第17話:視界の中の赤と銀
第三運動場は外見から分かる通り、円形の巨大な建造物だった。
中央は床のない、地面を剥き出しにした状態でその周囲をぐるりと壁が囲う。壁の上は人が座れる石製の座席がいくつも備えられ、どこに座っても中央が見れるようになっている。天井は座席部分のみ設けられており、中央部は晒された状態だ。
「本で西の国に、こんな感じの闘技場があるって読んだことあるかも」
隣でレミィが天井のない、剥き出しの空を見上げながらそう言った。
第三運動場には教室で見掛けた生徒が既に数人集まっており、それぞれのグループで纏まっている。
見回すと、先ほどのマウロたちがいない。私たちの前を歩いていたので、先に着いていると思ったのだが、どこへ行ったのだろうか。
「身体能力測定って、何やるんだろう」
「兄から入学初日の話を聞いたが、試験時の適性検査と同じことをするらしい」
ああ、それなら覚えている。大まかに三つの検査内容だったはずだ。
ひとつは魔力の属性検査。魔力には各個人に、基本となる六属性が生まれつき備わっているとされる。六属性の内訳は火、水、風、地、光、闇であり、大自然の摂理と対応していると考えられる。
大地に生命が宿り、それらは風によって世界に広げられ、水によって生命は育ち、火によって終わりを迎える。終わりを迎えた生命は大地へと還り、新たな生命へと姿を変えて、風に乗るのだ。そして世界中は太陽の光で隙間なく照らされ、月の支配する闇によって休息を得る。
つまりこの世界の生命は全て、生きている以上はこの摂理のいずれかに特化し、その結果魔力に属性が現れる、というのが魔力属性の概念だ。
かなり宗教感の強い話だが、それもそのはず。この概念はアルビス教の教えにあり、教えを元に作られた概念とも言われている。
概念だけだと確証のない話ではあるが、実際魔術への適性という形で裏付けがされている。
火属性の魔力を持つ者は火を操る魔術が得意になり、水属性は同様に水の魔術が得意になる。そういった具合だ。
私の場合は水属性への適性が最も高く、他は軒並み低いため水属性の魔力を持っていると言って良い。
適性検査の話に戻ろう。
もうひとつの検査は魔術適性だ。
これはとても簡単で、魔術を扱えるかどうかの検査になる。基本的には確認の意味合いが強く、私のように魔術を扱えないというのは珍しいと同時の検査官は言っていた。ちなみに、そこで魔術のどの工程で適性が無いかが判明した。
そして最後に基礎能力の測定。これは単純に、体力や筋力といった人間の基礎能力を測るもので、そこで出た数値によって、学園でどういった授業が受けられるかの基準となる。簡単に言えば、肉体派か頭脳派かといった具合だろう。私はどちらも同じぐらいで、数値的に見れば平均値ギリギリだと言われた。
入学試験の時と呼び方が違うのは、試験的意味合いを含むかどうかなのだろうか。
「子供はすぐに成長という名の変化をする。試験から半年も経てば、学園側としても確認せざるを得ないだろう」
「魔力属性は特にそうだね。だいたい十八歳で確定するって言われるくらいには、変化するらしいし」
知識人が近くにいて助かる。
となると、成人を迎えている新入生は、これから行われる検査を免除されているのだろうか。
私たちはそんな話をしながら、デカルト先生の到着を待つことにした。
―――☆☆☆―――
「――貴様ッ!!!」
十数分ほど三人で喋っていると、運動場の入り口の方から怒号が聞こえた。
「あれってさっきの……」
レミィがそう言いながら指差した先に、四人の人影がある。
四人のうち三人はマウロと彼についていた二人の男子だ。その三人で一人を囲っているように見える。
よく見てみれば囲われているのは、焦茶色のローブを着たあの子だった。
周りの生徒も気付いたようで、運動場は少しざわつき始める。
「只事では無さそうだな」
明らかに普通ではないその光景を、私たちは遠巻きに見ていたが、オルのその一言でレミィが走り出した。
私とオルはレミィの行動に驚きながらも、後を追いかける。
「貴族に対し、その態度は何だと言っているんだ!」
「……」
近付いてみるとその会話の内容が聞き取れる。会話と言ってもマウロが一方的に捲し立てているようで、ローブの子はマウロの顔を見ながら黙りこくったままだ。
「やあマウロ。一体そんなに声を張り上げてどうしたんだい?」
四人の元へ走り寄ると、オルがマウロに話しかけた。
マウロはオルに体を向け顔を見ると、舌打ちをする。その間にレミィが三人の輪へ割り込み、ローブの子とマウロの間に立った。
「オル、君か。父上から君も学園に来る話は聞いていたが、相変わらずヘラヘラと笑っているんだな」
「笑顔は大事さ。商人は第一印象が重要だからね。君も商人の一人なら、わかっているだろう?」
お互いに牽制し合うような話に、仲が悪いと言っていたのは本当のようだ。
