第25話:制服と視界いっぱいの白
持ってきた荷物は少ない。何か置いたりするというよりは、衣服や生活用品をしまう作業だ。
収納できる箇所は多いようで、ベッドの下や部屋の隅にも引き出しと棚がある。
「……あれ?」
とりあえずよく使うものは部屋の隅の棚で良いか、と思い腰を落とし引き出しを開けた私は、中に何か入っていることに気付く。
私の声が気になったのか、アリスはベッドから降りるとすぐに私の横に立つ。
「問題?」
「いや、問題というより……」
横のアリスに答えながら、私は中から綺麗に畳まれたそれを取り出す。それは一着の服だった。白い生地に藍色の刺繍が施され、金色のボタンが三つ付いている。ボタンにも何か意匠が施されており、同じものが袖口にカフスとして付けられていた。明らかに高級そうな上着だ。
「前の生徒の忘れ物?」
いやそれにしては綺麗だ。まるで最近作られたように見え、使用感が無い。
「フィリア、下にもある」
「え? あ、本当だ」
アリスに言われ引き出しを見ると、取り出した上着と全く同じものがこれまた綺麗に収納されていた。
いや、よく見れば同じではない。生地の色やボタンなどは全く同じだが、大きさが違う。私が取り出したものより、一回りほど小さい。
となればこの部屋を使っていた生徒の忘れ物、という線は消えるだろう。
「なんだろう、これ」
「それ、私着れそう」
ああ、確かに。見た感じではあるが、大きさ的にはアリスに合いそうだ。
「……もしかして」
私は手に持った上着を広げると、袖に腕を通してみる。袖丈は私にぴったりであり、そのまま着てみると着丈なども合っていた。
まるで私に用意されたものみたいだ。
「母が言っていた。学園には、統一の服があるって」
アリスはそう言いながら、私の横から引き出しの中に残された小さめの上着を取る。
それが本当なら、これは学園指定の制服なのだろうか。特にデカルトは何も言っていなかったが。
「着てみる?」
「うん」
私はアリスが持つ上着を手渡され、広げる。明らかに小さい。私には着れそうにない。
横でアリスがずっと身につけていたローブを脱ぐ。
そういえばローブを着たままだったな、と思いアリスを見る。
ローブの中から出て来たのは、濃いめの灰色を基調としたジャンパースカートに、フリルのついた真っ白のブラウス姿のお人形だった。正確にはお人形のようなアリスだ。まるでどこかの令嬢のように感じる。
「……かわいい」
「? 褒めた?」
思わずこぼした私の言葉に、アリスは不思議な顔をしながらふりふりと動く。その度に胸元のフリルとスカートが揺れている。
失礼なのは重々承知だが、それまで来ていたローブはボロボロで汚れており、中の服装もそんな感じなのかなと勝手に思っていた。
なのでこれは、良い意味で裏切られた形となる。
「褒めたよ。服、似合ってるねって」
「そう。母が選んでくれた。動き辛い」
どうやら“英雄”の趣味のようだ。さすが母親、自分の娘に似合うものをよく理解している。本人は気に入っていないようだが。
「前に着てた方が好き。動きやすかった」
「前はどんなのを着てたの?」
「動物の皮。それをたくさん繋ぎ合わせたもの」
私は少しワクワクしながら聞いたわけだが、アリスの答えに絶句した。
ある意味予想が正しかったのだろうが、まさか皮とは。ミリ姉ではないが、女の子ならもう少し違った衣服を着て欲しい。
「じ、自分で作ったの……?」
「うん。したぎというのも、今回初めて着た」
そう言ってアリスは自分のスカートを捲り上げ、その下に着ている下着を私に見せつけた。
腰を落とす私の視線と、ほぼ同じ高さになったそれは視界一杯に広がり、私から思考を奪った。
「わ、ちょ、あり、アリス!?」
「? どうかした? フィリア、顔が赤い」
「私のことはいいから! しまって! スカート下ろして、下ろしなさい!」
とりあえず急いで顔を逸らし、下着が視界に入らないようにする。突然のことで混乱しつつもアリスにそう言うと、アリスは先ほどと同じように不思議そうな顔をしながらスカートを下ろした。
私はアリスがスカートを下ろしたことを横目で確認し、再び向き直る。
羞恥心というか、そういったものは彼女にないのだろうか。
「……あのね、アリス。とりあえず、他人に下着見せるのはダメ。今後禁止」
「フィリアは他人じゃない。私の妻」
「それはまだ理解してないし、そうだとしてもダメ! 恥ずかしいでしょう!」
「? 何も恥ずかしくない」
一体“英雄”はどんな情操教育をしたのだろうか。いやそれよりも、初めて下着を着たのが今回なのであれば、それまで獣の皮を着ながら下着は着てなかったってことだろうか。
なんだろう。頭が痛い。情報が多すぎる。
「と、とにかくダメ! ダメなものはダメです!」
「……フィリアがそこまで言うなら、わかった。見せない」
少し間があったが本当に大丈夫なのだろうか。
私は早鐘を打つ胸に手を置き、落ち着かせる。
そして一抹の不安を抱えながら、とりあえず先ほどの上着を着せる。すると予想していた通り、彼女の体にぴったりだった。深い藍色が黒めの灰色に上手いこと合っており、特に違和感はない。
私とアリス、両方の体にぴったりの上着は、彼女が先ほど言っていたようにおそらく制服で間違いない。
一応あとでレミィにも聞いて、確かめてみよう。
私は未だ熱を持つ頬を軽く叩き、気合を入れ直すと再び荷物の片付けに移る。