第60話:少女たちの他愛無い話
しばらく話した後、私たちは自室へと戻ることにした。
時刻は十九時半を過ぎたあたり。寮の廊下を歩いていると、着替えとタオルを持った生徒たちとすれ違う。入浴の時間だ。
「フィリアちゃんはこの後、剣の練習?」
私の前を歩くレミィが、顔だけ後ろを振り向かせながら私にそう尋ねた。
今日は思ったよりも疲れた。それにすぐにでもお風呂に行って、体の汚れを落としたいところだ。だが日課であることと、決闘までに少しでも腕を磨いておきたい。
私はそう思いながら、レミィの問いに対して頷く。
「じゃあ、終わるまでまた待ってようかな。お風呂一緒に行こうよ」
その言葉に頷きかけるが、私は思い止まる。
昨日と同じ流れだが、それだと寝る時間が遅くなってしまった。それに待たせているのも良い気はしない。
「いや、いいよ。先に行ってて」
私は考え込んだ末、レミィにそう言った。別に彼女と一緒に、というのが嫌ではない。単純に、自分の都合に彼女を巻き込んでしまうだろうという罪悪感から来る言葉だ。
だがレミィは何かを勘違いしたのか、私の言葉を聞くと悲しそうな表情を浮かべた。
「……フィリアちゃんは、私とお風呂嫌なの?」
言い方を間違えた、と私は瞬間的に思った。
考え込んでいたことと、なるべく簡潔に答えようとした結果、あらぬ誤解を生んでしまった。
「そ、そういう意味じゃなくて……」
「まだ付き合ってから日も浅いけど、私はフィリアちゃんのことすごく大切って思ってるのに……」
レミィは正面を向くと、私に顔を見せないままそう言った。
間違ってはいない。間違ってはいないのだが、レミィのその言い方は何か、他の人間が聞いたら別の意味に捉えられてしまいそうな気がする。
「あれ? アタシ、てっきりフィリアはアリスと、だと思ってたんだけど……そういう感じ?」
レミィの隣、つまり私の前を歩くピネットは振り向きながら私にそう言った。
案の定、何か勘違いしているように思える。というかそもそも私とアリスがなんだ。
「色々と誤解してるようだけど――」
「ピネット、何か勘違いしてる」
取り敢えずレミィとピネット。この二人がそれぞれ勘違いしていることを訂正しようと思い口を開くと、私と手を繋ぎながら歩いていたアリスが、私の言葉を遮った。
「フィリアは私の妻。レミィは違う」
「えっ」
違わないんだけど違う。訂正すらできていない。
ピネットを見れば、アリスの言葉に驚いたのか固まって歩みが止まってしまっている。
レミィは一向にこちらを見ず、どんな表情をしているかもわからない。
悪い事をしたわけじゃないのに、冷たい汗が背中を伝った。
「恋仲か、アリスの一方的なアレだと思ってたら、まさかそんな……早くない?」
「……待って。そもそもが違うんだけど」
「私が夫。指輪も贈った」
ちょっとだけ、本当にちょっとだけで良いから、いつも通り無口なアリスに戻って欲しい。
ピネットもピネットだ。私とアリスがそんな、恋仲とか思って私たちを見ていたのか。
「ひ、人族は早いんだね……流石のアタシもびっくりしちゃった」
「わかった。わかったから一回止まって。説明する時間が必要だと思うんだ」
「事実はもう話した」
昔、教会であったことを思い出す。
ララとリーシャの二人が、ミリ姉に悪戯をした時のことだ。二人は珍しく中庭でうたた寝をしていたミリ姉の顔に、エドガーの部屋から持ってきたインクで落書きをしたのだ。
二人が逃げた後、私は中庭で素振りでもしようと思って訪れたのだが、タイミングが悪かった。起きたばかりのミリ姉が、近くの窓に映った自分の顔を見て悪戯が判明。その場にいた私は、ララたちの行いに巻き込まれて叱られたのだ。
後々、捕まったリーシャによって冤罪は晴れ、ミリ姉から謝られた。ララはそれを見て笑っていた。
今の状況、あの時と同じ感覚があるなぁと私は思いながら、状況を眺めていた。最早、諦めに近い。
「アリスの方がお嫁さんじゃなくて良いの?」
「フィリアを守るのは私。だから私が夫」
「立派だぁ……」
気付いたらアリスとピネットの会話が、私を置いて余計悪化している気がする。
「………ふふふ」
二人の盛り上がっていく会話、それを聞くだけで諦めている私に、堪えた笑い声が聞こえた。
声のした方を見ると、それはレミィだった。彼女は私たちの方を見ながら、口元を手で隠しながら笑っていた。
「レミィ……?」
「ふふ、ごめんね。フィリアちゃん」
私がレミィの名前を呼ぶと、彼女はくすくすと笑いながら私にそう告げた。
なんでごめんと言われているのかわからない私を見て、彼女は舌先を少し出しながら、こう言った。
「お友達、からかってみるの夢だったんだ」
それを聞いて私は思わず、深いため息が出てしまった。
―――☆☆☆―――
それからピネットの誤解を解くのにまた苦労し、私は精神的な疲労を抱えたまま自室へと戻る。ピネットが別れ際に、事実でも面白いけどね、と言っていたのが妙に耳に残った。面白がるんじゃない。
タオルと木剣を持って、私はアリスと共に寮の中庭に出ると日課をこなし始める。
素振りをしていると、レミィの顔が思い浮かんだ。悪戯が大成功した、と言ったような表情。
してやられたなぁ、と思いながら悪い気はしない。そういうのも友達との他愛無いやり取りの一つだろう。
「私とフィリアが番なのは本当なのに」
アリスが素振りをする私の横で、そう呟いていたのを聞いてため息をまた一つ、私はつくのだった。




