第45話:戸惑う私と、押しの強い彼女
「いやぁ、それにしても授業で一緒になれるなんてラッキーだったよ。話しかけるタイミング、探ってたんだよね」
ピネットは尻尾を忙しなく左右に振りながら、私を見てそう言った。
「それはピネットの村で私が有名だから?」
少し棘のある言い方だっただろうか、と私は言った後に思う。だが彼女は気にしていない様子で、私の言葉に返した。
「そそ。一応言っておくけど、悪い意味じゃないからね」
ピネットは手をひらひらさせながらそう言い、先ほどと同じように右手の爪を眺める。爪には綺麗な赤い塗料が塗られていた。
まじまじと近くでピネットを見れば、人間と異なる部分が耳と尻尾以外にもあることがわかる。それこそ爪は、人間のものより攻撃的な印象を持たせるような長く鋭いものであり、髪色と同じ明るく綺麗な瞳孔の形も縦長で、最初に耳を見た時に感じた猫っぽさがある。
私自身も商業区で見掛けただけで、こんなに近くで見たのは初めてだった。
「獣人は初めてって感じ?」
そんな私の視線に気付いたのか、ピネットは横目で私を見ると口の端をニヤリと歪ませてそう言った。
いくら物珍しくてもジロジロと見るのは失礼だったかもしれない、と私は思い視線を外す。
「初めてじゃないけど……気を悪くした?」
「いいよー。慣れっこだからね」
くすくすとピネットは笑いながら答えた。再び自分の爪に視線を移し、それでねと話を続ける。
「私たち獣人には、滅びは新しきものを運んでくるものって考え方があるんだよね」
古い考え方だけど、とピネットは笑う。
「そんな獣人は、ドラゴンを神聖視してるんだ。存在自体が滅びみたいなもんだからさ」
人間とは違う視点を持っている、と私は思った。ドラゴンは人間にとってただの災厄であり、災害とも言える存在だ。
羽ばたいた翼は木々を薙ぎ倒し、歩けば家々を踏み潰す。咆哮は人々の心を壊し、息吹は破滅そのものである。それが人間がドラゴンに抱く印象であり、存在だ。
あくまでドラゴンは畏怖されるものであって、信仰の対象にはならない。
特に私にとって、アレはただの怪物だ。神のように見ると言うのなら、アレは私から全てを奪い尽くした死神でしかない。
「そんなドラゴンから生き残った子供がいる、ってことで有名なんだよね」
悪い意味じゃないと言った理由がわかった。
私は獣人にとってめでたいものなのだろう。滅びの後に残った“何か”を重視する考えからすれば、私はその“何か”に該当するからだ。
なんとも勝手な話だ。生き残った私からすれば、そんなことで有名になんかなりたくないのだから。
だが否定はしないし、できるわけもない。あくまでこれは考え方の違いであって、文化の違いと言っても良い。
複雑なのは、間違いないが。
「フィリアからしたら勝手な話だろうけど、何度も聞かされれば気になっちゃってね。一応保身のために言っとくけど、アタシはそういう考えに否定的だから」
ピネットはそう言うと、私を指差しながら話を続ける。
「自分に置き換えたらたまったもんじゃないし。ある日突然なんもかんも失いましたけど、なんか新しいものが生まれるかもしれないから問題無いですってバカらしくない?」
私はピネットのその問いに答えられない。どう返事すれば良いかわからないと言った方が正しいか。
言葉に詰まっている私を見てピネットは、手をひらひらとさせながら答えなくて良いよ、と言った。
「アタシはフィリアを特別視しない。有名だったから気になってただけで、少し話して村に帰った時自慢してやろって思ってただけなんだ」
でも、とピネットは続ける。
「フィリアの姿、特に今朝のやつ。真っ向からガン飛ばしてるのが最高に良くてさ」
「……そんなに睨んでた?」
「いつそれ抜くかなーって思ってたぐらいには」
ピネットは私の腰に差された剣を指差し、ケラケラと笑っている。そして彼女は私の右手を自身の両手で握りしめ、私を見つめる。
「ね、フィリア。アタシ、アンタのこと気に入っちゃった。友達になろうよ」
唐突にピネットは言った。脈絡的には特に問題ないが、とにかく突然だった。
明るくハキハキとした彼女のペースに、徐々に徐々に巻き込まれていくような感覚がある。
「こ、断る理由も無いけど……」
「そうでしょ? ホームルームも一緒なわけだし、お互い仲良くしといた方が色々お得じゃない?」
「得とか損とかってことでも……」
「はっきりしないなぁ。アタシの耳、触っても良いからさ!」
ピネットはそう言うと、まるで差し出すかのように私に頭頂部を向ける。目の前で毛に覆われた三角形の耳がピクピクと動いている。
友達になるための交換条件とは一体どういうことなんだ、と私は困惑しながら耳を見る。
……いやまあ触ってみたくないと言ったら嘘だ。自分に無い珍しいものに興味を持つのは当たり前だろうし、犬とか猫といった動物を触ったりするのは嫌いじゃない。
「……友達になりたくないってわけじゃ――」
「え、なら決まり! じゃあ今から、アタシたちは友達ってことで! あ、お近付きの印に触ってみ?」
私の言葉に食い気味に反応したピネットは捲し立てるようにそう言うと、両手で握っていた私の右手を自分の耳へと運ぶ。
咄嗟に手を引こうとしたが、彼女の手から逃げることはできず、右手に不思議な感触が広がった。
ふわふわとした毛並み、その奥に温かな皮膚を感じる。人間と同じように軟骨が入った耳は、柔らかさと硬さが同居していた。
数秒触った後、彼女の手によって耳から離される。顔を上げたピネットはいたずらっ子のような笑顔を浮かべながら、私を見ていた。
「誰にでも触らせるわけじゃないから、他の獣人にやっちゃダメだぞ?」
なんだか昨日から不可抗力で巻き込まれ、どんどん話が進んでいくことが多いような気がする。
アリス、マウロ、そしてピネット。マウロについては彼が悪いし、私が買った喧嘩のようなものか。
……いや、始まりはマウロに絡まれていたアリスを、レミィが助けようとして巻き込まれた形か。
ピネットは悪い子じゃないと思う。ただちょっと押しが強いところがあるのだろう。
「ところでフィリアはさぁ」
そしてこのマイペースさ。私が中々落ち着けない、戸惑ったままなのはこれらが原因だろう。
いずれ慣れることを祈るしかない、と私は心の中でため息をついた。
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