くと、セイラはしばしの沈黙を経てコクンと小さく頷いた。


「ちなみに何者なの」


 叶の二回目の問いに、今度は先程よりもさらに長く沈黙を続けて絞り出した答えが、


「魔神王アルザスト」


「なんて?」


「神々の一柱(ひとり)、魔神の転生体」


 叶の記憶に、神の権能を与えてきた存在の言葉がフラッシュバックする。


「それって……」


「ふむ、話しているところすまんがその魔族を引き渡して貰おうか」


 叶が疑問を口にするよりも早く、別の声が割り込んできた。


 セイラが目にも止まらぬスピードでナイフを抜き去り、声の主を睨み付ける。


「やはりこうも好戦的だと始末に困る。早いところ屍になって貰う方が良いか」


 魔法の杖一本を持ち、叶とセイラの前で空中に静止しているのは、


「うっわ出たよ典型的なラノベの悪役」


「見逃しようがない無礼な物言いのような気もするが、今の我は気分が良いのでな、多めに見てやろう」


「初登場の台詞(セリフ)までテンプレ通りかよ」


 豪奢な服に身を包み、身の丈ほどもある杖を持った男が叶の発言に顔をしかめる。


「我に対してそんな口を利ける人間など、この世に片手の指ほどもおらぬぞ小僧」


「あんた偉いのか?」


「無論、サイファルア王国宮廷魔術師筆頭、ヘルゼルト・レンブルである」


 男――――ヘルゼルトが名乗りを上げた瞬間にセイラの顔が大きく歪んだが、対してヘルゼルトはさらに煽るような口調で二人に話しかける。


「時に少年、貴様は転生者と言う話だが?」


「あぁそうだよ。仲間達四人と一緒に来た」


 四人という数を聞いてやはりヘルゼルトもピクリと反応するが、叶は気づかない。


「ならば、我々と盟を結ぼうではないか」


「盟? 約束みたいなもんか?」


「あぁそうだ、我々と盟を結び、共に魔族と戦う意思を示すのならば、我々も貴様に協力し、残りの仲間を探すのを手伝ってやろう」


「マジ?」


「ダメッ!!」


 セイラが横から止めるが、一刻も早く仲間達を探しに行きたい今の叶にとっては悪くない提案だ。


「無論だ。王国の守護者たるサイファルア貴族の名に懸けて、嘘は言わんとも」


 ヘルゼルトは杖を持つのと反対の手で髭を触りながら、セイラへと視線を移した。


「見て分からぬか? 魔族。彼は人間だぞ? 転生者とはいえ、やはり貴様らのような下等存在に差し伸ばす手は持っとらんというわけだ」


 ヘルゼルトがゆっくりと杖をセイラに向ける。


「ならば貴様に残された道は一つだな。『ガゼウス』」


 ヘルゼルトのひときわ響く声が発せられると同時に、何本もの電撃の縄がセイラに伸びる。


「チッ!!」


 セイラは再びナイフを振りかざして魔法を吸収するが、雷は次第に強さを増す。


「どこまで耐えられるかが疑問だな」


「おい」


 蒼い電撃がヘルゼルトの杖にぶつかって軽く衝撃を与え、手首を痺れさせる。ヘルゼルトが声をかけられた方を向くと、


「やっぱ却下だ。誰がテメェの提案なんざ受けるかクソ野郎」


 全身に蒼電をほとばしらせ、龍の羽を生やした叶が空中でヘルゼルトと相対していた。


「ほぅ」


 それを見たヘルゼルトも、セイラへの攻撃を止めて叶へと向き直る。


「貴様の方こそ、この世界の常識を分かっていないようだな。魔族は、人間の、敵だぞ?」


