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異世界を生きる僕らへ  作者: パーカー被った旅人さん
1/7

00 プロローグ

※戦争描写少々あり。

 










 ◇ ◇ ◇



「叶? 起きてんのか?」


「起きてるよ」


 山奥を走る夜行バスの中、首から頬にかけて大きな傷のある少年があくびを喉の奥で押し留めながら応える。


「もうすぐ着くぞ、あとバス停二つだ」


「おぉそうか……三人とも起きろ、次で到着だ。我らが海翔は車庫で寝泊まりするらしいぞ」


「うおぉマジだ!! 起きろ信乃!」


「ふわぁぁ!」


 マフラーの少年、高橋海翔の相変わらずのアホ具合にかける言葉もなく、叶が右に座る二人の少年に声をかける。


 反対側で海翔に寄りかかってうとうとしているのが、海翔の恋人の桐原信乃。「あれ? 花火は?」と寝ぼけながら海翔の顔をペタペタ触っている。


「ん? 叶お前マジで寝てなかったのか?」


「ずっとぼーっとしてた」


「キャラメルは美味しくいただいたぜ」


「うおおおい!!」


「もう全部食っちまったよ。奏汰が」


「冤罪すぎる。今起きたとこなんだが」


 結城大地と赤坂奏汰。大地は科学大好きでテンション担当、奏汰は頭脳担当で全国トップレベルの学力猛者だ。


 冬休みも終盤に差し掛かり、この五人で三泊四日で旅行に行って来て今は帰りの道である。そして冬休みが終われば大学入試が始まり、遂に高校卒業となる。


「遂に高校も終わっちまったなぁ」


「急にどうした? 頭でも打ったか?」


「どういう意味だオラ」


 この五人でいられるのもあと3ヶ月ほどだ。そう考えると自然と感慨深くなる。


 叶と奏汰はそれぞれ新首都東京市にある別の国公立大学を受け、海翔と信乃は二人揃って地元の公立大学に、大地は私立大学に既に合格している。


 そして一度孤児院を出て寮に入れば、連絡こそすれど、戻ってくることはほとんどないだろう。


「俺としちゃあお前らが寮生活で色々大丈夫なのかが心配だよ」


「奏汰は頭いいけどバカだもんな!」


「さっきから扱いがひどいな。そしてバカはお前が言うな脳筋」


「まぁまぁ、海翔君は脳筋でもなんとかなることの方が多いから」


「庇い方に違和感が仕事しない」


「違った?」


「いや俺は常に信乃全肯定」


「海翔には聞いてねぇ!」



 ◇ ◇ ◇



 アナウンスが流れてバスが停車し、五人は荷物を持ってバスを降りた。


 もう既に日付は変わっている。山に程近いこともあり、出歩いている人はいない。


「ばあちゃんに怒られちまうかなぁ」


「その時は奏汰の命で勘弁して貰おう」


「そこは旅行の提案者の叶にするべきだろう!!」


「奏汰君、近所迷惑だよ」


「信乃までそっち側につくな!!」


 ばあちゃんというのは、大地の祖母で、五人がいる孤児院の院長のような人物だ。戦争によって故郷を追われた信乃と奏汰、両親を失った叶と大地、海翔を引き取り、保護者として十年以上世話を焼いてくれている。


「ん? あれ白米じゃねぇか?」


「あ、ほんとだ」


 海翔の指差した先にいるのは、確かに孤児院の飼い犬である白米だ。犬小屋もなく孤児院の周辺でほとんど放し飼いとなっている白米だが、いつもならば既に孤児院の誰かの布団に潜り込んでいる時間のはずだ。


 ちなみに名付け親は拾い主の叶である。


「こんな時間に起きてるのは珍しいな」


 奏汰が呟いている先で、白米は五人の方をチラリとも見ずに森の中へと入っていった。孤児院の子供がいればどれだけ離れていても気付き、まっしぐらに飛び付いてくる忠犬のいつもと違う様子に違和感を感じざるを得ない一行。


 誰が最初ともなく、白米が入っていった獣道に足を踏み入れる。


「こんな道あったか?」


「いや、始めて見た」


 いつも野山を駆け回り、筍やら山菜やらを集めている叶と海翔ですら知らない道。鬱蒼とした竹林の奥へと更に入り込んでいく。次第に月明かりも入ってこないほどの暗闇になり、信乃が不安そうに海翔の手を握る。


「はくまああああぁぁぁい!!」


「うわぁぁぁびっくりしたぁ!!!!!」


「奏汰黙れ声がでかい」


「俺のせいじゃないだろう!!」


 大地の大声と奏汰の叫び声が夜の森に響く。だが他には何も聞こえず、もう一度辺りに目を凝らした。


 その時だった。


「はっ!?」


「あっ!!」


 夜の森を明るく照らす炎が上がり、一瞬遅れてズドォォォォォンと大音響が五人の耳をつんざき、熱風が押し寄せる。


「白米!!」


「待て海翔!! 不発弾か地雷だ!!」


 すぐさま信乃の手を振り切ってまで走り出した海翔の背中に、奏汰の声が浴びせられる。


「じゃあ………!!」


「全員そこから一歩も動くな」


 奏汰の言葉に全員が足を止める。


 第三次世界大戦の主要な戦場となった日本列島戦争。中国・朝鮮軍と自衛隊の最終的な激戦地となった兵庫県には、今も両軍問わず設置した不発弾や地雷が残っている地域は多い。


「……どうするんだよ」


「ちょっと待って、明かりつけるよ」


 信乃がそう言いながらスマートフォンのライトを点灯させる。そして辺りへとその光源を向け、


「グルルルルルル………」


 夜の闇に猛獣の巨体を浮かび上がらせた。


「ヒッ……」


 信乃が小さく悲鳴を上げて硬直する。五人の前に立ちふさがったのは、前足をついていても海翔の背丈と同等の体躯を持つ黒熊だった。捕食者の両目に据えられ、誰も動くことができない。


「あ……あ………」


「動くな……ここは俺が何とかするから、全員背中を向けないようにしてゆっくり下がれ」


 いち早く対応したのは奏汰だった。熊の対処の仕方を知っているのは彼だけだった。四人ともゆっくりと一歩ずつ、元来た方へと歩みを進める。その間熊は微動だにせず、唯一後退しない奏汰にじっくりと狙いを定めている。


「……………」


「ウォンッ! ウォンッ!」


 犬の鳴き声に熊が気づいて振り返った瞬間――――


「逃げろっ!!」


「グアルァ!!」


「ガウゥッ!!」


 どの声が最も早かったか、静寂が破られた直後、三者三様に動いた。白い毛並みの猟犬が熊の後ろ足に噛みつき、熊が唸り声を上げて後ろ足で立ち上がり、海翔が何処からか持ってきた尖った竹を振りかざして熊に突進する。


