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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第27話:夕食、売店、そして本

 「ありがとね、フィリアちゃん。本当に助かったよ」

 「どういたしまして」


 片付けを終えた私たちは、寮の一階にある食堂に来ていた。

 時刻は午後五時過ぎで、終えた頃がちょうど夕食の配給が始まる時間だったので、私たちはそのまま食堂に移動した。

 私の前に座るレミィが、申し訳なさそうな顔をしながらパンを頬張っている。今日の夕食は牛の乳と豆を煮込んだスープとパンだ。味は普通ぐらい。ご飯が食べれるだけ十分だろう。

 ちなみにアリスは私の左隣で黙々と食べている。


 食堂はほどほどの広さで、今は寮に住む生徒たちで賑わっている。生徒たちは皆、私とアリスが来ている上着と同じものを着ており、人によって刺繍の色が違っていることがわかった。

 色は私たちの藍色と、紅色、新緑色の三色があるようで、おそらく学年によって違うのだろう。つまり藍色以外は上級生ということだ。


 学園は三年制で、初等、中等、高等と下から並ぶ。入学したての私たちはもちろん初等級に属する。

 普通に授業を受けて一年の間に四度ある試験を合格できれば、問題なく進級し一年後には中等級へと上がる。逆に言えば授業を受けなかったり、試験の点数が悪ければ進級することはできず、もう一年同じ等級で教育を受けることになる。その際は幾らか払わなければならないが、お金があれば何度も同じ等級を繰り返し、進級することは可能だそうだ。

 高い資質を持った人物は、国にとって将来の宝になる。多少労力を掛けても逃したくはないのだろう。他国に流れるなんていう方が、国からすれば厄介なのかもしれない。

 かといって私は繰り返すつもりもないので、ちゃんと授業は受けるし試験も頑張るつもりだ。ただでさえ入学試験はギリギリの通過になった訳だし。


 「あ、レミィ。洗濯物についてなんだけど」


 色々考えていて、私は一つ思い出したことがある。なのでレミィに声を掛けると彼女は首を傾げていた。


 「……もしかしてやっぱり面倒になっちゃった?」

 「いやいやそうじゃなくて。お風呂入った後で良いから、洗濯して欲しいものを持ってきてくれないかなって」


 どうせなら私たちの洗濯と同じタイミングにしたい。二度手間になる方がよっぽど面倒だしね。

 ちなみに寮の地下には大浴場がある。教会を出た時にお風呂はしばらくお預けか、と少し残念に思っていたが、まさか学園にもあるとは。嬉しい誤算だ。


 「あ、うん。わかったよ。何時までとかある?」

 「うーん、そうだなぁ……二十一時までに出してくれれば助かるかも」

 「わかった、ちゃんと出すね。あとそのうち洗濯できるようになるから……」

 「気にしないで良いよ。寮で一緒に住むんだから、助け合わないと」


 しゅんとしてしまったレミィを励ますように、私は言う。そこまで気にすることではないんだけれど、負担が減る分には助かる。ついでに時間あれば教えよう。


 「フィリアちゃんは食べ終わったらお風呂?」


 レミィにそう聞かれ、考える。

 色々やりたいことはあるが、とりあえず鍛練だろうか。普段は朝起きてからすぐだったが、入学初日だったこともあり登校を優先した結果、今日は省いてしまった。これからの生活を考えても、鍛練の時間は夜の方が空いてそうだ。


 「少し買い物しに商店に行こうかなって。その後は寮に広めの庭があるみたいだから、そこで剣の鍛練をしてからお風呂かな」

 「そっか。場所もいまいちわからないから、一緒に行こうと思ったんだけれど……」

 「少し待って貰えるなら、大丈夫だよ」


 そう答えるとありがとう、とはにかみながらレミィはスープを一口飲んだ。

 私もそれに釣られてスープを一口啜る。牛乳特有の香りと、煮込まれた野菜、豆の味わいが口に広がる。

 肉とか入れたらもっと美味しそう。でもその時は臭みが気になるし、ハーブ類を何か入れなきゃいけないかも。


 そんなことを考えながらレミィと談笑し、食事の時間を楽しむ。



―――☆☆☆―――



 食事を終えた私たちは自室に戻る前に、商店へと足を運んでいた。

 商店は食堂と同じ一階にあり、玄関からも近い位置にあった。そこまで大きくはないが食料品以外は揃っているようで、食事帰りの生徒たちが数人居る。雑貨店、といった感じだろうか。