「知るか」


 魔族、と敵、が強調された常識を一刀両断する叶。ヘルゼルトのこめかみがひきつる。


「貴様も人間だ。何故魔族の味方をする」


「理由は何個かあるが、全部言うぞ」


 叶がヘルゼルトに向かって指を一本ずつ立てながら言う。


「俺のいた世界に魔族はいないからどうでもいい、俺は人種差別嫌い、この世界に来る前に、セイラを助けてってとある神様に言われた、負けてる方を助けたくなる性分」


 そして、最後の一言を言うと同時に中指を立てる。


「俺に言わせりゃ、お前のが下等存在だクズめ」


「ほざけっ!!」


 ヘルゼルトが杖を振り上げ、頭上に黄金の雷の球体を作る。


「魔族を排することが差別? 虐め? 笑わせてくれるな!! 我々は何百年もの間魔族と戦ってきた!! 我が朋友も部下も、挙げ句には家族も、魔族に殺されたのだ!!」


 暴走するヘルゼルトに思わず叶もギョッとする。セイラもナイフを構えた姿勢のまま微動だにしない。


「神が魔族を助けろと言っただと? ふざけるのも大概にしろ!! 本物の戦争の欠片も知らないガキが、知った口を利くなぁ!!」


「逃げてっ!!」


 ヘルゼルトが杖を振り下ろすと、電撃の槍が一瞬にして叶の全身を穿つ。セイラが息を飲むが、圧倒的な攻撃を前に何もすることが出来ない。


「いいや、笑わせもしてないしふざけてもいない。俺は戦争孤児だから、戦争が何をもたらすのかも知ってる」


 しかし、白い煙が晴れると攻撃を受ける前と全く同じ姿で叶がその場に静止していた。


「あんたの大切な人が殺されたのも、その仕返しに殺した相手を殺し返すのも納得はするさ。俺だって直接命を奪ったのは一度じゃない。でもな」


 叶が指で銃の形を作り、ヘルゼルトに向ける。


「関係ない奴をいたぶって苦しめたなら、それは戦いじゃなくて虐殺だ。俺の母さんはそうやって殺された」


 叶の中に憎しみと怒りが巻き起こり、その全身が真紅の光に包まれ、肩や腕から立方体の粒子が立ち上る。


「そして、俺はそれを許さん」


 叶の指先に紅いエネルギーが集まりだしたのを見てヘルゼルトが杖を振り、二人の間に半透明な薄い板が何重にも張られる。


想像・創造イマジネーション・クリエイティブ……『レールガン』!!」


 ちょっと迷った技名を叫ぶと、凝縮されて辺りに電撃を散らしていた緋電の球体が、一瞬小さく鳴動し、


「な――――!?」


「――――ッ!!」


 極大の光線が魔力障壁を、一瞬の拮抗の後に粉々に打ち破る。ヘルゼルトは慌てて回避するが、衝撃波に巻き込まれて民家の屋根に墜落した。セイラは同じく魔力障壁を展開し、ナイフと、新たに抜き去った短刀を屋根瓦に突き刺して突風に耐えている。


 一瞬の出来事だった。街の上を通り、宮殿の横を通過し、城壁の上を通り越した叶の魔法は、遥か彼方へと飛び去って、すぐに見えなくなった。


「バカな……」


「……」


 その場の誰もが目を奪われている。魔法を放った叶本人とて例外ではない。


「マジかよ。漫画のパクリなのに威力が桁違いだな」


 生前のアニメに出てきた、雷を一転に凝縮させて、一直線に解放させる技。所望エセ電磁砲(レールガン)なのだが、どこをどう間違えたか、ガンではなくキャノンになってしまった。