 刹那、


「海翔ォ!!」


 信乃のスマートフォンのライトに照らされた、金属の物体、それを振り上げられた熊の前足が踏み抜こうとしたのに叶が気付き――――












 閃光、そして一瞬の熱。























 全てが消えた。

















































































































































 海だ、と思った。海にしては静かすぎるとも思った。動きさえしなければ全く波立たず、風の音もしない。雲の上にどこまでも広がるガラスの地面をつくって、その上を水で満たしているかのようだ。


 叶が一歩を踏み出すと、何の揺らぎもなかった水面に波紋が生まれ、水平線の彼方に見えなくなるまで広がっていった。それをぼんやりと眺めていた、十分ぐらいだっただろうか。時間を確認しようと腕時計を見ても、針が消えている。


「ひゃっほう!!」


「うおあぁぁ!!」


 そんな穏やかな感情の叶の背後から、とてつもない喧騒が聞こえて振り返ると、尻餅をつく奏汰と、その少し先をヘッドスライディングで滑っている大地が目に入った。


「スゲェ!! 摩擦力無っ!!」


「遊ぶ前に状況を確認しろ!!」


 腹ばいでクルクル回り始めた大地の側頭部に奏汰が投げた靴がバコン、と当たって跳ね返る。


「死んだ後までお元気なこった」


「死んだならなんでこんなとこにいんだよ」


「…天国?」


「「いやいやいや」」


 二人が大地の疑問符に全力で首を横に振る。


「……海翔と信乃はどこだ?」


 我に返った様子の奏汰が慌ててあたりを見回すが、三人以外の人影は見つからない。叶と大地もキョロキョロと首を振る。


「あ」


「お」


「焦ったぁ」


 しかし直ぐに二人の居所を見つけ、奏汰が大きく吐息をつく。


「今はもうちょっと、二人にしといてやろうや」


 大地が手をポケットに突っ込んで鼻唄を歌い始めた。


























「こんなとこ来てまで何やってんだか」


「海翔くんも大体おんなじ感じだよ」


 頭上で奏汰の膝裏にヘッドスライディングタックルをかました大地に海翔がため息をつき、信乃が苦笑で返す。


 今まで見た中で最も大きい太陽が、上に向かって沈んでいる。夕焼けに照らされた雲が上の方に流れ、足元には少しずつ星々が見え始めた。信乃の目に映る世界は、どこまでも続いているようで、ほんの少しだけ悲しくなった。隣に立つ海翔が、虚空が広がる地面に一歩、足を踏み出し、世界の彼方へと波紋が伝わっていくのを眺める。


「…白米大丈夫かな」


「あいつは熊の後ろにいたし、一番遠くにいたから…きっと生きてるよ」


 信乃の不安を感じ取ったのか、海翔が繋いだ手にわずかに力を入れる。


「……俺が」


「海翔くん」


「……」


「その先言ったら怒るよ」


 信乃が後悔の言葉を口に出そうとした海翔の頬を、つないでいない方の手でつまんで引っ張る。いつもならば大人しくされるがままの海翔だが、言葉にしなくても心中は穏やかでないのか、顔がこわばっているのがわかる。


 夕陽は時間が止まっているかのように動かない。雲だけが、時折二人の顔に影を映しながら後ろへと流れていく。


「海翔くんさ、初めて会った時のこと覚えてる?」


「…雨の日の学校跡で」


 海翔がいつも通り山の畑へ行った帰り道、降ってきた雨をやり過ごすために入っていった小学校の廃墟で信乃と出会った。


「懐かしいね」


「ちょっとしか覚えてないけどな」


「あの時海翔君にとんでもないこと言っちゃったんだよね」


「……あぁ、そうだったな」


 きっかけは、どちらからだったか。


『風邪引くよ』


『ほっといて』


 玄関らしきところで出くわし、第一声がそれだった。お互い第一印象はよくはなかったはず。しかし五分ほどの沈黙を経て、海翔は信乃の隣に座り込んだ。


『家は?』


『もうない』


『うち来る?』


『いいの?』


『なんでそんなこと聞くんだ?』


『邪魔じゃない?』


『邪魔なわけない。来て欲しい』


 我ながらなんて下手くそな口説き文句だと、思い返した海翔の顔に笑みが浮かぶ。幼さゆえの無邪気さで、祖母のしつけ通りに『家がない子供』をおうちに招待してあげただけだ。


 しかしそれによって助けられた少女が、今は隣で手を重ねて立ってくれている。


「私は海翔君がここにいてくれてるだけで幸せだよ」


「…ごめ」


「謝らないの! 他に言うことはいっぱいあるよ」


「そうだったな、ありがとう」


 向かい合った信乃が両手で海翔の頬を包むと、海翔が信乃の背中に腕を回す。


「大丈夫。これからもずっと一緒にいるよ」


「私も。ふふっ、今までと一緒だね」


 海翔の目の前で、太陽のような眩い笑顔が弾けた。








 夕日が沈みだした。




 ◇ ◇ ◇



「それでここはどこなんだ?」


「あの世なら是が非でもおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行きたい」


「私も会いたい!」


「俺はやだよ。あのばあちゃん怖いもん」


「あれは海翔が悪い。『信乃はもう俺のものです』って」


「だからって夜の森に放り込むばあちゃんがいるかよ」


 夕日はすっかり沈み、叶、大地、奏汰の見上げた先に、海翔、信乃の足元に、満天の星空が広がっている。海翔が上を見上げて話を続ける。


「で? 俺たちはこのままあの世行きか?」


「案外意識って残るもんなんだなぁ」


 逆さまの海翔を見上げて大地がそう言う。月は既に三人の真上、二人の真下まで進み、星々の明かりはピークに達している。


「ただの思いつきなんだけどさ、死んだ後なのに意識があって、なおかつ五人集まってるんだから、このまま別の世界に転送されたりするんじゃねぇの?」


「思いつきにしちゃ突拍子がなさすぎるな。マンガあるあるの『異世界転生』じゃないんだから」


 真面目な顔で話し始めた大地に、奏汰がやれやれといった様子で腕を組んでため息をつく。


「根拠は?」


「何となくだよ、思いつきだって言っただろ? だけど………俺の第六感がそう言っている!!」


「寝ぼけてんのか」


 ものすごく面倒臭そうな顔をする叶に対して、大地の表情は真剣だ。


「死んだ人間がみんなこういうところに来るって言うんなら話は違うけども……誰だって一回くらい考えるだろ、この世界の主人公は自分なんだって」


「でお前はそう考えてるから、ちゃんと主人公フラグを回収していくと? いいね、その賭け乗った」


 海翔が悪い笑顔をしてそれに便乗し、そのとなりで手を握ったままの信乃がふふっ、と笑う。


「大地は割と異世界系のストーリーは好きだったよな」


「星奈ちゃんと漫画取り合ってたよね」


「おうよ。どんな異世界でも無双する自信がある」


「海翔の部屋にあったやつなら読ませてもらったけど、確かにシチュエーション的にはない話でもないな」


「ちょくちょく消えてたのはテメェか。死んだ後ならバレてもいいなんて思うなよ」


「やっべバレた」


 海翔の追求に奏汰が目を逸らし、信乃と大地が大笑いする。叶の背中をバンバンと叩きながら笑っていた大地の膝がかくんと折られた。


 いよいよ月が地平線に近づき、反対の空が明るくなってきた。


「あ、流れ星」


 信乃が下を指差して言った方向に、次々と流星が瞬いては消えていき、次第にその数を増やしていく。雨あられと星が降り注ぐ幻想的な光景に、誰も何も言わず、しばらくは静寂が訪れた。


