第75話:死闘
フェイントからの刺突。その切先はマウロの胴体目掛け、直線を描いた。
防ぐことも、受け流すこともできなかったであろうマウロは、体をくの字に曲げながらその後方へと吹き飛んだ。
程なくして彼は壁へと激突し、その衝撃によって砂煙を立ち上らせた。
「ぐぅっ……!」
全身に激痛が走り、顔を顰める。
その痛みから、この一撃で終われば良いと思った。だがそれは希望的観測であり、当たり前の話ではあるが、マウロが倒れなければこの決闘は続く。
彼が立ち上がった時、吹き飛んだ彼と私の間には再び距離ができてしまう。
(それでは駄目、意味が無い!)
私はそう思い、激痛を堪えながら走り出す。自然と痛みによる涙が視界を滲ませるが、そんなことを気にしていられない。
明確な隙、それは今だ。
今また距離を縮め、剣の間合いを維持し続けなければならない。
「離、さない……っ……!」
決意と共に言葉が漏れ出た。
マウロの姿は砂煙によって覆い隠され、どんな状況かはわからない。
それでも、近寄らなければならない。
切先を右斜め後ろに向け、下から上への斬り上げを行う構えを取りながら、私は走る。体への負担を減らすこと、走りやすさを重視したことによる構えだ。
普通ならこんな追い討ちなんかしない。なんだったら非難を浴びて当然の行為だと思う。
(でも、そんなことを気にしていられるほど、私に余裕は無い!)
決着をつけるのだ。
そのために今日、ここに来ている。
(勝利を、確実にするために!)
砂煙の中へと体を躍らせる。
視界は悪い。マウロの姿も肉眼では見えない。だから私は気配を探りながら、吹き飛んで行った時の位置を予測し、間合いを捉える。
「これでぇ、終わりぃッ!」
私は左足を踏み込んだ瞬間、剣を振り上げる。剣は風を切りながら、そこにいるであろうマウロへと向かって放たれた。
(――勝った!)
そう確信した瞬間、私の剣は激しい金属音を立てながら砂煙の中で止まる。
力を込めてもびくともしない。ギリギリと金属同士が擦れる不快な音が耳を蹂躙してくる。
(まだ、終わりじゃない!?)
その言葉はこの決闘自体に対して、そして私の攻撃がこの剣撃だけでないことを指している。
私は止められた剣を引き、くるりと手首を返しながら振り下ろしの構えを取る。
両手で強く柄を握り締め、両足に力を込めると、全力の振り下ろしを放った。
「ぜえええぇぃッ!!」
声を張り上げる。そうすることで腹に力が入り、一撃にさらなる力が込められることをジアから昔教わった。
その声が例え女らしくないと言われようが、恥ずかしさを抱くことはない。そんなことよりも、一撃に込める想いや力の方が大事だ。
剣は空中に、三日月のような軌跡を描く。
そして剣は、姿を見せないマウロへと辿り着いた。
一段と激しく、大きな金属音が鳴り響いた。それと同時に、砂煙が晴れていく。
そこには顔を顰め、片膝をつきながら剣を水平に、自身の頭上へと構えたマウロがいた。
彼の煌びやかな服は砂に塗れ、顔や腕といった見える範囲の肌に、擦り傷が見える。
加えて、マウロの右腰に一瞬視線を向ける。淡い緑色の光は今にも消えそうなほど、弱々しく明滅していた。
壁に叩き付けられたことにより、あの接近した時に発動する魔道具が壊れたのだろう。だからこうして今、私たちは剣の間合いでお互いを睨み付けているのだ。
(畳み掛けるなら、今、ここ!)
私は受け止められた剣を持ち上げ、右足を後ろへと引く。そこから左足を軸に、体の捻りを加えながらマウロの左腕目掛け蹴りを放つ。
右手で剣の腹を、左手で剣の柄を持ち、私の振り下ろしを受け止めた今の彼は隙しか無い。ここで左腕にダメージを負わせれば、彼の剣技に影響を与えられるはずだ。
「死人風情が、舐めるなァッ!!」
マウロは身を屈めると、私の蹴りを回避した。
そして剣の腹から右手を離すと、その右手を握り締め私の顎目掛けて振り上げる。
私が行った突進と同じように、足全体をバネのように使った攻撃は、蹴りによって隙を作った私には避けることができなかった。
(……ぁ……)
直撃はしなかった。
だが彼の拳が顎先を掠めたことにより、頭全体が揺れ、視界がブレる。
見るもの、聞こえるもの、感じるもの全てが遠のいていくような不思議な感覚に陥った。
「くそっ……!」
気が付けば、マウロとの距離が空いている。と言っても、一歩踏み出せば剣の間合に入る程度であり、魔術による攻撃は心配ないぐらいの距離感だ。
「ぅ……」
頭が、視界が揺れる。気持ち悪い。
その感覚によって、一瞬だろうが意識を刈り取られていたのだと気付く。
そしてマウロの悔しそうな表情と、彼の振り下ろされたであろう剣。その二つから、私が無意識のうちに後退したことで、一度仕切り直しとなったのだろうと考える。
(まだ、終わってない)
剣をゆっくり構え直す。
ふわふわと揺れ動く視界の中心に、マウロの姿を捉える。
お互い、既にボロボロだ。もはや体力のほとんどを消費しており、今立っているのは気力によるところが大きい。
意地と意地のぶつかり合い。
勝ちたいという願いと、負けたくないという思いが、私を奮い立たせている。
ここからは剣術、剣技、これまでの稽古や努力。
その全てを賭けた戦いになると、私は確信した。
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