 両手の指を握ったり開いたりして、異常がないことを確認する。そして再び手のひらをヘルゼルトに向けて低い声で話しかける。


「で? 俺はもうセイラ連れてここから出てくけど? まだ邪魔すんの?」


「化け物め……!!」


 ヘルゼルトは杖を付いて立ち上がるが、その瞳には恐怖が写っている。


「魔族の手をとったことを後悔するがいい!! 我々が魔族を憎むように、奴らも人を憎む!! 魔界から生きて帰ってこられるなぁ!!」


 人差し指を叶に向けて大声でわめきたてるヘルゼルトを後ろに見ながら、屋根を飛び回って城壁を目指し始めたセイラを、叶が龍の両翼で飛翔して追いかける。


「……ありがとう」


「んな感謝されることでもないだろ」


 隣に並んだセイラが小さく口に出した言葉に真顔で答え、そのまま通りを颯爽と飛び抜けていく。


「でも、お前のお父さんにはしっかり話を聞かせてもらうぞ」


 人差し指をセイラに向けて念を押す叶に、セイラも口元を緩めて、


「避けて!!」


 直後、城壁を目前にした二人目掛けて一斉に魔法の弾幕が飛来した。


「うおああ!?」


 なんとかよけきったが、さらに横から数発の魔法が飛んできてギリギリのところでかわす。叶の背中の龍の翼の表面が焼け、痛みが直接全身に響いて顔が苦痛に歪む。


「さっきのバカは何も理解しなかったのかよ!」


「違う! これは…」


 屋根を飛び回るセイラが、再びナイフと短刀を抜き去る。


「右!!」


「あいよっ!!」


 先程ヘルゼルトが使っていた魔法の障壁をイメージし、新たに飛翔した金色の魔法を弾き返す。


 しかし今度はその障壁が切って落とされ、刀を持った小柄な影が突っ込んできた。


「はあぁぁぁぁっ!!」


 セイラが叶の横から飛び出し、襲撃者と空中で切り結んだ。そのまま屋根の上に着地して鍔迫り合い、セイラの隻眼と、襲撃者の緑色の眼が至近距離で交錯した。


「邪魔をするな、魔族!!」


「こっちのセリフ!!」


 腰から抜いた二刀目を使ってセイラが相手を押し返し、積まれていた木箱の山に墜落させて土煙が上がる。


「早く逃げて!」


「誰だあれ?」


「帝国の諜報員。さっきのやつほどじゃないけど、剣なら私と同格」


 砂煙で隠された地点を注意深く凝視しながら、セイラが叶の前に立つ。


「俺が狙いなんだろ? じゃあやらせときゃいい」


 対する叶は至って冷静だ。


「あなたじゃ勝てない」


「いいや」


 神の権能は随分と優秀なようだ。使ったことがあるわけないにもかかわらず、魔法や剣などの使い方も、感覚的に分かっている。そして、叶の知識内にある漫画や小説の魔法も、直感的に使えるという確信があった。


「『空間束縛』」


 小さく呟くと、足元に怪しげに光る魔方陣が展開される。


「大したもんだ。やっぱ漫画のキャラってぶっ壊れてるもんだな」


 叶の背後に刀を振り上げ、まさに飛びかかっている最中の姿勢で一人の少女が静止していた。周りの空間から現れた紫色の鎖に全身が拘束されている。


「すごい。何それ?」


「俺が前の世界で覚えてきた魔法。相手をその空間に縛り付けるんだ。原理は知らん」


 セイラが感心の声を上げ、叶が得意気な顔で説明する。


「さてと、お前の目的は?」


「……お前をっ」


「なんて聞くと思ったか?」


 セイラと同じぐらいの背の少女が一瞬目を見開き、叶の煽りに口を噛み締める。


「さてと、こいつを捕まえたのはいいけど、似たような手合いがあと五、六人いるな」


 権能とは関係なく前世の戦場を生き抜く術として磨いた観察眼。ちらほらと、自分達に向けられる視線に気づかない訳でもない。


「出てきたやつから話す時間増やしてやるよ」


 その瞬間に出てきたのは二人、ベレー帽をかぶって両手に拳銃を構えた小柄な男と、破けたドレスとハイヒールを身に付け、鎖を手に巻き付けて時計塔の頂上で器用にバランスをとる背の高い女性だ。