 そしてついに朝日が昇り始め、信乃の手を握る海翔の手の力が強くなる。


「じゃあなお前ら」


「来世で会うかもしれないけど?」


「ならまた集まらないと、な」


「うん、またね!」


 その朝日に世を向けて奏汰が歩きだし、そのあとに大地が続く。残った三人がその背中に向けて声をかけ、大地が振り向かずに手を振る。


「俺は、お前らのことも忘れないよ」


「おう、俺もだ」


「またどこかで会おうね!」


 海翔と信乃が手を降りながら、太陽の方へと手を繋いで歩いていく。


 そして叶だけが残った。


「………」


 半分が昇った太陽の逆光で海翔と信乃の影が見えなくなり、大地と奏汰の姿も遠ざかる。


「………」


『生き足りない、か……』


「うおあぁぁ!?」


 突如声が叶の頭の中に響き、驚いてその場から飛び退いてしりもちをつく。ケツは濡れてない。


「誰だっ!?」


『もう私に名はない。好きに呼んでくれ』


「一番面倒臭い返答ありがとう」


 声は叶と少し似ているが若干大人びている。立ち上がって辺りを見渡しても誰もいない。大地と奏汰の影すらもついに見えなくなった。


「で誰?」


『…そうだな、この世界とは別の世界から来た、俗に言う神だ』


「……」


『生き返らせてあげようか?』


「すげぇ胡散臭い」


 全力で嫌そうな顔をする叶に、声の主が小さく苦笑する。


『確かにそんな反応をするのも無理はない…………実を言うと、私の世界で神々の反乱が起き、創造神である私が死んでしまった、そのせいで私の世界が崩壊しそうなのだ』


「神様って死ぬんだな」


『無論。そして私の世界が崩壊してしまったら、そこにすむ数多の命………言わば私の『子』だな、それらが失われてしまう』


 不意に背後に気配を感じて振り向くが、相変わらず昇り続ける太陽が眩しいだけだった。


『だから君には、私の世界を維持するために、私の持つ神の力『権能』を引き継いでその世界に行ってほしいんだ』


 つまるところ、生き返ることが出来る権利とその代償に義務を提示された訳だが、それでも叶の表情は固い。


「…俺だけ?」


『いや、君だけ連れていくのは、君たち五人の魂が運命によって強く結び付いている故、おそらくどんな神がどうやっても出来ない』


 声の主の答えを聞いてやっと叶の表情が和らぎ、そのまま何もない空間に人差し指を突きつける。


「分かった。もし今から起きるのが、さっき大地が言ってた『異世界転生』ってモンなら、俺の仲間達にもなんか力くれ。アルティメットスキルみたいなの」


『それは僕の役割じゃ無いが、問題はないだろう。安心していいよ』


 声の主の返答に叶がそのままの姿勢で訝しげな顔をする。しかし、叶が再び何かを聞こうとする前に声がひときわ強く響いた。


『時間が来たようだね』


 朝日が昇りきり、陽光が強さを増す。


『あとは任せるよ。どうか私の世界を、私の子供達を、救ってほしい』


「ちょ待て!! あいつらは一緒じゃないのか!!」


 小さくなっていく声の主に叶が叫ぶが、声はどんどんと掠れていく。


『これで終わったのかな、―――』


 声は最後に、誰かの名前を呼んでいた。声が聞こえなくなるのと同時に太陽がひときわ強く光輝き、地平線から光に覆われていく。眩さに目を瞑るが純白が視界を支配していき、遂に――――





 ◇ ◇ ◇

















 ◇ ◇ ◇














 ◇ ◇ ◇



「起きろ」


 誰かが呼んでいる。信乃の声ではない。さっきまで傍らにあった温もりも、なめらかな手触りも、すっかり消えてなくなっている。


「死んではいないだろう。早く起きろ」


 海翔は自分に意識があることを不審に思った。五感がまだ生きていることも。紛れもなく自分は死んだはずだ。


 ゆっくりと目を開けると見慣れない天井が見えた。低い男の声がずっと横から響いてくる。


「起きねば焼くぞ」


「ふあぁぁぁ!!」


 いきなり浴びせられた脅し文句に跳ね起きると、見知らぬ部屋のベッドに横たわっていたのが分かった。ベッドの脇には五人の人影がある。


「ほう、本当に起きていたとはな」


「………」


 その中の一人、足を組んで椅子に座っている黒髪に黒い目をした男が驚いたような素振りを見せ、海翔としばし視線が交錯する。


「空から降ってきた貴様を助けてやったというのに、感謝の言葉の一つもなしか?」


「助けてくれたのか?」


「空から人が降ってきたのに興味を持たぬほど、つまらぬ存在に育った覚えもないのでな。転生者など何十年ぶりだ」


「じゃあ信乃は……! 俺と一緒に女の子はいなかったか!?」


 男の言葉の一切に耳を貸さず、一番の疑問が口をついて出る。


「いや、降ってきたのは貴様一人だけだ」


「……嘘だろ」


「連れがいたのか? 案ずることはない、おそらくこの魔界とは別の世界に転生しただけだろう」


 告げられた事実に絶望している海翔に、男が声をかける。


「別の世界?」


 当たり前のように飛び出した単語に、海翔が顔を上げる。その目を見て男は面白そうに笑った。


「ここは九つの世界が交わる世、その一つ、我が支配領である魔界だ」


 男の発言に海翔は、ベッドから飛び退いて一番近い窓までかけよってカーテンを開く。




 赤い空、黒い雲、延々と続く焦げ茶色の土地。遠くには険しい山脈が、頂上付近を覆い隠す雲を伴ってそびえ立ち、町から少し離れたところには、空の色を反射して赤々と流れる川が見える。


 巨大な城の窓の一つから、城の中庭を、城壁を、周囲の町を、川や森を見渡して、海翔は確信する。大地の言葉は正しかった。自分は異世界へとやってきたのだ。しかしふと、窓からの景観に違和感を覚える。


