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十五話 暇がもたらす最適解

二度寝をした後に見たものは、やっぱりと言うべきか、何というか、キュルーケさんからもらった自宅の中だった。

寝ている間にどこかに移動したりは、していなかったらしい、結構安心した。

そんな事を思いつつ、周囲を見回して、あれ、そう言えば二度寝をする前にいた牛頭の怪物はどこにいるんだろう、どこにもいない、と気が付いた。

室内履きをはいて、キュルーケさんの思いやりなのだろういくつかの部屋をのぞいていく。風呂場とか、衣装を入れておく部屋とか……キュルーケさんは私よりはるかにお洒落な人で、経済的にも余裕のある生活を送っていた人らしく、もらったお衣装は私が実家で持っている衣装の十倍以上の量だった……あと、食料の備蓄の部屋とか。

私には仕組みがわからなかったけれども、備蓄用の部屋の扉にはよく分からない紋様が描かれていて、キュルーケさんの置手紙の中に、書かれていた、設備の説明の中に、こんな事が書かれていた。


「この備蓄食料用の部屋に入れれば、食べ物は腐らないわ。熟成したいものは適度に熟成されるから覚えておいてちょうだいね」


この字を見た時に戦慄したのは、それがどれだけすごい魔法か、理解できない生き方をしていなかったからである。

魔法使いたちが一人で暮らす事が出来て、研究などに没頭できるのは、こう言った事を可能に出来るだけの技量を持っているからである。

大量に集めて、腐らないように保管して、研究に没頭しても問題のないようにする。

そして魔法使いたちは、このものすごい便利な魔法を、やすやす誰かに与えたりしない。

私なんかには手の届かない雲の上の人達の邸宅にも、こう言った魔法がかけられている事はありえないのだ。

そして魔法使いという人々は、強制されるのが大嫌いなのがお決まりなので、作れと命令されても、従わない。人質とかをとったらもっとだめで、一族郎党が呪われて、笑いものにならないお家断絶なんて事も、私が生まれる前にはありふれていたそうだ。

私が生まれる少し前に、魔法使いが激怒して、町一つを呪って滅ぼしたから、もう魔法使いという人々に、強制をする命知らずはいなくなったのだとか。

そう考えると、なるほど、キュルーケさんはそう言った事以前に、ここの結界の魔女というものになっていたのだろう。すると二十年弱くらいはここに一人で……というわけだ。

そうなると、確かに交代の人員が来ないっていうのは腹立たしく、魔法使い的には呪いをかけても仕方のない事なのだろう。

魔法使いは超常の存在、人とは違うくくりに生きる事になった人たちなのだ。呪われるのは天災に等しく、逃れられる事が出来るのはほんの一握りの幸運な人である。

……そんな事を思うと、いかに私に対して、キュルーケさんが申し訳なく思ったのかが伝わってくる。

もしかしたら、二十年近くここに一人で暮らしていたから、まともに雨風をしのげる所もなく、道具もほとんど持ち合わせのない状態で、一か月以上しのいできたって事が、キュルーケさんの視点からすると、同情一択の生命活動だったのかもしれない。

一人で生きていたからこそ、私の苦労がよく分かってくれて、だからこんな素敵な家をくれたのだろう……

事実彼女は、申し訳ない事をした気がする、という風な事も言っていたのだし。

さて、家にあるいくつかの扉を開けても、牛頭の怪物はいないので、この家の中にはいないらしい。

どこに行ったのだろう。いや、どこかに行くのは自由になった牛頭の怪物にとって普通の事だし、私が考える事でもないかもしれないけど、ちょっと気になった。

この家の中に入ってきた用事が、何か気になるからだ。


「……ご飯食べたかったのかな」


私はほかに思いつかなかった。牛頭の怪物は、多分何日も、調理したものにありつけていなかったはずで、そう言った物が恋しくなって、この家に入ってきたけれど、私が寝ているからあきらめたとか。

