第28話:月光に映える剣たち
私はアリス、レミィと共に自室へと戻り、レミィと一旦別れると汗を拭うためのタオルと木剣を持って部屋を飛び出す。
向かう先は中庭だ。
玄関を出て少し歩くと、少し小さめの噴水が設置された中庭へと着く。噴水からは絶えず水が流れ、手入れが行き届いているのか水も透明でとても綺麗だ。しかも今日は半月であり、水面をキラキラと月光が反射していてとても綺麗だ。
「アリスは剣を振ったりしないの?」
「しない。面倒」
まあわからなくも無い。ジアに才能が無いと言われてからしばらくは、剣を一人で振っていると意味があるのだろうかと面倒に思う時があった。
だがそれでも、なりたいもののためにはやらなきゃいけないんだと自分を鼓舞し、必死になったものだ。
「フィリア、目の届く所に居て。私はここで待ってる」
アリスは私が言う前に手を離し、噴水まで歩いていくとその縁に腰を下ろしてそう言った。
てっきり手を繋いだまま剣を振ることになりそうだと思っていた。
「うん。わかったよ」
私はアリスに返事をすると、木剣を両手で握り締め構える。まずは型の復習からだ。
私が使う剣術は王国の騎士団で使われている騎士団剣術、それをジアが私に合うように少し手を加えたものだ。
才能の無い私は、世界で使われている剣術を覚えたところでそれを十全に発揮することはできない。そんな私に合うものは、簡単で誰にでも使えるように単純化された騎士団剣術、それを更に私個人に合わせたものが良いとジアは語っていた。
「フィリアの剣、“剣帝”が使うものに似てる」
いくつか型の稽古をしていると、噴水に腰掛けたアリスがそう言った。
「騎士団剣術にも似てる。けどどこか違う」
「よくわかるね」
「剣のことなら、なんでも知ってる」
剣を振りながらアリスに答えると、アリスは得意げに言いながら私を見つめる。なんでも知っているのは“英雄”から教えて貰っていたのだろうか。
「私の師匠が“剣帝”で、師匠に教わった剣なんだよ」
「なるほど。基本は騎士団剣術で、それを少し変えているのか」
型を見るだけでそこまでわかるのか、と私は驚く。入学試験の固有項目で私は剣術を指定し、試験官に見せたがその時は気付かれなかった。
“英雄”の娘は伊達じゃないのだろう。
「フィリア、助言しても良い?」
そう言ってアリスは、噴水から立ち上がると私に近付く。私は一旦手を止め、アリスの方へ体を向けた。
「助言? 別に良いけど……」
私が答えるとアリスの右手に白い光が現れる。決闘の時に見た、あの白銀の光だ。
瞬く間に光は剣の形となり、いつのまにか光は決闘の時に彼女が使っていた剣に変貌していた。
「その剣術は速度重視に見える。脱力が大事」
そしてアリスはその剣を構えると、私が練習していた型の一つを再現した。
その姿に一瞬“剣帝”の姿が重なる。速度の乗った彼女の剣は、風切り音と共に振るわれる。
一度見ただけで、そこまで真に迫れるのかと私は驚きながら彼女を見る。
「剣の重さを利用して。剣先を最後に持ってくるようにする。そうすれば自然と速度が出る」
剣を振る速度を落とし、彼女は語りながらゆっくりと剣を振る。まるで何かを遠くに投げるように、腕全体を使いながら剣を振り下ろすと最後に手首を弾く。
「部屋にあった剣も、軽くて細いものだった。フィリアの筋肉は柔らかくてしなやか。それを活かした方がいい」
今までで一番饒舌に語る彼女の姿は、綺麗だった、
月光によって夜の中だと言うのに、輝いて見えるその姿はまるで、物語の中の妖精を彷彿とさせる。
私は妖精に導かれているのかもしれない。そんなことを思いながら、彼女の言った通りに剣を振るう。
「こう?」
「そう、上手。ゆっくりで良い、感覚を覚えて」
アリスはそう言って、私の隣で剣を振って見せる。
ジアが以前、剣を振る姿でその人の心が見えると言っていた。私はこの言葉の意味がわからなかったが、今なら少しわかる気がする。
アリスの剣は清廉で、優しさの中に力強さ見える。
彼女のことはよくわからない。妻だとか、そばに居なきゃいけないだとか、その言葉全ての意味を理解するにはまだまだ時間がかかると思う。
だが、まあそれでも。
「アリス、もっと教えてくれる?」
剣を操るこの白銀の妖精を、私は見ていたいのだ。
もしかしたら妖精の導く先に、私の辿り着きたい場所があるのかもしれない。
――あの灼熱の地獄から抜け出せる道を、指し示してくれるかもしれない。
私はアリスの姿を見ながら、そう思った。
遅くなりすみません。
短めなので、夜にまた次話更新予定です。