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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第69話:さあ、始めよう

 「……すぅ……はぁ……」


 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 左腰に差された剣の柄頭に左手を当て、指先で撫でる。金属のひんやりとした冷たさを、熱を持った掌が感じ取る。

 普段は生徒たちが授業のために出入りするこの通路には、私一人だけが立っていた。

 通路は薄く暗く、正面と後ろから差し込む外の光だけが光源となっている。

 真っ直ぐ進んで行けば運動場の中央に出て、後ろに進めば運動場の外に出る。

 もちろん外に出るなんていう選択肢は無い。

 私は正面の光を見据える。


 アリスとレミィの二人とは外で別れた。

 普段使うこの通路に観覧目的の生徒は入れず、入り口側には教師が配置されていた。

 二人は何も言わず、ただ私に頷いて見せて観覧席へと進んで行った。私はその背中を見送り、入り口へと近付くと教師の案内を受けて通路へと進んだ。


 一人だ。

 なんだか久しぶりな気がする。教会にいた頃は一人で過ごす時間もあったが、学園に来てからというもの、誰かしらがそばにいて一人になることは無かった。

 特にアリスの存在が大きい。

 どこに行くにも彼女は私に着いて来て、授業も食事も、寝る時も起きる時も彼女の姿を私は見ていた。


 「不思議と鬱陶しいとか、放っておいて欲しいなんて思わなかったな」


 通路に私の声が響く。

 別に一人が好きというわけでは無い。賑やかな方が好きだし、そうでなければ教会で共同生活なんてことはできない。

 だが四六時中、共に過ごすというのは初めてだった。しかも会って間もない人間とだ。

 自然に、心穏やかに過ごせていたのはアリスの人間的な部分が大きいのかもしれない。

 静かで落ち着いていて、私に何かを求め過ぎることをせず、ただそばにいる。生活に関する考え方や、朝起きないことなどは少し大変だがそれだけだ。調和は保たれている。

 良い距離感なのかもしれない、と思った。


 瞳を閉じる。

 瞼の裏側、黒い世界の中に映り出すものがある。それは、これまでの日々だ。たった五日間で起きたこと、体験したこと、出会った人たちの顔が映り出していた。

 そっと右手で剣を抜く。切先を真上に向け、額を剣の腹に押し当てる。


 「学園(ここ)にいたい」


 だから立ち向かう。


 「送り出してくれた教会の皆のために」


 だから戦う。


 「私の存在を、認めさせるために」


 だから、勝つ。


 これは儀式だ。

 自分の心を奮い立たせ、この足を戦いの地へと向かわせるためのものだ。


 「すぅ」


 息を吸う。

 胸の奥へ空気を送り込み、その冷たさを感じる。


 「はぁ」


 息を吐く。

 一杯に詰め込まれた空気を吐き出し、精神を落ち着かせる。

 そして目を開けると、抜いた剣を鞘へと戻す。

 これ以上は無い、精神的にも肉体的にも絶好のコンディションと言っても良い。


 私は一歩目を踏み出す。小石と砂を踏み潰す音が響いた。二歩、三歩と自然に歩き出し、私の体は正面の白い光へと向かって行く。


 少し歩き進んで行けば、私の体は太陽の光の下へ晒される。熱を感じるその光は、薄暗い空間に慣れてしまった私の瞳を焼き、焦点が定まらずボヤけた景色を映させる。

 私はその眩しさに自然と右手を顔の前に持って来て、瞳に影ができるようにする。

 次第にボヤけた視界は正常を取り戻し、いつもの授業で使う広い空間を捉えることができた。


 歓声が、耳を貫く。

 全ての方向から男女関係無く、歓声が私に浴びせられた。見回してみれば観覧席は普段のがらんとなったその姿から、生徒で埋め尽くされた本来の姿へと変わっていた。

 制服の色を見れば、第一学年だけではないことは容易に理解できる。むしろ上級生の方が多いまであるかもしれない。

 序列(カースト)戦について、その重要性を理解している者がいるのだと考えれば、上級生が多いことも頷ける。


 私は再度、正面に視線を向ける。視界の右の方で、デカルトの姿を見つけた。彼は今回も決闘の進行、そして判定役としてこの場にいるのだろう。

 彼の存在は正直どうでも良い。私が気にしなければならないのは、一人だけだ。


 私の真反対、一つの影を捉える。

 誰か、なんていうのは今更だ。この場でデカルトを除いているべき人間は決まっている。

 誰よりも煌びやかで豪華な服に身を包み、その上から取ってつけたような制服を羽織る男の子。

 ようやくこの場で、対面できたのだと私は歓喜に似た感情を得た。


 私と彼は同時に歩き出す。

 お互いの距離はゆっくりと近付き、デカルトを挟んで多少の距離を取った位置で立ち止まった。

 敵意に満ちた視線を感じる。強い、そして暗い感情がその視線に乗って伝わって来た。


 ――私は、来たよ。


 彼を見据えながら、心の中で話し掛ける。

 意味の無い行為だとは理解しているが、通じる気がした。なぜなら今この場で語らうことなんて、何一つとして存在しない。だから思うだけで良いのだ。


 「始めよう。既に観覧席にはお互いの要求は伝えてある」


 デカルトの声が周囲の歓声に混じって聞こえた。

 ならばもう私たちがすることはたった一つだ。


 さあ、マウロ。

 魔術も、剣も、体術も。

 私たちに備わっているありとあらゆる力を使って、使い果たして決めよう。

 どっちが強いのか。どっちの願いが叶えられるのか。


 ――全てを決する闘いを、始めよう。

お読みいただきありがとうございます。

次話は明日12時、次々話は17時の更新を予定しております。

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