第47話:傲慢の死、油断の死
「行き渡ったか?」
ローガンは教室内の生徒を見回しながらそう言う。
私はそんなローガンを見た後、視線を机の上へと落とす。そこには少し大きめの羊皮紙が広げられている。横目でピネットを見れば、私と同じ羊皮紙を片手で持って眺めていた。
アリスはいまだ夢の中で、羊皮紙は寝顔のすぐ横に置かれている。
「よし。では冒険者学を始めていくぞ」
手を一度叩きながらそう言うと、ローガンは後ろを向き、黒板に白のチョークを使って何かを書いていく。
数秒後、黒板には大きく〈冒険者学とは〉と書かれ、ローガンは私たちの方を向き直る。
「初日だから難しいことはしない。まずは冒険者学というのはなんなのか、そしてそれを学ぶことで何ができるのかを教える」
では、と言ってローガンは教室内を左から右へと見ていく。
「あー、そこのお前。起立しろ」
ローガンは一人の生徒で視線を止め、指を差すと起立するように言う。
差されたのは男子生徒で見慣れない子だ。おそらく別の学級の子だろう。彼は慌てたように一言返事をすると、その場に立ち上がる。
「簡単で良い。冒険者学とは何か、言ってみろ」
そう言われた男子生徒は、きょろきょろと視線を動かしながら考え込む。
「えっと……文字通り、冒険者について学ぶこと……ですかね?」
一言一言、聞いているローガンや私たちに確認せるように男子生徒は言った。
するとローガンは頷き、手でその男子生徒に座るよう命じると、黒板を向いて文字を書きながら話し出す。
「安直過ぎるが、まあ正解だ。冒険者学とは、冒険者としての心意気から行動理念、旅におけるサバイバル術などを包括した最も新しい学問だ」
黒板に書かれていくのはローガンが喋った内容であり、例としてあげていた三つの事柄以外にも、魔物とその対処法、世界の危険地帯などが書き込まれていく。
「近年作られたこの学問は、新たに冒険者となる者に対して生きるために必要な、基本的な知識を授けるために生まれた。冒険者で最も死亡率が高いのは、冒険者に成り立ての無だからな」
そう言って幾つかのランクを書き並べ、その隣に数字を書いていく。
無の右隣には五、赤鉄には四といった具合だ。
「次、お前だ。起立してこの数字が何か答えてみろ」
そう言いながら振り向き、次に指定したのは女子生徒だ。この子も見覚えがないので別の学級だろう。
女子生徒はさっきの男子と違い、戸惑うことなく返事をして立ち上がるとすぐに答えた。
「各ランクの死亡率かと」
「正解だ。やるな」
ローガンは座って良いぞ、と女子生徒に声を掛け座らせる。彼は腕を組んで私たちを見回すと、視線を自分で書いた黒板に移す。
「この数字は、そのランク到達時から一ヶ月以内の割合による死亡率だ。見ればわかるが無が最も高く、ランクが上がるにつれて死亡率は減少する傾向にある」
これは何故か、とローガンは言葉を続ける。
「とても簡単で、生存能力が上がっていくからだ。ランクが高ければ魔物への知識、旅における知識などが備わっていく。冒険者において無知とはすなわち死を意味するわけだな」
私は黒板とローガンを見比べながら、彼の話を聞く。
こうして見ると、冒険者というのは死ぬ確率がとんでもなく高い。特に無に至っては五割、つまり半分だ。冒険者になって一ヶ月以内に半分が死ぬ、と考えると驚異的な数字だ。
「冒険者の間でよく言われる言葉がある。“傲慢の死、油断の死。二回の死を超え始点に至る”と」
ローガンはその言葉を黒板へと書き込みながら言う。
どういう意味だろうと考えていると、隣のピネットが私をつっつく。
私がピネットの方を見れば、彼女は口元を手で隠し小さな声で話し掛ける。
「アタシも冒険者登録した時に、組合の受付の人族にアレ言われた」
「どういう意味なの?」
「先生が教えてくれるよ」
ピネットはそう言ってニヤリと笑うと、再び正面へと向き直る。
どうせなら教えてくれれば良いのに、と思いながら私もローガンの方を向く。
「傲慢の死とは、冒険者に成り立ての無が自分の力量に見合わない依頼を受け、勝手に死ぬことを揶揄している。ランクは、当人の力量や依頼の達成具合などで上昇するが、無はなろうと思えば誰でもなれる。だから勝手に死ぬような事態が生まれる」
ローガンの言葉を整理するなら、こういうことだろう。
冒険者のランクと、依頼内容は合致するものだ。見合っていると言っても良いだろう。ランクが高ければ難易度の高い依頼になり、低ければその逆をいく。
だが無で受けられる依頼内容は、必ずしも見合ったものではない。あくまで無が受けれる、というだけで受注した者の力量と合っているかは別だ。
つまり依頼内容を吟味せず、自分ならこれぐらい余裕だろうと侮った結果、無が死ぬことを傲慢の死と表現するのだろう。何の知識が無い状態だと、理不尽に死ぬことになりそうだ。
「そして油断の死、これは簡単だ。ランクが上がったことで己が強くなったと過信し、注意や警戒が疎かになってつまらない死に方をするということだ」
無を超え、赤鉄に至るとプレートに鉄が嵌め込まれる。そこで冒険者は、自分は認められた上で強くなったと思うだろう。確かにその通りではあるが、過ぎた自信を持って油断した結果、死に至る。
文字通り、これが油断の死だ。
そしてその二つの死を乗り越えて、青銅に到達した時にようやく、一人前の冒険者として始められる。
それがローガンが語り、ピネットが言われた言葉の意味なのだろう。
そう考えて見ると、隣のピネットは相応の経験と知識を持っていることになる。どこか軽い雰囲気をしているが、実力はあるのだろう。
「……ピネットって、思ったよりも凄いんだね」
「思ったよりもは余計かもー。でもアタシの凄さ、理解してくれた?」
私がピネットの言葉に頷くと、彼女は笑顔を見せる。
授業はまだまだ続いていく。
遅くなりすみません。
お読みいただきありがとうございます!