「我が城からの眺望はどうだ? わざわざ最も眺めのよい客室を使わせてやったのだ。感想ぐらい言って貰わねば困るぞ?」


 いつの間にか男が海翔の横まで歩いてきて、窓から同じように城下町を見下ろす。


「……前世で、見たことがある」


「ほう?」


 海翔はこれと似た光景を知っている。街の規模や白の形こそ違いはすれど、見るものに畏怖を与え、圧倒的な権威を示す勇者の敵城。


「魔王城」


 信乃に絵に書いて貰おうとしたがどうにも伝わらず、同時にライトノベルに熱中し始めてから一度本物を見てみたいと思っていた、海翔にとっての夢の城。


「いかにも、ここは我が領地の中心、魔神王城ヴェル・トーレ」


「…魔神?」


 細かな言葉の違いに海翔が敏感に反応する。男は腕を組んだまま海翔の方を向いた。


「我が名はアルザスト、魔の神にして王、アルザスト・グランザムである。少年よ、何か聞きたいことはあるか?」



 ◇ ◇ ◇



 信乃は眠っていた。最愛の少年の手の温もりも消え、一人ぼっちになり、花の香りが――――


「ん…」


 目を開くと、視界の片隅にゆらゆらと揺れる花が見えた。そのまま状態を起こすと、辺り一面に咲き誇る、色とりどりの花が目に入る。


 小高い丘の上で目覚めた信乃はゆっくりと立ち上がり、辺りに目を凝らす。海翔の姿はない。奏汰も、大地も、叶もいない。


 信乃だけだ。


「みんな…」


 大地の言葉が現実味を帯びる。


 信乃は、転生というものを他の四人ほど知らない。本を読む暇があったら絵を描き、楽器を奏でる。それが信乃だ。時折、海翔や大地の要望で異世界風の絵を描くことはあったが、やはり感覚的に馴染めたものではない。


「………」


 しゃがみこんで、咲いている花を一輪撫でてみる。形はコスモスのような青と金色のグラデーションが美しい花だ。太陽の光と暖かなそよ風をを受けて、ゆらゆらと揺れている。


「あっ…」


 不意に蝶が花にとまり、あわてて花から手を離す。すると蝶は信乃の手を追いかけて、その親指の付け根に止まった。信乃はそれをじっと見つめる。


「……」


 不思議な蝶だ。今までに見たことがない。羽は青と紫で、キラキラと輝く粉が羽から振り撒かれている。


 蝶はしばらく信乃の手の上で羽を休ませていたあと、再び光る粉を撒き散らしながら草原の方へと飛んでいってしまった。それを追う視線の先にかなり大きな町が見えた。とりあえずそこまで歩こうと、信乃は歩き出した。








 花を極力踏まないようにして丘を下っていくと小さな家があった。木造のこじんまりとした平屋で、庭には菜園がある。


 窓から中を覗き込もうとして、ふとガラスに何かが映っているのに気づいて、後ろを振り返る。


「わぁ……」


 首をほぼ真上に傾けてやっとその全体が視界に入るほどに大きな樹が、陽光を所々遮りながら地上に影を落としている。何もかもを忘れさせるような圧倒的な存在感を放つ大樹に、信乃は感嘆の声を上げて二、三歩前へと歩く。


「……すご」


 『世界樹』が存在していた。


 どこかの映画か小説で見たのかどうしても頭の片隅に引っ掛かっており、海翔に手伝って貰ってネットや本でわざわざ世界中の大樹を探し回ったこともある。


 奏汰から北欧神話に出てくる全ての世界と繋がっている木の存在を聞いて、一から神話を学んで、世界樹が登場する映画も見て、一年半の試行錯誤を重ねて絵を描いたこともある。


 しかし目の前のそれはどうやっても絵に表すことは出来ないだろうと、信乃は直感でそう思った。


 根本に目をやると、先程の町がその太い幹を取り囲み、複雑な根を避けるようにして作られているのが見える。写真でしか見たことがないが屋久島の大杉の、おそらく何十倍も高く太い幹を登った先で、何十、何百という枝に分かれている。


 そしてその枝の先で青々と輝いている葉は、街に大きく世界樹の影をおとし、しかし昼間の明るさを人々に与えている。風が吹いて枝の先端が大きく揺れているのが分かるが、何万枚とあるであろう葉は一枚も舞ってこず、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。


 夢に現れたそのままの姿で、巨大な樹木の王は信乃を見下ろしていた。


「おやまぁ、お客さんかい?」


 信乃の横から声がかかり、そちらを向くと、家のドアから、かごを持った一人のおばあさんが出てきていた。開いたドアの中からは、小さくオルゴールの音が聞こえる。


「あ…」


 突然、意識が遠のいてくる。おばあさんがかごを置いて急ぎ足で歩いてくるのが視界から外れ、後ろに倒れた信乃の目に、陽光を受けて青々と風になびいている、荘厳な大樹の葉が映る。


「海翔くん…」


 微かに、花の香りがした。



 ◇ ◇ ◇



『目覚めましたか?』


 あと五分。


『五分もすれば武装集団があなたを捕縛しに来ます』


 物騒だな。まるで犯罪者じゃねえか。


「事実犯罪者より厄介な存在ですよ。転生者なんですから」


「は?」


 飛び起きて最初に、焼け焦げた地面が目に入る。幼い時に迷い込んだ戦場跡を彷彿とさせる。


『あなたを召還した余波で大規模な魔力崩壊が起こりました。機兵界は魔力が少ないのでまだよかったですね』


「誰だお前」


『機械の機に神と書いて、機神ログノーツです。月を正面にして右側に歩いてきてください。そこまで動けないのです』


 頭に響いてくる声は中性的だ。本物の神か、はたまた神を名乗るサイコ野郎(精神異常者)か。


『失礼な』


「勝手に思考読むなカス。プライバシーの侵害だ」


『神に向かってカスとは………さっきから念話に普通についてきたり、九世界人と比べても倫理観がいかれてますね』


「倫理観がいかれてるのは育った環境のせいだ。神に不躾なのは………これも環境のせいだ。そもそも、俺は神を信じちゃいないし、敬うべきだとも思わん」


 吐き捨てるように言いながら戦争の風景を思い浮かべると、『なるほど』と納得したような声が聞こえた。


『だとしたら残念でしたね。あなたが召喚されたのは戦争での戦力を補充するためですよ』


「ざっけんな。どうせ俺じゃなくて俺のスキルかなんかがメインだろ」


『この世界において、普通の人間では扱えない魔法とは別の特殊能力。我々は『権能』と呼んでいます。あなたの権能は空間を移動できるゲートの生成と不可視の腕による念動ですね』


「………………チッ」


『何故今舌打ちを?』


「いや、それをどうやったら軍事活用できるのかを勝手に考えちまった俺の頭に腹が立っただけだ」


 戦争はクソだ。両親を奪い、祖父を奪い、家を奪い、何もかもを焼き払っていった。信乃と奏汰を故郷から追い出し、海翔の両親を殺し、あまつさえ叶の命を奪いかけた。


「俺は戦争孤児だ。家族も戦争で死んだ。神の命令だろうが、何があっても戦争には協力しない」


『生憎と、私はもう世界に関わってはいませんよ。上を』


 ログノーツの声に、顔を上に向ける。


 炉が浮いていた。


「何じゃこりゃ」


『神座の炉です。分かりやすく言えば私の本体です』


「お前炉なの?」


『いえ、私はもう死んだ身です。殺されたといった方が正しいでしょうか。その炉は俗に言うアカシックレコードのようなものですが、肉体が消滅する寸前に私の魂をその中に保管しました。今あなたにしゃべりかけているのもその魂です』


