第2話:満月の夜と、七色の勇者
十年前、私は両親と共に王国の端にある小さな村で暮らしていた。大きな畑と深い森がすぐ近くにあり、村民は私達を含めても三十人いるかどうかの、本当に小さな村だった。
春は外で陽気に当てられ、夏は汗を流しながら小麦の種を蒔き、秋は喜びと共に黄金色の小麦を収穫し、冬は家の中から雪を眺める。そんな暮らしに、私は幼いながら幸せを感じていたと思う。
母はとても朗らかで明るく、村の人間から愛されていた。父は厳格で口数の少ない寡黙な人だったが、畑仕事が終われば私を肩車して、村を散歩していた。
正直、顔は覚えていない。だがとても良い両親だったと思う。
そんな慎ましくも幸福に溢れた日常は、森からの襲来者たちによっていとも簡単に壊された。
襲来者、それはこの世界においてありふれた存在である魔物という生物だ。
この世界には魔力という目に見えない、だが確かに存在する力がある。力と言ったがそれ自体は力の素であり、魔力を元に火を起こす、水を出す、風を起こすといった現象を作り出す魔術をこの世界の人々は使う。
魔物というのは魔力を元に肉体的に発達した野生の獣を指し、普通の生物からかけ離れた外見と力を持つとされる。具体的にどうして魔力を溜め込み、それを力に変換しているのかと言う原理はわかっていないが、簡単に言えば山や森などの人間が普段より立ち入らない場所で目撃される、魔力を持った危険な生き物だと言われる。
その脅威度は程度にもよるが国をあげて討伐隊が組まれたり、各村には魔物に対抗するためだけの戦力を常駐しなければならない決まりもあるほどだ。
実際、私の村にも3人ほど国から派遣された兵士がいた。普段は村の手伝いや、男の村民に対し武器の扱い方などを教えていた。
私の記憶には無いが引き取られた後に聞けば、暮らしていた村にも月に一度ぐらいのペースで魔物の襲撃はあったらしい。そして兵士たちと男たちで撃退し続けていたそうだ。
ではあの日はどうだったのか。対抗できるだけの戦力と知識があったはずのあの村は、なぜ私一人を残し全ての村人が死に、家や畑が灰へと変わってしまったのだろうか。
答えは至極単純だ。
その時村にあった戦力など歯牙にも掛けない程の暴力が訪れたのだ。
冬の冷たさが顔を見せ始めた秋の夜。窓の外に見える満月が、怖いくらいに綺麗だと思ったのを覚えている。
「フィー、明日は収穫だから早めに寝ましょうね」
暖炉の前で編み物をしていた母が、優しい声音で私にそう言った。フィーと呼ぶのは母だけだ。
「うん!」
幼い私はそんな母の隣で窓の外を見ていた。昼間の光景を思い出す。畑に広がる黄金の絨毯は、大きな実をつけて風に揺られていた。
明日はその小麦の収穫だ。一年で最も大きな仕事であり、老若男女、村の者総出で行われるそれは一種の祭りのようだった。
「あなたはもう少し起きてる?」
母は編む手を止めて毛糸を綺麗に纏めながら、暖炉から少し離れたテーブルで大きな剣を手入れする父にそう問い掛けた。父もまた、村での魔物被害に対応するために兵士たちから手解きを受けており、夜はよく剣の手入れをしている姿を見た。
父は母の方を見ずに頷いて、その問いに肯定した。寡黙な父のその態度はいつも通りで、母は柔らかな笑顔を浮かべていた。
「じゃあ先に私たちは寝るわね。火の後始末をお願い」
「ああ」
立ち上がり、棚に球状になった毛糸などをしまいながら母は父にそう言い、父は一言だけ答えた。
私は母に手を引かれ、奥の寝室へと向かう。
寝室に入る時、振り返ると椅子に座って剣を見ていた父が、私が見ているのに気付いたのか手を振った。言葉では言わないが、その行為がおやすみと私に伝えているのだとすぐに理解した。
寝る時は親子三人、同じベッドを使う。いずれ私が大きくなったら二階の一部屋をくれると母が以前言っており、私はそれが楽しみだった。でも寝る時は一緒がいいな、とも思っていた。
私はベッドに飛び込み、真ん中に寝転がると母が丁寧に布団を掛けてくれた。母はベッド横の棚に置かれた小さなランタンに火を灯すと、私の左隣で横になる。私の右は父が寝る。それが定位置だった。
