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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第一章 学園の始まりと少女たちの出会い
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第1話:目覚めの朝

 「……ん……」


 目を開けるとそこには天井が広がっていた。枕元の窓からは優しい日の光が差し込んでおり、私はその光の眩しさに目を細める。光と共に感じるほのかな暖かさは気持ちの良いものだった。


 しかし、決して良い目覚めではない。むしろ最悪と言えるだろう。


 亜麻布の丈の長い寝巻きは汗でぐっしょりと濡れており、布が肌に吸い付いて気持ちが悪い。それに加えて落ち着かない心臓の早鐘が、更に不快感を加速させていた。


 悪夢としか呼べない夢の内容は、はっきりと覚えている。当然だろう。あの光景は夢で見たが、それ以前にこの目で、現実で見たものなのだから。


 それでも私の心が一定の落ち着きを保てているのは、おそらく慣れてしまったからなのだろう。


 「最近は、少なかったんだけどな……」


 掛けられた薄めの掛け布団をどかし、ベッドから出る。額に張り付く髪に新たな不快感を感じながら、指先で髪を払いながらため息をつく。


 夢の出来事は、今から十年も前に起きたことだ。しかし、二年ほど前まで毎日夢で見てしまうほどに、私の中であの炎の景色は大きなものだった。

 人間というのは不思議で、そんなものを毎日見ていれば次第に慣れてしまう。悲鳴と共に突然目を覚ましてしまっていた頃が懐かしく感じる。

 ただそれでも、こうして体に反応がしっかり出てしまうわけだが。


 「……お湯、貰いに行こう」


 このまま汗に塗れた体でいれば、いくら春の陽気で多少暖かさを感じるとはいえ、風邪を引いてしまうだろう。寝巻きから着替えをするついでに、体を綺麗にしたい。

 そう思った私は、体を拭くためのタオルと着替えを持って部屋を出た。



―――☆☆☆―――



 部屋を出ると見慣れた廊下に出る。綺麗な白い石造の廊下だ。素足で歩くと、ひんやりとした冷たさを感じる。火照った今の私にとっては、少しだけそれが気持ちよく思えた。

 部屋を出ると左奥へ進み、左手側にある階段を降りる。すると広い空間へと踊り出た。その空間は高い位置に設けられた大きなステンドグラスを通して、色とりどりの光が差し込んでいる。木製の横長の椅子が大量に並べられているが、そこに座る人はおらず、静まり返っている。


 ここはアルビス教と呼ばれる国教の教会で、この空間は聖堂だ。十年前に両親と家を失った私が引き取られた場所であり、生家よりも長く過ごした場所だ。

 数人のシスターと一人の神父によって運営されており、皆で暮らしている。


 この広い聖堂の端の方には跪き、熱心に祈る女性の姿があった。丁度良かったと私は思い、彼女に近付く。


 「ミリ姉、おはよう」

 

 そう話しかけるとミリ姉と呼んだ彼女はゆっくりと立ち上がり私の方へと向いた。彼女は真っ白な修道服を整えると、その栗色の瞳で私を真っ直ぐ見つめる。


 「フィリア、おはようございます。普段よりも早いですね」


 無表情で一礼しながらミリ姉――ミリア・ロンドはそう言う。

 彼女はこの教会のシスターであり、私にとって姉と言える存在だ。年齢は私より十ほど上で、普段から表情が変わることのない敬虔なシスターだ。無愛想で切れ目から近寄りがたい雰囲気があるが、実際は思いやりのある素敵な女性で、私は親しみを込めてミリ姉と呼ぶ。


 彼女は顔を上げ私を再度見ると、ああ、と一人納得するように呟いた。


 「先に洗面所へお行きなさい。少ししたら私も行きます」

 「ありがとう。助かるよ」


 彼女は頷くとまたその場に跪き、礼拝を再開した。その姿を見た私は洗面所のある方へと進む。

 程なくして洗面所の前へと着いた私は扉を開け、中に入る。壁に貼られたタイルが朝日によってキラキラと光っており、どこか静謐さを感じさせた。


 私は近くの棚に着替えとタオルを置くと、寝巻きを脱ぐ。少し冷たい空気が肌に触れ、身震いする。

 脱いだものを棚の隣に置かれた大きめのバスケットに入れる。その際、ふと部屋の片隅に置かれた姿見が視界に入り込んだ。

 姿見は高級品だ。というより鏡というものは買おうとすれば中々高い。そんなものが何故ここにあるかと言えば、数年前、ミリ姉がある貴族様から貰ってきたのだ。


 『新しいものに買い換えるということで、不要になったそうです。これでフィリアも身嗜みを気にすることでしょう』


 当時、ミリ姉が私にそう言ったのを思い出す。正直着れさえすればなんでもいいと言うのが、その頃から変わらず思っていることだが、彼女は意外と気にするらしい。本人はシスターである以上、清貧を尊ぶために私服などを持たないが、代わりに私にお洒落をさせるのを楽しんでいる節がある。


 そんなことを考えながら姿見に近寄ると、この鏡面に私の姿が現れる。

 濡羽色の髪は肩に掛かる程度の長さで、少しクセがあるのが少し難点だ。瞳も黒く、この近辺では中々見ない色らしい。背丈は年相応より、少しだけ高いだろうか。体格は普通。太り過ぎず痩せ過ぎず。

 胸は無い。残念ながら平坦だ。ミリ姉、というよりこの教会に住むシスターはなんと言うか、恵まれているので毎日比較されている気分になる。まあいずれ、育つ時が来るだろう。

 自分の姿で特筆すべきは他にある。


 背中の傷だ。


 左肩から右の脇腹までを真っ直ぐ繋ぐように、その傷は今もある。幅は指二本分くらいだろうか。

 今朝の夢と傷。普段はあまり気にしないようにしているが、今日はとても感じる。

 あの日の出来事を、鮮明に思い出せる程度には。


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