「おやおや、機兵界のクソ頑固頭のジジイが遠路遥々何のようだい?」


「ホッホ、そっちこそ似合わない服を着てまだあの古くさい街にいたのか。滑稽滑稽」


 出てきて最初の言葉は、二人とも互いへの憎まれ口だ。


「はい、オッサンから自己紹介と目的をどうぞ」


「最近のわっぱどもは年寄りの扱いがうまいのう。そこの(あま)が言った通り、機兵界の傭兵じゃ。名はジョナサンで通っとる」


「名字ジョースターだったりしない?」


「いや全く違うが?」


 なにやら落胆する叶に、ジョナサンを名乗った男は不思議そうな目をする。


「次はアタイだね。ルスベド共和国のスパイ、名前は言いたくないからナンバーファイブで頼むよ」


 赤一色に全身を染め上げた女性が鎖をジャラジャラと鳴らしながら舌なめずりをする。


「多分目的はこのクソジジイも他の連中も一緒だけど、この国に転生者が来るって予言があった」


「その転生者を捕獲すること。それが我々に課せられた命令だ」


 ナンバーファイブの説明に割り込み、サングラスをかけてスーツをがっちり着込んだ男が現れる。


「機兵界第一軍の先遣兵、オルクス少尉だ」


「ワオ、俺って人気者」


 つまるところ、叶を捕まえるためだけに世界各国から刺客が送り込まれたということだ。


「残りの二人は? 出てこないんならもういいかな?」


「まぁまぁ待てよガキンチョ。一旦座ってこのジジイの話を聞くつもりはないんか?」


 ジョナサンが拳銃を腰に戻しながら、懐から葉巻を取り出す。


「話すことはないね」


「そう言わずによ。お前さんの権能は、見してもろうたがたがなかなかのもんじゃぜ。機兵界のお偉いさんがそれを欲しがってるんじゃ。褒美もあるから大人しく付いてくる気にはならんか?」


 その話を聞いて、叶は再び顔をしかめる。


「やっぱ権能が目的じゃねぇかよ」


「カッカッカ、転生者は権能が強くてなんぼじゃからな」


「ジョナサン翁。あなたが以来を受けたのは第二軍の総帥でしょう」


 快活に笑う老人に対して、オルクスが鋭い声の矛先を向ける。


「おっと、痕跡は跡形もないはずじゃぜ?」


「本人が口を割りました。私は第一軍の使いです。ここは私が」


「いやいや、以来受けたからにはきっちり遂行せんと、傭兵の名折れじゃろ?」


 何やらジョナサンとオルクスが揉め始め、ナンバーファイブもため息を付く。


「あんたら、仲間割れなら他所でやってくんない? アタイはとっとと帰りたいんだ」


「お前も俺目当てか?」


「言い方がアレだけどまぁそんなとこだよ、坊や。ルスベドまでは結構近いから、付いてくる気にはなんないかい?」


「坊やて」


 叶がジト目を向けるのを、ナンバーファイブは不思議そうに見返す。


「気をつけて。あの女魅了の香水を使ってる」


「何かは知らんがどんなのかは分かった。ありがとうセイラ」


 女が舌打ちをするのを見届けた叶は、振り返ってセイラに礼を言ったあと、縛られている少女にも声をかける。


「でお前は帝国の刺客って言ったな」


「……バルトロイ」


 少女の呟きに、首をかしげる叶。


「何…」「おっと」「あらあら」「む」「チッ!!」


 多種多様な反応の直後、頭上から青白い魔法の弾幕が飛来する。


「貸し一つじゃぜ?」


「相変わらずケチで抜け目がないジジイだねぇ」


 ジョナサンは即座に引き抜いた拳銃で魔法の弾幕を撃ち抜いて片っ端から消し去り、ナンバーファイブは鎖を振り回して魔法を打ち返していく。オルクスはというと、何もせずただその場に立っているだけだ。


