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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第一章 学園の始まりと少女たちの出会い
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第4話:この手に残るものは何か

 目が覚めると、そこは知らない場所だった。

 視界の右半分が真っ暗で見えなかったが、残った左目で見たのは木造の天井。自分が横になっているのがわかる。

 何か柔らかいものに包まれていると感じ、視線を下ろすと真っ白な布団が掛けられていた。

 枕元から陽の光が差し込んでいる。朝なのか昼なのかはわからない。

 体を動かそうと身を捩らせると激痛が走り、うまく動かせない。指先だけ動かそうとしても無理だった。

 瞳を動かし、周りを見渡す。かろうじて見えたのは左右におそらく自分が寝ているものと同じ、真っ白なベッドだ。


 (ここ……どこだろう……)


 私は視点をまた天井に戻し、激痛に顔をしかめながら考える。

 ここはどこなのか。あれからどうなったのか。

 ドラゴンは、鎧の人は、村は、村の人たちは。

 母と父は。

 何もわからない。


 「目が覚めましたか」


 男の声が聞こえた。足元の方からだが、首すら動かせずその人物を捉えることができない。

 コツコツと規則正しい音が聞こえ、徐々に近づいて来る。するとゆっくりその人物の姿が見えてきた。

 彼は私の左横に立ち、柔和な表情で私に話しかけた。


 「おはようございます。音は聞こえますか?」


 そう尋ねられ、私は頷こうとしたが動くことができず、そのままジッと見つめるだけになった。

 真っ白な服に身を包み、眼鏡をかけた短髪の男は話す。


 「無理に動かなくても良いですよ」


 そう言って近くにあった小さな椅子を引き寄せ、それに腰掛けると私の左手を握った。

 暖かくて、大きな手だ。


 「私はエドガー・エルバート。神父をしています」


 そう名乗った男、エドガーは私から視線を外すと片手を上げた。何の合図かはわからないが、遠くで足音が聞こえた。何かやりとりをしたのだろうか。

 神父というのはわかる。神様に仕える人だ。私の村にはいないが、世界にはたくさんいるのだと父が言っていた気がする。


 「あなたのお名前は? 喋れたらで構いません」


 再び私の方を見たエドガーはそう尋ねた。私は名乗るために声を出す。


 「フィ、リア……」


 自分でも驚くほど、掠れた声が出た。そして同時に、喋るたびに喉の奥で刺すような痛みが走る。全身に比べたらそこまで酷いものではないが、声が出しにくい。


 「フィリア。良い名前ですね」


 エドガーはそう言って微笑むと、続けて話す。


 「ここはシト村にある診療所です」


 シト村、という名前に心当たりがある。母が以前、自分たちが住むこの村より西に別の村があり、そこには診療所があると言っていた。なので村で怪我や病気をしたらシト村に行くのだとも。

 父があの時、西へ行けと言っていたのはこのシト村に行け、ということだったのだろうと私は理解した。


 「あなたは三日前の夜、ここに連れられて来ました。大きな怪我をしていたあなたは治療され、三日の間ずっと眠っていたのですよ」


 そう言うとエドガーは近くの棚に置かれた、透明なジョウロに似た形をしたガラスの器具を手に取り、私の口元に近付けた。

 喉が乾いたでしょう、とエドガーが言い、私はその器具に口をつける。エドガーがその器具を傾けると、ゆっくり水が私の口に注がれていく。

 水を飲み込むと、ひんやりとした心地の良い冷たさが喉を通る。私はたまらず、四回、五回と飲み込んだ。

 満足するとそれを見越してエドガーは私から器具を離す。器具を置いたエドガーが、また私に話しかける。


 「ゆっくりで構いません。あの夜、何が起きたのか。わかる範囲で話してくれませんか? もちろん、言いたくないことは言わなくて大丈夫です。あなたにしかわからないことなので」


