第46話:冒険者
それからピネットと会話、というより一方的に話し掛けられては答えていると、教室に一人の男が入ってくる。
筋骨隆々で浅黒い肌にはいくつもの傷があり、片手には束になった羊皮紙が握られていた。
一歩歩くたびに彼の首に下げられているネックレスが揺れ、金属がぶつかる音が聞こえる。ネックレスの先端には何やら小さな鉄製のプレートが二枚付いていた。
教室にいた生徒たちの視線を一身に浴びながら、その男は教壇に立つ。明らかに生徒でない姿から、その人物が冒険者学の担当教師であることを察した。
「時間だ。始めるぞ」
男の低く渋い声は教室内によく通る。その一声で話をしていた者は黙り、席を離れていた者は急いで席に着く。
隣のピネットも肘はつきながらも、私に話し掛けることを止めた。
男は教室内をぐるりと見回し、静かになるのを確認すると話し始める。
「まずは挨拶からだ。オレはローガン・ゴードン。一年の冒険者学担当で、現役の冒険者でもある」
ローガンと名乗った男はそう言うと、自身の首に下げたプレートを持って私たちに見せる。そのプレートの中心には、血のように赤い宝石が嵌められている。
「冒険者としてのランクは“紅玉級”だ」
それを聞いた私は真っ先に、どれくらい凄いのだろうという疑問が生まれた。
彼には申し訳ないが、冒険者はどんなものかという概念はわかるが、詳細までは知らない。ランクというものも存在は知っているが、ランクにはどれだけの種類があり、何がどう凄いのかまでは理解していない。
どう反応すればいいかわからない、というのが正直な感想だった。
「紅玉級だってさ、凄くない?」
そんな私に声を掛けたのは、隣に座るピネットだった。
彼女はローガンに視線を向けたまま、小さな声で私にそう言った。どうやらピネットの方はランクに対して理解があるようで、私はその知識を頼りにしてみる。
「ごめん、よくわかってないんだ」
「あ、そうなの? 冒険者には詳しくない感じ?」
ピネットの言葉に頷くと、彼女は私を見ながらニヤリと笑った。
「ふっふっふっ。やっぱ友達になっておいて正解じゃんね」
彼女はわざとらしい声を出しながら笑うと、自分の上着のポケットをまさぐり、あるものを取り出す。
握られた拳を私に突き出し、掌を開いて見せるとそこには、ローガンと同じプレート付きのネックレスがあった。二枚のプレートは両方とも同じ形で、何やら文字も刻まれている。
彼のものと違う点が一つありそれは、プレートの中心に嵌められているのが鈍い赤色をした金属の球体であることだ。
「これは“冒険者認識票”。自分が冒険者であることを証明する物で、通称プレートって呼ばれてるの」
ピネットは冒険者認識票について、いくつかのことを私に教えてくれた。
まず冒険者認識票、通称プレートは冒険者になる際に冒険者組合から配布される物で、着用を義務付けられているのだそうだ。
プレートの役割は三つあり、一つ目は彼女が最初に言った、冒険者としての身分を証明すること。冒険者組合に所属する正規の冒険者にしか配られないため、必然的にその身分は冒険者組合によって保証される。つまりプレートを身に着けたものを見れば、冒険者であるということがすぐにわかるのだ。
二つ目に、ランクを視覚的にわかりやすくするため。冒険者には個人の力量をランクと呼ばれるシステムで明確にしており、冒険者が受けられる依頼内容も、ランクに応じたものになる。ランクが高ければ難易度が高くて報酬も良くなり、低ければその逆だ。
ランクは全部で十段階。下から無、赤鉄、青銅、紫銀、黄金、白金、紅玉、蒼玉、翠玉、王玉で並んでいる。プレートにはランクに応じた金属、もしくは宝石が嵌められており、視覚的にわかりやすくなっているのだとか。ちなみに無はプレートのみで、特に何か嵌められている物は無い。
三つ目に、冒険者が死んだ時に身元を判別するためだ。プレートには名前、性別、種族、魔力属性が刻印されており、万が一死亡した際にはプレートを回収する。そうすれば遺体が回収できなくても、プレートによって誰が死んだかを明確にできるわけだ。プレートが二枚でひとつなのもそれが理由で、もし遺体が回収できあれば、持ち帰ったプレートによって遺体の判別ができる。
