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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第一章 学園の始まりと少女たちの出会い
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第5話:求めず、清くあれ

 「フィリア、お湯を持って来ましたよ」


 姿見を見ていた私の背から、ミリ姉の声が聞こえた。振り向けば少し大きめの桶を手に持った彼女がいた。

 桶からは白い湯気が立ち上っている。


 「ありがとう」

 「そんな格好で居たら風邪をひきますよ。そもそもはしたない」


 寝巻きを脱いで下着のままだったことを思い出す。通りで少し肌寒い訳だ。

 ミリ姉はまったくもう、といった表情をしながら私に近付き、すぐ隣に腰を下ろした。私が持って来たタオルを棚から取ると、桶いっぱいに貯められたお湯にそれをつけ、私に手渡す。


 「神父様、何か言ってた?」

 「なんとも。いつも通りでしたよ」


 渡されたタオルで体を拭いていく。じんわりと暖かく、体に残った汗の不快感が消えていくのが気持ち良い。

 このお湯の出所は神父様ことエドガーだ。エドガーは魔術が得意で、よく火と水の簡単な魔術を使ってお湯を作ってくれる。なんとも便利な魔術、羨ましい限りだ。


 「今日は何かするので?」

 「んー……午前は準備、午後はいつも通り稽古」


 今更剣を振ることにミリ姉は何も言わない。応援もしないが見守ってくれてはいる。それだけで十分だ。


 「ひゃっ! ちょっと急に、一人でできるよ」

 「手の届かないところはあるでしょう」


 ミリ姉は手持ち無沙汰からか、持参した自身のタオルで私の背を拭く。不意にやられたものだから、驚いてしまった。それになんだかこそばゆい。


 背中の傷に、ミリ姉は何も言わない。慣れもあるだろう。だがそれ以上に、傷について話せば十年前の話題に繋がってしまうことを嫌がっているのだ。

 私は別に気にしない。気にしないというのも変な話だが、起きたことは事実だし、取り消すこともできない訳で。


 「……皆に挨拶は済ませましたか?」


 視界外のミリ姉が、私にそう尋ねる。声音はいつもより少し、落ち込んでいるような、寂しげなものだった。

 なんのことかはわかる。


 「昨日のうちにね。皆寂しがってくれた」

 「十年というのは、私たちが本当の家族になるには、あまりにも十分過ぎる時間なのです」


 当然だ、と言わんばかりの言葉だった。

 家族という言葉に、私は胸が熱くなるのを感じる。

 そっか。私は皆のことを姉のように思っていたが、それは私だけじゃなかったのだ。ここに住まう皆が私を妹のように、姉のように思っていてくれたのだ。

 私はそう思った。


 私は明日、この教会を出る。

 ここが嫌になった訳では勿論ない。それに出ると言ってもすぐ会える距離に引っ越すだけだ。

 そしてそれは、私の夢のため。

 だからこそエドガーも、ミリ姉も、他のシスター達も見送ってくれる。


 「学園でははしたない姿を見せないように。いつも私が貴女に伝える大事な言葉は覚えていますね?」

 「“求めず、清くあれ”。毎日聞いていれば嫌でも覚えるよ」


 言葉の真意までは未だ理解できていないが、言いたいことはわかる。他者に求め過ぎず、正しさと美しさを忘れず清い心のままでいろ、と彼女は昔から言っていた。

 私が答えながら彼女を見ると、満足そうに頷いた。


 私は明日からこの王都にある学園、“王立アルビオン学園”へと通うことになっている。

 そこはこのアルビオン王国の歴史上、最も多くの歴史に名を残す英傑を輩出した名門だ。

 “英雄”もまた、学園で過ごしたという。


 そんな学園になぜ私のような身寄りのない子供が通えるのかと言えば、伝手と努力によるものだ。

 本来入学にあたって、ある程度の才能と家柄を求められるが、私にはその両方が無かった。そんな私をエドガーは、知人を頼り学園の入学試験が受けられるように手配してくれた。入学に際してのお金も工面してくれた。

 そして私は試験をギリギリで合格し、学園で学ぶ権利を得られたのだ。


 試験には筆記、魔術、固有試験の三種類があり、筆記は単純な学力を計るためのもの。魔術はその名の通り、魔術を行使する能力と才能を見るためのもの。固有は自己申告によって行われる特殊なものであり、私は剣術による試験を希望した。

 結果、筆記はほぼ完璧であり、魔術は最低、剣術は辛うじて合格となり、総合してギリギリの合格となった。

 入学に際して、私は教会から通うことよりも学園に設けられた寮に入ることを希望した。先ほど話していた準備とはそのことであり、入学式は明日に迫っている。

 

 エドガーには本当に頭が上がらないな、と私は思った。そしてミリ姉とシスターの皆も夜遅くまで勉強に付き合ってくれた。

 この教会には感謝しかない。


 体を拭き終わった私は持って来た着替えに腕を通す。シスター達の着る白い修道服を仕立て直したものだ。修道服そのままだと動きにくいため、可動域を増やすように改造されている。

 ちなみにこの服の発案者はエドガーで、実際に作ったのはミリ姉だ。

 最初は修道服を改造するなんて大丈夫なのかと思ったし、ミリ姉も渋った。だが提案者であるエドガーが、神は前を向く若者に寛大である、と言った。

 ミリ姉はぶつぶつと何か言いながらも、一日で仕立て上げていた。今では同じように改造された私専用の修道服が、何着も並んで仕舞われている。

 個人的にも結構気に入っている。体のラインが浮き彫りになるのだけは、ほんの少しだけ顔を顰めるが。


 私が脱いだ寝巻きはミリ姉によっていつも間にか回収されており、私が着替え終わると彼女は立ち上がった。


 「さあ、朝食にしましょう。今日はアルタのパンと、野菜のスープですよ」

 「アルタ! 私あそこのパン好きなんだよね。もしかして、好きって知ってて?」


 ミリ姉は当然だ、と言わんばかりの表情を見せる。

 そして私たちは洗面所を出て、他愛ない会話をしながら食堂へと向かった。

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