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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第20話:獣の咆哮、白銀の光

 鉄の鈍い音が木霊する。

 音の出所は目の前の二人であり、剣同士がぶつかる音だ。

 一定間隔で聞こえるそれは、徐々に大きくなっているように思える。


 二人は対照的と言えた。

 走り剣を振るうも跳ね返される苦しそうなマウロと、動かず剣を振るい弾き飛ばす無表情のアリスヒルデ。両者の力関係は互角と言えず、その間には大きな差があるのは見てとれた。


 「うおおおッ!」

 「もっと、強く」


 マウロの額には大きな汗の雫が浮かび上がり、彼が動く度にそれが宙を舞う。

 彼は動かないアリスヒルデに対し、運動場を走り回って前後左右から斬り掛かる。死角を突いているのだろうが、その剣はアリスヒルデの体には届かず、一方的に弾かれやり直しを強制されている。


 「彼、剣の腕は確かに見えるけど……」


 レミィの言う通り、マウロの剣筋は悪くない。それどころか一流に迫る勢いだ。身のこなしも丁寧で、弾き飛ばされたとしても姿勢を崩すことはない。


 「彼の父は行商をしながら剣の腕を磨いていたようでね、よく仕込まれているんだろう。そもそもこの学園に入れるということは、ある程度の実力が備わっている証左さ」


 オルは二人の姿を見ながら、レミィに言った。

 そう、忘れてはならない。この学園に通う以上、実力と才能が備わっているのは前提条件だ。


 私は頭の中で、マウロと自分が打ち合う想像をする。

 勝てるだろうか、と自分に問いかける。

 負けることはないと思うが、勝つのは難しく思う。まず剣の腕。私の方が優っている自信はある。上手く立ち回れば大丈夫な筈だ。だが距離を取られた際の魔術戦。勝てる訳が無い。私には魔術は使えない。距離を取って魔術を使われれば私に近寄る術はない。

 アリスヒルデの様に“魔術を斬る”ということができれば、多少変わってくるだろうが私に再現できるだろうか。

 そう考えると自分が嫌になってくる。


 「また弾いたね。どんな膂力をしているんだ、彼女は」


 オルの言葉で私は意識を戻す。今は卑屈になっている場合じゃない。自分に足りないところがあるなら、目の前の二人から学べば良いだけだ。

 マウロの言葉は、思い出せば今でも許せない。だが彼の剣は違う。純粋な鍛錬と経験によって裏打ちされたそれは、見ていて不快にはならないのだ。


 膠着している、と私は思った。

 どんな角度や方向からの剣に対しても、アリスヒルデは完璧に捌いている。マウロはそれでも諦めず、手を止めることはしない。体力は削られているだろうが、それが決着の原因となることはないだろう。


 「技や力において、マウロより彼女が優っているのは確実だろう。しかし問題は……」

 「問題は?」

 「攻撃範囲、かな」


 オルの言葉に繋げるように、レミィの疑問に答えるように私は言った。

 アリスヒルデは剣の置かれた場所より先に、その行動範囲を広げていないように見える。何か自分に課した制限でもあるのか、それともそうしなければならない理由があるのかはわからない。

 加えてアリスヒルデは自分から仕掛けることはしない。あくまで相手をが動いてから対応する形をとっている。

 彼女のこの二つの行動によって、力量に差がありつつも拮抗、ないしは膠着しているように感じる訳だ。


 「制限時間を狙っているのか?」

 「一応、客観的に見れば優勢なのはローデンバルトさんだけど……」


 二人の会話を聞く。

 決闘が始まり、大体十分が経過したぐらいだろうか。あと五分でこの決闘は強制的に終わりを迎える。優勢なのはレミィの言った通り、アリスヒルデだろう。

 しかし、と私は思った。

 しかし本当に、アリスヒルデは判定による勝利を狙っているのか。なんとなくだが私にはそうは思えない。


 では彼女は、何を狙っているのだろう。


 「それが、本気?」

 「ほざけぇッ!」


 剣撃を繰り広げる二人から、会話が聞こえる。

 アリスヒルデはマウロを煽るように言うと、彼は怒号によって返答する。


 その二人のやりとりを見て、ふと私は思いついた。


 「……待ってる?」


 私は思いついた言葉を無意識に呟いた。


 「待つ? 何を?」


 それを隣のレミィは聞いており、私にそう尋ねる。


 「いや、なんとなくだけどね……あの子は彼の、何かを待っている気がしたんだ」


 根拠も具体性もない、本当に感覚的なものだ。

 運動場の二人を見る。剣撃は徐々に激しさを増し、一定間隔で聴こえていた鉄の音は、その速度と音量を上げていく。


 仕掛けるマウロはその速度を上げ、それに合わせてアリスヒルデの動きも機敏になっていく。

 鉄同士の激しい接触は、空中に火花を散らすようになる。

 動きに合わせ翻るローブ、空中を踊る銀髪、瞬く火花。

 それらが合わさり、まるで彼女が舞っているように錯覚する。


 「……うん、良い」


 突然、剣撃が止まった。

 見ればアリスヒルデがマウロを見て、頷いていた。


 「次が、“本気”みたい」

 「……なんなんだ、お前!」


 二人のやりとりが聞こえる。会話になっているかはわからないし、アリスヒルデの言葉の意味さえ理解できないが、彼女を取り巻く空気が変わったことだけは理解した。


 マウロが剣を構えなおす。すると彼の正面に立つアリスヒルデが“構えた”。

 自分の近くに刺さった剣を一本右手に取り、左半身を前に、片手で剣を構える。どの剣術流派でも見たことがない構えだ。


 「もうお前……死ねよォッ!!!!!」


 叫びにも似た一声と共に、マウロが走り出す。


 「――“ひとつの、つるぎ”」


 対するアリスヒルデが呟くように言うと、墓標のように配置された剣たちが銀色に輝く光の粒子へと変わる。その粒子は彼女の手に握られた剣へと集まり、まるで土に水が浸透するように取り込まれていく。


 「あの剣、魔力でできていたのか……!」

 「なんて魔力の濃さ……!」


 二人が驚きの声を漏らしているが、私はアリスヒルデから目を逸らせないでいた。


 彼女の剣は鈍い鉄の色ではなく、白銀に染まっていたのだ。まるで“英雄”の、あの鎧のように。


 「――ッッッ!」


 マウロが踏み込む。同時に構えられた剣はアリスヒルデの左上からの袈裟斬りとなって放たれた。

 対して彼女は迫り来る剣に対抗し、右下から左上への逆袈裟斬りとし相対する。


 衝突は、瞬間だった。


 鈍く、甲高い音と共に両者の剣が激突する。


 「お――」


 マウロが声を漏らす。


 「おおお――」


 それは徐々に大きくなり、まるで獣の咆哮のように響き渡る。


 「おおおおおおおおおッッッッッ!!!!!」


 一段と激しい咆哮と共に、両者の剣がぶつかり合う接触点で爆発が起きた。

 辺り一面が舞い上がった砂により、見えなくなる。続けて、爆発の余波が暴風となり、二人を見つめるわたしたちを襲った。


 決闘は、勝敗はどうなったのか。

 砂はまだ、晴れていない。

お読みいただきありがとうございます。

次話は明日7時を予定しております。

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