第59話:序列戦
食事を終えた私たちは時間に余裕があること、そして食堂があまり混んでいないことから、お茶でも飲みながらゆっくりしようという話になった。
食堂の隅には誰でも紅茶が飲めるようにカップとティーポットが置かれており、茶葉、砂糖、ミルクまでも常設されている。お湯は各自が魔術で出せば良い。
紅茶という高級な嗜好品が常設されている、という細かなところからも、学園の財政状況がわかる。
「ところで連絡は来たの?」
四つ並べられてたカップに手際よく紅茶を注ぎながら、レミィは私にそう問い掛ける。
すっかり落ち着いたのか、その様子はいつもと同じ落ち着いたものとなっている。
彼女が問い掛けていること、それが何のことかはわかる。マウロとの決闘についてだ。
「いや、特に何も」
「そっかぁ。早めにわかると良いんだけどね」
デカルトと話す機会が無いというのもそうだが、結局決闘を三日後に延ばした理由は伝えられていない。
学園側の都合だとデカルトは言っていた。オルはそれを“カースト”と呼ばれる何かではないか、と言っていた。
授業中は集中していたので考える暇は無かったが、改めて自由な時間ができればそれについて考え込んでしまう。
「ん? なになにどういう話?」
レミィが注いでくれた紅茶に大量の砂糖を入れながら、会話に入ってくるのはピネットだ。
そういえば決闘があることを既に知っているが、その後のことについて彼女に話していない。まあ言いふらすようになってしまうから話さなくても良いだろうけど。
でもこれで、いやなんでもないよ、なんて言えば仲間外れみたいでそれはそれで良くない。
「えっとね、実は――」
剣術の授業では私のわがままに付き合って貰ったし、取り敢えず今この歓談に話題として挙げておこう、と私は思い、今朝のデカルトの話を簡単に説明することにした。
―――☆☆☆―――
「――って訳で、私の決闘は三日後まで持ち越しって話なんだよ」
私が説明し終わるとピネットは顎に指を当てながら、何か考えるような素振りを見せていた。
彼女に悩ませるような内容だっただろうか、と私が考えていると、ピネットは真剣な表情で私を見ながら口を開いた。
「“カースト戦”が始まるからだね、それ」
ピネットのその言葉に、私は驚きを隠せず息を呑んだ。
明らかに知っているような口振りに、私は聞かざるを得なかった。
「それ、なんなの……?」
「うーん、細かく話すとなると面倒なんだけどね」
そう言ってピネットは紅茶を一口啜り、カップを置くと話し始めた。
「学園の成績って、一年に八回ある試験で優劣が付けられるんだよね」
それは私も知っている。
入学試験時に軽く案内されたが、この学園には春夏秋冬のそれぞれに二回ずつの筆記、実技試験がある。算術は筆記、剣術はおそらく実技によってそれまでに学んだことがどれだけ身に付いているか、真剣に取り組んできたかを考査するためのものだ。試験の評価が良ければ問題無いし、悪ければ同じ学年をもう一度繰り返すことになったり、最悪退学となってしまうそうだ。
「でもそれって、本人の戦闘力って言ったら良いかな……それは測れないんだよね」
「実技は?」
「測れないと思うよ。試験で模擬戦はやらないらしいから」
レミィの疑問に対し、きっぱりとピネットは答えた。
彼女は続けて語る。
「生徒個人の戦闘における能力がわからない。そうだと困る人がいるわけ。誰かわかる?」
ピネットはカップの中の紅茶を、ティースプーンでかき回しながら私を見てそう尋ねる。彼女の言葉を逆に捉えるのであれば、戦闘能力がわかると得をする者がいるということだ。生徒の能力が高いか低いか、それによって何かを判別する。そういう意味もあるだろう。
私はそこまで考えると、三限目の授業を思い出す。知識もありながら戦闘能力も要求される職業。
それはつまり――
「――冒険者組合?」
「フィリア正解。まあ満点じゃないけどね」
かき回すのに使っていたティースプーンで私を指すと、ピネットは笑いながらそう言った。
「学園を卒業した後の道。騎士や軍人、冒険者とかは知識以上に個人の戦闘力を重視してるんだよ」
ピネットの言っていることは十分理解できる。それこそ冒険者なんかは、常に命を賭けているような職業だ。王によって管理される学園、その卒業生が冒険者になってすぐに死ぬような人物であっては組合からしても印象が悪い。基礎が整っている人物を頼りたい、人材として欲しいと考えるのは至極当然だ。
だが学園の試験では、基礎が求めているものに達しているかどうかを測ることができない。
「力を測る時、決闘は凄く適してる方法なわけ」
一対一による真剣勝負。それは個人の戦闘力を測るには非常に効果的だ。
短い時間で、他者との相対評価が付けられる方法だろう。
「“序列”はそのための、ある意味試験なんだよ」
序列。それは文字通り、決闘の勝敗によって順位を変動させ、学園内における戦闘力を明確にするためのものだそうだ。
その仕組みは少し複雑で、勝敗に応じて点数が振り分けられる。勝てばプラス、負ければマイナスされ、保有する点数によって順位が変動するようになっているそうだ。
ちなみに獲得、もしくは失う点数は固定ではなく変動するようになっており、決闘を申し込んだ側が対戦者よりも順位が低ければ獲得できる点数の量は増え、逆に低ければ少なくなるらしい。格上に挑んだ場合はハイリスクハイリターンで、格下の時はローリスクローリターンということだろう。
「三日後はね、序列戦の開始日。新入生だけじゃなくて、既に在籍している先輩たちもその日から解禁されるんだよね」
「それとフィリアの決闘が先延ばしになったのは、どう繋がるんですか?」
「生徒のアタシにはそりゃわからないよ。大方、どうせ決闘をさせるならそれに合わせた方が良い、とでも思ったんじゃないかな?」
ピネットの言っていることは辻褄が合っている。デカルトの言っていた学園の都合というのも、私たちの決闘を序列戦として扱い、二人の強さを順位という成績で測ろうとしているのだろう。
だが、私にはあまり関係無いように思える。なにせ順位の上がり下がりなんてものは、負けたら学園を去る私には関係の無いものだからだ。
「……順位とか、そんなのを求めて戦うわけじゃない」
それにあくまでマウロとの決闘は、私の存在、そして意志を彼に伝えるためだ。勝ってそれが伝えられることができるなら、他はどうでも良い。
……デカルトは、もしかしたら私のこの思いも含めて、学園の都合だと言ったのかもしれない。
「勝つために戦う。それだけだよ」
今日を除いてあと二日。
時間は多くない。できることを全力でやろう、と私は改めて決心する。