「ふーん」


『ちょっと待ちなさい』


 無視して歩き始めるとすぐさま呼び止められる。


「なんだよ。転生した後は初動次第でフラグ回収RTAだぞ」


『あなたに力を貸しますから助けてください』


「何? 憑依させろと?」


『察しがよくて助かります』


「良かったな」


『待て』


 再び歩き出すと、もはや命令形で呼び止められる。


『貴方の友人たちを探すのに役立ちますから』


「よしいいぞ」


『性悪にもほどがありますね』


 炉の方を向いて両腕を広げるとものすごく嫌そうな反応が返ってくる。


「嫌ならいいぞ」


『分かりました。動かないでくださいよ』


 その声が聞こえたのと同時に炉の上についた煙突から黄金の炎が噴き出し、意思を持ったように大地の体を包み込んだ。全身の表面に熱い感覚が走る。


「………胃が痛い」


『おっと、我慢してください』


 死ぬ直前の地雷の熱風が脳裏によぎり、顔をしかめる。すぐに体を覆っていた炎が消え、煙突から噴き出していた炎も収まる。ピリピリとした感覚は残っているが、不快ではなく、むしろ身体が高揚しているような気さえする。


『貴方の魂の一部分を借りました。私の記憶と同調はしないようになっているので安心してください』


「なんで安心………いやそりゃそうか」


 神である以上不死であるか、それに近しい存在だろう。幾千幾万の歳月を生きてきたかも分からないのに、その記憶をすべて流し込まれたら脳が焼き切れるまで待ったなしだ。


「さてと、こっからのプランは?」


『機兵界軍を待ちましょうか、貴方を召還したのは彼らです。協力を受諾するふりをして情報網を利用しましょう。それと、機兵界にいる他世界のスパイに接触を図ります』


 新しい相棒はなかなか頭が切れるようだ。かなり心強い。


『何か?』


「いや」


 思わず笑いが漏れた大地に、ログノーツが語り掛けてくる。


「これからこのクソみたいな世界に挑むのが楽しみだ」



 ◇ ◇ ◇



「なんでだよ」


 上空何メートルかは分からないが、こんな空の上では奏汰のツッコミに反応する者もいない。


 だが実際つっこまざるを得ない状況に、さしもの奏汰も頭を抱える。


 ついさっきまで謎の空間にいて、叶、海翔、信乃と別れて大地と一緒に宛もなく歩いていたはずだ。


「……」


 それが今、どこか上空をパラシュートなしでスカイダイビングしている。脳裏に鮮明に蘇るのは大地の言葉だが、奏汰の知る限り転生が空の上から始まった事例はない。


 大抵は――――といっても知っている異世界の物語は三つだけで、そのうちひとつは転生モノですらないのだが――――地上からスタートするのが普通だったはずだ。


 しかし事実は事実だ。現に奏汰は今雲の中をものすごい勢いで落ちていっている。背中や首、後頭部に水滴が当たり、あっという間に全身ずぶ濡れになった。


「寒い…」


 降りしきる雨と身を刺す冷風に、奏汰の体温が下がっていく。


 このままだと誰にも知られない場所で凍死か、運良く生き延びても地面に落下してあの世行きだ。転生していたとしても、この体たらくでは地獄であの四人に向ける顔がない。


「…スキル」


 ひとつの可能性に思い至る。異世界転生系の物語では、必ずと言っていいほど転生者に与えられている、人智を越えた権能。


「だがそれが思い付かない」


 もっとも、何度も言うが奏汰は大地や海翔、叶ほどには異世界に詳しくない。


 奏汰の知っている異世界物語で主人公に与えられたスキルは、小説『転生したら史上最弱の勇者だったので王国から逃げてきました』の主人公の『剣聖』、アニメ『前世で社畜を極めたのでこの世界では賢者として堕落します』の主人公の、『賢者の知識』、『錬金醸造』、『絶対服従』だけだ。


 どれにしろ打開策が見つからない。


「いや、考えろ」


 しかし、いつも厄介ごとを何とかしなければならなかったのが奏汰の頭脳と知識である。


 異世界転生におけるスキルは主人公の異世界での役割によって決まる。勇者なら剣術に関するものが多数、賢者なら知識や魔法に関するものが多数、とは大地の談。


 転生には二種類あり、そのままの姿で別世界へと飛ぶタイプと、異世界で子供として再び生まれ落ちるタイプ。前者の場合はスキルを所持する割合が高く、後者の場合は知識を引き継ぎ、才能を持って生まれることが多い。


 奏汰の場合は前者、スキルを持って異世界に転移した可能性が高い。


 ならばそのスキルは何か、奏汰は学校では剣道部であるため、剣の扱いには自信がある。ならばその系統かと思うが、生憎どころか面倒なことに剣がない。


 となれば消去法で魔法のような、前世に存在しなかった未知の力になるが、魔法の類いが微塵も存在し得ない世界なら望み薄だが、ここはそれに賭けるしかない。


「んんっ!! ……炎よ」


 周りには誰もいるはずがないが念のために咳払いをし、手を前にかざして小さめに発声する。


 何も起こらない。


「……炎よ!」


 今度は少し大きめに発声してみるが、やはり何も起こらない。


「爆発! ぶっ飛べ! ブレイズ! イグニッション! バースト!」


 言葉を変えて色々言ってみるが、何も変化はない。


「ファイア!」


 かと思った。


 その言葉で点火されたように目の前の空間に風雨をものともしない爆炎が上がる。驚愕して両腕で顔を覆う奏汰。しかし炎の球体は一瞬で勢いを失い、すぐに消えてしまった。


「魔法が使えることは分かった。でも炎じゃ空は飛べない」


 てか英語なんかい、とひとりで突っ込み、ついでに前世で自分達の死因となった地雷を彷彿とさせるため封印。この状況を打開できる魔法といえば、


「風だ…! ウインド! うおぉ!?」


 瞬間、下から突風が吹いて奏汰の体が煽られる。奏汰の魔法の力か……はたまた、


「なっ………!?」


 奏汰の視界の隅を何かが横切る。鳥、にしては大きすぎるが、鳥より大きい飛行生物など見たことがない。


「異世界ならなぁ……」


 そんなバケモンがいてもおかしくはないだろう。


「ッ………!!」


 再び視界の端を掠める黒い影。今度ははっきりと、巨大な翼を持ったジェット機程の大きさだと理解する。今の奏汰では対抗策がない。それに生物が現れたのなら地上も近づいてきている証拠だ。


「ウインド!」


 諦めずに魔法を模索する奏汰。今度は手の先から何かが抜けていく感覚があり、正面で発生した突風が、奏汰の体を後ろに吹き飛ばす。風の魔法の呪文はこれで間違いなさそうだ。