 私は少し考えると話そうと口を開く。だが声が出なかった。

 話したくないわけではない。だがあの夜を思い出し、それを口に出そうとすると全身が震え、声が上手く出せなかったのだ。

 その様子を見てエドガーは、握った手を離し、代わりに私の頭を撫でた。


 「すみません。辛いことを言いました。ですが私は神に仕え、人々の心を聞き、神の代わりに癒すことがやるべきことなのです。だから、どうぞ。ゆっくりと聞かせてください」


 優しく、優しく私の頭を撫でる。

 私はその仕草から彼の姿に、父と母を重ねた。

 涙が溢れ出る。

 あの夜のことなんて、私に聞くより大人に聞いた方が良い。だが、彼は言った。私にしかわからない、と。

 その言葉だけで、私は理解した。

 あの夜を越え、生き残ったのは私だけなのだと。


 私はそれから、嗚咽を混じらせながらあの夜を語った。

 寝ていると母に起こされ、燃える村から走り去ったこと。

 森の中で傷付いた父に会い、村へと走り行く背中を見たこと。

 あと少しで森を出る時、大きな音共に意識を失ったこと。

 目が覚めると血の池で母が横たわっており、手を握ったこと。

 母の亡骸に声を掛けていると、空からドラゴンが降りて来たこと。

 ドラゴンに襲われかけた時、鎧を着た誰かそこにいたこと。


 わかる範囲で、理解していたことだけを話した。ゆっくりと話す私を見つめながら、エドガーは頭を撫でていた。


 「――やはり、居たのですか」


 時間をかけ話し終えると、エドガーは神妙な面持ちでそう呟いた。


 「先程、私はあなたは連れられて来た、と言いましたね」

 「……うん」


 問いに対し、小さく答えるとエドガーは一つ息を吐いた。そして続ける。


 「あなたが見た鎧の女性は、あなたを連れて来た人物です。彼女は、村がドラゴンに襲われた。生き残った女の子を預かって欲しい、とシト村の村長に言ったそうです」


 エドガーは立ち上がり、窓の外を見る。私はその姿を目で追った。


 「彼女の名はグリムヒルト・ローデンバルト」


 私はその名前に覚えがある。前に、母から聞いたことがある。寝る前に聞く、おとぎ話で唯一、明確に実際あった話として聞いたものだ。


 曰く、彼女を越える剣士はおらず、七本の剣を自在に操るが故に“七天剣(しちてんけん)”。

 曰く、恐れを知らない魔物が、唯一彼女を恐れるが故に“魔物祓い(エクセキューショナー)”。

 曰く、一人で幾多のドラゴンを打ち倒した故に“竜の天敵(ドラゴンスレイヤー)”。


 彼女を讃える逸話は数多く存在し、二つ名もまた多く存在する。

 だが、最も呼ばれる異名。この世界でただ一人、そう名乗り、呼ばれることを許されたその名は、


 「“英雄”と呼ばれる女性です」


 それからしばらく話していると、エドガーは村長に私が起きたことを伝えなければ、と言って部屋を出て行った。

 入れ替わるように、無表情の女性が私の元へ来るとエドガーが腰掛けていた椅子に座り、持って来た果物の皮を剥き始めた。


 エドガーが話した内容を要約する。

 あの日の夜、王宮に仕える占い師が、一つの予言を出した。王国領地内の小さな村に、大きな災いが訪れると。それを聞いた国王は、“英雄”であるグリムヒルトに対処するよう勅命を出したそうだ。

 彼女は急いで予言の村へと訪れると、時既に遅く、村は壊滅していた。せめてこの元凶をどうにかしなければ、と考えた彼女は森へと入り、そこでドラゴンと私を見つけた。

 ドラゴンを倒した彼女は重症の私を抱え、シト村にやってくると村長に予言のことや、壊滅した村の状況を伝えると去って行った。

 エドガーはちょうどシト村に用事があり、その翌日に数人のシスターを連れ村を訪れ、村長と診療所の医者から私の治療を手伝ってほしいと言われた。

 その時、村長から彼女の話を聞いたのだと言う。

 私は瀕死の重症で、丸一日かけて治療され、今日まで眠り続けていた。眠っている間、数人の村人で私の村へと行き、生存者を探したが見つからず、私が唯一の生存者として確定した。

