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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第29話:責任の意味

 それからしばらくアリスに型を見てもらい、軽いランニングと腕立てや腹筋などを行い、今日の分の稽古を終えた。もう少ししていたかったが、レミィを待たせているので早めに切り上げて良いだろう。


 「ふぅ」


 全身に汗をかき、吐く息も熱を持つ。

 この稽古を終えた後の開放された感覚、それに加えて充足感と達成感が私は好きだった。才能が無くてもやる意味はあると、そう思いたい。


 「待たせてごめんね」

 「大丈夫。退屈はしなかった」


 持って来たタオルで顔を拭いながらアリスに言うと、彼女は手に持っていた剣を魔力へと戻す。空中に散る白銀の光は、まるで星のようだ。

 まるで当然のようにしているが、彼女の行っている魔力の再変換はすごいを通り越して異常な技術だ。

 剣術への理解力、そして高い魔力運用技術。私よりも一回り小さい体に秘められた、多くの才能。改めて感じる、彼女の異常性を人は天才と呼ぶのだろう。


 「……レミィが待ってるから、行こっか」

 「うん」


 私は彼女の手を取り、寮へと繋がる道を歩く。

 私にも彼女のような才能があれば、と思わざるを得ない。まあそんなことを考えているなら、もっと多くのことを学んだ方が建設的だろう。

 また明日も頑張ろう。


 時刻は二十時前。

 私たちが寮の自室に戻ると少しして、部屋の扉がノックされた。予想はついていたが、扉を開けるとレミィが着替えなどを持って立っていた。

 隣の部屋、つまり私たちの部屋から物音が聞こえたので帰って来たのだと思い、訪れたということで、私たちは三人でそのまま浴場へと向かうことにした。

 私たちはその道中、廊下で談笑する。


 「フィリアちゃんのところにも、お風呂ってあったんだよね?」

 「教会? あったよ。建てられた時に造ったんだって」

 「へぇ〜! 私、あんまり入ったことないから楽しみなんだ!」


 やはり浴場というのは貴族からしても珍しいようで、先ほどからレミィの歩みが軽快だ。


 「アリスちゃんは大きなお風呂、入ったことある?」

 「前に母と旅をしてる時、北の山の奥にあった」

 「なんだっけそれ。温泉?」

 「そう。母は温泉と呼んでいた。フィリアは物知り」


 昔、教会の浴場に訪れた高齢の信徒が、話していたことを思い出した。北の山脈、通称“霊峰”。寮の自室から見えたあの山々だ。山頂にたどり着いたものは歴史上三人しかおらず、足を踏み入れれば死か名声を得ると言われている。

 その山腹部に自然に湧き出るお湯があり、それを温泉と言うのだそうだ。その人は信徒になる数十年前まで冒険者をしており、旅の途中でたまたま見つけたと言っていた。多分アリスが言っているのと同じものだろう。


 「前に聞いたことがあっただけだよ。それよりアリス、そんな所まで旅してたんだ」

 「母に着いて行っただけ」


 “英雄”は世界を救うため旅をする、と言われている。なのでどこにいるか誰も知らないが、王国の危機には舞い戻るらしい。世界を救うとはなんなのか、何からなのかはわからないが、おそらくその旅の途中で温泉にたどり着いたのだろう。


 「大変じゃなかった?」

 「二度と行きたくないと思ったのは、あそこだけ」


 その言葉だけでどれだけ厳しいものか、想像に難くない。というか“英雄”は幼い娘を連れて、そんなところで何をしていたのだろうか。


 「いいなぁ。私も……」


 レミィが隣で少し暗い顔をする。

 オルと三人で話をしている時、彼女は旅をしてみたいと言っていた。だが彼女はその身分によって、それが叶えられないことを知っている。

 世界の未知を追い求める、ということに対し私は特に惹かれるものはない。だが夢を追い求める気持ちは、十分に理解できる。


 「レミィも色々な所を巡ればいい」

 「……なかなかね、難しいんだ」

 「なぜ?」


 アリスはレミィの事情をおそらく理解していない。だからやりたいことならやれば良い。そういう思考なのだろう。

 アリスの言葉に、どこか悲しげな笑みを浮かべながらレミィが答える。その表情を見て、少しだけ胸が痛んだ。


 「うーん……なんて言えば良いんだろう。それをやってしまうと無責任って言われちゃうからかなぁ」

 「レミィは無責任?」


 どうだろうね、と言ってレミィは顔を伏せる。

 対してアリスは不思議そうにレミィの顔を覗き込む。


 「やろうとしてることに責任はない。成したことに、他人が後付けの責任を創り出す」


 アリスはそう言い、立ち止まる。

 それに釣られて私とレミィも立ち止まり、彼女を見る。


 「創り出された責任に意義は無い。けれども、意味を与える。母はそう言っていた」

 「どういう、こと……?」


 聞き返したレミィにアリスは首を横に振る。


 「私にはわからない。でもいつかわかる時が来るとも言っていた」


 “英雄”は娘に言ったその言葉に、どんな思いがあったのだろう。アリスと同じように、私にもその言葉の意味はわからない。

 だがどこか、胸に刺さる感覚がある。


 「だからやりたいこと、なりたいものになれと言われた。私が、そんなものないと言ったら、ここに来ることになった」


 そう言って私の手を強く握る。痛みは無いが、小さな手は力強く、少しだけ大きく感じる。


 「私はフィリアを守る。今はそれがやりたいこと。責任の意味は、これからわかるはず」


 思えば彼女は彼女で重要な立場の人物だ。それこそレミィに匹敵するような、もしかしたらそれを超えるような。

 自分の立場を理解しているようには見えない。それでも彼女は、理解したとしても己を曲げることは無いように思える。


 「やりたいことの責任、意味……」

 「レミィは私に優しい。だから、私はレミィの味方」


 アリスは空いた片方の手でレミィの手を取る。

 レミィもまた、この小さく大きな手を感じているのだろうか。


 「……うん。ありがとう、アリスヒルデちゃん」


 暗かった表情が少しだけ明るくなり、レミィはありすアリスの方を見た後、前を向く。


 「ごめんね、二人とも。さ! お風呂行こう!」


 立ち止まった私たち二人を引っ張るように、レミィは歩き出す。アリスを真ん中に、私とレミィが手を繋いでいる形だ。

 私はレミィを見る。その横顔は何かを決意したような、そんな雰囲気を感じた。


 「ところでこうやって歩いてると、アリスヒルデちゃんが子供で私とフィリアちゃんが夫婦みたい」

 「違う。フィリアは私の妻。私が夫」

 「ふふふ。そうだよね」

 「……早くしないと時間無くなっちゃうよ」


 そんな会話をしながら、私たちは浴場へと歩く。

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