考えれば考えるほどその可能性しか思いつかなかったので、この家には調理したものを保存できる空間もあるから、何か作ろうと決めて、私はすばらしい台所で、備蓄食料を使って、ご飯を作る事にしたのだった。



「キュルーケさんわかってる……石臼がある……」


私はそんな事を言いつつ、ゴリゴリと石臼で、穀物をすりつぶしている。これで穀物がゆじゃない物が食べられるというわけで、実家でよく食べていた薄い無発酵のパンが食べられるというものだ。

私には上手な脱穀の技術はないので、いわゆる黒っぽい粉になるけれど、実家でも私が食べていた物はカトリーヌやお母様と違い、黒い粉で作った粉ものが多かったのだから、味は気にならない。

ゴリゴリと石臼を使い、これって下女の仕事だったんだよな……実家では私が時間のある限りこう言う下働きもしていたけれど……下女の仕事って重労働が多い、なんて事をぼんやり考えている間に、必要な分の粉は作る事が出来て、私はそれを練って、平べったく伸ばして、無発酵のパンを作ってみた。

焼きたて熱々を一口。……たまらない味がした。穀物がゆと、それから魚と卵と根菜と野草という料理しか作れなかったこの一か月、こう言う物にとてつもなく飢えていた事を改めて実感して、私はばくばくとそれを食べて、作ったものの半分以上を食べきってしまった。


「おいしい……」


美味しいと心底思って、残ったものを壺に入れて布巾をかけて、乾きすぎないようにして、私はキュルーケさんが用意してくれた食糧庫にそれを置いた。

実家では大量にパンを焼き、一週間とか二週間とか食べつないでいたから、焼き立てじゃなくても私は文句を言う事はないのだ。


「……ご飯も食べた、たっぷり寝られた、後は……畑仕事か」


数日放ったらかしにしていた畑が、どんな事になっているのか考えると、少し憂鬱ながらも、生きるための必要な事だと、気合いを入れ直して、庭仕事につかえるだろう庭師風の服を着て、私は畑に行ったのだった。

数日ぶりの畑は、やっぱり雑草がそれなりに育っていたから、それらをぶちぶちと引っこ抜き、水をやり、何か食べられる物が育っていないのかを確認する。


「ちょっと獣に食べられてる気がする……」


畑のいくつかの野菜には食いちぎられた跡があったので、野生の獣もこう言う物の方がおいしい物ね、仕方がない、畑に何か獣除けを作らなくちゃ、と考えつつ、一仕事を終わらせて立ち上がる。

ちょっとした縄がいいかもしれない。それから、臭いのきつい物をしみ込ませれば、獣は警戒して近付かないかもしれない。

そう考えていくと、やっぱり農家さんの苦労はもっとすごいのだとしか思えず、私はもしも町に戻る事があったら、もっとそういう人達に敬意を示そうと決めた。




それから何日も、牛頭の怪物は私の家に来なかった。私が魚を釣りにいっている時とかに、入ってきた跡もないので、本当に来ていないみたいだった。

そして、牛頭の怪物の事も考えなくていい時間がたくさんあって、そしていろんなものに余裕が生まれて、私はじっくりと色々な事を考える暇が出来た。

その暇の中で、私が導いたこれからの事は


「この島でひっそり生きよう」


だった。牛頭の怪物の求婚とかそういうのを抜きにして、町に戻ったらあの、暴言ばっかり言ってくる外面だけはよろしいらしい婚約者と、結婚しなくちゃいけないって何かのいじめに等しいと気付いたのだ。

実家にいた頃も、家がちゃんとするまでの間も、早く町に戻って実家のカトリーヌやお母様のために帰らなくちゃと思う事が多かったけれども、家をキュルーケさんがくれた後は、一人で自分のためだけに暮らして、