「お母さん、何かお話聞きたい」
掛け布団で口元を隠しながら私は母にそう言った。すると母はあら、と言って私の頭を撫でた。
「まだ眠くない?」
「うん。だからお話聞きたいなって」
普段より眠る時間は早い。私の目は未だ冴えていた。
母はそうねぇ、と考える仕草をした後に、こう言った。
「じゃあ“七色の勇者たち”でもお話ししようかしら」
「やった! 私そのお話好き!」
私は掛け布団から顔を出し、母の方をじっと見た。母はそんな私を見て微笑むと、ゆっくりと語り出す。
『昔々、世界を作った神様が空へとお帰りになってからしばらく経った頃。世界はとても平和で、人々は幸せに過ごしていました。
神様が与えたたくさんの食べ物と水は世界中に満ちており、世界に生きるものたちはお腹を空かせることも、食べ物を巡って争うこともありませんでした。
その為、世界中の人は心を一つにし、集まることで一つの王国を作りました。
ある時、森から一匹の黒い狼が人の前に現れました。お腹を空かせていたその狼を可哀想に思った人々は、神様から授かった恵みを分け与えたのです。
すぐにお腹を満たした狼は満足そうに森へと帰り、その姿を見た人々は小さな命を救えたことをとても喜びました。
しかし、その狼は実はとても悪い狼だったのです。
狼は人々の下にたくさんの恵みがあることを知り、飢えた仲間たちを連れて、次々と人の村を襲いました。恵みによって体が大きくなった黒い狼は、人の手に余るものなってしまいました。
その狼は“天狼”と呼ばれ、“天狼”に付き従う仲間たちを魔物と呼ぶようになりました。
四つの季節が巡る頃には、たくさんの人と動物が犠牲になりました。
人々は神様に祈りました。
多くは望みません。どうかこの“天狼”を打ち倒す力をお貸し下さい。
神様は祈りに応えました。
我が子らよ。七本の剣を貸し与えよう。この剣は、汝を傷付ける全てのものに罰を与えるだろう。
全ての生き物に神様の声が届き、世界の中心に空から七本の剣が降ってきました。その件にはそれぞれ神様から色が与えられており、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色をしていました。
人々は神様に感謝し、人々の中から“天狼”に立ち向かう七人の人間を選びました。彼らは一本ずつ剣を取り、人々から“|七色の勇者たち”と呼ばれました。
彼らは王国から世界中に散らばり、“天狼”を探す旅に出ました。旅の途中でたくさんの人々を魔物の手から救い、魔物たちを倒しました。
そしてまた四つの季節が過ぎる頃、勇者たちは世界の果てで集いました。そこに“天狼”がいたからです。
勇者たちは“天狼”に立ち向かい、七度太陽が昇り、七度月が輝いた後、見事“天狼”を打ち倒しました。しかし、困ったことが起きました。“天狼”には死ぬということが何かわからず、倒してもいずれまた蘇ってしまうのです。
そこで勇者たちは“天狼”の体を五つに分け、世界中に散りばめ剣の力で封印しました。
勇者たちは役目を果たし、王国へと戻ると王様は勇者たちを褒め称え、新たに人々を導く役目を与えました。
勇者たちは心よく引き受け、王様と共に人々を導きました』
「おしまい」
母がそう締めくくる。私はぱちぱちと手を叩き、母に尋ねた。
「お母さん、勇者様たちはその後どうなったの?」
「幸せに暮らしたと思うわ。そしてその子供たちは今も王国の貴族様として、王様を助けているのよ」
「そっかぁ! じゃあ今もみんなを助ける勇者様なんだね!」
私はこの話が好きだった。人々の力強さと勇者たちの格好良さ、そして幸福に終わる話だから。
私が興奮気味に答えると、母は私の頭を撫でながら満足げに微笑む。少しくすぐったくて、すごく幸せで、気持ちが良かった。
窓の外を見る。先ほどと変わらず満月が綺麗で、見ていると次第に眠くなっていった。
「フィー、私の可愛いフィー。おやすみなさい」
母の声が聞こえ、おやすみと言いたかったがその前に眠りに落ちてしまった。
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