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十九話 断罪

私がそう言い放った後、周囲はこれからどうなるのだ、と黙っていた。

それでも私は、言わなくちゃいけない事がほかにもいくつかある。


「まあ、物的証拠が何もないので、証言だけであなた方をどうこうする事は出来ないでしょう」


「! そうだ、先ほどから証言があったという話ばかりして……! 全てカトリーヌの妄言だ! 物的な物をお前は出せるのか!! ははは! 出せるわけもないだろうな!」


「ええ。でも」


私はバートン様をまっすぐに見つめた。


「あなた達が私が海から身を投げたと嘘をついて、その後に婚約を交わした事は事実でしょう。バートン様、あなたは中流貴族の三男坊でしたよね。つまり家の跡取りではない。なのにどうして二女のカトリーヌと婚約したのですか? その時点で、あなたがクレタの家の当主になりたかったことは明らかでしょう。私が法的に死んでいれば、二女のカトリーヌが跡取り娘。その妹とすぐに婚約したとなれば……あなたが意図的に何かをした、と思われても仕方のないのです」


まだまだ私の言う事は続く。


「まあ、いいですよ、のしをつけて差し上げます、クレタを」


「……は?」


「私にとって、クレタの跡取りである事は、私の選ぶ未来にとってあまり都合がよくないのです。そんな私にとっていらない物を欲しがってくださるならば、どうぞどうぞ。差し上げます」


