第30話:貸切の浴場
時間によるものなのか、脱衣所には他の生徒はいなかった。寮生のためからか、脱衣所からして非常に広い作りとなっており、二、三十人ぐらいは入りそうだ。
私たちはその一角を三人で使うことにする。一人ずつ、縦長の収納が用意されているので横並びだ。
「あ、アリス。着替えはこれ使って」
「わかった」
私は一着余分に持って来た寝巻きを手渡す。サイズ的にはアリスにとって大きいが、袖や捲れば良いし、裾は端を適当に縛れば問題無いだろう。時間がある時に裁縫道具を借りて、仕立て直してあげればしばらく着れる。
「あと上着以外の脱いだものは、私の方に入れて良いよ。纏めて持って行くから」
「ん」
短く返事をしたアリスはその場で脱ぎ始める。何も気にせず脱いだものを、その場にばさはざと落としていく。
私は特に気にせずそれらを拾い上げ、制服だけ収納の中にあった上着掛けを使い、その他のものは収納内のカゴへ入れる。
あっという間に裸になったアリスはその場でじっと立ち、私を見ていた。
「アリスヒルデちゃん、私と先に行こ」
アリスを挟んで一つ隣に居たレミィは、大きめのタオルで体を隠しながらアリスにそう話しかけた。
「フィリアを待つ」
「すぐに行くから、先に待ってて」
私は制服を脱ぎながらアリスにそう言うと、彼女は少し考えた後に頷いた。
「じゃあ先行くね」
「うん、ありがとう」
レミィに連れられて行くアリスを見送り、私も服を脱ぐ。その時、たまたま背中を触れた私は思い出した。
「傷、どうしよう」
背中に残る大きな傷跡。今まで教会では事情を知っている者しかいなかったし、誰も指摘しなかったので特に気にしていなかった。
だが知り合って間もないレミィたちに見せるのはどうだろう。流石に驚かせてしまうかもしれない。
見せびらかすものでもない。詮索されて十年前のことを聞かれても別に問題は無いが、変に気を使わせてしまうのも申し訳ない。
「隠すだけやってみて、見えないように配慮すれば良いか」
私は先ほど見たレミィと同じように、大きめのタオルを体に巻く。肩から肩甲骨にかけての傷は、隠しきれないだと思うがやりないよりマシか。
「さ、私も入ろう」
私は棚の扉を閉め、浴場へと続く扉を開けて中に入る。
浴場の作りは大まかに教会のものと同じであり、その規模や大きさが違うだけだった。特にはかなり広く大きい浴槽があり、手前側には椅子と桶が並んでいる。
「ちゃんと洗わないと、お湯に浸かれないよ」
「面倒……」
すぐ近くからアリスとレミィの声が聞こえ、声のする方向を見てみると椅子に座るアリスと、その背後に立つレミィを見つけた。
既に頭からお湯を掛けられたのか、アリスは全身を滴らせ、長い髪はしっとりとしている。
浴場内も特に人の気配は無く、私たち三人で貸し切っているようだった。
とりあえず私は二人から少しだけ離れたところに座り、お湯を出す。蛇口を捻っただけでお湯が出るのも、教会の風呂場と同じだ。
「さあアリスヒルデちゃん。私が洗ってあげるからね」
そう言って手に石鹸を持ち、わしゃわしゃと泡立てるとレミィは両手でアリスの頭に触れている。
ゆっくり髪を洗っていくと、みるみる内に大量の泡がアリスの髪を覆い隠して行く。
私はその様子を見ながら体にお湯を掛け、次に頭からお湯を浴びる。程よい温かさが沁みていき、体中にあった汗や汚れの不快感が徐々に消えて行く感覚が気持ちいい。
備え付けの石鹸を手に取り馴染ませると、髪を洗い始める。バレッタによって少しだけ癖のついた髪が、解けていくような感覚があった。
「あっ、アリスヒルデちゃん!」
目を閉じ髪を洗っていると、レミィのそんな声が聞こえた。その直後、背中から軽い衝撃を感じる。
「わっ」
「フィリア。遠かったから来た」
耳元でアリスの声が聞こえた。
どうやら背中の衝撃はアリスによるもので、感触からして後ろから抱きつかれているようだ。
「まだ髪洗ってる最中だよ、アリスヒルデちゃん」
「フィリアのそばに来ただけ。ここでも洗える」
仕方ないなぁ、と言うレミィの声が聞こえると背中から揺れを感じ、くしゃくしゃという音も聞こえ始めた。
「このまま洗うの……?」
「ごめんね。アリスヒルデちゃん動きそうにないから」
背中に抱きついたアリスの髪を、そのまま洗っているようだ。そしてそう言ったレミィの声は明るく、この状況を楽しんでいるように感じる。
「ついでにフィリアちゃんの髪も洗ってあげようか? 動き辛いだろうし」
「私はいいよ……なんとかなるから」
後ろから首に腕を回されているだけで、可動域は狭まっていないわけだし。アリス自体も軽いから、重くて動き辛いというわけでもない。
私は洗髪を再開する。
お風呂の時間は始まったばかりだ。