「スーパーウインド!」


 次は少し言葉を付け足して、威力をあげようと画策する。


「メガウインド! ハイパーウインド! グレートウインド! アルティメットウインド!」


 変化は起こらない。そして遂に、雲から脱出して奏汰の両目に雲の下の世界が映る。


「ミラクル……なぁっ!?」


 そしてそこに広がる光景に思わず声が漏れる。


 雲を抜けたと思いきや、無限に続いていく雲海。その所々から雲の層を貫いて剣山のような岩山がそびえ立っている。そして奏汰の真下にはひときわ大きな岩山と、その表層を覆うように作られた都市が見える。


「すげぇ…」


「ギャオオオオオオオン!!」


 感動に言葉を失う奏汰の耳を、突如として咆哮がつんざく。


「マジかよ……」


  下を――――頭を下にして落ちているので上空を――――見ると、雲を突き破って超巨大な飛行生物が降りてきた。その生物に奏汰が抱いた第一印象は、


「プテラノドンじゃねぇか!!」


 巨大な翼、鋭い(くちばし)、後頭部のとさか、ただし大きさは倍以上。ケツァルコアトルスも顔負けの全長である。そんな怪物が奏汰を一息に飲み込もうと嘴を大きく広げ、








「グガアアアアアアアアアア!!!!」


 そのさらに後ろから雲を纏って飛んできた巨大な黒龍に首を噛みつかれて落ちていった。数回しか見たことがないVR映画が到底及びもつかないような大迫力の光景に、さしもの奏汰も驚愕して自分の状況を忘れる。


 眼下では黒龍を振り切ったプテラノドンが反撃に出て、大きく口を開けたかと思いきや……


「―――――ッ!!」


 喉から膨れ上がった青白い光が、巨大な光線となって黒龍に迫った。黒龍はその巨体に見合わない機敏な動きでそれをかわす。


「ギャオオオオオオオオオン!!!!」


 再び巨大プテラノドンが吠えて、黒龍に背を向けて飛び去ろうとする。それを見た黒龍も翼を力強く羽ばたかせて追おうとするが、


「危ない!!」


 黒龍の後ろから現れた別のプテラノドンがその首筋に噛みつき、尻尾を胴に巻き付け動きを封じた。さらに最初の一頭も反転して戻ってくる。黒龍がもがけど、プテラノドンはギザギザの歯を食い込ませてなかなか離れない。もう一頭の喉元が再び青白く光った、その瞬間、


 黒龍の黄金の双眸が奏汰に向けられた。


「ファイア!!」


 その金色の目を見た刹那、奏汰は両腕を前にかざして魔法を唱える。視線の先、ちょうどプテラノドンと奏汰の中間点に赤々と燃える炎がボッ、と音を立てて上がり、次第に膨れ上がって辺りに熱気を撒き散らす。


「はああああああああっ!!」


 そのまま力強く手を前につき出すと、太陽のような炎の球体をプテラノドン目掛けて投げ飛ばす。それに気づいたプテラノドンは照準をこちらに変え、


「――――――――――ッ!!」


 いとも簡単に光線で奏汰の魔法を打ち消した。そしてその斜線上にいた奏汰も……





「てやあああああああああ!!」


 消し炭にされる直前、子供の声と共に突っ込んできた小さな影が奏汰の前に立ちふさがって光線を拳で殴りつけて雲の彼方へと弾き飛ばした。必殺技を防がれたプテラノドンは驚いたようにもう一度嘶き、もう一頭も黒龍の背を蹴り飛ばして逃げ出すが、


「グガアアアオオオオオオオ!!」


「らああああああああ!!」


 黒龍の口元から発された紫色の雷が片方の体を穿ち、奏汰の前にいた少年が全身に雷を纏うとあり得ないスピードで飛翔してもう片方の首の付け根に鉄拳を叩き込んだ。そこまで見届けた所で手足の力が抜け、奏汰の意識が遠のく。


 黒龍がこちらに向かってくるのが見えた。



 ◇ ◇ ◇





 ◇ ◇ ◇



 気がつくと、目の前にドアがあった。所々ペンキが禿げた白い木製のドア。錆びついて回らないドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開く。


