第8話:“剣帝”
読んで頂きありがとうございます。
表記揺れに関しては逐次修正しています。読みづらくて申し訳ございません。
庭に鈍い音が複数回にわたり、響く。その音の正体は木剣同士がぶつかり合う音だ。
最早何合目かもわからない剣撃は、その速度と勢いを緩めることはない。
「踏み込み過ぎじゃぞ」
ジアはそう言って剣の振り下ろしと共に踏み込んだ私の右足を、己の右足で払う。一瞬体勢が崩れるが、左足を軸にその場で左回りに回転し、同時に回転を用いた横薙ぎの一閃へと変えた。
剣術とは何も剣を操るものだけではない。無論、剣を用いることを主眼に置いているが、実態としては体術全般を指す言葉だ。事実、ジアは私との斬り合いの中で、変則的に今のような足払いから始まり、剣を持たない左手による殴打や関節を極めるもの、気を抜けば投げ技まで見せて来る。
習い始めた当初はよく、殴られた顔は青痣に染まり、極められた関節は翌日まで動かすのに一苦労、投げを喰らい地面へと叩きつけられた全身は一週間痛みが続いた。学んでいる私からすれば仕方ないことだが、淑女の顔面を殴るなんて、とよくミリ姉からジアは小言を言われていた。それでも彼は止めなかったが。
手加減はあるだろう。だが実戦となれば、そのどれもが直接喰らってしまえば致命的なものになるのは考えなくともわかる。
私は精神を研ぎ澄ませ、彼の行動を観察する。
「なるほど、良い斬り返しじゃ」
その一閃をいとも容易く受け止めたジアは、そう言いながら私の木剣を弾き、右上段からの袈裟斬りを放つ。
私は握った木剣をくるりと回し、右下から左上への斬り上げをぶつけることで防御する。
お互いの剣が弾かれ、私はその隙に数歩分後ろへと飛び退く。
「ふむ、時間じゃの」
肩で息をする私を見ながら、ジアはそう言った。
気付けば真上にあった太陽が随分と傾いている。あと一刻ほとで夕陽が見えるだろう。
ジアは構えと殺気を解き、再び木剣を杖のように地面へと突く。それを見て私も構えを解き、ジアに向かって一礼をする。
そしてその直後、私はお尻から地面に崩れ落ちた。数百回に渡る打ち合いによって、精神は擦り減り、足に力は入らず、手は痺れを通り越して感覚がない。
一応これでも体力をつけるために走ったり、鍛えているつもりだがまだまだなようだ。
「フィリアよ」
そんな私の元に、ジアは歩み寄る。
姿勢を正したいがそれどころじゃなかった私は、不格好に座り込んだままジアを見上げた。
彼は柔らかな笑顔を浮かべていた。
「よく、十年頑張ったのぅ」
そう言って彼は己の右手で、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。今日はやけに撫でられる気がする。そもそも先生がこんなことをするなんて、とても珍しいというか、初めてじゃなかろうか。
「才に恵まれないと知った者は、須く手を抜いてしまうもの。じゃが、お前さんは違ったのぅ」
まるで老人の手とは思えない、ゴツゴツとしたその掌に私は父を思い出した。
剣の才能が無いと私に言ったのは他でも無い、ジアだ。数年前、稽古中に突然そんなことを言われるのだからとても悔しかった記憶がある。
だが私はそれでも立ち上がり、ジアへ立ち向かい続けた。才が無くとも、血の滲むような努力を重ねれば、きっと強くなれると信じていたからだ。
「良いか、フィリア」
ジアは頭を撫でながら話を続けた。
「お前さんは才が無いながら必死に努力し、その末に良い眼と、儂に匹敵するであろう剣術に対しての深い知識を得た」
“剣帝”の剣筋を見続けれた眼に、捉えられぬ剣は無く。
“剣帝”より学んだ数十冊の本に勝るとも劣らぬ、剣の知識。
それはお前を裏切らないだろう。
ジアはそう語った。
「入学祝いじゃ、我が弟子を名乗ることを許そう」
そう言って撫でる手を止めたジアは、懐から銀色のブレスレットを取り出した。ブレスレットには剣の意匠が施されたチャームがつけられている。
「これは儂が若い頃に使っていた、魔術が施されたものでな。程度の低い魔術であれば、己の魔力を使って祓ってくれるじゃろう」
そのブレスレットを私の左手に付けながら、彼はそう言った。
魔術を施した武器や装飾品などを総じて魔道具と呼ぶ。これはその一種であり、自身の魔力を込めるとその効力を発揮するのだろう。
魔術を扱えはしないが、魔力を込める程度なら私にもできるはずだ。
「大事にします……お師匠様」
そう呼ぶと彼は笑顔を見せた。
彼は私にとって師匠的な存在だったが、以前そう呼ぶとお前にはまだ早いと言われたことがある。
私はこのブレスレットと言葉によって、ようやく認められたのだと悟った。
「日々の鍛練は怠らぬよう。余裕があればまた顔を見せなさい」
そう言ってジアは私に背を向け、庭を出ていった。
きっと休みには会いに来よう。
手首のブレスレットを握り締めながら、私はそう思ったのだった。