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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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幕間:ミリアの一日〈前編〉

ミリア視点の短話になります。

 目が覚める。

 部屋の窓から見える景色は薄暗い。城壁の歩廊部分から微かな光が漏れており、それが辛うじて夜ではないのだと証明していた。

 更に机の上に置かれた時計を見れば、今の時刻が五時ちょうどであることがわかる。いつも通りの時間だ。


 「さて……」


 私は上半身を起こしながら掛け布団を剝ぎ、足元に綺麗に畳む。そして枕元に置いてあった黒い靴下を履くと室内用の靴を履いて、ベッドから立ち上がる。

 両腕を上げ、伸びをすると縮こまった筋肉が伸びていく感覚があった。


 私、ミリア・ロンドはアルビオン王国首都、王都ラウンズでシスターをしている。信仰するのはアルビオン王国の国教であるアルビス教で、住まいはアルビス教の教会だ。

 両親や兄弟はいない。死んだという訳ではなく、単純に今どうしているかを知らないだけだ。

 というのも私は七歳の頃、今住んでいる教会に引き取られ、以後十八年間をここで過ごしているからだ。

 引き取られた理由は色々あるのだが、一番は私が“忌み子”だったからだろう。

 ここに引き取られるまでの記憶はほとんど無い。裕福な暮らしをしていたような気もするが、あまり覚えていないというのが正直な話だ。


 棚にしまわれていたグラスを取り出し、時計の隣に置かれた水差しから水を注ぐ。透き通った水をグラスの半分程度まで注ぐと水差しを置き、それを飲み干す。夜の間に冷やされた水は、布団の中で温められた私の体を内側から冷やしていく。

 それによって意識から眠気が吹き飛び、完全に目を覚ますのが私の起床後の日課だ。


 グラスを水差しの横に置くと、ベッドの近くの棚の引き出しから修道服一式を取り出す。引き出しの中は修道服一式と寝巻、そして下着のみで、他の服はしまわれていない。着る機会も無いし、必要も無いので私が持つ衣服はこれだけだ。


 私は取り出した修道服一式を一旦ベッドに置くと、寝巻を脱いで近くの丸いカゴへと入れる。下着のみの格好になると朝特有の寒さを肌に感じ、急いで修道服を着る。

 長い髪を棚から取り出した櫛を使ってまとめ上げ、ウィンプルを被り、手袋を付け、そして最後にロザリオを首から掛ければ着替えは終わりだ。


 着替えてからふと思い出したのは、昨日教会を出て行った愛しき妹のことだ。

 彼女には、私が修道服を仕立て直したものを着せていた。動きやすい方が良いと注文を受け、裾にスリットを設けるなどした。ウィンプルは嫌だと言ったので被らせることはしなかったし、靴下は長いものが良いと言ったので新しく用意した。


 (意外と着るものは注文が多かったですね……)


 ひとえに稽古のためだろうが、それにしても多かった気がする。ただ私がその注文を文句ひとつ言うこと無く受けたのは、普段はわがままを言わないし、物が欲しいとねだったことも無かったからだ。金銭的にも仕立て直しと靴下の購入程度で全く痛手にならなかったので、せめてそれぐらいは叶えてあげようと思い、全部聞き届けた。


 (すっかり気に入っていましたね)


 振り返ってみれば彼女への初めての贈り物は、仕立て直した修道服だった。


 「さて……」


 物思いに耽るのはここまでにして、いつもの仕事に戻ろうと思い、私は部屋を出た。



―――☆☆☆―――



 聖堂で朝の祈りを終えた私は、食堂へと来ていた。

 食堂内は既に料理の良い香りで満たされ、空いた腹に直接響いてくる。


 「今日の当番は確か……」


 そう呟きながら食堂の奥に造られた台所を覗いてみると、二つの人影がある。


 「あ、おはようございます。シスター・ミリア」

 「おはよ」


 礼儀正しく挨拶したのは、この教会で共に暮らしている三姉妹の末っ子のルゥ・レミルトンだ。彼女はスープの入った鍋を火にかけながらかき混ぜていた。

 対して短く一言で済ませたのは三姉妹の次女、リーシャ・レミルトンだ。いつも通り眠たげな顔をしており、ルゥのすぐ近くで座っている。


 「おはようございます、二人とも。今日の当番は貴女たちと、もう一人いるはずですが?」


 今日の朝食を作る当番は三人のはずだ。もう一人、三姉妹の長女であるララ・レミルトンの姿が見当たらない。

 彼女の動向が気になった私は二人に問いかけると、ルゥが言い辛そうに視線を逸らしている。


 「いつも通り」

 「……はぁ」


 言い辛そうなルゥの代わりに応えたのは、椅子をギシギシと揺らして遊んでいるリーシャだった。

 私は彼女のいつも通り、という言葉にため息をついた。


 ……まあこういう時大体姿が見えなくて、いつも通りと言ったら一つしかない。ララはまだ夢の中にいいるのだろう。

 ララはそういう人物だということは十二分に理解している。私にとって頭を悩ませる存在だ。


 「では今日も二人で食事を?」

 「……えっと、ですね……」


 再び問い掛けると、ルゥはまた困ったように言い淀んだ。

 私はそれを見て、また一つ溜め息をついた。


 「リーシャ」

 「さっき起きた。昨日疲れてたゆえの過ち。許して欲しい」


 なら今すぐ聖堂で我らが主に懺悔してきなさい、と思わず言うところだった。

 レミルトン三姉妹の長女と次女は、揃って教会の問題児だ。こんなことで怒っていては体力が持たない。今は温存するべきだろう。


 「……今すぐ郵便を確認してきなさい。それでリーシャは許しましょう」

 「ありがとー。ちなみにララ姉はどうなる予定で?」

 「朝と昼の食事抜きと、明日の朝食当番にします」

 「ちゃんと起きて良かった」

 「リーシャ姉。ちゃんと起きてたら、郵便受け見てきなさいて言われてないよ?」


 私は頭痛を感じながら、食堂の席に着いた。


 それからしばらくして、血相を変えた寝間着姿のララが食堂に入って来た。そんなララにいくつか説教をし、二食抜きを伝えると彼女は泣きながら食堂を出て行った。

 どうせ本気で泣いている訳じゃないだろうし、なんだったら二度寝ができると喜んでいるかもしれない。そう思った私は、ルゥの作ったスープを一口飲んだ。


 朝から騒々しい教会だが、私は私なりに楽しんで幸せに暮らしている。

 朝食の後は洗濯物をし、終われば干して、乾くのを待ちながら教会内の清掃をする。教会に訪れた信徒や客を持て成すのも私の仕事だ。


 何も変わらない毎日。

 昨日、一人出て行ってしまい多少変わるとことがあるものの、大きな変化はない。


 ああ、いや。

 今日は少しだけ違った。

 食事当番であるララとリーシャが寝坊したことではない。


 郵便物があるかどうか確認に向かわせたリーシャ。

 彼女が持ってきた一通の手紙が、しばらく教会を賑わせる事態を招くことになるなんて、その時の私は思いもよらなかった。

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