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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第55話:速さの中で生きる者

 「次はアタシとやろっか、フィリア」


 ピネットはそう言いながら、両手を組んでグッと前に伸ばす。

 アリスとの打ち込み、というより歩術の稽古が終わり、私は頭の中で体の動きを思い出していた。


 「良いの?」

 「良いの。速度を活かした闘い方って言うなら、アタシは適任だよ」


 向かい合うように立ち私がそう尋ねると、腰後ろの短剣を抜きながらピネットは答えた。彼女の持つ短剣は刃挽きしており、万が一直撃したとしても打撲ぐらいで済むようになっている。

 これだと三人で、というより私個人の稽古になっている感じがする。それは、アリスはともかくとしてもピネットに申し訳ない。


 「アタシからすれば、あのお爺ちゃんの弟子と手合わせができるって十分なことだしね」


 肩を短剣の峰で叩きながらピネットはそう言って、視線をジアへと向けた。

 そういうことであれば、と思い私は木剣を構える。なんだかんだ時間が惜しい。限られた中でやらなければいけないことは沢山ある。


 「……急に匂いが変わったね。凄いやる気って感じ」


 木剣を構えた私を見て、ピネットは笑いながらそう言った。

 彼女は両手に握った短剣を逆手に持ち替え、ゆっくりと上体を倒していく。両腕を交差させた状態で、左右の拳を地面につけると動きが止まった。


 「行くよ」


 その一言で、ピネットの雰囲気が変わった。

 笑顔を浮かべていた表情は冷たいものへと変貌し、その目は鋭く私を見ている。チリチリとした雰囲気が私の肌を突き刺し、今見ているピネットの体勢が彼女の構えなのだと確信した。


 「――ッ!?」


 ピネットの眼光が煌めいたと思った次の瞬間、彼女の顔が私の鼻先まで近付いたことに気付く。

 咄嗟に木剣を横に倒したのは直感か、それとも経験か。どちらにせよそれが防御となり、突き出された二本の短剣の切っ先が、木剣の腹へと突き立てられていた。

 ピネットによる刺突は失敗に終わるも、私の体は彼女の力、その衝撃によって後ろへと押し出され、自分の意志と関係なく距離を取らされることになった。


 「感覚だけで防ぐとか、どんだけ危ない稽古してたのさ」


 姿勢を正し、構え直さないままピネットは私に言った。

 私の頬を一筋の汗が流れる。

 かなり危なかった。今のを防げなかったら、一撃で終わっていた。食らっていればしばらく動けないだけのダメージは負っていただろう。


 「一応寸止めするつもりだったから、許してよね?」


 防ぐのを見たから止めなかったけど、とピネットは語りながら再び構えを取る。

 一秒にも満たないであろう一瞬の動きの中で、彼女はどこまで見えていたのか。

 彼女が冒険者学で語っていた姿を思い出す。

 侮っていたわけじゃない。だが改めて思い知らされるのは、彼女の冒険者という肩書は伊達じゃない。その実、日々命を賭けながら魔物と戦ってきた猛者なのだ。

 獣人の身体能力が優れているとかそんな理由の強さではないことを、今の一撃で私は知った。


 「もう一回。次は正面から、なんて甘いことしないから」


 そう言った瞬間、ピネットの姿がブレた。

 さっきの一撃よりは遅く、辛うじて目で追える。ピネットは構えた位置から大きく右へと飛び、着地の瞬間に地面に付いてしまいそうなほど低空で私へと飛び込んでくる。

 だが彼女の動きが遅いと言っても、私自身の動きが速くなるわけではない。防御を整えるまでに彼女の短剣は私へと届いてしまう。


 ピネットの蹴った地面に、小さな砂埃が立っているのを視界の端で捉える。時間が引き伸ばされたような感覚の中、私は防御を捨てた。

 体を捻る力をそのまま流用し、迫り来るピネットへ左上から右下へ斜めの斬撃を以って迎撃とした。防御するよりも速く、そして低空ながら空中に居る彼女を打ち落とすには十分だと判断した。