 扉の向こう側は孤児院の一番大きな部屋だった。


 テレビがあって、クッションがあって、小さい子供達の布団とおもちゃ、ばあちゃん(大地の祖母)の手編み道具があった。


 窓が開いており、ボロボロのカーテンが風に揺られている。


 ゆっくりとした歩調で部屋を横切り、次の、自分たちの部屋へと続くドアに手を伸ばす。


「驚いた」


 誰もいなかったはずの部屋から声が聞こえ、伸ばしかけた手をおろして後ろを振り返る。


「相応しい者を連れてくるとは言っていたが、キミだったのか」


「…誰だ?」


 部屋の中央でクッションの一つに胡坐をかいて座っていたのは、一人の少女だった。叶よりもずっと幼い、せいぜい十歳ほどの日本人の女の子だ。


「それはボクへの問いかけかな?」


「あぁ、さっきの奴の知り合いか?」


「その様子だと創造神には会えたみたいだね。その通り、ボクはエレイン。『転生』を司る神さ」


 小さな口に微笑を浮かべているが、話し方がどうにも幼い少女のそれじゃない。


「神がなんで日本人ロリの姿なんかしてる? しかもボクっ娘」


「ロリって……まぁいいや、これは仮の姿だよ。ボクの肉体は多分消滅してるだろうからね」


「ふーん」


「あと一人称がボク、っていう美少女はキミの好みに合わせてみたよ」


「おい。別に好みではない」


 ケタケタと笑われた。からかわれたのだろう。


「はぁ、で?」


 明らかに人ができるものではない、ふわりと浮かび上がる挙動でクッションから立ちあがった神を名乗る少女は、裸足でぺたぺたと歩いて行って、部屋のテレビをつけた。


「ボクの役目は、九世界に転生してきた魂を見送ることさ」


 ブロックノイズが止んだ画面には、巨大な城が映されていた。


「これは…あのイケメン君だね」


「海翔か!?」


 慌ててテレビ画面に寄る。


「どこだこれ」


「魔界だね。しかも魔神の居城だ。運がよかったね、彼」


 城のほぼ最上階にある窓から顔を覗かせる海翔の背後には、不敵な笑みを浮かべる男がいる。


「次行こうか。質問は最後にしてね」


 一瞬ノイズを挟んで、画面内の風景が切り替わる。今度は花が咲き誇る草原だ。


「精霊界。多分ここが一番安全だよ」


 草原の端にある丘の上空、何もない空間に亀裂が入り、空間が割れるようにして人影が放り出される。見覚えしかない少女だ。


「信乃ッ!!」


「大丈夫」


 思わず画面に向かって叫んだ叶の視界の先、頭からまっさかさまに落ちていく少女を、どこからともなく大量の花びらが飛んできて包み込んでいく。


 巨大な両手の形を作った花弁の嵐は、落下の勢いを受け止め、眠っている信乃の体をゆっくりと丘の上に降ろすと、風に流されて飛んで行った。


「いまのは精霊女王だね」


 後ろでエレインがそう呟き、パチンと指の音を響かせると、再度景色が変わった。映っているのは、吹き飛んだ建物らしき瓦礫の中央で佇む大地だ。


「うっわ……」


「あぁ?」


 エレインがあからさまに嫌そうな声を出すので、思わず突っかかるような口調になる。


「いや、彼に対してじゃなくて……本来転生者が下りる場所は、神々にも干渉できないんだよ。コイツらふざけたことしたなぁ」


「召喚みたいなことしたのか?」


「あぁ、転生者の存在は……いや、後で話そう」


 最後に映ったのは奏汰だ。雲の中を猛スピードで落下している。


「…大丈夫なんだろうな」


「いや、まずいね」


 同じシチュエーションに陥りながらも、異世界チックな助けられ方で窮地を脱した信乃の例があったために小さかった不安だったが、エレインの声にぎょっとして振り返る。


「出現する座標が皆大幅にずれてる。召喚されたさっきの彼はともかく、普通は地上で目覚めるはずなんだよ。しかも、この少年がいる世界の神とはコンタクトが取れていない」


「おいおい……ちょっ、奏汰!!」


 聞こえるはずがないのだが、画面の中で落下を続ける奏汰に向かって声を張り上げる。


 すると、声が聞こえた訳もないが、目を覚ましたらしい奏汰が空中で体を捻った。


「あぁ、まぁ何とかなりそうだね」


 それを見たエレインが急に安堵の混じった調子で指を鳴らし、画面がブラックアウトした。


「心配しなくても、彼なら無事だよ。未来を見てきたからね」


「……もう驚かねえぞ?」


 猛抗議をしようと勢いよく振り返った叶の額を、エレインが人差し指の腹で押さえる。顔をしかめた叶ににっこりと笑いかけ、エレインがひらりと後ろを向く。


「さて、次はキミの番だけれども、キミをあの世界に送る前に質問コーナーといこうか」


「………お前そんなだったっけ?」


 いつの間にか、再びクッションに腰を下ろしたエレインの座高は伸び、すらりとした手足も華奢な体も、少女のそれではなく、叶と同じぐらいにまで成長している。


 日本人然とした黒髪と黒目も今や見る影もなく、部屋の床を埋め尽くすほど長く伸びた髪は、星屑を溶かしたような白銀色。叶と視線を交錯させる双眸は、黄金に光輝いている。


「これがボクの本来の姿だよ。さっきはキミの警戒を解くために、二ホン人の姿を真似てみたんだ。可愛かったでしょ」


「別に姿が変わった程度で警戒の度合いは変わらないぞ。あとそっちのほうが可愛い」


 コロコロと子供の様に笑っていたエレインだったが、叶の最後の一言を聞いて、笑みがはっきりと大人びたものに変わる。


「やはりキミは面白いね。ヒトに口説かれたのは初めてだよ」


「お前の質問に答えただけだ。質問者がどっちか思い出せや」


 ぶっきらぼうに返してテレビ台に腰掛ける。団欒の時の叶の定位置だ。


「まず一つ、俺たち五人は死んだけども、お前の言う新しい世界に『転生』したんだな?」


「その通り」


「なんでだ?」


 もちろん、不慮の事故で生涯を終え、離れ離れになってしまった海翔、信乃、大地、奏汰と一緒なのは嬉しい。だが、そこに理由があるのならばはっきりと聞いておきたい。


「創造神とは会ったんだね?」


「おう」


「世界を作った存在たる彼が死んだことで、この世界一一一一一九世界は崩壊するはずだった。それを防ぐために、創造神の持つ、『秩序』と呼ばれる世界の仕組みを引き継ぐ存在が必要になった」


「それが、俺?」


「キミの魂は既に一度、九世界から転生している。秩序云々以前に、魂の相性がちょうどよかったんだね」


「………奏汰たちは?」


「あぁ、本当はキミだけを転生させるはずだったのが、魂の結びつき、キミたちの言う『運命』が強かったからね。ついてきちゃったんだよ」


 なるほど、あの空の上で聞いた話とも矛盾していない。


「この世界で俺はどうすればいい?」


「好きに生きなよ。って言いたいところだけれども、転生者はいろんな意味で強大すぎるからね、あらゆる勢力がキミたちを狙っている」


「理不尽極まりない」


 エレインがそこでいったん言葉を区切ったので、組んでいた足を解いて立ち上がり、部屋の隅に置いてある箱の中からルービックキューブを取り出してカチャカチャと弄る。結局、出来るようにはならなかった。


「………じゃあこうしよう」


「ん?」


 少しの間沈黙を保っていたエレインから完全に意識をそらし、ルービックキューブと格闘していた視界の端に淡い白い光が映る。


 エレインの手の中で青白い光が渦巻き、辺りの空間が拍動するように波打っている。部屋のあちこちから軋んだ音が聞こえ、窓の前に立っていた叶の後方から風が吹き込む。


「……予言を行う」


 エレインの目が黄金に輝き、ひらひらした服と長い髪が風にたなびいている。


『戦いに備えよ』


 声音が変わった。鈴を転がすような耳触りの良いものではなく、何人もの声が重なったようなノイズのような不協和音がエレインから発せられる。


『堕ちた神々、人の悪意、異界の侵略者。世界は英雄を待っている』


 それだけ言うと、エレインの手の中の光も消え、部屋の中は再び静まり返った。


「今のは?」


「予言だよ。創造神が叶った仕組みさ。『英雄を導くのは神じゃなく予言であるべき』なんて言ってたからね。神々にしかできないから本末転倒だけど」


 エレインが疲れた様子で大きく伸びをする。


「予言の内容は自分で考えてね。授けるまでが神の役目さ」


「訳が分からん。むしろ混乱した」


「予言なんてそんなものだよ」


 まったく勝手だよねー、と空中に座って足をぶらぶらさせながらぼやいている。


「あ、ついででいいんだけど、キミが転生する地点の真下で魔族の女の子が処刑されてると思うから、助けてあげてくれる?」


「なんでまたいきなり」


「神の助言は聞いておいた方がいいよ?」


「はいはい」


 脳内のクリップボードに会話の内容を固定して、ゆっくりとドアに向かう。


「おや、もう行くのかい?」


「あぁ、これ以上は聞いても分からんだろうからな。俺以外の四人のほうが、こういうのには強いから」


「………そうかい」


 やや寂しげな声が後ろから聞こえ、振り返ると、エレインがこちらに背を向けてクッションに座っている。


「一緒に来るか?」


「無理だよ。ボクの本体は絶界の底さ」


「地獄みたいなとこか?」


「キミの考えうるどんな悪夢でも到底及ばないよ」


「なんで」


 咄嗟に出たが、大きな意味を含んだ一言だった。初めて出会った自分に色々と気を利かせてくれた、やさしい彼女が何故、そんな目にあっているのだろうか。


「…………色々あったんだよ」


 相変わらず彼女はこちらを見ようとしない。


「………スキルみたいなのはどうやって使うんだ?」


「ん? あぁ、キミの権能はモノを生み出す『創造(クリエイティブ)』と現象を発生させる『想像(イマジネーション)』の二つ。権能の名前を呼んで頭の中で思い描けば、その通りに権能を発動させれるよ」


