第62話:暗闇の姿
お風呂を上がった私たちは着替えを済ませた後、特に寄り道することなく自室へと戻ることにした。
歯ブラシというものを買うために売店に寄ろうと思ったが、思っていた以上に疲労が溜まっていたのか、お風呂を上がった途端に眠気が押し寄せたので、さっさと帰って洗濯を済ませて寝ることにした。
「無理して洗濯、しなくて良いからね?」
隣を歩くレミィにそう言われ、一瞬考えるが私はその言葉に首を横に振った。
私とレミィは、予備の服があるので後日纏めても良いが、アリスが問題だ。着替え自体あまり持っていないので、こまめに洗濯してあげないと予備が無くなってしまうだろう。
「アリスのついでだから大丈夫」
私がそう言うと、レミィは少しだけ申し訳なさそうに笑いながら頷いた。
アリスの予備の服がある程度揃ったら、毎日洗濯しなくても良くなるだろう。だが現状そのために必要なもの、つまりはお金に余裕が無いのでどうしようもできない。
(……休みになったら教会に行って、余ってる服あったら貰って来ようかな)
そんなことを考えるが、教会の服となると修道服になってしまう。流石に信徒でも無いアリスにそのまま着せるのは、ミリ姉が何か苦言を呈すかもしれない。
……用意するのに時間はかかるだろうが、私のと同じようにアリス用に仕立て直して貰おうか。お金を稼げれば購入という選択肢も増えるが、今のところその伝手は無いわけだし。
「お休みになったら、私のお古で良ければお屋敷から持ってくる?」
レミィからの提案に、私は少し考える。
サイズが合うかどうかという問題はあるものの、彼女の提案自体はとても魅力的に聞こえる。ぜひとも選択肢の中に加えたい。
だがそこで一つの懸念点に突き当たる。
レミィのお古となると貴族が着るような服だ。私が着るわけでは無いが、もったいないという思いとそんなものを着て良いのか、という懸念だ。
「着れれば何でも良い」
眠いのか片目を手で擦りながら、私と手を繋いで歩いているアリスがそう呟いた。
うーん、まあ……本人が気にしなければ良いか。というか、そもそも自分の着替え事情なのだから、少しは自分で考えて欲しいものだ。アリスからしたら本当にどうでも良いんだろうけど。
「なるべく質素で普段から着れて、アリスヒルデちゃんに似合うような服、見繕ってあげるね」
レミィは、アリスのそんな態度を気にする素振りは一切見せず、にこにこと笑顔を見せながら彼女に話し掛けていた。
彼女は本当に良い子だ。ミリ姉なら今頃、何ですかその態度はと言ってアリスを叱りつけているだろう。
「……あれ?」
そんなことを話しながら階段を上っていると、階段の踊り場に設けられた窓の外、月光が照らす中庭の真ん中あたりで、光を反射し輝くような茶色が見えた気がした。
ふわふわと揺れ動く物体が、闇夜の中で明るい茶色を示しており、私は視線を奪われ、足を止めるとそれを注視する。
「ピネット?」
中庭に見えたあれは、おそらくピネットだ。今日半日一緒に居ただけでも印象に強く残っている、彼女のあのふわふわとした髪が見えた気がした。
「フィリアちゃん、どうしたの?」
突然足を止めた私を不思議に思ってか、レミィが私の顔を覗き込みながらそう尋ねる。
「あ、いや。今外にピネットがいて……」
一瞬視線をレミィの方へと外し、彼女に答えながらもう一度外を見ると既にピネットの姿は中庭に無かった。
どこかに行ってしまったのだろうか、と思って窓に近付いて様々な角度から外を見るが、やはり彼女の明るい茶髪は見つからない。
「私は気付かなかったけど……」
そう言ってレミィも私と同じように、窓に顔を近付け外を見始める。
窓はそんなに大きなものじゃないので見える範囲は狭い。だが暗闇の中で照らされる彼女の髪色は、明らかに黒から浮いていてわかりやすかった。
私が気付いたならレミィも気付いていそうなぐらいだったが……。
「見間違い……なのかなぁ?」
何だか自信が無くなってきた。もしかしたら眠過ぎて、本当はいなかったのに見えた気がしただけかもしれない。
「明日会った時に聞いてみれば良いんじゃない?」
「うーん……聞くほどのことでもないけど」
昨日の夜は中庭にいたか、なんて聞いてもそれ以上の話には繋がらない。
いた、と言われれば見掛けたんだよね、で終わるし、いない、と言われたら見間違いかぁ、で会話が終わる。大した話じゃない。
「足止めてごめん。行こっか」
取り敢えず、踊り場でこのまま立ち話していても、姿や気配は無いが他の生徒の邪魔になるかもしれない。そう思って私は二人に声を掛けると、再び自室へ向かい始める。
中庭の件は、明日にでもピネット本人に直接、覚えていたら聞いてみる、ぐらいにしておこう。
「……」
私はレミィと話し始めたことによって、あることに気付くことができなかった。
それは何か。
アリスが踊り場に着いてから去るまで、ずっと窓の外の一点を睨むように見詰めていたことだ。




