第54話:対策と対抗手段
「遅れた者はおらんな?」
休憩を終えた私たちは再び運動場へと集まり、ジアの前へと整列していた。
横目で他の生徒たちの顔を見れば、疲労が残っているのが窺える。所詮十五分程度の休みだから仕方ない。
ジアは人数を数えているのか、右から左へとゆっくしり視線を動かし、端まで見た後に満足げに頷いた。
「この時間は三人一組を作り、打ち込み稽古とする」
打ち込み、それは予想が当たったということだ。隣のピネットに視線を送ると、彼女は笑いながら頷いていた。
三人一組というのはおそらく、打ち合う二人は実践的な稽古とし、その二人を見る者は見取り稽古、もしくは有効打などの判定役といった具合か。
組み合わせが指定されないのなら私とアリス、ピネットでちょうど良いだろう。
「……あの、ジア先生?」
そんなことを考えていると、一人の男子が手を挙げながらジアの名を呼んだ。
その男子は恐る恐るといった感じで、どこかジアに対し委縮しているような雰囲気があった。
「なんじゃね?」
ジアはその生徒を見ると、 白い髭を右手で撫でながら問い掛ける。
特に威圧感も無く、穏やかな表情でいる彼に安心したのか、男子はジアへと質問を投げ掛けた。
「今日は各自が使う剣術の、なんというか……固有の練習とかはしないのでしょうか……?」
その質問に、彼の周りに立つ生徒が数人頷いていた。
この授業に参加している生徒は、大体二十人ちょっと。四限目が始まる前、各自が持って来ていた、もしくは箱から借りていた練習用の刀剣類は結構バラバラだったはずだ。それこそピネットなんかは短剣を持っていた。加えてそれぞれが剣で用いる術が違うだろうし、同じ剣術流派であったとしても得物が違えば同じ練習はできない。
もしかしたら勘違いしているのかもしれないが、剣術の授業と聞いて自分の扱っている剣術、その腕を磨くことができると思った生徒は少なくないだろう。それで言えば四限目は全員共通で騎士団剣術の型を練習しただけで、この後の打ち込み稽古は今日まで培った技術を試すという意味合いが強く、誰かから教わることの無い時間となってしまう。
つまり、あの男性生徒が何を言いたいのか。それは四限目と五限目の時間を使ったのに、自分の習いたいことは習えず、練習したいことは練習できないままなのは不満である、ということだ。曲解かもしれないが、大体はあっているだろう。
それに彼の言っていることは理解できる。
「アタシなんか、流派すらないしね」
ピネットは口元を手で隠しながら、私にそう耳打ちした。それもそうか、と私は思う。
この授業に参加しているからと言って、全員が全員剣術を習っているなんて言い切れない。ピネットのように、そもそも剣を扱い始めたのが最近だと言う者はこの中にいるだろう。もしかしたら剣を扱うのが初めて、という者もいるかもしれない。
「尤もな疑問じゃの」
白い髭を撫でながら、ジアは質問を投げ掛けた男子に言った。
そして空を見上げ、少し考えるような仕草をした後、再び男子を見ると話し始める。
「儂の都合でな。剣術は何か、剣は何を使うのか。そしてどれだけ使えるのかを見させて貰おうと思ってな」
ジアは語る。
初日の今日は授業に参加する全員の技量や、特徴を見るための時間なのだそうだ。
明日からは五限目は打ち込みをさせて、それぞれ見て回って教えるというのが方針とのことで、事前知識として今日は見るとのことだった。
言わなかったのは見られているということに意識が割かれてしまい、本来の技量を隠してしまうだろうと考えたかららしい。そのため、ジアは自分の都合だと言ったのだ。
質問していた男子生徒はジアの語った理由に納得したのか、黙って頷いていた。
「では三人一組に。儂からは指定せんから、好きに分かれて良いぞ」
ジアは男子生徒の納得した姿を見て、生徒全員にそう声を掛けた。
打ち込み稽古が始まる。
―――☆☆☆―――
「フィリア、遅い」
アリスの言葉を聞きながら、私は汗を拭う。
彼女は今、私を中心にした円を描くように、左右にゆっくり歩きながら私を見ている。
私はそれを見て、木剣を構え直すと間合いを図る。一歩大きく踏み出せば剣の間合いへと入るが、先ほどから何度やっても踏み出した直後には既に、アリスは間合い外まで引いてしまう。