「あれ、こっちの方が生きやすいかもしれない?」


そういう事実に気が付いてしまったのだ。

町にいた頃は、家でお金の計算をしながら、きりきりと胃が痛くなりながら、家計が赤字にならないように私だけが我慢していた。

雇い主達から怒鳴り散らされたり、酷い時には暴力を受けながら、下働き過ぎて人に馬鹿にされながら、それでも働き続けた。辛かろうが何だろうが、はたらかなくちゃ、家を維持できないし、カトリーヌの散財は止まらないし、お母様は止めてくれないし、屋敷を売るとか、使用人を全員首にするとかはとても出来ない事情があったから、よれよれくたくた、そしてぼろぼろになるまで働いて、深夜まで働いて、夜明け前から家の事、外の仕事をして、とにかく働いた。

でも、誰も感謝なんてしてくれなかった。カトリーヌもお母様も、私が働くのが当たり前って顔をした。

お給金を払うために、無茶苦茶な働き方をしていたけれど、家の使用人達はそれをありがたがったりする事もなかった。お父様がいた頃と同じだけのお給金を払うって、ものすごく大変だったけれど、彼等が家の事をしてくれているから、私が働きまくっても家の事が何も終わっていない、なんていう地獄のような光景を見なくて済んだから、がんばり続けたのだ。

しかし。

嵐の海に落ちて死んだ事になって、こうして流されて、素敵な家がある状態で一人で自由に暮らしていて、気付いてしまったのだ。


「あんなに何で頑張ってたんだろう……」


という現実に。今まで気付けなかった私は、相当色々なものに毒されていたに違いない。

そして、前述したように、私を見ると暴言しか口にしない、エリート騎士団員のバートン様と結婚しなくていいというのは、降ってわいた幸運に等しいのではないか、と思うようになったのだ。

だって……やせ細ってぼろぼろだった私を心配するわけでもなく、醜いだの気に入らないだのと散々に言う人だ。いや、上司の紹介で行われたお見合いで、そんなぼろぼろの人が来たらちょっとは気にならないのか、と思えるようになったのはここにきてようやくなのだ。

少なくとも、結婚した後に良い未来が見えるかと言われたらそれはないので、ここでひっそり暮らしていた方が、はるかにまともな精神状態で暮らせると理解してしまったここ数日なのである。


「ここに行商人とか来てくれないかな……そうしたら物々交換のためにあれこれ用意して、ここで育たない物を手に入れるのに」


海神の呪いがなくなったから、このあたりにも漁船が来るようになるというのだから、そういう商人も来てくれれば、本当にそれなりにひっそり暮らせそうで、そっち方面で人生をすごすか、と私は今後の人生の方向を決めたわけだった。

……まあ、牛頭の怪物の求婚そのほかに関しては、次にこっちに相手が来た時に、キュルーケさんの言うように、誠心誠意話し合えばある程度はどうにかなるだろう。

少なくとも、ここで基本的に暮らす事は伝えておけば、船に乗ってどこかに行かなくちゃいけない時に、追いかけて海に引きずり込んだりしないだろうし……

まあ、求婚に関しては、ちゃんと、知らなかった事などを伝えて、無効にならないか頼もう。

私はまだ、牛頭の怪物と夫婦として連れ添うのは、遠慮したかったので。

……いや、いい奴なのかもしれないが、だから結婚するとは早急に決めない方がいいと、これまでの人生経験で導いた結論なので、そこは大事にしなくちゃいけないのだ。


「……大変だけど実家よりはるかに楽って……実家って何だったんだろう……」


私はそんな事を大きな独り言で口に出しつつ、釣り糸を垂らして、今日は何のお魚が釣れるかな、塩漬けが出来れば塩漬け魚が出来て、料理に深みが出る! と今日もやる気を出しながら、揺れる海面を眺めていたのだった。

……あれ、やけに岩場の方が騒がしい、なんだろう。

なんか海鳥が餌でも見つけて騒いでいるのかな、と思いつつ、私は船着き場がある方でない、穴場のような別の岩場で、釣り糸を垂らし続けていたのだった。

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