第34話:一日の終わり
「手伝う?」
「大丈夫。そんなに量無いから」
ベッドで仰向けになっているアリスに声をかけられ、私は洗濯物を干しながら答える。
部屋の窓は開けることができ、外側には干すための木製の棒がある。部屋の内側からは見えない位置で、洗ったは良いが干す場所を考えておらず、困っていた私にアリスが教えてくれた。
そこまでの量は干せないが、三人分ぐらいなら余裕そうだ。
机の上に置かれた時計を見ると、時刻は既に二十二時を示している。部屋に元から置かれてなかったこれは、教会から持ってきたものだ。
「思ったよりも時間がかかったかも」
濡れた衣服を順番に掛けていく。
下着は上着掛けを使って干し、時計から次に羊皮紙を見る。先ほどアリスが開封した個人時間割だ。
一つの授業あたり一時間半で、それを一日五つ受けることになっている。午前八時半始業で二つの授業を受け、十二時から一時間は昼食休憩、十三時から三つの授業で十八時に終わる予定だ。授業の合間は十五分の休憩時間があるが、おそらく科目によって移動するための時間だろう。
私の場合、一限目が初等算術、二限目は体術でおそらく一般科目の時間だろう。三限目は冒険者学で、四限目と五限目は両方とも剣術になっていた。
冒険者学というのに心当たりはない。名前からして冒険者関連の勉強内容になるのだろうが、どういったことをするかまでは想像がつかない。
剣術はまあその名の通りだろう。授業二つ分の時間が使えるというのは嬉しい限りだ。
あと羊皮紙に書かれていることといえば、それぞれの授業名の隣にその授業を行う教室の名前。遅刻と欠席の際の対応方法や、簡単な注意事項ぐらいだ。
注意事項の中には、授業を変更したい場合の案内もある。
教室の場所はこの後、借りた地図を見て覚えれば良い。変更したい授業もみたところないし、あとは遅刻しないように気をつけるだけだろう。
洗濯物を干し終えた私は窓を閉め、アリスが寝転ぶベッドへと移動する。
仰向けになりながら、羊皮紙を見ているアリスの隣に座り、彼女に声を掛ける。
「アリスはどんな授業を受けるの?」
そう尋ねるとアリスは私に視線を移し、手に持った羊皮紙を私に差し出す。見てみろ、と無言で主張しているのがわかったので羊皮紙を受け取り、内容を見る。
「私と全部一緒だ」
一から五限までの授業全てが私と同じだった。
剣術は受けるだろうと思っていたが、魔術を受けないことに少し驚きながらも、彼女の私から離れない問題が簡単に解決したので一安心だ。
「授業に興味無い。でもフィリアと一緒ならそれで良い」
一応試験をしている以上、この学園に入れなかった人もいるのだからその発言はどうなのだろう、と私は思った。
だがアリスは気にしないだろうと思い、口には出さなかった。
とりあえず、明日からの行動を考える。
寮から初等算術の教室まで、大体十五分ぐらいはかかりそうだ。早めに着くように考えると、量は八時頃出るのが良いか。
となれば寮の朝食や支度を考慮し、起きる時間は六時半ぐらいが妥当だろう。教会で起きる時間よりは少し早いが、問題が無い範囲だ。
慣れてきたら起きる時間を早くし、早朝の運動時間を設けることにする。
「明日は六時半に起きるよ。大丈夫そう?」
「フィリアが起こしてくれれば大丈夫」
自分で起きないのか、と少し肩を落とすがまあ仕方ない。自分が起きた時、ついでに起こせば良いだけだ。
「朝ご飯、レミィと一緒に行こうと思うけど……」
「ふぁ」
アリスを見ると、ちょうど欠伸をしているところだった。彼女は右手で口元を隠しながら、眠そうに瞬きをしている。
「眠い?」
「……うん」
返事までに間があったことから、大分眠気が来ているのだろう。かくいう私も、昼間の疲れからか少し眠い。
時間的にもそろそろ寝た方が良いだろう。授業初日から遅刻しても良くないだろうし、そろそろ寝よう。
「灯り消すよ」
そう言って私はベッドから立ち上がると、棚のランプに付いてあるツマミを捻り火を消す。部屋に帰って来た時と同じように、部屋は暗く、月明かりだけが頼りになった。
振り返ってベッドを見てみれば、アリスは既に眠りに落ちており、横向きで寝息を立てていた。
私はなるべく音を出さないようにゆっくり動き、ベッドへ移動するとアリスの隣で横になる。壁側にアリス、外側に私が位置取り、朝起きても動きやすくする。
もう片方のベッドを使っても良いが、アリスは一緒に寝たいと言っていたのを覚えている。ベッド自体もそこそこ大きさがあるし、アリスが小さいので二人で寝る分には十分なスペースがある。
「誰かと寝るなんて、いつぶりだろう」
つい思ったことが呟きとなって漏れ出るが、アリスは気付いていないようで寝息を立てたままだ。
足元に畳まれた掛け布団を静かに動かし、自分とアリスに掛ける。
「……んぅ……」
右隣で小さくなったアリスが身じろぎをし、私の右腕に絡まってくる。起きているのかと見てみれば、無意識の行動だったようで目を閉じてゆっくり呼吸をしたままだった。
月明かりによって、布団の中でも白銀が煌めいて見える。少し見る角度を変えれば、まるで星の光のように点々とした輝きが視界に広がっていた。
“英雄”の娘を名乗る少女、アリス。
今日一日は彼女に振り回され、おそらく明日からも同じだろう。
「……おやすみ、アリス」
そっと小声で呟く。
どんなことが起きるのだろう。どんな日常が訪れるのだろう。私は明日に思いを馳せ、緊張と期待に胸を膨らませながら瞳を閉じる。
すると同時に眠気がゆっくりと押し寄せ、私はそれに意識を委ねた。
明日から、本当の学園生活が始まる。