色々な人が呆気にとられているのが伝わってくる。それはそうだろう、跡取りである事は強力な手札になるのだ。

それを自ら放棄するという事は、貴族に取ってあり得ない事なのである。

でも私にとってはそれが要らなかった。

跡取りとして誰かと、一番の候補としてバートン様と結婚して子供を作って家を盛り立てていく。

そんな事は出来そうにない自分がいたのだ。

やせ細っていた私を見て、暴言ばかり口にしていたバートン様。貴族の義務として子供を作るとしても、恐らく骨の浮き上がっていた私とあれこれをするのは嫌がるだろう。

そうなって、他所に女性を作って、隠し子なんて作られて、認知しろなどと言われたらたまったものじゃない。


「それに、お母様、カトリーヌ。見殺しにしたのはあなた方が先なんですから、私が自分をすでに殺された身の上として思い、身の振り方を考える事のどこがおかしいのです?」


「あなたはなんて親不孝な子供なの!」


「お姉様は私のお姉様なんですから、私達を助けるのが当り前じゃないですか!」


お母様とカトリーヌが言う。私はもう、家族として見る事の出来ない二人を見て、こう言った。


「捜索もしないで死んだと扱われて、どうして家族と思い続ける事が出来るでしょう」


そう。私は王宮で治療をしている間に、色々な人に話を聞く事になっていたのだ。

その中で、色々な事が分かった。

家族が私が、海に身を投げたと言って、死んだという扱いにした事。

バートン様とカトリーヌが婚約した事。

あの結婚式のその後の話。

あんなに頑張っていたのに、報われなかった担当さんの事。

そして……私が死んだ事になってから、クレタの家がいかに大変な事になってしまったかも、聞いたのだ。

それらをいくつも考えて、この日を迎えて、こうして、彼等と対峙しているのである。

さてこれからどうするか、と考えた時だ。

今まで一切口を開かなかった、この場で一番偉い立場の人が、口を開いたのだ。


「……なるほど。お前達の言い分はわかった。だがお前達は極めて問題のある間違いを犯している」


王様が口を開いたのだ。そしてつかつかと私の隣にやってきて、バートン様やお母様、カトリーヌを睨み、続ける。


「それはこの正式な式典であり、最高位の勲章である金剛紫勲章の授与式を中断させているという事だ」


「は、それは」


「何ゆえにお前達は国の式典を邪魔し、勲章を授けられている者に対して異様に失礼な発言を繰り返す?」


バートン様が真っ青な顔になる。まだ王様の追撃は終わらない。


「お前のその装束は、第一騎士団の物だな? 第一騎士団の規律はどうなっている?」


「も、申し訳ありません!!」


そこで、先ほどからずっと青い顔で、頭を抱えていたバートン様の上司の騎士が、飛び出してきた。

そして躊躇なくバートン様の頭を殴りつけて、床に引き倒し、頭を床に擦り付けて謝罪する。


「申し訳ありません、申し訳ありません!! こ奴のしつけが行き届いていないのはわが騎士団の恥!! 申し開きも出来ません!!」


「ジョルジョ、お前も部下の教育を間違える事があるのだな」


「何も言う事が出来ません……」


「これほどの格式高い式典の邪魔をする馬鹿を、騎士団に入れておく事もないだろう、なあ?」


「はい……」


「お、お待ちください陛下、私は正義を……!!」


「お前は黙れ!!」


王様の問いかけに対して、騎士団の上司さんのジョルジョさんが頷き、その対話でバートン様が真っ青になって口を開き、またジョルジョさんに殴りつけられて黙る。


「まったく!! 仕事も出来ると判断し、我が親友クレタの長女を紹介したというのに!! このような事をしでかし、あまつさえクレタの長女に対して目に余る事ばかり言うとは!! お前を気にかけていた私が愚かだった!!」


心底そう思うという声でジョルジョさんが怒鳴り、王様に頭を下げ続ける。


「このような者に目をかけて、騎士団に所属させ続けていたのは私の怠慢、いかなる処分もお受けします、陛下」


「ジョルジョ、そういう性格だからこそ、第一騎士団でお前の信奉者は増加するのだ。そのお前を追放するのは少々手間がかかる。……あとはわかるな?」


「はい、陛下のお心のままに」


彼等の会話が終わり、ジョルジョさんがバートン様を引きずっていく。残されたのはお母様とカトリーヌだ。

王様は身を縮めて隠れようとする二人を見やる。


「さて。お前達も同じように、この式典を台無しにしているわけだが……」


「お、お許しください!! 陛下!!」


お母様が懇願の姿勢になる。カトリーヌもさすがにまずいと判断したのか、同じ姿勢をとる。


「お許しくださいませ、陛下!!」


二人に何を見たのだろう。王様は続けた。


「先ほどから色々興味深い事を言っていたな、ぜひとも詳しい話を聞かせてもらおう。衛兵、この二人を連れていけ」


「陛下!! 貴族の娘は親に従う物、元をただせば娘があまりにも我儘に過ぎるのが原因です!」


「死んだ娘が親に果たして従うものか?」


痛烈な皮肉を言い、王様が衛兵に二人を引っ張って行かせる。


「シャトレーヌ、助けて!!」


「お姉様、助けてください!! 家族でしょう!!」


私は彼女達を見ても、助けたいと思わなかった。その代わりに、こう言葉が出てきた。


「助け合うのが家族であるべきです。あなた達は一度も……私を助けてはくれなかった。それが現実です」


その後二人は呪いの言葉を発しながら引っ張って行かれ、私は王様に向き直り、謝罪の姿勢を取り、こう言った。


「式典をこのような形で中断させてしまい、誠に申し訳ありません。いかなる罰も受けます。勲章を取り上げられてもかまいません」


この言葉に誰もが絶句する。そうだ。最上位の勲章であり、これがあれば生活に困らないと言われるほどの物を、奪われてもかまわないという人間は、きっと前代未聞なのだ。

それでも、もともと欲しかった物でも、受けるべきでもなかった物、という印象の強い物だから、私は欠片も惜しくなかった。


「このように式典に泥を塗ってしまった事を、心からお詫び申し上げます」


そう言って膝をつき頭を下げて、反応を待っていた時である。

王様が口を開いた。


「あなたは何もしていないだろう。あなたの家族や元婚約者が愚かの極みだったというだけの話だ。それであなたの活躍がなかった事にはならない」


「そうでしたか」


「いよいよこの金剛紫勲章に相応しい女性だという事が、明らかになっただけだ」


この言葉に周囲の人達がどよめく。ここまで王様に言われる女性などほとんどいないのだ。


「さて、シャトレーヌ・クレタ。あなたはまことに、あの島に一人暮らす事を願うのか」


「はい」


私が即答すると、王様が頷いた。


「その願い、叶えよう。あなたのための家なども都合しよう。そして定期的に必要なものを送らせよう。あなたはそれだけの事を成し遂げたものなのだから」


「……ありがたき幸せ」


「いいのだ。……それ位の事しか求めないからこそ、海神はあなたをあの場所に導いたのだろうから」


こうして式典はやり直され、私は勲章を白いドレスの肩に飾り、式典はその後つつがなく終わったのだった。

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