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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第19話:剣の墓標

 開始と同時、まず仕掛けたのはマウロだ。

 彼は剣を構えつつも後ろへと下がり、左手をアリスヒルデに向ける。


 「荒ぶる風よ、我が敵を吹き飛ばせ!〈ブリーズ〉!」


 マウロの左手が緑色の光を放ち、詠唱が終わった瞬間に弾ける。すると左手から何かが、アリスヒルデに向かって射出される。


 「風属性の初等魔術だね。空気を魔力で球状に纏めて放ち、命中した相手を弾き飛ばすものだ」


 隣のオルはその様子を見ながら語る。

 三段階ある魔術の等級で、一番低いが十分な威力を発揮するものだ。

 緑色に発光する空気の球は、真っ直ぐアリスヒルデへと向かう。その速度はかなりのもので、反応するには高い動体視力を要求されるだろう。


 一方先手を取られたアリスヒルデは、一向に動かない。マウロの放った魔術に対して回避も防御もしないように見える。


 「正面から受けるつもり!?」


 レミィが声を上げる時には既に、魔術はアリスヒルデの目と鼻の先だった。

 大きな音と共に、アリスヒルデのいた場所で砂埃が大きく舞う。


 「初等級の威力ではないな。マウロの属性は風か。しかもかなり適性が高そうに見える」


 オルは砂埃の舞う、アリスヒルデがいた位置を見ている。

自身の魔力属性と魔術適性は、使用する魔術に対し直接影響する。属性の一致と適性の高さによって、魔術の効果や威力は向上するのだ。

 おそらくマウロの使った魔術は本来、もう少し威力が抑えられているものなのだろう。


 アリスヒルデの姿は未だ見えない。マウロは様子を伺っているのか、差し出した手を納めて剣を構えている。

 砂埃が徐々に晴れていく。


 「……やっぱり」


 私は砂埃の向こうを見て、自然と言葉がついた。

 アリスヒルデは一歩も動いていない。何かを持つことも、何かを構えることもしていない。

 だが変わったことがある。それは剣だ。剣が一本、彼女の目の前に鎮座している。


 「どこから……?」


 彼女の身長よりも少しばかり小さいだろうか。突き立てられたその剣は、どこにでもありそうな普通の剣にに見える。腰に差していた様子も、背中に担いでいた感じもしないそれは、まさに突然降って湧いたように感じる。


 「荒ぶる風よ」


 マウロは動く。アリスヒルデを再び視界に捉えた彼は、同じ魔術の詠唱を始める。

 だが結果として、それは先ほどの展開とは違ったものになった。


 「――“降剣(こうけん)”」


 鈴の音に似た彼女の声が、水面に垂らされた水滴によって波紋が生まれるように、運動場を駆け巡る。

 そして次の瞬間、それは起こった。

 彼女を中心としてその周囲に、乱雑に剣が空より落ちてきた。その数は全部で六本。元々彼女の目の前にあったものと合わせて、計七本の剣がまるで墓標のように地面に突き立てられる。


 「七本の剣、偶然とは思えないな」


 “英雄”を指す異名は複数あり、その中の一つに“七天剣”といつものがある。七本の剣を自在に操る最強の剣士、それを称える為の名だ。

 最初の魔術の一撃をどう防いだかはわからない。遂に動きを見せたアリスヒルデは、何をするのか。

 私は二人を見続ける。


 突き立てられた剣を見て、マウロは一瞬たじろぎ詠唱を止めてしまったが、再度左手をかざす。


 「荒ぶる風よ、我が敵を吹き飛ばせ……!」


 彼の手に、再び風の球が作られていく。

 マウロはしっかり狙いを定めると、その魔術を発動した。


 「〈ブリーズ〉!」


 風の球が、弾かれるように彼の手から射出される。

 大きさや速度に変わりはない。先ほどと全く変わりのない展開ではある。

 風が、彼女に直撃する瞬間。そこからが、先とは違うものになった。

 アリスヒルデは素早い動きで、目の前の剣を取ったのだ。そして構えもなく、そのまま縦に振り下ろし“魔術を斬った”。

 真っ二つにされ、行き場の失った力はその場で炸裂し、砂を巻き上げる。

 私はただその光景を見て、唖然とするしかなかった。


 「……魔術を斬るなんて、めちゃくちゃな……」


 理屈で考えれば不可能ではない。魔力と言えど形を与えられた力であり、物理的に影響を与えるものであれば魔術自体もまた物理的に作用するものであり、ある意味で物質と言える。ならば剣で斬り伏せることも、可能なのだろう。

 しかし考えたところで実践しようとは思わない。できるかどうかもわからないことを、普通は戦闘中になんかしない。多くの剣術を知識だけではあるが知る私でも、そんな技は見たことも聞いたこともなかった。


 彼女は手に持った剣を地面に突き立てると、首を傾げて見せる。


 「剣は、飾り?」

 「……確かめて、みろォ!」


 アリスヒルデの言葉に、マウロは顔を赤くしながら踏み込んだ。

 挑発にしか聞こえない言葉に激情を迸らせる彼は、自分で開けた距離を詰めていく。


 「気を付けた方が、良い」


 再びアリスヒルデが言葉を発す。

 私はその瞬間、肌に突き刺すような殺気を感じた。


 「ひっ……!」


 それは隣に座るレミィも同じようで、彼女は座りながら身を引いていた。マウロも同じように顔を青ざめさせながら、アリスヒルデを見ていた。

 殺気の出所はアリスヒルデだ。彼女を取り巻く雰囲気が、明らかに変わった。


 「うおおおおッ!」

 「――そこから先、私の“剣界(けんかい)”」


 マウロは走る。そして、突き立てられた剣の横を通り過ぎようとした時だった。


 「ぐっ……!?」


 苦しそうな声と共に、彼の体が弾き飛ばされた。

 彼は苦しげに、何が起きたかわからないと言った表情で地面を転がりながら体勢を整える。


 「なにが……?」

 「わざとマウロの剣を斬り付けて、吹き飛ばしたんだよ」

 「フィリアちゃん、今の見えたの?」


 状況に驚くレミィに、何が起こったのか簡単に説明し、頷く。

 すごく単純な話だ。アリスヒルデは文字通り、目にも止まらぬ速さでマウロの横の剣まで移動し、その剣を地面から抜くと横一閃の剣撃を放った。その剣撃の狙いはマウロの剣であり、その一撃をいなし切れなかったマウロが後ろに吹き飛んだのだ。

 事実、アリスヒルデの位置は変わっており、マウロに近付いた位置に立っていた。既に抜いた剣は再び地面に突き刺してあるが。


 彼女は手を抜いたわけじゃない。彼女は忠告し、問いかけているのだ。


 この剣の墓標へと足を踏み入れれば、どうあっても斬り捨てる。故にお前はどうするのか、と。

 マウロの力量を測っているように思えるその行動は、より彼の神経を逆撫でしたように思える。


 お互い最低一撃ずつ、相対する者へと放ったかたちになる。

 決闘はまだ、始まったばかりだ。

お読みいただきありがとうございます。

次話の投稿は明日7時を予定しております。余裕があれば今日中に投稿するつもりです。

お待たせし、申し訳ございません。

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