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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第18話:コンフリクト

 「私と、“決闘”しろ」


 眉ひとつ動かさず彼女は、アリスヒルデはマウロに言った。その周りで様子を見ていた私たちは、呆気に取られその場にただ立っている。


 「……なんの冗談だ?」


 その状態を崩したのは、マウロの一言だ。彼は目の前の少女と、地面に落ちた手袋を見ながらそう言った。

 アリスヒルデはその言葉に首を傾げると、地面に落ちた手袋を拾い、もう一度彼の胸に叩きつける。


 「貴様ッ――」

 「決闘の始め方、間違ってる?」


 怒号を上げようとしたマウロを静止するように、彼女は問う。マウロはみるみるうちに顔を赤く染め、誰の目から見ても怒りに満ちていた。


 決闘とは、この国における力比べだ。

 殺し合いと違ってお互いの命は賭けず、試合と違って誇りを賭ける。

 貴族間で行われることが多く、大抵話し合いで決着しない事柄を代表者の戦い、その結果に委ねる儀式な様なものだ。勿論、貴族以外が行うことは問題がない。国民であれば誰でも行える権利に近い。

 基本的にはアリスヒルデが取った行動、手袋などの身につけたものを相対したいものへ渡すのが、決闘の申し込みとなる。


 「俺を、モラン・ロドリゴス男爵が長子、マウロ・ロドリゴスと知ってのものか!?」

 「あなたも、モランも知らない。決闘に、関係ある?」


 何かが切れる音が聞こえたような気がした。

 マウロは右手をアリスヒルデに翳すと、何かを口遊み始める。

 魔術での詠唱であること、それがわかるには一瞬遅かった。

 まずい、と思い動き始める。だが既に、マウロの右手に緑色の魔力が光を発しながら集まっている。


 (間に合わない!)


 そう思った時だった。


 「初日から元気だな、お前ら」


 運動場の入り口から男の声が聞こえる。

 マウロはその声を聞くと詠唱を止め、声の主人を見た。私たちもそれに釣られて入り口の方を見ると、男が立っている。それは、つい先ほど見た人物だ。


 「誰か、説明しろ」


 デカルト先生が、不機嫌そうな顔でそこに立っていた。



―――☆☆☆―――



 「――なるほど、決闘か」


 一旦落ち着いた私たちは横一列に並び、デカルト先生と向き合う形で立っていた。

 彼に状況の説明をしたのはレミィとマウロの取り巻き一人。そもそもの始まりがマウロとアリスヒルデの口論であることと、その後のやり取りに関して一方の意見よりも公平であることを重視した人選だ。


 まず最初の二人の口論。これはほぼ一方的なものだ。内容は言いがかりに近いもので、マウロはローブで顔を隠すアリスヒルデに対し、やましいことがないのであれば顔を見せろと要求。アリスヒルデがその言葉を無視したことで、諍いに発展したのだという。


 それを聞いたオルは、心底呆れた顔をしていた。


 「決闘をしようがしまいが、俺は口を挟まない。好きにやれ」


 デカルト先生はため息混じりにそう言うと、だが、と付け加えた。


 「一応今は授業中の扱いだ。決闘をするなら制限時間を設けるが、問題無いか?」


 彼は懐から懐中時計を取り出すと、蓋を開き文字盤を見る。


 「問題無い」


 アリスヒルデは一言だけそう言うと、マウロの方を見た。対してマウロは眉間に皺を寄せ不満そうに、彼女から目線を逸らす。


 「決闘を申し込んだローデンバルトは、条件を了承した。あとはお前が決闘を受けるか否かだ、ロドリゴス」


 デカルトがマウロに尋ねると、彼の眉間はより一層歪んだ。


 「……受けるしかないだろ。貴族が決闘から逃げたとなれば、要らぬ誹りを受けるからな」


 その答えによって、マウロとアリスヒルデの決闘が確定した。

 デカルトはマウロの言葉に頷き、時計をしまうと両手を一度叩いた。


 「では、合意だ。勝敗や規則の執行は俺が務める。決闘方式は一般的なものを採用し、時間は十五分と定める。武器防具の無制限使用、中等以下の魔術使用を認める。勝敗はどちらかの降参宣言、俺が戦闘不能と認めた時、もしくは制限時間を超過した時に、どちらが有利だったかを俺が見定める」


 デカルトは手慣れた様子でつらつらと言い、その場に跪く。右手を地面へと押し当てると、何かを呟き出した。


 「溢れよ、守りの水。触れる者を覆え」


 魔術の詠唱だと気がつくと同時、私たちの足元から青色の水が溢れ出す。その水はまるで、意思を持つかのように私たちのつま先から這い上がり、驚いている間に全身を包んだ。すると水は色を失い、見えなくなる。