 やっとのことで体をこちらに向けたエレインは、直前にどんな表情をしていたかを悟らせない、明るい笑みを浮かべていた。


「ふぅん………………想像(イマジネーション)『思考読解』」


「ちょ………!」


 聞かれないように小声で呟いたつもりが、部屋には二人しかいないうえに距離も近かったので、耳ざとく聞きつけたエレインが顔に手を伸ばしてくる。その手首を掴んでほっそりとした身体を抱き寄せ、黄金の瞳孔を至近距離から覗き込む。


 突然の大胆な行動に驚いたのか、エレインはぱちくりと瞬き一つしただけで、叶の腕の中で身じろぎ一つしない。そして確か、相手と視線を合わせることは『思考読解』の発動条件だった。


「……っくぁ!!」


「何を………!!」


 途端に頭の中に流れ込んできた、すさまじい量の情報。目の前で爆弾が爆発したような、何十人分ものが大声が耳元で反響しているような、頭を内側から殴られるような。なんにせよ、とても許容できるものではない。思わずエレインの目を見つめたまま顔を歪める。


「…………『思考………加速』ッ!!」


 割れそうな頭で辛うじて小説通りの対処法を思い出し、名前を唱えることも忘れて権能を発動させるとすぐに頭がスッキリした。その代わりに周りの空間から色が消え去り、モノクロの世界が訪れる。


「ふぅ」


「これは…………」


「いやなんでやねん」


 確か『思考加速』は自分の脳が情報を処理する速度を上げる、というものだったはずだ。それに伴い周りの景色もモノクロのスローモーションになる。だが相変わらず眩い金瞳を輝かせるエレインは叶の腕の中で身じろぎをして辺りを見回している。


「ボクはキミの意識の中にいるからね。思考を加速させたところで影響はないよ」


「意味わからん。それより今のは?」


「………絶界に閉じ込められた邪神たちの怨念だよ。神界戦争でボクたちに負けたから怒ってるんだろうね」


 叶の問いに微妙にエレインが視線を逸らしながら答えるが、相変わらず、亡者の叫びのような声が頭の中で響いている。さっきよりは間違いなく楽だが、到底耐えられたものではない。


「………助けに行ってやる」


「絶界を作ったのは創造神と対極の力を持つ破壊神だよ。キミの力じゃ無理だ、あの四人にもね」


「断る。俺が創造神になったんだったら俺の好きなように世界を作り変えてやる」


 正直、かなり腹が立っている。何故エレインが、自分たちに道を示してくれた彼女が苦しんでいるのか。信乃の様に明るく笑い、海翔の様に人に心配をかけようとせず、大地の様に笑わせようとしてくれて、奏汰の様に気を使ってくれる目の前の少女が受ける理不尽を、すべて消し去りたい。


「………もう時間だよ。早くいかないと友達から遅れちゃうよ」


 エレインの手首を握る手に思わず力が入り、ハッとして手を離すと、肩を押されてくっついていた体が離れる。


「ずっと一人なのか?」


「そうだね。身体の方が生きているのかすら分からないよ」


 やはりエレインは微笑を浮かべたままで、悲しんでいるそぶりも見せない


「また会いたい」


「会えないよ?」


「違う、俺が会いたい」


「口説いてるのかい?」


「ああ」


 真面目な顔で正面からそう言い放つと、初めてエレインの目の奥に揺らぎが見えた。


「言い忘れてたがあいつらは友達じゃない、家族だ。今まで助け合って生きてきた。これからもそうだろうし、新しい家族も増えるだろう」


 後ろのドアがガチャガチャと音を立てている。


「エレイン、お前が俺たちをこの世界に入れてくれたんだろ? なら俺もお前を助けたい………………家族になってほしい」


 クサいセリフを言っているのは分かっているが、あの四人でも同じことを思ったはずだ。


「…………ヒトの言う『家族』っていうのが、どうにも私には分からなかった」


 ドアが軋む音がだんだん大きくなるが、エレインの声ははっきり聞こえた。


「帰る家も、愛する人も、好きな物も、私には何もない」


 背後でドアが勢いよく開く音がして、風によって後ろに引き込まれそうになる。


「………」


「前に会ったことってあるか?」


「なんで急に…………………うん、この世界から魂を送り出すのも私の役目だよ」


「そうか」


 風に逆らって前へ進み、目を伏せているエレインの細い体を抱きしめる。


「ちょっ………!」


「まだ返事貰ってないぞ。お前は、どうしたい?」


 ピクリと、エレインの体が跳ねる。


「………………………………家族に、なりたい」


 少しの沈黙の後の答えだった。泣いているのか、声が震えて、嗚咽が混じっている。


「………そうか、分かった」


 絶対に助ける。俺がそう決めた。


「………時間だよ」


 エレインの泣き声が収まり、遂に強風に抗えなくなってきた。


「迎えに行くから、待ってろ」


「うん………………………もし助かったら、キミのことを好きになってもいい?」


 手を離すと、涙が伝った跡のある顔で、茶目っ気たっぷりに聞かれた。


「叶だ」


「え?」


「俺の名前だよ、エレイン」


「………カナエ。待ってる」


 エレインが子供のように笑った。










「っ!!」


 気づいたときには、はるか上空から落下していた。


「………創造(クリエイティブ)『天使の翼』」


 少しだけ目元にたまった涙を拭ってエレインに教えてもらった式句を唱えると、背中に何やら感触があり、体の両側に白い羽毛を生やした大きな翼がバサリと広がって力強く羽ばたいた。


 眼下には広大な平原と、城壁に囲まれた巨大な町が見える。規模としては、新首都東京ぐらいだろうか。町の中央の広場に、人が集まっているのが見えるが、同時にエレインの言葉がフラッシュバックする。


想像(イマジネーション)『衝撃波』」


 見えない力が右手から放たれ、人々を襲い、町の建物をなぎ倒したのが見える。やりすぎたかと思ったが、彼女の受ける理不尽をどうにもできない自身の不甲斐なさに対する鬱憤を晴らすには丁度良かった。頭が少し冷えたように感じる。


「………異世界か」


 海翔も、信乃も、大地も、奏汰も、隣にはいない。しかし、人生を終えたはずだった五人が生まれ変わり、この新たな世界にやってきた。


 もう二度と、奪わせはしない。


「上等だ」

 初めまして! 別に小説家というわけではない一般なろうユーザーのポリケラです。妄想の中にとどめていた異世界を今回、ノリと勢いで小説『異世界を生きる僕らへ』にしてみました。初執筆・初投稿故に至らない点もあるかと思いますが、温かい目で見ていただけると幸いです。

 何度も言いますが本業が小説家ではないので投稿の間は空きますし、そもそも次話を投稿するかもわかりません。期待は二割ほどでお願いします。

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