 「すごい! いろんなものが置いてあるんだね!」


 着いてきたレミィは少し興奮した様子で、店内を見回している。来る途中に聞いたが買い物なんかは貴族区内のものを利用しており、平民が使うようないわゆる雑貨店は見たことがないのだそうだ。そもそもその買い物自体もレミィが行くことは稀で、ほとんどは使用人が利用しているのだとか。


 「見て、フィリアちゃん! 本もあるよ!」


 そういって見せてきたのは棚に置かれた本だ。数は十冊でかなり少ない。だが棚は戸が付いており、戸にも鍵が掛かるものでかなり厳重だ。

 本は稀少品だ。木を原料とした紙がそもそもかなり高級なもので、それをふんだんに使っているのだから当然だろう。


 「新魔術教本だって! 欲しいなぁ」


 棚に張り付くレミィの目はキラキラと輝いている。彼女の荷物を片付けていた時に、大量の本が出てきたのを思い出す。本が好きなのだろうか。


 「うーん……一応足りるかなぁ」


 レミィは棚を離れるの自分の懐から財布を取り出し、中身を見ながらそう言った。

 私は気になり棚に貼られた値札を見る。


 「――――」


 そこには見たことのない金額が書かれており、私は絶句した。

 ブラン金貨五十枚。それがこの本の価値だ。

 この王国では貨幣としてブラン硬貨なるものが流通している。

 一般的な平民の月収はブラン銀貨十枚であり、銀貨が百枚で金貨一枚と同じ価値になる。ちなみにブラン銅貨というものもあり、そちらは千枚で銀貨一枚分だ。

 つまりこの本は一冊で、平民の約八年三ヶ月分の収入をまるまる貯めてようやく買えるということだ。

 それを買えると言ったレミィは、その財布の中に一体いくら入れているんだ。

 そしてこの目の前の棚にはそれが十冊。ここのものを買い占めるだけで、平民の寿命分の価値となる。

 

 「わ、私……アリスの、見てくるね……」

 「あっ、うん。わかったよ、ゆっくりで良いからね」


 目眩を覚えた私はその場から立ち去りたい一心で、レミィに言うと商店の奥へと進んでいく。

 片付けていた本なんて、思い出したくない。


 商店の隅にこじんまりと衣服が並んでおり、その中に数種類だけだが下着も置かれている。一応女子寮なので女性ものだけだ。


 「値段は……まあ普通くらいだよね。良かった」


 まだ目眩のする視界の中に下着の値札を捉え、見てみれば銅貨八十枚と書かれていた。

 私はその文字に胸を撫で下ろし、手を繋いでいるアリスを見る。


 「アリスが今着てるのよりは劣っちゃうけど、ないよりマシだから。三枚選んで良いよ」

 「どれが良いかわからない。フィリアが選んで」


 興味なさげなアリスは無表情のままそう答えた。まあ当然か。今まで着る必要のないと思っていたものなのだ。突然選べと言われてもわからないか。


 私は並べられている下着を見て、アリスが着れそうなサイズのものを探す。特に凝った見た目ではないが、寮内の簡易的な商店だ。当たり前だろう。


 「これとこれと、あとこれで良いか」


 とりあえずシンプルな白の下着を三着と、ついでに上の肌着も三着手に取る。そこまで痛い出費では無いし、別に良いだろう。

 一旦手を話し、その場でアリスを直立させ、服の上から当てがう。サイズは問題なさそうだ。


 「似合っている?」

 「私は似合うと思うよ」


 褒められたのが嬉しかったのか、されるがままのアリスは私にそう尋ねる。

 一応彼女に似合いそうなものを選んだつもりだし、当てがっている感じは似合っている。


 「これ買ってあげるから、ちゃんと着てね」

 「うん。ずっと着る」


 同じものをずっとはやめてほしいが、そこいらの話はおいおいで良いか。

 私はアリスの手を取り、会計を済ませに行く。


 会計を済ませていると店員が奥から二、三人出てきて、血相を抱えて店内を歩いて行った。その方向はあの本たちが並ぶ棚だ。

 なにやら察するものがあるが、あの値札を思い出すと頭痛がするので一旦考えないことにする。


 「ありがとうございます!」


 本棚の方からレミィの嬉しそうな声が聞こえた。

 ……良い買い物ができてそうで、何よりだ。

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