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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第23話:魔術への思い

 「はぁ……」


 私は深く息を吐いた。目の前では既に、魔術適性の検査が始まっている。

 検査方法は単純で、先ほど判断された自身の魔力属性と同じ魔術を発動できるかどうか。

 そして私のため息の理由としても単純で、魔術が使えない身としてはこの検査は苦痛でしかないからだ。


 「フィリア、嫌なことあった?」


 いまだに私の腕に巻き付くアリスが、私の顔を覗き込むように見て話し掛ける。


 「いや……うぅん……」


 私は自身の悩みを、アリスに言うか考える。なんというか、魔術が使えないという欠点を他人に話すのは、気が引ける。


 「私、嫌なことした?」


 締まりのない返事をした私に、アリスは問い掛ける。

 悩みの種というか、アリスの扱いに困っているのは本音だが、嫌なことはされてない。


 「ううん、そうじゃない」

 「なら良い」


 そう言ってアリスは、腕から離れると今度は私の腰に両手を回し、抱きついてくる。身長差があるので、彼女の銀髪が胸元の視界いっぱいに広がる。

 困ったことに、こういう態度や行動を取られるとなんだか優しくしたくなる。彼女は私を自分の妻と言ったが、私からすれば妹みたいな感覚だ。

 いや夫婦と認めたわけじゃないけど。


 「私ね、魔術が使えないんだ」


 なんとなく、私は吐き出してみようと思った。

 多分近くにいるレミィとオルにも聞こえるだろうが、どうせ目の前でそれを証明することになる。

 なら先に胸のつっかえと共に吐き出してみるのも、良いのかもしれない。


 「? それがどうかした?」


 アリスは抱きついたまま私の顔を見上げてくる。間近で見る彼女の瞳はより一層綺麗に見えて、まるで宝石のように輝いている。


 「皆、魔術が使えるの。それなのに私だけ使えないってなると、少しね」


 どうして私は使えないのだろうという悔しさが、私の胸を締め付ける。

 もちろん世界中で見たら、魔術が使えない人間はいるだろう。だが絶対数は確実に多くない。私は少なくとも、自分と同じように魔術が使えない者を見たことない。

 だから使えることへの羨望よりも、使えないことの自己嫌悪が強いのだろう。


 「魔術が、フィリアの全部?」


 アリスは再び、私に問い掛ける。

 私はそれを聞いて、言葉に詰まった。


 「私はフィリアと剣が大事。だから守る」


 アリスは黙った私に対して、そう告げる。

 私にとって大事なもの。それは“英雄”になる、という夢だ。では魔術はどうだろう。私の中の魔術とは、どういう位置に置かれているのだろうか。


 「魔術は、大事?」


 大事、ではないと思う。

 私はこれまで生きてきた中で、魔術を使ったことがない。使ったことのないものを、どう評価できるのか。


 「……大事じゃ、ないかも」

 「なら使えなくても、問題無い」


 思い切りが良いと言うのか、執着がないと言うべきか。

 私はアリスの言葉を聞いて、どこか胸につっかえたものが取れたような気がした。

 自己嫌悪自体はそうそう消えるものじゃないが、今だけはあまり感じない。


 「アリス」

 「なに?」

 「……ありがと」


 そう言うとアリスは満足気に頷いた。

 さっきまで剣を振るい、圧倒的な差を見せつけていたとは思えないほどの振る舞い。だが目の前にいる少女は、本当に“英雄”の娘なのだろう。

 でなければ、こんなに救われた気持ちにはならないのだから。



―――☆☆☆―――




 わかってはいたが、やはり私に魔術は使えなかった。

 あの後すぐに名前を呼ばれた私は、デカルトの前で魔術の適性検査を受けた。だが魔力の光だけ発する私の手に、魔術は姿を現さなかったのだ。


 『気に病むな。これはあくまで確認で、適性が無いとしても学園から出て行けとはならん。ここで学んで行く内に使えるようになるかもしれないしな』


 デカルトは私にそう語り、次の生徒の名を呼んだ。

 いずれ使えるようになるかもしれない。その為に私はここで学んでいくしかない。

 学園には何も問題が無ければ、三年間通うことになる。時間は多い。頑張ってみよう。


 ちなみにアリスは、属性検査の時と同じように免除されていた。


 全員の検査が終わるには、大体二時間を要した。検査を終えた私たちは運動場の中央部でまた集まっていた。


 「では本日はこれで解散となる。入寮する者はこの後、寮へと向かい手続きを済ませろ。名前を告げるだけで良い。自宅から通うものはこのまま帰宅して構わない」


 集合した私たちの前に立つデカルトは、棒読み気味で連絡事項を告げていく。


 「明日から本格的に授業が始まる。しっかり学ぶように。問題は起こすなよ」


 では解散、と最後に言うと彼はすたすたと私たちの前から立ち去り、運動場を後にした。

 残された私たちはその姿を見送った後、それぞれの岐路に付くため動き始める。


