第67話:決闘の朝、ざわつく心
「……うぐ」
体を締め付けるような感覚に息苦しさを感じ、私は目を覚ました。
冷たい空気を頬に感じ、今の時刻が朝であることに気が付く。
息苦しさの原因を探るため、私は自分の体が今どうなっているかを見ようと思い、掛けられていた布団を剥がす。
「……やっぱり」
自分の体を見下ろしてみれば、そこにはアリスがいた。
アリスは私の腹部に腕を回しており、その細腕からは考えられないような力で私を締め付けていた。
昨晩、襲撃を受けてからのことを思い出す。
あの後、当然ではあるが私は稽古を続ける気になれず、アリスを連れて寮へと戻った。その間に、泊まり込みで寮の管理をしている教師に襲撃について報告し、襲撃者の物と思われるナイフを渡した。そして自室へ戻る頃には時刻は二十一時を回っていた。
レミィは一向に戻らない私たちを心配してか、私たちの部屋の前に立っており、流れでそのまま遅れた経緯を説明することになった。
『稽古をしていたところ、何者かに襲われた。二人とも特に怪我はなかったが、戻ってくる前に教師に報告していたらこんな時間になってしまった』
取り敢えず簡潔にと思い、それだけをレミィに伝えた。
ある程度、マウロによって起こされたのだと推測できてはいたが、確実ではないのでその部分は伏せた。しかしレミィもまた、襲撃者を送り込んだのは彼だと思ったのか、彼に対して憤りを見せていた。
『明日の朝、デカルト先生を通じてお父様に報告するから。これは貴族の立場を貶める行為で、到底許されることじゃない』
とのことで、今日の朝食にはレミィは来ない。
正直そういった話は私にわかる範囲のことではない。結果がどうあれ、ロドリゴス家がどうなるかについては、私は関与しない。
その後、お風呂を三人で済ませると寄り道もせず自室に戻り、洗濯を済ませて眠るのはいつも通りだった。
そして、今日が来た。
いまかいまかと心待ちにしていた訳じゃない。だが、ようやくこの日が来たのだ思う。
「アリス、朝だよ。起きて」
取り敢えず抱き着いたままのアリスに声を掛ける。無理矢理剥がそうとしても、私の力では離すことができない。アリスに起きて貰わないといけない。
だが一回声を掛けただけで起きないのは、この数日で理解している。
私は根気よく、何度か体を揺らしながらアリスに声を掛け続ける。すると少し目を覚ましたアリスがその力を緩め、布団の奥へと潜り込んでいった。
ベッドを出て、窓から外を見る。
昨日の夜は曇っていたが、今見える空には雲が少ない。今日も良い天気になるだろう。
決闘は一限目の時間を利用するので、八時半から開始される予定だ。場所はいつもの第三運動場。
「――よし」
自分の両頬を手で軽く叩き、気合いを入れる。朝の行動はいつも通りで良い。いつも通り過ごして決闘に臨めば、いつも通りの力を発揮できるだろう。
まずは着替えて、歯を磨きながらアリスを起こすところからだ。
私は、身支度を始める。
―――☆☆☆―――
「もう今日なんだねぇ」
そう言って、軽く焼かれた白いパンをかじっているのはピネットだ。彼女はパンを咀嚼し飲み込むと、グラスに注がれた葡萄酒を一口飲む。
今日の朝食は芋と卵を炒めたものと果物、焼いた白いパンに葡萄酒だ。朝食には毎回葡萄酒が出てくるので、私は水を貰うか、置かれている紅茶を自分で淹れる。今日はお湯を出してくれるレミィがいないので水を貰った。
「皆、決闘のことで盛り上がってるよ」
私の目の前に座るピネットは、スプーンで炒められた卵を食べながら周囲を見回してそう言った。
見なくても喧噪でそれはわかる。いつもの食堂は朝ということもあり、多少ざわざわとしているが比較的静かだ。しかし今日は騒がしい。
生徒たちの声に耳を傾ければ、彼女たちの会話の中で決闘という単語が頻発していることににも気付く。
「私と違って、他の人たちからすれば娯楽だから。盛り上がってるなら学園としては成功なんじゃないかな」
「刺々しい言い方。ま、フィリアの気持ちは十分わかるよ」
別に批判的な言い方をしたかったわけじゃない。しかしそう聞こえてしまったのなら、心のどこかであまり納得はしていないのかもしれない。
「そういえば、朝レミィと話したんだけどさ。昨日の夜、大変だったんだって?」
そう言われてピネットに、昨晩の件について話していないことに気が付く。
隠そうとしたわけではなく、単純に忘れていたのだ。
「まあ、大変だった……かな」
「危なかったんでしょ?」
「私が守った」
隣でいつも通り黙々と朝食を食べていたアリスが一言だけそう言うと、ピネットは身を乗りだしてアリスの頭を撫でた。
「聞いたよ~! 流石だねぇ、旦那様はさ!」
ぐしゃぐしゃとアリスの頭を撫で、満足したのかピネットは座り直した。
アリスは何やら気に入らなかったのか、褒められたのに喜んでいる雰囲気は無く、その銀の瞳でピネットを見詰めていた。
ピネットは力加減間違えたかも、と言ってアリスに謝ると、皿に残っていた物をかき込むように一気に食べ、席を立った。
「色々準備とかあるでしょ? アタシはレミィとオルの観覧席も確保しときたいから、先行くね」
そう言ってピネットは、私たちに手を振りながら食堂を出て行った。
運動場は広いし、観覧席も多いように思える。だが今回は規模が全生徒だ。
レミィは今デカルトの所に行っているだろうし、オルもこれから登校してくる。そうなれば席の確保は難しくなるかもしれない。そんな考えから、自分の分も含めて先に席を取りに行ったのだろう。
単純そうに思えて、気配りのできる良い子だ。
「……アリス?」
ふと隣に座るアリスを見る。
彼女はその手を止めて、ピネットが出て行った方を黙って見詰めていた。その視線は決して優しいものではなく、どこか敵を見るような鋭い視線だった。
私はアリスのその姿に少し驚き、思考が止まる。
「フィリア?」
いつの間にか顔を私に向けていたアリスが、私の名を呼んでいた。
「ご、ごめん。なに……?」
「ぼーっとしてた。だから呼んだ」
アリスはそう答えると、また黙々と食事を再開していた。
「え、っと……」
先ほど見たアリスの姿を、本人に確かめるため話し掛けようとするが、上手く言葉が出ない。なぜか、聞いてはならない気がしたのだ。
私はため息をついて諦めると、パンをちぎって口に放り込む。
少し、胸騒ぎがする。
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