第22話:属性検査と、見せつけられる者
「少し遅れたが始めるぞ、お前ら」
集まった私たちの前に、デカルトが立つと不機嫌そうにそう言った。それまでざわざわと話し声が聞こえていたが、その一声でぴたりと止まる。
デカルトはそんな私たちを見ると満足そうに頷いていた。いや一瞬、私の方を見てため息をついた気がする。原因は恐らく、腕に抱きついたままのアリスだろう。私のせいではないので許して欲しい。
「では身体能力測定の内容だが、今回は属性検査と適性検査の二種のみを行う。時間が押してるからな、基礎能力は後日とする」
そう言って彼は懐から、一本の枝のような物を取り出す。
「入学試験時に使って既に知っているだろうが、これは“属性判別枝”と呼ばれる一種の魔道具だ」
試験時に担当官から教えてもらったのを思い出す。
この魔道具は、世界の中央に生え、全ての生命の根源とされる“世界樹”、その頂上から採れた枝でできた物だ。魔力を通すことで様々な反応を見せる。その反応によって、魔力を流した者の属性を調べることができる代物であり、それ一つで五十年は暮らせると言われる。
「魔力の通し方は全員問題ないな? では早速始めるぞ」
そこから一人一人名前を呼ばれていく。最初に呼ばれたのはアリスだった。
しかしアリスは動かない。私にくっついたままだ。
「アリス、呼ばれてるよ。行かなきゃ」
私がアリスにそう言うと、彼女は首を振った。
「私は、やらない」
「やらないって、そうは言っても……」
「あー、いや。そうだったな。ローデンバルトは免除されている。俺のミスだ」
急になぜそんなわがままを、と思ったがデカルトの言葉で納得せざるを得なくなった。
どうやら何か事情がありそうだ。気にはなるが、この様子だと聞いても本人どころかデカルトまで答えそうにない。
さっきオルが聞いた時も答えなかったのは、そういうことなのだろう。
デカルトは咳払いをすると、改めて生徒の名前を呼び始める。一人ずつ順番に“属性判別枝”を手渡されると、それを握り締める。
人によって反応は違い、先端に小さな火が着く者も居れば、まるで水の中に落としたように枝から水が滴ることもある。その反応によって判別するのだ。
「フィリア・アスファロス、来い」
待っているとすぐに呼ばれた私は、デカルトの前へと出る。流石に空気を読んだのか、アリスは腕から離れた。少し痺れているのは、一旦気にしない。
仏頂面のデカルトは無言で“属性判別枝”を差し出す。
私はそれを受け取ると、魔力を通すために集中を始める。
イメージは水だ。全身のありとあらゆる部分に、絶えず水が流れているイメージをする。“属性判別枝”は水差しだ。流れてほしくない場所を堰き止め、水の流れを両腕のみに限定する。そして溢れそうになる水を、手のひらからゆっくり排出しよう。
すると“属性判別枝”が反応する。
手の中にある枝の表面に、ぽつぽつと水滴がついていく。水属性の反応だ。だがそれだけではない。水滴は熱を持っており温いお湯のようだ。更に枝の一方から、根っこのようなものがほんの少しだけ伸び、そよそよと揺れている。他の属性の反応だ。
「四属性か。しかしこの中だと、最初に現れた水属性が最も強いか。水滴が蒸発するんだったら火属性っぽいがな」
デカルトが“属性判別枝”を覗き込み、私にそう言った。
そしてそこまで、というデカルトの声で私は魔力を止める。“属性判別枝”は反応を止め、徐々に元の姿に戻っていく。
私は“属性判別枝”をデカルトに返し、集団へと戻っていく。反応は試験の頃と変わっていない。私は魔術が使えるとしたら、水属性が得意なのだろう。
「四つも反応があった。すごい」
戻ってくると待ってましたと言わんばかりに腕に巻きつくアリスが、私を見上げながらそう言った。
私はため息混じりに答える。
「すごくないよ。皆四つは反応する。地味な反応を見せた私と違って、もっとはっきりと」
基本的に得意不得意があるだけで、どんな人物でも四属性は扱える。私の前に属性検査をしていた者だって、四つ分の反応をあの枝は示していた。
あくまで私のあの反応は、普通かそれ以下に過ぎない。
デカルトの方を向くと、“属性判別枝”を持ったレミィの姿があった。終わった後、何も考えてなかったがレミィが呼ばれていたらしい。どうせならどんな反応があるか見たい。
「壊さないように……ゆっくりと……」
そう呟きながらレミィは魔力を通していく。
すると反応が現れた。
両手から水が溢れ、その水が地面へと落ちると濡れた箇所から草花が生える。それはゆらゆらと揺れており、レミィを中心にゆっくり広がっていく。“属性判別枝”はまるで松明のように先端部分を激しく燃やしていた。
「全ての属性に対して高い適性があるな。レオンゴルド、試験時はなんと言われた?」
「一応最初の反応で水、と」
「まあ仕方ないか。今後は六属性全てへの適性としろ」
レミィはデカルトにそう言われると、少し照れ臭そうに笑っていた。
同時にその姿を見ていた周りの生徒たちが、ざわついている。
「さすが、由緒正しき魔術師一家。まさか全属性へ高い適性があるとは」
「十万人に一人ぐらいだっけ」
隣に立つオルとそんな話をする。
そう言えば“金獅子の寵児”という二つ名を、レミィは持っていた気がする。本人に後で聞いてみよう。
レミィは属性検査を終えると、ゆっくり私たちのところへ戻ってくる。
「レミィ、すごいね」
「ありがとう、フィリアちゃん。魔術の腕はまだまだだから、宝の持ち腐れって感じがするんだけどね」
それでもすごいものはすごい。羨ましい限りだ。
「オルくんの番だ。見よ?」
恥ずかしいのか彼女は頬を赤らめながら、私にいうとデカルトに向かうオルの背中を見た。
とんでもない才能を持ちながら、それに鼻をかけない。人間ができている、と私は思い、彼女と同じようにオルを見る。
“属性判別枝”を持ったオルの手が、魔力によって光る。そして同時に、周囲に風が巻き起こる。彼の手の光が強くなるほど、風もその威力を上げていく。
「風か。他の適性は低いが、風が頭抜けている」
「商人は風を読んで、商機を掴むものですよ。デカルト先生」
「悪いな、商売はわからん」
そんなような会話が聞こえ、オルが魔力の流れを止めていく。すると光が落ち着くと同時に、風もまた優しく、消えていく。
改めて実感する。
ここは才能溢れる者がほとんどだ。努力は裏切らないと信じているものの、なかなかに堪える。
先ほどの決闘、レミィとオルの才能に、アリスの存在。
ずきり、と心が痛んだ。
私は、やっていけるのだろうか。
少しナーバスになる私を尻目に、検査は続いていく。




