第38話:朝食と誇り
「そっか、午後からは別々だね」
生徒たちで賑わう食堂の隅に陣取った私たちは、朝食を食べながら談笑していた。
向かいに座るレミィとは時間割の話をしている。
私の時間割を伝えるとレミィは、ちぎった黒パンを口に運びながらそう言った。
ちなみに朝食はカブと魚を煮込んだものと生野菜の盛り合わせだ。スープは出ず、代わりに水か葡萄酒を選択できた。私は葡萄酒があまり好きではないので水を貰い、レミィは葡萄酒を貰っていた。アリスも普通の水だ。
今日の朝食は、昨日の夕食に比べて豪華になった気がする。
「冒険者学ってどんなことを教えてくれるんだろう?」
「私もさっぱり。私としては剣術が楽しみかな」
いいなぁと呟きながら、レミィは煮込み料理をスプーンで食べている。
私の右隣を見るとアリスが座っており、黙々と料理を食べていた。最初この料理を見た時は、肉が食べたいとぼやいていたが気に入ったのだろうか。
「私は午後、貴族向けの授業と魔術。魔術の勉強は楽しいけど、他がね……」
少し落ち込んだような表情を浮かべ、彼女はそう言った。
貴族向けとなるとマナーや芸術などの勉強でもするのだろうか。自分とはかけ離れすぎて、逆に知りたい。
「私からしたらどっちも学べないだろうから、羨ましいよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
レミィと話ながら私も煮込み料理を一口食べる。
川魚だろうか。香辛料によって臭みが消され、ピリッとした刺激とほのかな酸味が美味しい。教会でも魚は食べていたが、この料理のように香辛料を使うことはほとんどない。大体は焼いただけのものが出てくる。
香辛料は普通に買おうとすれば高い。質素倹約の教会において、このように料理で大量に使用するなんてことはできないのだ。だからと言って教会のご飯が不味かった訳ではない。主にミリ姉とララによって創意工夫がなされ、毎日美味しい料理が食卓に並んでいた。
寮の食堂で出される食事は、おそらく貴族に配慮されたものなのだろう。加えて王立ということもあり、金銭面で苦労していないことも料理からわかる。
とにかく私としては、毎日高級料理が食べられるのは嬉しいことだ。
「あ、そうそう。今日のお昼と夜も一緒に食べない?」
そう言ったレミィは一瞬前とは打って変わり、明るい表情をしていた。感情豊かで良いことだ。
「もちろん。アリスはどう?」
「フィリアがいるならどこでも行く」
折角レミィが私たち二人に向けて誘ってくれているのに。
まあアリスならそう言うだろうな、という予想はついていた。
そんなアリスの返事を聞いたレミィは、にこやかに笑いながら満足げに頷いた。
「昼食はオルくんも誘うつもりだけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫。四人で食べよう」
寮生でないことと、当然だが女子寮に入れないことから、オルとは朝夜の食事を一緒に摂れない。借りた地図を返しながら色々話してみたいので、私は二つ返事で了承した。
一応隣のアリスに目を配ると、変わらず朝食に夢中だ。嫌だったら言うだろうし、私が居れば云々と返すだろうから返事は不要か。
「そういえば昨日、あれから連絡は来てない?」
パンをちぎっていたレミィはその手を止め、私にそう聞いた。
一瞬何のことかと思うが、昨日のことだとすると一つ心当たりがある。
「ロドリゴスくん?」
「うん」
昨日あったアリスと彼の決闘。勝者はであるアリスの要求は、私への謝罪だった。
それについてのことだろうと思い、名前を出してみるとレミィは神妙な面持ちで頷いた。
「来てないよ。タイミング無かったし」
「そうだよね……」
おそらく動きがあるとすれば今日だろうか。
午前の授業はレミィも同じだったことから、おそらく彼も一緒だろう。
接触する機会は午前の授業二つだ。
「決闘の結果は絶対。貴族であるロドリゴスくんは、余計順守するはず」
レミィはそう言って、パンを口に放り込む。
数回の咀嚼の後に飲み込み、彼女はまた私に話す。
「あくまで要求は謝罪まで。その後どうなるかはわからない」
言葉だけの謝罪であって、履行されればそれ以上を求められないし、求めることはできないのだとレミィは語った。
つまり私とアリス、そしてマウロとの間には確執が残り続ける可能性が高い。そう言いたいのだろう。
私としては“陽炎の少女”という言葉自体は別に良い。だが両親と村の皆に言った言葉だけは許すことはできないだろう。
彼の剣は認めても、それとこれとは別だ。
相対してみたい気持ちと、相対しなければならない状況。
それがもし訪れるのならば。
「大丈夫」
腰に帯びた剣の柄頭を触る。
次は冷静に。視界を赤に染めない様に、ただやるべきことをする。
「――次は、私の手で決闘から」
殺し合いなんてしない。ただ己の誇りを貫き通すやり方を。
アリスがしたように、同じ方法を使う。
「だから次は見てて、アリス」
私はアリスを見ながらそう言って、彼女の頭を撫でた。
アリスは何も言わず、ただ頷いて見せた。
次は、ちゃんとした手段で、自分の思いを通すんだ。
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