 周りを見ると、皆一様に驚いており、遠巻きに私たちを見ている者たちも同じだった。


 「この運動場に備えられた、守護の被膜だ。身体の損壊、切断や即死級のダメージを軽減する。殺し合いでないことはお互いわかっているだろうが、念の為だ」


 痛みは軽減できないので覚悟しておけ、とデカルトは付け加える。

 そして彼は立ち上がると、周囲の生徒に向かって声を張り上げた。


 「今より二十分は自由時間とする! 決闘を観戦したいのであれば、入口にある階段を使って二階へと上がれ! 観戦しないのであれば運動場を出て、好きに行動して良い!」


 それを効いた生徒たちは顔を見合わせ、少し話をすると入口へと移動していく。


 「僕たちは観戦しよう。見届けなければならない義務がある」

 「そうだね……フィリアちゃんは?」

 「……私も残る。見なきゃいけないし、それに……」


 私はアリスヒルデを見る。

 彼女は無表情のまま私を見ており、何を考えているかわからない。

 銀色の瞳を見ていると、心を見透かされているような感覚に陥り、私は視線を逸らした。視界の隅で、彼女が首を傾げているのが見える。


 「……行こう」


 私は二人に声をかけ、入口を目指し歩き出す。



―――☆☆☆―――



 「さて」


 私たちは運動場の二階、中央部をぐるりと囲っている観覧席へと座った。石造の席は固く、座り心地は悪い。

 隣で呟いたオルは、中央を見ている。私もそれに倣って見てみれば、マウロとアリスヒルデが向かい合って立っており、その二人の間にデカルトが立っている。


 「マウロの獲物は、やはり剣か」


 左隣でそう溢したオルの声は、少し苦々しげだ。

 マウロの左腰には少し汚れた両刃剣が差され、体は服の上から革製の簡易的な鎧が着けられている。


 「ローデンバルトは……無手? 魔術師なのか?」


 対してアリスヒルデは何も持っていない。ただそこにじっと立ったままだ。

 ただでさえ小さい姿が、相対するマウロと比較されることでより小さく、弱々しく見える。


 「……その名が本物で、関係者なら剣を得物にしてそうだけど……」


 私の右に座るレミィは真剣な声でそう呟いた。

 そう。彼女の言う通りだ。

 何故ならその名は、


 「ローデンバルト。“英雄”グリムヒルトと同じ家名だ。少なくともその家名を名乗る者を、他に知らない」


 オルの言葉にレミィは頷く。

 グリムヒルト・ローデンバルト。私を救った、私の夢そのもの。聞き間違いではないはずだ。


 「フィリアちゃんはあの子と知り合いなの? さっきその……普通の間柄とは考えられないことを……」


 レミィが顔を赤めながら私に尋ねる。私はその言葉に首を振り、否定する。


 「“英雄”は知ってるけど、あの子は知らない。だから私自身も驚いたよ」

 「そ、そうなんだ……」


 そうは言ってもアリスヒルデの言葉と行動は、私のことを知っているようだった。彼女が言っていた、私を探していた、というのも気になる。

 一度見れば忘れないような容姿をしているので、おそらく私が忘れていると言うことはないだろう。


 自分の唇に指先で触れ、先ほどの感触を思い出すと頬が熱くなる。口付けなんて、今までしたことなかった。親愛の印として、または挨拶程度に頬へしたこともされたこともあるが、唇は無い、


 「……貴女は、一体……」


 私が呟くと同時に、デカルトの右手が上がった。


 「これより、マウロ・ロドリゴスとアリスヒルデ・ローデンバルトによる決闘を行う。決闘の進行と結果の判定はこの私、デカルトが務めさせて頂く。双方、相対する者へ何を求めるか」

 「マウロ・ロドリゴスはアリスヒルデ・ローデンバルトに求める! 我が前に跪き、己の働いた無礼を全て、謝罪して貰おう!」

 「……フィリアに、謝って」


 おそらく魔術によって、運動場全体に聞こえるよう調整された三人の声が響く。

 お互いに要求するものは謝罪。

 二人は対面し、お互いを見つめ合う。


 「要求は俺と、この場にいる者が確かに聞き届けた。決闘が終結次第、速やかに実行されるだろう」


 デカルトが二人を見る。

 響いた自身の声が収まるのを待ち、彼は続ける。


 「では双方、“構えッ(フェイス)”!」


 その言葉で動いたのはマウロだ。腰に差された剣を右手で抜き放つと、剣の柄を両手で握り締め、構える。

 対してアリスヒルデは動かない。ただそこに立っているだけで、何かを取り出すことも、構えることもしない。

 その対照的な二人を見て一拍置き、デカルトは動いた。


 「――“始めッ(コンフリクト)”!」


 掲げられた右手が下ろされ、同時に決闘の火蓋が切られた。

 お互いの誇りと望みを賭けた決闘が、始まる。

お読みいただきありがとうございます。

次話の投稿は十二時を予定しております。

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