第77話:私だけの剣術
斬り結ぶたび、空中に火花が閃く。
瞳に焼き付いたその光が、酷く眩しいように思えた。
剣を右から左へ、横薙ぎに振るう。
マウロはそれに対し、剣を垂直に立てることで受け止め、私の剣を辿るように前進するとカウンターとして突きを放つ。
「……っ」
顔目掛けて向かってくる切先を、首を横に倒し回避しようとした。だが反応が一瞬遅れ、切先は私の左頬を撫でた。
刃は音も抵抗も無く、私の頬を浅く斬り裂き、鋭い痛みに私は顔を顰めた。
「ぐぅッ!?」
私はゼロ距離の状態からさらに一歩前へと踏み出し、左肩を前に、体全体を押し出す。その行動は体当たりとして作用し、マウロの鳩尾に左肩が食い込む。
「はァッ!」
彼は痛みと衝撃によって後退りし、間合いが少し空いたことから、私は右下から左上への斬り上げを行った。
その攻撃はマウロがさらに背後へと後退することで回避され、剣は何もない空中を斬るだけとなった。
攻めて、防がれ。守って、攻められる。
まるで示し合わせたかのように、交代で繰り返される剣撃を、どれだけ続けているのだろうか。
制限時間はあとどれくらい残っているだろう。既に私は限界に近い。
ゆらゆらと揺れ動く視界、呼吸が上手くできず息も上がっている。剣を持つ腕は震え、足は一歩動かすごとに激痛が走っていた。
「はぁ……はぁ……」
マウロを見れば、彼も同様に肩で息をしている。辛そうな表情に、私は自分を見ている感覚に陥った。
(もう、十分頑張った)
お互い、苦痛の中で意地を通そうとしているだけに過ぎない。
(だから、もう)
立ち上がらないで欲しい。
マウロの姿を見ながら、私は思った。
「……譲らない」
するとマウロが口を開き、そう呟いた。
私は剣を構えながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「負けてない……!」
彼はゆっくり、その剣を構え直した。
震える腕を必死に抑えながら剣を構えるその姿は、まさに私と同じなのだろうと悟った。
「僕が、俺が! 負けるわけがないんだ!」
気合いのこもったその一声は、運動場を揺らしたと錯覚するほどに圧のあるものだった。
生まれや思想は違えど、彼と私は同じだ。
押し通したい意思と、思いと、願いと、そして意地がある。
同じなのだ。この場にいて、ここで剣を執っている以上、その何もかもが。
(……出会い方が、ほんの少し違っていれば……)
そんな思いが胸中に渦巻く。
出会い方なんて人それぞれ違う。それに後悔をする意味も、するわけも無い。
だが、そう思わずにはいられない。
だって、少し違った出会い方をしていれば、きっと――
(――私たちは、剣を通して友達になれたかもしれないんだ)
何度も言うが、彼の剣は綺麗だ。ことここに至ってなお、私はそう感じる。
私が避け、防いだ彼の剣が描く軌跡。その全ては、私が到底及ばない美しさを持っていた。
羨ましいと感じるほどに。
(だから超えたいんだ。超えて、伝えたいんだ)
私がアルビオン学園にいたいと思っていること。そしてあの地獄を生き延びて、どうしたいと願ったのかを。
「……勝ったら、ちゃんと伝えるよ」
私は構えを解き、その場にただ立ち尽くす。
対してマウロは私の行動に警戒したのか、剣に込める力をより強くした。
「そこから、また出会おう」
左手を、胸に当てる。
ボロボロになった服越しに、自分の心臓が脈打っているのを感じる。
「俺は、お前を認めない……!」
「私は、君に認めてもらうよ」
願いを貫くための力。
私はそれを手に入れるために、この十年を費やした。
それを今、使う。
左手を握り締め、瞳を閉じる。
感じるのは鼓動。そして溜め込んでいた力。
使う時は、今しかない。
「――“巡れ、剣の鼓動”」
心臓を中心に、目に見えない力が体の隅々へ浸透していく感覚を得る。
同時に、私の体を淡い空色の光が纏わり付く。その光は私の鼓動と連動しているかのように、どくどくと明滅を始めた。
「――“解放”」
その言葉と共に、明滅していた光が一段と強く脈動し、私の周りをゆらゆらと揺らめく。
体の底から湧き上がる力。これが私の十年の成果だ。
そういえばこれに、名をつけていなかったとふと思い出す。今考えることではないが、この姿に絶好の名があると思った。
その名と共に、今ここに、それを示す。
「これが私の、私だけの剣術……名前をつけるなら、そう――“陽炎の剣”」
右手に持った剣をゆっくり持ち上げ、その切先をマウロへと向ける。
「行くよ、マウロ。無才の私が、君を倒す」
空色に揺らめく光と共に、私の体はマウロ目掛けて飛び込んだ。
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