第50話:震える体を貫く視線
私たちの姿は第三運動場にあった。
第三運動場に着く頃にはアリスとピネットは、軽い雑談ができるようになっていた。二人は話してみると意外と相性が良かったようで、私は二人が話している姿を見ているだけだった。というのも話している内容は私にはよくわからなかったからだ。
獣人は意中の相手を射止めるにはどうするか、という話をピネットがして、話の中で疑問に思うことをアリスが聞く。そんなやりとりを繰り返していた。
私はそういう色恋沙汰には疎いし興味も無い。だからよくわからない話という感想だった。
運動場には私たちの他に数人の生徒が既におり、皆一様に刀剣類を腰や背に差していた。刀剣類と表現したのはそれぞれの得物が違うのだ。
私と同じように両刃剣を持つ者もいれば、自身と大きさがほぼ同じな大剣、刺突剣など様々だ。中には私も見たことが無い剣を持つ者もいる。
無手のまま運動場に入ってくるものもいるが、運動場の隅に置かれた箱から得物を取り出していた。箱を見ると中には大量の刀剣類が収められている。
昨日、ここに来た時は無かったはずなので、おそらく授業のために用意されたものだろう。
「ピネットは短剣?」
ピネットの腰の後ろに、二本の短剣がぶら下がっているのを私は見つける。しかもかなり小柄で短い、ナイフ程のものだ。移動中には腰に何も無かったことから、おそらく彼女も箱の中から持ち出したのだろう。
彼女は私の言葉を聞くと、自分の腰を見て短剣を手で撫でた。
「そそ。練習中なんだけどね」
「ピネット、多分素手で普段戦ってる」
答えたピネットに続けて、アリスが付け加えるようにそう言った。
その言葉に頷いたピネットはアリスの頭を撫で、アリスは自分の頭に置かれたピネットの手を触る。
「せいかーい。よくわかったね、アリス」
「指の付け根が固い。あと獣人は、素手での戦いを好むと聞いた」
「物知りじゃん!」
すっかり馴染んだ二人は、既に名前で呼び合う程だった。一体二人の間で、何が合致したのだろうか。性格的にはほぼ真逆だというのに。
しかし、と私は思う。
アリスはよく見ているし、よく知っている。獣人の身体能力が高いというのは一般的な知識であり、私はその程度しか知らない。アリスがそれ以上の知識を持っているのは、世界中を旅していたことに起因するのだろうか。
「剣を使ってみたいなぁって思って、最近練習してるってわけ」
「短剣を選んだのはなんで?」
「一番馴染んだんだよね。多分、剣の中で素手に一番近いからかなぁ」
ナイフ程の大きさの短剣を持つ理由は、それと同じなのだろう。
たしかに短剣なら軽量で、素手に近い感覚なのだろう。取り回しも良いし、取っつきやすさもある。
だが短剣には明確な欠点がある。リーチが極端に短く、他の刀剣に比べれば威力に劣る点だ。素手よりは多少マシといった具合で、短剣を得物にするのはかなり珍しいだろう。
実際、今運動場にいる他の生徒を見れば、短剣を持つ者はいない。つまりピネットだけということになる。
逆に言えば欠点を補うだけの技術や経験があれば良いのだが、そこが一番難しいだろう。
「フィリアはなんで両刃剣なの? 女性が扱うには難しくない?」
ピネットは屈伸などで体をほぐしながら、私にそう尋ねた。私は彼女のその疑問に対し、どう答えようか考える。
「うーん……憧れてる人が使ってるから、かな」
「憧れの人とか良いねぇ! それってだれなの?」
「“英雄”だよ」
改めて他人に言うのは少し恥ずかしかった。
あの炎の世界で見た姿をずっと憧れている。
追い続けている。
私が剣を習いたいとエドガーに言った時、彼は何の剣術が習いたいのかと私に聞いた。私は食い気味に“英雄”と同じものと答え、その後ジアが教会に訪れた。
最初の稽古でジアに持たされたのは、両刃剣を模した木剣で、それからずっと両刃剣を扱っている。
思い出してみれば、私から両刃剣を使いたいと言ったことは無い。ジアから渡された練習用のものがそれだったから、という流れだった。
想像に過ぎないが、その流れを作ったのはエドガーだったのだろう。習う剣術は“英雄”と同じものが良いと答えた幼い私、その意向を汲んでくれたのだ。ありがたいと思う。
結果として、私は“英雄”の剣術に適正は無かったので、別の剣術を習うことになった。そこだけ考えると、折角用意しれくれたエドガーとジアには申し訳ない気持ちがある。才能の無さが恨めしい。
そういえば、と私は思う。そういえば“英雄”の剣術はなんて名前だっただろう、と。
あまりにも昔のことでいまいち思い出せない。
今度ジアと会う機会があったら聞いてみよう。
「“英雄”かぁ。私会ってみたいなぁ……ね、アリス」
「どこにいるかわからないってさっき言った」
「言われたわー……」
その会話を聞くに、アリスの素性を移動中の会話の中で聞いたのだろう。アリスが“英雄”の関係者かどうかピネットは気にしていたので、それが解消されたのなら何よりだ。
素性と言ってもおそらく、私やレミィたちが知っている範囲と変わらないはずだが。
その後も軽く雑談をしながら、授業の始まりを私たちは待っていた。
時間にして数分後だろうか。
「……?」
話していた私たちの周りにいた生徒が、ざわつき始めた。
私は生徒の様子を見ると、皆同じ方向を見ている。
直前までピネットと話していたアリスも、ある一点を見詰めていた。
「……大物」
アリスの呟きを聞くと同時に、私は全身に鳥肌が立つのを自覚する。
全身に、冷たい何かが纏わりつくうな感覚。この感覚に身に覚えがある。
ピネットを見ると彼女のふわふわとした明るい茶髪が、まるで威嚇している猫のように逆立っている。その表情も緊張に支配され、生徒たちと同じ方向を睨みつけていた。
私はなぜ皆と同じ方を見ないのだろうか。
簡単だ。目を逸らしたい衝動に、駆られているからだ。
「良い反応じゃのう。流石学園に入学を許された者たちじゃ」
声が聞こえた。
聞き馴染みのある声だ。しわがれた男の声。何度も聞いた声だ。
「はて、こちらを見ぬ者がおるようじゃが」
彼の気配がより強くなる。稽古中に浴び続けた“コレ”は、彼特有の殺気だ。しかし普段と違ってその濃密さは比べ物にならない。
目を逸らしたいと思ったのも、それが原因だろう。
私はなるべくゆっくりと、その気配を感じる方へ視線を動かす。
入り口から木剣を杖のように使いながら近付くその姿は、昨日も見たものだ。
彼の周囲の空間がゆがんでいるようにみえるのも、昨日見たままだ。
なぜ学園にいるのか、という疑問が胸の中で溢れるが、それを言葉として吐き出すことはできなかった。
左手首に着けたブレスレットが音を立てる。それによって体が震えている事実に気付く。
「――お主の師が来たのじゃぞ。丁重に持て成すが良い」
私の剣の師にして、あらゆる剣術を収めた生きる伝説。
“剣帝”ジアッテがそこにいた。
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