第36話:学園での目覚め
天井を見ていた。
白く塗装された木造の天井は見慣れないもので、部屋の中は朝焼けによってほんのり明るく照らされている。
直前まで見ていた夢のせいで、私の頭はまるで靄がかかったかのように少しぼんやりとしており、ここが王立アルビオン学園の寮だということに少し間を置いてから気が付く。
隣を見れば、銀髪の少女がいた。
ゆっくり覚醒していく頭で、彼女がアリスであることを思い出す。
アリスはいまだ眠り続けており、長いまつ毛が私の二の腕をくすぐっていた。
「……似てる」
彼女の安らかな顔を見つめ、私は夢で見た“英雄”の顔を重ねた。最初に見た時、瓜二つだと感じるほどに二人は似ていた。
視線を天井に戻し、考えを整理してみる。
私は“英雄”の顔を見たことはない。直接はもちろん、本や絵などでも見た記憶は無い。そもそも校舎に関しては、高級かつ希少性の高い物なので、私のような身分の人間が目にする機会がほぼないから当然だろう。
だが、私は夢の中とはいえ、彼女の顔をはっきりと見た。自分の目で見たことがないのに、なぜ夢で見れたのかはわからない。
もしかしたら“英雄”の娘を名乗るアリスを見たから、きっと“英雄”の顔はこうなんだろうという勝手な想像で作り上げたものかもしれない。
「でも……現実味があった」
夢は夢でしかない。あくまで眠っている間に見る、現実じゃない何かだ。
しかし、今日見た夢はどこか現実味があったのだ。まるめ実際に見たような、聞いたような感覚が私の中にある。
その奇妙な感覚に、少しだけ困惑する。
『アリスをお願い』
彼女はそう言っていた。
言葉通りに受け取るのであれば、アリスの面倒を見てくれということだろうか。それとも、何か別の意図があるのだろうか。
よく、わからない。
「……ふぃ……り……あ……」
思考を巡らせていると、アリスの小さくか細い声が聞こえた。はっとして彼女を見てみれば、うっすらと瞳を開け、私を見ていた。明らかに眠そうで、うつらうつらとしている。
「ごめんね。まだ寝てて良いよ」
「……ん……」
横目で置き時計を確認すれば、時刻はまだ起きる予定の時間より一時間ほど早く、再びアリスに視線を戻してそう言う。
彼女は眠気まなこで私を見つめながら、小さく頷き瞼を閉じる。するとすぐに規則正しい寝息を立てながら、再び眠った。
所詮夢だ。
私はそう結論づけ、考えるのを止める。どうせ寝起き直後で頭も働かないのだ。今考えたって仕方ない。
(もう少しだけ寝よう)
ゆっくりと瞼を落とし、呼吸をゆっくりにする。
それに釣られ、遠くに感じていた眠気が私のことを遅い始める。私はそれを甘んじて受け止め、再び眠りにつくことにした。
―――☆☆☆―――
「ぐ……ぅ……」
次に目が覚めた時、真っ先に感じたのは右腕の痺れだった。二の腕から指先まで、ピリピリとした痺れがある。
その原因に予想はついている。
先ほど起きた時と同じように右腕側を見てみれば、アリスが両手でしっかりと二の腕に抱きついていた。抱きつかれてしまっている影響で、私の右腕の大半が痺れているのだ。
気持ち良さそうに眠るアリスを見ながら、一瞬視線を置き時計に移せば、時刻は六時半を少し過ぎたぐらいだ。
私は空いた左手で彼女を揺すってみる。すると彼女の瞼がゆっくり持ち上がっていき、眠気からか瞬きの多い彼女と視線が合う。
「……おは、よう……」
か細い声でアリスはそう言うと、自身の左手で口元を覆いながら大きな欠伸をした。その行動のおかげで私の二の腕を締め付ける力が緩み、少しずつ痺れが解けていく。
「おはよう、アリス」
アリスの言葉にそう答えながら、左手を使って上体を起こす。うとうとしているアリスから離れ少し経てば、完全に痺れは抜け切った。
私は伸びをしながら窓の外を見る。既に日は上がっており、外に見える北の山脈は朝日によって照らされていた。
一瞬、今朝方に見た夢を思い出すが、気にしまいと頭を軽く振って両頬を手で優しく叩く。少しの痛みを感じるが、代わりに思考の切り替えと完全な目覚めを得た。
「……よし」
私はその一声でベッドを抜け出す。
今日も一日が始まる。
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37話は本日12〜17時に公開予定です。未定になってしまって申し訳ございませんが、よろしくお願いします。
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