表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第一章 学園の始まりと少女たちの出会い
19/96

幕間:小さな祝宴

ミリア視点の短話になります。

 「さて……」


 フィリアを見送った私は、彼女が使っていた部屋を訪れていた。

 物のなくなった部屋を見回すと、何か胸に込み上げるものがある。


 「おや、珍しい」


 ベッドを見ると普段と違い、綺麗に整えられている。その上には脱いでいった寝巻きが置かれ、それも畳まれていた。


 「学園でもこの調子でいれば良いのですがね」


 思えば、教会に来た頃はしっかりしていた気がする。私の中の幼いフィリアは、物静かで礼儀正しく、整理整頓のできる手のかからない子だ。

 それがいつしか面倒臭がりになったのは、何がきっかけだろうか。もしかしたら元々の性格が、生活に慣れて表面化したのかもしれない。

 だとしたらそれは良いことなのか。それとも私が気にしすぎなのか。


 「やっほ。やっぱりここに居たのね、ミリア」


 そんなことを考えながら掃き掃除をしていると、背中に声をかけられた。言葉遣いと声質から、その人物が誰かはすぐにわかる。


 「ララ、何か用ですか?」


 教会の悪戯三姉妹の長女、ララだ。いや正確に言えば彼女とその妹であるリーシャが主導で、巻き込まれたルゥという構図だろう。


 私は一旦手を止め、ララの方へと向く。

 彼女はにやにやと頬を緩ませており、左手に白い陶器製の水差し、右手に同じ柄のグラスを二つぶら下げていた。その姿から彼女が何かを企んでいるように見えた。


 (フィリアの雑さや面倒臭がりなところは、ララの影響かもしれませんね……)