 セイラもナイフで応戦するが、


「…チッ!」


「クッソ!!」


 雨あられと降り注ぐ魔法によって二人の立っていた建物が倒壊し、注意を剃らされた叶の魔法が解け、碧眼の少女が自由の身となる。


 瓦礫に着地した少女の隣に降り立ったのは、全身を真っ黒な甲冑で包み、白いのっぺりとしたマスクで顔を隠した大柄な男だ。


「キール、情けないものだナ」


「ごめん、しくじった。でもあいつ結構やれる」


 最初の少女と五人目の来客は、どうやらグルのようだ。


「ワシは一人で世界跨いで来てるのにそっちは二人ってズルじゃね?」


 葉巻を投げ捨てながらジョナサンがぼやく。


「セイラ、この五人がどれぐらい強いか分かるか?」


「……帝国の二人目は多分一人目より強い。ジジイとドレスの女は私と同じぐらい。黒い眼鏡の男は全くわからない」


「ありがとう。アレ眼鏡じゃなくサングラスな」


 隣の建物に跳び移ったセイラと叶は互いに背を預けあい、五人を注意深く観察する。


「あと一人いるんだけど、出てくるつもりはなさそうだな」


「さっき会ったよ」


「ついでに叩きのめしたりしてくれなかったのか?」


「アタイじゃあいつには敵わないね。そこの帝国の黒いのと同じぐらいだったよ」


 ペラペラと自白する女にため息を付いて、叶は両手をかざす。


「さてと、俺はもうこの子について魔界に行くつもりだが、あんたらはどうする?」


 刹那、全員の気配が変わった。


「我々は皇帝の元に貴様を連れていく命を受けテイル。貴様に拒否権はナイ」


 黒甲冑が機械的な声とともに腰から長剣を抜き去って、少女がそのとなりで片刃の直剣を構える。


「ホッホ、ワシはとっとととんずらこくつもりじゃったけどな。しゃあないしゃあない」


「いいね。アタイはバカだからそっちの方が分かりやすくていいよ」


 ジョナサンが拳銃を構え、ナンバーファイブは鎖をブンブンとふり回す。


「…結局こうなるのか」


 オルクスはサングラスをはずして、ポケットから取り出したメリケンサックを両手にはめた。


 セイラは無言で二刀を構え直し、叶の両手が淡く光る。




 最初に動いたのはナンバーファイブだった。ノーモーションで鎖をジョナサンに向けてぶん投げる。


「こんのクソ(アマ)ァ!!」


 蛇のように迫る鎖の先端をジョナサンが拳銃で打ち緒とし、それと同時に叶に向かって飛びかかるが、


「燃えろ!!」


「うおお!?」


 叶の目の前で炎が上がり、突っ込んできたジョナサンを包み込んだ。


 バランスを崩し、火だるまになって落ちてきたジョナサンをかわしてオルクスが叶に向かって跳躍する。が、


「むっ!?」


「足元に注意じゃぜよ」


 魔力障壁を張った叶とオルクスの間に導火線がついたボールが投げ込まれ、オルクスはそれを素手で弾いた。爆弾はその先にあった時計塔を破壊し、ナンバーファイブも飛び降りて叶の目の前に着地する。


「シッ!!」


「ハッ!!」


 その隣からセイラが躍り出て、鎖とナイフの間で火花を散らした。


「小娘。お前魔族か」


「だから何」


「共和国は魔界とは仲いいんだ。大目に見てくれないかい?」


「……断る」


「残念だ……よっ!!」


 ナンバーファイブが回し蹴りでセイラを弾き飛ばし、空中に飛び出たセイラに、黒甲冑が剣を振りかざして飛びかかる。


「ぬん!!」


「クッ!?」


 しかし、建物の窓を破って飛び出たオルクスが、黒甲冑の土手っ腹に鉄拳を叩き込み、轟音を立てて派手にぶっ飛ばした。オルクスはそのまま碧眼の少女と対峙している。


「私は貴君らに対する攻撃の意思はない。ひとまずは休戦させてもらう」


「……どの口が……!」


「あぁ、助かる!!」


 セイラが息を飲んで反論しそうになるのを、叶が慌てて遮る。


 叶の目の前には、相変わらず鎖を振り回し続けるナンバーファイブと、なぜか火傷一つ負っていないジョナサン、セイラの前には、セイラに背を向けて帝国兵二人と対峙するオルクス。