 当時の幼い私でも理解できるよう、エドガーは噛み砕きながら事実を教えてくれた。

 特に生き残りは私だけ、と言う部分は濁そうとしていたように思える。

 だが私は既にわかっていたし、諦めていた。


 「少しずつ、お食べなさい」


 小さく切り分けた果物を、真っ白の柔道服を着た無表情の女性が私に差し出す。私がいらない、と言うと食べなければ治るものも治らない、と言った。

 私は差し出された果物を口に入れる。味はよくわからなかった。

 それが今ではミリ姉と呼び慕う、彼女と初めての出会いだった。


 それからの日々は、特に何も起きなかった。

 頭の包帯が取れ、両目で見れるようになるのに三週間。

 体を起こせるようになったのは一ヶ月、よろよろとしながらも歩けるようになったのは三ヶ月。走り回れるようになったのは、あの夜から半年ほど経った頃だった。


 「傷は痛みますか?」


 エドガーが私にそう尋ねる。

 すっかり歩くことができるようになった私は、シト村から少し離れた丘で一日のほとんどを過ごしていた。そこにエドガーがやって来たのだ。

 左手を背中に回し、傷に触れると痛みは無い。服の上からわかるほど大きな傷になってしまったな、と思う。


 「いいえ、神父様。もう痛くありません」


 そう答えるとエドガーは満足げに頷き、私の横に座った。

 秋から春を越え、夏になり、太陽は暑い光を放っている。だがそよそよと吹く風が気持ち良い。


 「前々から気になっていましたが、フィリアはその年にしては大人びていますね」


 唐突にエドガーがそう言う。

 私は一瞬考えると、その言葉に対し答える。


 「村の子どもの中で一番年上でしたし、母から目上のものには礼儀を持て、と言われてましたので」

 「なるほど。良い教えであり、それを守っているのも良いことです」


 そう言って私の頭を撫でる。

 エドガーは私を撫でるのが好きなのか、事あるごとに撫でてくる。シト村の子供にはしないのに。


 「あなたの傷も癒えた事ですし、我々は自分たちの教会へ戻ろうと思います」


 唐突にそう切り出したエドガーの表情は、変わらず笑顔のままだ。

 私は治療の甲斐もあり、元気になった。夜、あの日のことを夢に見てしまう以外は何も問題がない。

 そもそもエドガー達がこの村に来たのは、彼ら自身の用事のためだ。決して私の面倒を見るのが目的では無い。

 あの日、この村に来たのは神の思し召しだと思うのです。あなたを救え、と神がが我々に望んだのでしょう。少し前にエドガーはそう言っていた。


 「フィリア、私たちと共に来ませんか?」


 エドガーは私にそう言った。

 突然言われた言葉に、私は一瞬時が止まったかのような感覚を得た。

 言葉の意味を考える。

 それはシト村を出て、教会で暮らそうと言うことだろうか。教会で暮らすと言うことは、シスターにならないかと問われているのだろうか。私はそのまま彼に問う。


 「神父様は私にシスターになれと言っているのですか?」

 「いいえ。勿論仲間が増えるのはとても嬉しいことなので、貴女がシスターになりたいと言うのならば、私は自身の知識を以って貴女を導きましょう」


 しかし、とエドガーは付け加えた。

 彼は言う。


 「貴女は、神を憎んでいるでしょうから」


 私はその言葉を聞き、まるで心臓を掴まれたかのように感じた。

 エドガーが言ったことは、事実だ。

 私は神様は存在すると思う。だからこそ、憎んでいる。

 この世界で起きることが神様の思し召しだと言うのなら、なぜあの日、私たちの村にドラゴンを寄越したのか。なぜ村は焼かれ、皆は殺されなければならなかったのか。

 なぜ父と母は、死ななければならなかったのか。

 “罪の化身”と呼ばれるあの存在が、もし罪を罰するためとして現れたのなら、私たちに一体どんな罪があったのか。

 私は、何一つ納得できない。できるはずもなかった。


 「貴女が納得できるような答えを、私は持っていません」


 エドガーは、語る。


 「だから私は、貴女がいずれ納得できる答えを見つけられるように手伝いをしたい」


 エドガーが私の手を握る。


 「そして私は教え導く神父として、貴女にはたくさんの道があることを示さなければなりません」


 私が貴女と暮らしたいと言うのも事実ですが、と彼はバツの悪そうな笑顔を浮かべながら付け加えた。

 あの日の出来事に対して納得できる答え。そんなもの見つかるのだろうか。

 わからない。

 だが私は生き残った。一人だけ。

 ならば、探さなければいけないのかもしれない。それが生き残った私がやるべきことのように思う。

 私は彼女の、“英雄”の姿を思い出す。


 「……私、夢ができたんです」


 エドガーに言う。

 今も胸の中に残り続ける炎の世界、その中心に立つ“英雄”の姿は、私の瞳の奥に焼き付いている。

 きっとその姿を追えば、答えを見つけられるかもしれない。

 父の言葉を思い出す。他人を守る優しさと力を持て。それはあの姿に重なる。

 私は、そう。私はあの人のように。

 世界で助けを求める見知らぬ誰かを救えるような。

 

 「――“英雄”に、なりたいんです」


 その翌日、私はエドガー達と共にシト村を出立し、二日後にはアルビオン王国の首都である王都ラウンズへと着いた。そして王都の端にある小さな教会で暮らし始めることになる。

 それからの日々は淡々としており、エドガーが算術や歴史などの学問を、ミリ姉が礼儀作法を私に教えた。その合間で教会の皆で食べる食事の支度や掃除もする。

 エドガーには魔術も習ったが、そちらの才能は無きに等しかった。日常的に使える簡単なものでさえ、私には難しかった。エドガーは人間には得手不得手があることを、貴女は自分自身から学ぶことができたのです、と私の頭を撫でた。

 日々暮らす中で、一番力を入れたのは剣術だった。

 エドガーの伝手で外部から剣術の先生を呼び、毎日剣を振るった。ミリ姉は女性の手に剣とは、と苦言を呈していたがエドガーは黙って見守ってくれていた。


 残念なことに、剣術の才は無かった。先生は言いにくそうにしていたが、私はそれでも構わないと答えた。

 私はそれでも剣を持つ。なりたいものがある。ならなければならない。知らなければならない。私はその一心で剣を振る。

 雨の日でも風が強い日でも、夏の日差しの中、冬の雪の中。先生がいなくとも私は一日たりとも欠かさず、剣を振るい続けた。


 そうして十年が経ち、私は十五歳となった。


 全てが燃え尽き、炎の中で失ったあの日。

 私の手に残ったのは剣と夢だった。


お読み頂きありがとうございます。余裕があればどんどん更新していきますので、お楽しみいただければ幸いです。

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