 私はそう思い、ため息をつく。

 その様子を見たララが口を尖らせながら、私に歩み寄る。


 「なぁに? 美女の顔見てため息なんて。幸せが逃げちゃうわよ」

 「失礼。貴女に対してではなかったのです」

 「何よもう、相変わらずお堅いんだから」


 そう言ってララはベッドに座ると、枕元の棚に手に持ったそれらを置いた。私はそれを横目に、掃き掃除を再開する。

 足を組み、膝に肘を付けて手を台座に顎を乗せると、わたしをじっと見つめる。


 「……なんですか?」

 「いやぁ、てっきり落ち込んでると思ったんだけどねぇ」


 彼女は棚に置いた水差しを手に取り、グラスに中身を注いでいく。流れ出る液体は、何やら深い紫色に見えた。


 「ララ」

 「なぁに? ミーちゃん」

 「その呼び方はやめてください。それよりも貴女、こんな時間になんてものを飲んでるんですか」


 紫色の液体から熟成された葡萄の香りと、ほのかな酒精特有の匂いを感じる。

 その液体の正体は葡萄酒だ。

 他の宗教の一部では禁止されているそうだが、私たちの信仰するアルビス教に置いて酒は問題無い。

 問題無いのだが……


 「まだ九時ですよ? この後の勤めはどうするのですか」

 「記念すべき日に働くなんて、勿体ないじゃない」


 彼女は笑いながら、葡萄酒が注がれたグラスに口を付け傾けると一口飲む。

 ほんのりと朱色に染まった頬をにやつかせながら、ララは私に話しかけた。


 「ミーちゃんもどう?」

 「だからその呼び方は……遠慮します。掃除中ですので」


 ララは私の答えに満足しなかったのか、唇を尖らせまた一口飲む。


 「“汝、幸福を享受せよ。幸福を分け与えよ”って言うじゃない?」


 経典の一部を引用し、ララはそう言った。

 私は手を止め、彼女を見る。


 「……それが、飲酒と何の関係が?」

 「フィリアは希望と共に旅立った。希望とは幸福の一つであり、私はその幸福を分けてもらってるの」

 「……それで?」

 「私は今幸福なので、それをミリアに分け与えようとしてるのよ」


 なるほど、全くわからない。彼女の言っていることは解釈でしかない。


 「まあ本音を言えばお酒を飲みたいのと、単純にフィリアの門出を祝いたいのよ」


 私の呆れた顔を見て、ララは最後にそう溢した。

 その顔はにやついたものではなく、慈愛に満ちた優しいものだ。


 「……はぁ」


 私はその顔を見て、すっかり毒気を抜かれてしまった。自分に正直なのは、時に卑怯な気がする。


 手に持った箒を壁に立て掛け、ララの隣に座る。ベッドの柔らかな感触と弾力を感じる。


 「お?」

 「どうしたんですか? 一緒に飲むのでしょう?」

 「あ、いや、良いの? マジ?」

 「言葉遣い。見つかったら貴女のせいにしますからね」


 ララは私の言葉を聞くとぱあっと顔を明るくし、もう一つのグラスに葡萄酒を注いでいく。

 満たされたグラスを手渡され、私はそれを一気に傾ける。喉を熱い感覚が通り過ぎ、鼻腔を芳醇な香りが満たす。

 五回ほど喉を鳴らせば、グラスは空となった。


 「……昔から良い飲みっぷりよね、意外と」

 「嫌いではないので」


 空になったグラスを差し出すと、ララは再び葡萄酒を注ぐ。


 「昔は夜、他の子達の目を盗んで私の部屋で飲んでいたわねぇ」

 「おかげで当時の先輩たちに怒られたのが八回、エドガー神父には十三回怒られました」

 「……よく覚えてるわねぇ……」


 次の葡萄酒はゆっくりと飲む。

 まだ午前中ということもあり、窓の外から差し込む陽光が少し眩しい。

 葡萄酒によって徐々に体が火照っていくのを感じ、私は胸元を緩める。


 「寂しい?」

 「当たり前です。誰よりも可愛がっていたのは私ですよ」

 「素直ねぇ」


 一気に飲み干したのが効いたのか、本音がすんなり吐き出せる。

 寂しいに決まっている。十年だ。あの子を一番そばで見守っていたのは誰でもない、この私なのだ。

 私は隣に座るララの肩に頭を乗せる。目の奥が熱を持ち、視界が潤む。

 その様子を見たララは私に体重を預け、片手で私の背中を撫でる。


 「泣き虫なのは変わってないのね、ミーちゃん」

 「……昔の呼び方はやめて」


 ララと私は七歳からこの教会に住んでいる。お互いそれぞれの理由があり、預けられたのだ。

 かれこれ十八年も一緒に過ごし、今ではシスターの中で最年長として下の子たちへ指導を行なっている。

 気心の知れた友達。それが私たちの関係性だ。


 「学園でひとりぼっちにならないかな」

 「フィリアは人見知りをしないわ。大丈夫」

 「いじめられないかな」

 「芯の強い子よ。むしろ跳ね除けてしまいそう」


 私の不安を、ララはひとつひとつ解消するように答えていく。


 「……妹って、こんなに大事なのね」

 「そうよ。気付いた?」


 私はその問いに頷く。

 私の心の中、その多くがフィリアで満たされていた。強がって、お姉さんぶって見送ったが離れたくないのは私の方だったのだ。

 彼女も同じ気持ちなのだろうか。確かめようのない疑問だが、確かなことはある。

 フィリアは、自分の夢のために歩き出した。ならば私はその背中を押すことはしても、引くことをしてはならない。


 溢れそうになる涙を堪え、私はララから離れる。


 「……ありがとう、ララ」

 「どういたしまして。さ、飲みましょう」


 いつの間にか空になったグラスに、また葡萄酒が注がれていく。

 満たされたそれを持ち上げると、ララは自分のグラスをこちらに差し出してきた。


 「旅立つ家族に!」


 私も同じようにグラスを差し出すと、ララはそう言いながらグラス同士を軽くぶつける。陶器特有の音が、がらんどうの部屋に響く。

 グラスの中の葡萄酒を一口、飲んだ。そして私たちはフィリアの昔話に花を咲かせる。


 「そういえばあの子、一回だけおねしょしたの覚えてる?」

 「……私、それ知らないんですけど」

 「……あー、口止めされてたんだった」


 まさか知らない話から始まるとは。

 私は苦笑しながら、口元が緩むのを実感した。


 そして私たちは、たまたま部屋を訪れたエドガーに見つかり、笑顔のままの彼から叱られるまで、小さな祝宴を開くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