 空気が一層張り積めた瞬間。


「我々は貴殿がこの国に対して協力的でないことを確認した。そして、貴殿が魔族に組したことも」


 新たな声が頭上から降ってきて、オルクス以外の全員がそちらを見上げる。青色の宝石がついた長い杖を右手に持ち、反対の手に黒焦げになった誰かの服の襟をつかんだ男が降下してくる。


「それはまぁいい。貴殿は転生者だ。何も知らぬのもしょうがない。我々もそれに対してこれ以上の追求はしない」


 左手の男をセイラとオルクスの間に投げ捨て、男は杖を両手で構える。


「だが、我が国にこびりついた虫は一度、取り除かねばならんな」


「おっさん、誰だよ」


 ついに出てこなかった最後の来客――――黒甲冑と同じ実力の刺客が黒焦げとなって出てきたことに驚きつつ、叶が口を開く。


「先ほど話したな、少年。サイファルア王国護国兵団魔術師長のフロスガーだ」


 よく見れば処刑台の上の叶と押し問答を繰り広げたあの兵士だと気づいた。


「……魔界の姫君、先ほどはすまないことをした。こいつらは私が引き受けよう、逃げてくれ」


 セイラの前に降り立ったフロスガーが杖を上にかざす。直後、


「水よ、我が手足となれ。『エリュシオーラ』」


 杖の先から紐状の水が勢い良く飛び出し、瞬きするよりも早くオルクスと二人の帝国兵、屋根の上のナンバーファイブとジョナサンを拘束した。


「……人間界で賢者を除けば最強格って謳われる王国の魔術師長が、まさかとは思うけど魔族に味方する気?」


「ルスベドの使い捨ての駒に話すことは無い」


 ナンバーファイブが身を捻って鎖をフロスガーに飛ばすが、直前で火花が散って弾かれる。


「魔界の姫君、魔神王に伝えて欲しい。人間界にも今の関係に疑問を抱くものはいる」


 振り返りもせずにいうが、セイラはその言葉に強く頷いた。


「カナエ、行くよ」


「分かった。おっさん、借り一個にしとくよ!」


「逃がしはしんぜよ!」


「ッ!!」


 叶が再び羽を広げて飛翔するが、いつの間にか拘束を抜け出した帝国兵の少女とジョナサンがその背後に飛びかかった。が、


「水の巨兵よ、我に応えよ。『プレザンブルグ』!!」


 フロスガーの杖の一振りで産み出された巨大な水の腕が、二人をまとめてがっちりと掴む。


 背中に飛び付いたセイラを支えて、叶は一気に城壁を飛び越えていった。


「……さて」


 拘束を解いた残りの三人に、フロスガーが怒りの炎が灯った目を向ける。


「偉大なる英雄王が築いたこの美しき国に土足で踏み込んだのだ。覚悟は出来ているだろうな」



   ◇ ◇ ◇



「いやはや、何とも痛快でしたね」


 城壁の上、飛翔していくセイラとカナエを眺めながら、一人の青年が笑っている。


「予言は始まりましたよ。既に英傑は五人と一人。あと五人はどこの誰か、神も運命も、目ん玉かっぴらいて見といた方がお得ですよ?」


 下では爆発と魔法が飛び交う応酬が続くなか、青年の笑い声が響いていた。

セイラ:美少女スパイ魔族

ヘルゼルト:魔族迫害過激派

フロスガー:水の魔術師団長

ジョナサン:酒好きジジイ

ナンバーファイブ:鎖ドレス女

オルクス:サングラス軍人

キール:サムライガール

バルトロイ:黒甲冑

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