第78話:陽炎の剣
遅くなり、申し訳ございません。
全身を、心臓が脈打つたびに熱いものが駆け巡る。
まるで血液のようなそれは、私を突き動かし、私の力となっている。
「があああああッ!!!」
獣の雄叫びのような掛け声と共に、私は剣を振るい続ける。その速度と威力は、先ほどまでの私の剣とは雲泥の差と言えるほどに速く、強いものへと変わっていた。
「こんな、なぜ――」
焦りを帯びたマウロの言葉に耳を傾けることなく、私の剣は彼を捉え続けていた。
序盤から中盤の展開とは打って変わり、今や攻め立てるのは私で、防戦一方となっているのはマウロだ。
「――おおおッ!!!」
一呼吸の間に繰り出される斬撃は六つ。避けることを許さぬ嵐のような攻撃は、防御するマウロの剣を徐々に破壊していく。
「うっ……!?」
上段から振りかぶった一撃は、受け止めたマウロの体ごとその後方へと弾く。
間合いが開いた。
だが二、三歩踏み込めばまた私の剣が届く程度の距離だ。
私は剣を構え直す。
左半身を前に出し、頭より少しだけ上に柄を持ち、切先をマウロの顔へと向ける。この構えは、授業でも学んだ雄牛の構えだ。
顔のすぐ右横には刀身が見え、私の体が発する空色の光がゆらゆらと揺れながら、纏わりついていた。銀色はその光を反射し、常に輝いているように見える。
「無茶苦茶だ、お前は!」
マウロは剣を構え、私を見据えながらそう言った。
彼の剣の切先は震えており、まるで私に恐怖しているかのように見える。
実際は、何度も打ち込まれる剣撃を受け止め続けたことにより、手が痺れているのだろう。
「さっきから見せる構えも、繰り出される技も、何もかもがバラバラで定まっていない!」
必死に私の剣を受け止めていたのに、彼は的確に私の剣を見抜いているのだなと思う。
正解だ。私は騎士団剣術の四つの構え、そして剣技さえもその場その場で変えている。
「これも私の剣術。古今東西、様々な剣術をベースにしているんだよ」
ジアは数多の剣術を教えてくれた。
剣の才に恵まれなかった私はそれを無駄にしたくないと考え、数十を超えるその知識を使ったものこそ、“陽炎の剣”だ。
その時の環境、状況に応じて最適の構えや技を使う。それが本質だ。
「だから――」
私は地面を蹴る。
梳り足を使うまでもなく、簡単に剣の間合いへと入ることができる。
「くっ……!」
マウロはその動きに対して、日天の構えによる防御体勢を取る。
(正しい、模範的だよ)
私はその姿を見てそう思った。馬鹿にしているわけじゃない。
雄牛の構えは、その構え方によって刺突技を繰り出すことがほとんどだ。斬撃に向いていないと言って良い。
であれば、マウロの構えは刺突を防御できるし、その後のカウンターにも移行しやすい。模範的、と言ったのはそれが理由だ。
咄嗟にこれができるということは、本当に剣術へ真摯に向き合っていたのだと思う。
(でも、私は君の想像を超える……!)
さらに一歩、地面を蹴った。
それと同時に剣の柄、その高さを頭上から腰の横まで落とす。手首の返しを使い、切先をマウロから自分の後方へと向け、肩を回して一気に剣を右肩の上へと持っていく。
柄頭はマウロに向け、切先は後方を指しており、まるで肩に担ぐようなこの構えは騎士団剣術のものではない。
これは、自分の身の丈以上に大きな剣を扱う時の構えだ。
「はああッ!」
剣を振るう。
肩口から一気に振り下ろす形を取ったその斬撃は、マウロへと到達する頃にまるで半月のような軌跡を描く。
構えから攻撃まで、その全てはマステル大剣術と呼ばれるもので、大剣を扱うなら誰でも通るような、非常に有名な剣術だ。
「なっ――!」
不意打ちの一撃と言って良い。
マウロからすれば刺突しかあり得ないと思っていたところに、突然の斬撃が来たのだ。
彼は驚きに目を見開いて、急いで剣を横に寝かせて頭上からの斬撃に対する防御を見せるが、間に合わなかった。
私の斬撃は、マウロに直撃した。




