第92話:“迷宮”
「ーーつまり、サンドスコーピオンの対処法はこうだ」
ローガンが黒板に描かれた、蠍のような生物の絵に印を付けていく。それを教室にいる生徒たちは、自分の書き取りように用意した羊皮紙に写していた。
今は冒険者学の時間だ。最近は王都より西に行った、砂漠地帯の魔物についての話が多い。
隣に座るアリスは授業の初日から変わらず、ずっと寝ている。
最初の頃はローガンも、彼女のその姿によく苦言を呈していたが、中間試験の結果が出てからは何も言わなくなった。
ピネットは書き取りもせず、つまらなそうに欠伸をしながらも授業は聞いているようで、試験での成績は上位に入っていた。現役の冒険者としての知識を、遺憾無く発揮しているのだろう。
「尾の針には毒がある。優先して尾の破壊を目指した方が、効率的に討伐できるだろう。なお毒を貰った場合は、解毒魔術か専用の解毒薬が必要だ。忘れないよう、砂漠に入る前に用意しておけ」
黒板にチョークが触れるたび、軽快な音が静かな教室に響く。
私は手元の羊皮紙に、羽ペンを使ってローガンが言ったことを書き込んでいく。
「あの砂漠に入る前に、だいたい商人が解毒薬売ってくれるんだけどね。そうそう忘れることもないよ」
隣で欠伸を噛み殺しながら、ピネットが呟いた。
その言葉を聞くに、ピネットは砂漠に行ったことがあるのだろうか。
私が気になり尋ねてみると、彼女は笑いながら頷いた。
「砂漠には“迷宮”があるからね。人数がいれば、稼ぎにはちょうど良かったんだ」
「“迷宮”かぁ」
“迷宮”については、先日の授業で学んだばかりだ。
世界各地に点在している、地下にある大きな空間。それを“迷宮”と呼称している。
非常に危険な場所で誰が造ったのか、どんな理由で造られたのか全くわからない迷路のような場所で、その奥深くには金銀財宝が眠るらしい。
危険だと言ったのは、“迷宮”には魔物が住み着いているからだ。その数は未知数で、数百とも数千とも言われている。
難易度も冒険者組合で設定されており、簡単で深度の浅いものから、入れば命の保証はないし、どこまで続いているかもわからないような深さのものまである。
「砂漠の“迷宮”は、冒険者にとって登竜門みたいな所。自力で最奥部まで辿り着ければ、卵からひよこになったと周りから評価されるの」
「それでもひよこなんだ」
「そこから先はランクを上げないとね〜。まあでもフィリアなら、あっという間に上げられそうだけど」
そうかなぁと言いながら、黒板を見る。いずれ私も砂漠の“迷宮”に挑む時が来るのだろうか。
その時は誰と行こう。その場で知り合った人たちでも良いが、できれば知り合いの方が楽だし嬉しい。
そうなると、やっぱりいつものメンバーからか。でもオルは戦闘向きじゃないし、ピネットは既に攻略済みだから断られるかもしれない。アリスは、まあ何も言わずとも着いて来てくれるだろう。
(……レミィは、誘ったら来てくれるかな)
レミィならきっと解毒についての魔術も知っているだろうし、私とアリスの前衛に、後衛として魔術師の彼女がいればパーティとして安定しそうだ。
そういえば、と思い出す。入学初日、オルと二人で話していた時に旅をしたいと言っていた気がする。それが冒険者として、ということなのかはわからない。
「ねえ、ピネット。砂漠の“迷宮”は三人で行けると思う?」
「うーん……流石に厳しいと思うけど、そこで寝てる子も含まれてるんでしょ? なら割と余裕かもねぇ」
私の問いに対しピネットは、両腕を組んで悩んだ後に寝ているアリスを見ながらそう言った。
なるほど、余裕かもしれないか。
(今度、レミィにも聞いてみよう)
一緒に“迷宮”へ行こうと言ったら、彼女はどんな反応をするだろう。良いよと言ってくれたならそれが一番だが、断られたらちょっとへこむかもしれない。
いやまあ一応危険な場所であることは変わりないので、それも仕方ないか。その時はその時だ。
私が考えていると、授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえた。
今日も残すところ、あとは剣術だけだ。最近はジアの熱が入ってきたのもあって、内容がかなりはげしくきびしいものになってきた。
(今日も頑張ろう)
心の中で覚悟を決めながら、羊皮紙を片付けていく。