 「私は寮だけど、皆は?」


 レミィは私たち三人を見回し、そう問い掛ける。


 「僕は学園の近くに部屋を借りててね。少し距離があるから先に失礼するよ」


 オルは前髪を片手で払い、キラキラとした笑顔を浮かべながらレミィにそう答える。


 「ああ、そうだ。地図を貸しておこう」


 彼は思い出したようにそう言うと、懐から羊皮紙を取り出し私に手渡した。運動場に来るまでに使っていた学園内の地図だ。


 「ありがとう。助かるよ」

 「なに、女性に手を貸すのは当然の義務さ」


 そう言って彼は、運動場の出口へと向かって歩き始めた。


 「また明日だ」


 彼は振り返ることなく、背を向けたまま手を振った。かっこつけたその姿に、今更違和感は無い。彼はそういう人間なのだ。


 「私、オルくんの印象が全然変わった気がする」

 「奇遇だね、私も」


 口説くような言葉遣いやその振る舞いからは、考えられないような義理堅く、人情味のある人物だと私は思った。

 それはレミィも同じだったようで、彼女の言葉に私は同意した。


 「アリスヒルデちゃんも寮に?」

 「そう。寝る所無い。あとフィリアのそばにいるため」

 「そうなんだ。偉いね、アリスヒルデちゃん」


 なんだか慣れてきた気がしたが、今もまだアリスは私に抱きついている。そしてその光景に言及しないまま、レミィはアリスと話していた。


 「フィリアちゃんも寮生だよね。なら三人で行こっか」

 「寮に行く前に、置いてきた荷物を取りに教室行かないと」

 「あ、そっか。すっかり忘れてたよ」


 彼女には既に、私が寮生であることを朝の登校時に話している。

 まあわざわざ一人で行く理由も無いし、地図の無い二人は寮に行くことができないだろう。いや私もオルが渡してくれなければ困っていたが。

 

 「お腹空いた」

 「クッキーとか簡単な物なら持ってきてるから、後であげるね。夜食にって作って来たの」

 「レミィは、優しい」


 呟いたアリスの顔を覗き込みながら、レミィが笑顔でそう言った。するとアリスは表情を変えないものの、少し喜色の混じった声色で返事をした。

 日の高さからすれば、既に昼過ぎ。空腹を感じるのは私も同じだった。

 とりあえず何をするにも、ここから移動しなければならない。そしてこのまま抱きつかれていると歩き辛い。


 「アリス、歩き辛いから離れてくれないかな」

 「だめ。私はフィリアのそばにいる」


 言いづらいことを言ったというのに、アリスは即答で私の要求を断った。


 「このまま動くと引き摺っちゃうよ?」

 「大丈夫。私は気にしないし、軽い」


 そういうことじゃないんだけどなぁ、と私は心の中で呟いた。

 確かにアリスは軽い。腕に抱きつかれた時に感じた重量は、私が抱えられるぐらいのものだった。

 だが抱きつかれているにせよ、私が抱えるにせよ、そんな姿を見せながら学園内を跋扈できるほど、私の心は強くない。単純に恥ずかしい。

 さっきは検査ということで離れてくれたが、それ以外はずっとくっついている。

 さて、どうしよう。どう言えば離れてくれるだろうか。


 「……アリスヒルデちゃん」


 困っている私を見かねたのか、レミィがアリスに声を掛ける。対するアリスは抱きついたまま、首をレミィに向けた。


 「なに?」

 「フィリアちゃんはね、このままは困っちゃうらしいの。困ってるフィリアちゃんを助けるのは良いことだけど、アリスヒルデちゃんが困らせるのはどうだろう?」


 まるで小さい子をあやすような言い方で、レミィはアリスに語り掛ける。


 「……フィリアを困らせるのは、良くない」

 「そうだよね」

 「うん」


 話が良い方向へ進んでいる、と私は思った。

 このままアリスを説得してくれれば私としては非常に助かるので、私は心の中でレミィを応援することにした。


 「だから、やり方を変えよう」

 「……うん?」


 何やら雲行きがおかしい。

 私は離れて欲しいのであって、やり方を変えて欲しいとは考えていない。だいたいやり方を変えるとは一体なんだ。

 そう思っている私を放って、レミィは話を進める。


 「手を繋げば良いの。そうすればフィリアちゃんは困らないだろうし、くっついていられるよ?」

 「レミィ。私はそういうことを求めてるわけじゃ……」


 こんなに近くにいるのに、何故二人に私の声は届かないのだろうか。そう思うほどに、二人の会話において私は蚊帳の外だった。


 「なるほど。レミィは優しくて、頭が良い」


 そう言ってアリスは私から離れると、私の左手を握った。目の前のレミィは笑っており、アリスもまたどこか満足そうに見える。


 「フィリア、これでどう?」


 この雰囲気でダメだ、なんて言うことができる強さを私は持っていない。


 「……うん。良いよ」


 私は肩を落としながら、アリスに答えた。

 手を繋いだままじゃないと嫌だ、なんて言い出したらどうしよう。そんなことを思いながら、私はアリスの手を引き三人で運動場を後にした。

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