これは命を落としかねない依頼をこなすこと、世界中を旅し続けるため即座に遺体回収ができないことに起因する。もちろん一人で行動していた場合はプレートの回収ができないため、絶対的なシステムではない。
「冒険者全体で言えば紫銀が多くて、黄金以上は珍しめ。紅玉以上は、王族からも依頼が来るぐらい凄いって感じ」
「……なんとなくローガン先生の凄さがわかったかも」
「でしょ? アタシも紅玉級冒険者は初めて見た」
ローガンは一通りの自己紹介を終え、羊皮紙を配っているところだ。
私はピネットから冒険者について、教えを受けている。
「獣人は殆ど冒険者になって仕事を貰うんだ。アタシも十二歳になった時、組合で登録して今は青銅級」
獣人の生活圏は“剣の森”だけで、基本的には外部と接触を持たないそうだ。
だがそれだけだと物資の枯渇が起きるため、旅商人は招き入れておりそこで物資を購入する。購入するための資金は“剣の森”の資源を人間に売って作るのと、獣人の特性である高い身体能力を活かして冒険者として稼ぐらしい。だが一人二人が冒険者になったところで稼げる額に限界があるので、殆どが冒険者になるということだ。
「ちなみに王玉級は世界に一人しかいなくて、依頼が全てアルビオン王から直接のものらしいよ」
ピネットのその言葉を聞き、なんとなくその人物が誰かわかる。
彼女は私の左隣で今も寝息を立てるアリスを見ながら、その人物の名を口にした。
「“英雄”グリムヒルト。流石に知ってるでしょ?」
予想通りの名前が挙がり、同時に私の目指すものがどれだけ遠いものかを再認識する。
私はピネットの言葉に頷くと、彼女は歯を見せながら笑う。人間と違って鋭い牙のようなものが見え、改めてピネットが獣人であることを示していた。
「名前からして関係者っぽいけどなんか知ってる?」
「一通りは聞いてる。私から言うのもアレだから、気になるなら本人から聞いて」
「もちろん。近くにいるのに、わざわざ他人の口から聞くなんて無粋だし」
まあ今は寝ちゃってるみたいだけど、とピネットは語った。
「ねぇフィリア。アンタその子と仲良さげだし、今度話す機会つくってよ」
「別にそんなことしなくても、普通に話し掛ければ良いと思うんだけど……」
「あー……気付いてないか」
ピネットは呟くように言うと、アリスを指差す。
すると笑顔から困ったような笑みに表情を変え、私に言う。
「その子さ、アタシがフィリアに話し掛けてからずっと警戒してんの。殺気出まくっててさ。寝てんのに器用だねぇ」
おかげで落ち着かないんだよね、と言いながらピネットは自分の尻尾を見た。
彼女の尻尾は今も忙しなく左右に揺れており、確かに落ち着かない様子だ。
それにしても、アリスがピネットを警戒しているとは思わなかった。ずっと寝ているものだと思っていたし、実際彼女を見れば昨晩見た寝顔、様子と同じだ。加えて殺気にも私は気付いていなかったし、今も感じない。
獣人は人間よりも高い身体能力があるということから、感覚も鋭いのだろう。それこそ、失礼かもしれないが動物並みなのかもしれない。
今を以って考えてみれば、ピネットの押しの強さなら私の承諾を聞かずに、隣に座ってそうなものだ。それなのに隣に座って良いか、とわざわざ訪ねたのもアリスの警戒によるものかもしれない。
「後で言っとくよ。ピネットは悪い子じゃないし、アリスと話してみたいって言ってたって」
「助かるー! フィリアが良い人族で良かったぁ」
そう言ってピネットは、緊張がほぐれたのか机に突っ伏す。
尻尾は動き続けているが、これで多少気が楽になれば良いけど。
私はアリスを見る。
彼女が言っていた、私のことを守るというのは自分が眠っている間も含まれているようだ。もしかしたら昨晩もそうだったのかもしれない。
(ありがたいけど、それで人から避けられるようになったらやだなぁ……)
私はそう思いながら、アリスの寝顔を見つめていた。