 「あぶなっ!」


 だが私の斬撃はピネットに掠めることも無く、地面へ木剣をを思いきり叩き付けるだけとなった。

 ピネットは私の背後へと移動しており、私を見て笑いながらそう言っていた。


 ピネットの動きを私は追えていた。彼女は私の斬撃を防御ではなく、回避で処理したのだ。

 迫る木剣を見た彼女は、短剣を突き立てる対象を私から地面へと変更し、それによって空中に居ながら急制動を掛けた。

 前へと進む力は、短剣と地面を支点にピネットの体を大きく上に持ち上げ、彼女はそれに抗うこと無く短剣を地面から抜き、自身の体を空中へと放り投げた。ピネットはそのまま私の頭上で宙返りをしながら、背後で着地した、というのが一連の動きだ。


 「器用」

 「ありがと。獣人っぽいでしょ?」


 それを見ていたアリスはピネットに向かって、パチパチと拍手をしながら一言呟いた。

 体の柔軟さを活かしたその回避行動は、人間には真似できそうにない。


 「速度を活かすなら、今やった二回の攻撃みたいに突進技もアリ」


 そう言いながらピネットは構えた。その構えはそれまでの上体を倒した前傾姿勢ではなく、立ったまま胸の前で腕を交差したものだった。


 「後は単純に、距離を詰められるなら――」


 と言ってピネットは私に向かって走り出す。

 私は彼女の動きを直前まで見るため、構えたまま動かない。

 そして短剣の間合いとなった時、ピネットは右手の短剣で上からの斬撃を繰り出した。私はそれに対し、構えた木剣を右斜めに角度を付け、自身の目線より高く持ち上げ斬撃を受け止める体勢を取る。

 私の防御は問題なくピネットの短剣を受け止めた。だがそれで終わるわけがない。なぜなら彼女の左手にも短剣は握られているのだから。

 ピネットは右の短剣はそのまま、左の短剣を私の右脇腹目掛けて斬り上げてくる。私はそれに対し、木剣を持ち上げて右の短剣を弾き、上から下への斬り払いによって左の短剣も弾いた。

 この一連の行動に五秒と時間は掛かっていない。ピネットによる二回の攻撃は、短すぎる時の中で繰り出されたものだった。


 ピネットは左の短剣が弾かれたのと同時に後ろへ飛び退き、再び距離を取る。この距離の取り方は私の木剣の間合いから外れたものであり、飛び退いた彼女へ追撃をすることはできなかった。


 「短剣が二本あったから今みたいな動きができたけど、速度を活かした戦い方っていうのはこういうこと」


 ピネットの言いたいことはわかる。

 今の二撃。その前の突進による刺突よりも威力は無かった。だが対応するだけで手一杯で、追撃しようにも距離を取る隙を与えてしまっていた。

 私はピネットに対し、後手に回っている。そう表現しても良い状況だ。

 つまり、ピネットはこう言いたいのだ。

 

 「手数で攻めて、主導権を握り続ける。そういうことだよね」

 「せーかい!」


 攻める手を止めないことで、相手を防御するだけで手一杯という風に縛り付ける。主導権を握れば、自身の安全も確保しながら戦うことができる。


 「攻撃を食らいたくないなら、攻撃させない。攻撃が当たらないなら、当たるまで何度も挑む。それが速さを活かした戦い方、って私は思ってる」


 ピネットは語りながら、再び構えを取った。

 立ったままの構えは、今のような手数を重視したものだろう。おそらく彼女は二種の構えを使い分けている。瞬発力を活かした前傾姿勢、姿勢を崩さないことで斬撃の手数を増やす立ちの姿勢。この二種類だ。


 「さ、フィリア。来なよ」


 私は彼女の言葉に頷きながら、木剣を構える。

 次は私が攻める番だ、とピネットは言っている。獲物は違うが同じように手数で攻めてみろ、と。

 必要なものとして想定するのは筋肉の柔軟さと、関節にゆとりを持たせること、そして力み過ぎないこと。それらを意識しながら、攻め続ける。


 ――やってみよう。


 私は教わった梳り足を使って、ピネットへ距離を詰めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。各登場人物みんな癖があって読んでいて楽しいです。次話も楽しみにしております。
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