第80話:ピネット・ピルギノット〈前編〉
ピネット視点です。
二ヶ月ほど前の話だ。
一人で冒険者組合のエントランスに置かれた椅子に座っていたアタシは、頭を抱えていた。
当時のアタシは毎日、依頼をこなしては日銭を稼ぐ、典型的な冒険者で、悩みの種は金だった。
一人前の冒険者と呼ばれる青銅級で受けられる依頼は、正直言って稼ぎの悪いものしかなく、一回で得られる報酬は人族の一食分にしかならない。
人族の、と付け加えたのにはもちろん理由がある。獣人は普通の人族より身体能力に優れているが、その反面燃費が非常に悪い。食事は多めで尚且つ肉類が無ければ、あっという間に動けなくなってしまう。
「……お金、全然稼げないなぁ」
アタシは当時、そういった理由から焦っていた。必死だったと言っても良い。
一日三食に必要な食費と、家も無いので宿に泊まるための金も手に入れなければならない。そうなれば自然と一日に受ける依頼は多くなり、アタシは休む時間はおろか、寝る間も惜しんで働き続けていた。
「あと二ヶ月……二ヶ月耐えれば、学園に行ける」
その時既に入学が決まっており、学園に入れば住む場所も食事も全て用意してくれる、と聞いていた。
だからそれまでの二か月をどうやって乗り越えようか、毎日考えていた。
そうして、ああでもないこうでもない、と椅子に座って考えている時だった。
「やあ、少し話良いかな?」
そんな時、一人の男が話し掛けて来た。アタシは顔を上げその人物を見ると、首から冒険者認識票をぶら下げており、丸く加工された紫色に光る銀が嵌っていた。
紫銀級冒険者であることに気付き、アタシはその男の姿をまじまじと観察した。
(装備の質が良い。表情にも余裕がある。金回りは良さそうだね)
稼げている冒険者だと感じ、同時に腕も立つことが窺い知れる。
ではそんな人物が、なぜアタシのような格下である青銅級冒険者に話しかけるのか。そんなことは大体予想がつく。
(物珍しさだね。めんどくさいから無視しても良いかな)
獣人という生き物は、その生息地である“剣の森”から中々出てくることがないので、人間からすると珍しいものだ。故に酒場でも宿屋でも、視線に晒されることは日常茶飯事だし、物珍しさに話し掛けてくる奴もいる。
この人族もそうだと思ったアタシは、顔を逸らし、話し掛けるなと暗に主張した。
「良い稼ぎの話があるんだ。興味無いかい?」
そんなアタシを見ても、その男はそう語り掛けると、無視するアタシに構わず話し始めた。
「東の森に、狼型の魔物が見つかったそうでね。紫銀級の討伐依頼として発行されてるんだ」
「……」
紫銀級の依頼ともなれば、当たり前のことだが青銅級よりも報酬は良いものになる。具体的には知らないが、それこそ一回で一日分の食費と宿代になるかもしれない。
アタシは男の話に反応はしないが、耳だけは傾けることにした。稼ぎの話と前置きをしている時点で、その依頼にアタシを誘おうとしているのはわかっている。
詳細を聞いて決めれば良いと、アタシは思った。
「見つかった狼型の魔物はブラックウルフ。三匹で行動する習性を持つ魔物で、一体だけでも紫銀級冒険者一人では苦戦する」
その魔物は聞いたことがある。肉食で人を能動的に襲う危険な魔物だ。昼間は姿を見せないが、夜になると活発になるらしい。
かなり警戒心が高く、見つけることが困難だという話だ。おそらく発見報告も、たまたま夜に見掛けたぐらいの内容だろう。
「発見が困難なブラックウルフ。そこで君の鼻を借りたい」
なるほど、とアタシは思った。
獣人の嗅覚、そして気配を察知する能力は非常に高い。人族と比ぶべくもない。
この男はアタシを、索敵要因として誘っているのだ。
「……戦闘は?」
「三人、心当たりがある。俺ともう一人が前衛で、魔術師二人を後衛にしようと思ってる。君は索敵、討伐目標の捜索が主で、戦闘には参加しなくて良い」
一言だけではあるが、アタシが反応を示すと男は表情を明るくした。
話だけ聞けば、アタシ自身の危険は少なそうに感じる。この男が誘う人員であれば、紫銀級の者たちだろう。
紫銀級が四人。十分な戦力に思える。
「報酬は?」
「全員等しく五分割。どうだい? 悪くない話だろう?」
むしろ悪くなさすぎて怖いぐらいだ。裏があるのではと邪推する程度には、アタシにとって利益しかない。
だがアタシはそれでも、金が欲しいと思った。少しでも稼げる可能性があるのなら、乗ってみても良い。
「……わかった。乗るよ、その話」
「本当かい? いやぁ助かるよ! じゃあまず自己紹介だ。俺の名前は――」
そうしてお互いの名を名乗り、その後三十分もしない内にメンバーが揃ったアタシたちは、最初に話し掛けてきた男をリーダーに一時的なパーティを結成。
パーティは依頼のため、森へと向かった。
詳細は省く。
アタシたちは依頼に失敗し、アタシを誘った男は右足を食いちぎられ、彼が誘った魔術師の女は殺された。他の二人もそれぞれ腕を失った。
ほぼ全滅と言って良い。
アタシは当初の予定通り、戦闘に参加しなかったため多少の傷を負ったぐらいで無事だった。
負傷した三人を抱えながら王都へと戻って来れたのは、ほぼ奇跡と言って良いだろう。
というのも、森で逃げ回っているアタシたちを、助けてくれた一団がいたのだ。
その者たちはロドリゴス商会と名乗り、幌馬車に乗って東の村へ商売に出ていたと言う。アタシたちはその一団の帰路に出くわし、乗せてもらったのだ。
これがアタシとロドリゴス家との、最初の繋がりだ。
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次話は明日12時、次々話は17時の更新を予定しております。
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