「速度を重視。もっと膝の力抜いて」
「わかった。やってみる」
私はアリスに言われた通り、前に出した右足の膝から力を抜く。すると支えが無くなった体は自然に前のめりに倒れていく形となる。そのまま倒れてしまうのは勿論あり得ない行為だ。
私は倒れていく体に合わせて剣を振り上げ、後ろに引いていた左足を弾かれるように前へと繰り出し、同時に力が抜けた右足で地面を蹴る。
下へと倒れる力は、体ごと前へと押し出される力へと変化し、標的に定めたアリスへと向かう。
これは梳り足という歩術で、東の果てにある小さな島国で使われる体術だそうだ。
教えてくれたアリスは、これを習得すれば中距離までであれば、相手が意識する前に距離を詰められると言っていた。
私はアリスとピネットで、ジアの言っていた三人一組を作り、打ち込み稽古に励んでいた。今は私とアリスが打ち込みをしており、ピネットは傍で見ている役に回っている。
打ち込みをしていると言ってもアリスは教える側になっており、自分から切り込んでくることはしない。あくまで私が仕掛けて、それにアドバイスをするという形になっている。
これはアリスの提案だ。マウロとの決闘を見越して、使える時間をマウロ対策と私の地力を上げることに当てた方が良いとのことで、私はその言葉に甘えている状態だ。
「彼は魔術を使う」
私が剣を振り下ろす頃にはそこにアリスの姿は無く、彼女は既に距離を取って私を見ていた。
彼女の言葉を聞きながら剣を構え直し、再び彼女の姿を正面に見据える。
「距離を取られれば、一方的に撃たれるだけ」
アリスの言葉を聞きながら、アリスとマウロの決闘を思い出す。
マウロは序盤、遠距離対応の魔術をアリスへと撃っていた。牽制も兼ねたあの魔術は、私にとって脅威だ。
あの魔術なら、避けるだけ意識すれば問題ないと思う。しかし、遠距離に対応できる術、それこそ魔術が使えない私は避けるだけしかできないと言える。加えてあの魔術だけが、マウロの使える魔術とは思えない。おそらく他にも使えるだろう。
防戦一方となれば、追い詰められていくのは私だ。魔力切れを狙っても良いが、その頃には私のダメージ、疲労が蓄積された状況であり、真っ向から剣で挑んだところで体力を温存したマウロに勝つのは難しいだろう。
私に残された勝利への道。それは速攻だ。
魔術を掻い潜り、距離を詰めて体力が削られる前に剣の実力で挑む。
そうすれば一方的に魔術で潰されることは無いし、体力もほぼ互角の状態で剣の打ち合いに持っていける。対策を重ねてその術を習得できれば、たとえ剣の実力で劣っているとしても渡り合えるまでにはなる。
そこで必要になる技術、それこそが梳り足。
打ち込みを始める前にアリスが見せたこの技は、非常に強力な技だった。
正面に見据えていたアリスの姿、それが消えたと思ったら私の目の前に彼女が現れたのだ。これは膝から力を抜いて体が落ちることにより、見る者の視線を一瞬外すのだ。それによって消えたと錯覚し、後は飛び込むような速度で間合いへと踏み込む。
これを使えば、距離を詰めることは難しくない。加えて、一手なら先手が取れる。
問題は勿論ある。
まず習得の難しさ。アリス相手に試してはいるが、完全に習得できていないため速度が不十分だ。間合いに入った、と思っても既に距離を取られている。
次にこの技の適正距離。最大でも中距離からの飛び込みになるため、序盤の遠距離戦を凌ぐには別の方法しかない。模索するしかない。
この二つに共通して、時間が無いことも挙げられる。難しいなら時間を掛けて習得、習熟させるのが当たり前だが、私に与えられている猶予は今日、明日、明後日の三日しかない。その間に習得できなければ、意味の無いことをしていたとしか言えない。別の方法に関しても模索する時間と、それをまた習得する時間が必要になる。
思ったよりも追い詰められている。それが私の状況だ。
だからこそ今、この一瞬でさえも無駄にはできない。
「もう一回。行くよ、アリス」
「見せて」
私は再び膝の力を抜いて、梳り足の体勢を取る。
幸運にも胸を貸してくれる相手が目の前にいるのだ。全力で向かって、どうにか間に合わせよう。
私は地面を蹴り、木剣を振り下ろした。