オルはマウロに言われたように笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。敵意の含んだ表示をしている。
「さ、三人で囲って怒声を浴びせるなんて、貴族として恥ずべきではないでしょうか……!」
「……金髪に碧眼、それに腰の紋章は、レオンゴルド家のレミオレッタ嬢か。いやなに、立場のわからぬ平民に教育を施していただけですよ」
声を震わせながら糾弾するレミィを横目に見たマウロは、さも当然の行為をしたまでだと言わんばかりの態度で反論する。
「教育だなんて……! ここはアルビオン学園です! 王の名において身分関係無く、生徒として学園にいる以上はお互いを対等に扱うべきです! 教育は必要であれば教師が行うことであり、貴方がそれを行う必要はありません!」
「必要な教育が行き届いていなければ、我等貴族が責任を持つべきでしょう」
レミィの瞳は怒りに満ちており、マウロを睨みつけながらそう言うと、彼は呆れたような声で返した。
「一旦二人とも落ち着きましょう。冷静にならなければお互い平行線のままで、決着はありません」
このままレミィが続けても、おそらくお互い納得しないままだ。初日からトラブルなんて、教師の目から見れば厄介ごとでしかない。
私はそう思い、二人の会話に横入りする。
するとマウロが私を睨み、そばにいた取り巻きだと思われる男子が彼に耳打ちする。
「……ははっ! まさか本当に居るとはね!」
マウロは手を叩き笑いながら私を指差した。
なるほど、耳打ちの内容に予想がつく。
彼は私を舐め回すように見ると、口元に手を当て笑いを堪えながら私に言った。
「お前のことも聞いているぞ。まさか本当に修道女の真似事をしているとはね!」
彼は前屈みになり、私の顔を覗き込む。
そばにいるレミィが何かを言っているが、少しの間聞こえないふりをする。
「神から与えられた死を乗り越えたお前が、神に祈る側になるとは、何とも傑作だ! 本を書いた方が良い!」
そうすれば、と彼は一拍置いた。
「――無駄に死んでいった者たちに、無意味に生き長らえてしまったことへの謝罪の花ぐらいは買えるだろうな! “陽炎の少女”、フィリア・アスファロス!」
それまで、私は無関心だった。エドガーに伝えた通り、多少傷付いたとしても気にするつもりはなかった。
だが、彼は言った。
父と母の死は無駄だったと。私の十年間は無意味だったと。
私はその言葉を聞き、視界が真っ赤に染まる感覚を得た。チリチリとした火種の音が、耳の奥で木霊する。
彼は、マウロは、こいつは、この“敵”は。
赦してはいけないのだと、心の中で小さな私が泣き叫んでいる。
「フィリアちゃん駄目ッ!」
「フィリア!!!」
無意識に剣の柄に手が伸びた私を、レミィとオルが制止する。しかし、私は止まれない。私の中の私が止まることを、赦していないからだ。
大丈夫、習った通りに振ればいい。
抜いて振る。目の前の敵は武装もしていないから、それだけで決着はつく。
大丈夫、何も問題は無い。
私は、剣を握った。
「――あなたが、フィリア?」
その瞬間、私の鼓膜に鈴の音のような声が響いた。そして私の真っ赤な視界の中に、焦茶色のローブが現れる。
「ようやく、見つけた」
鈴の音がまた聞こえる。
音の出所を辿れば、それはローブの奥からだと気付く。
私の中にいる、幼い私が遠くなる。同時に、視界が正常になっていく。
ローブの人物はゆったりとした動きで、私の前に立ち、深く被ったそのフードを取った。
フードの奥に隠していた銀色の髪が、空で踊る。その髪を“彼女”が両手で払うと、膝裏まで伸びた綺麗な銀髪がその全貌を見せた。
閉じられた瞼がゆっくりと開き、その隠された瞳が私を射抜いた。透き通るガラスの様な銀色の瞳は、私の姿を捉えており吸い込まれそうな感覚を得る。
(まるで、人形みたい)
私が“彼女”に抱いた印象は、それだった。
店頭に飾られた、美しい人形。それが目の前に現れた様な錯覚。
“彼女”はその小さな両手を伸ばし、私の頬を優しく包みながら薄桃色の唇を開く。
「私は、アリスヒルデ・ローデンバルト」
少女は鈴の音の様な綺麗な声で、そう名乗る。
私はその名前を知っている。目の前の“彼女”のことは知らないが、ローデンバルトという名は、しっかりと心に焼き付いている。
炎の中に立つ、あの“英雄”の姿が鮮明に蘇る。
驚く私の頬を包んだまま、彼女はゆっくりとその顔を近付ける。
瞬間、私の唇に柔らかい何かが触れた。
「あ、え、は、なに!?」
私は彼女から飛び退き、右腕で口を拭う。
何が起きたかはわからないが、予想はつく。
突然彼女が私の唇を奪ったのだ。
顔が熱い。燃える様な熱を感じながら彼女を見ると、彼女は無表情のまま、そこにいた。
戸惑う私を一瞥すると、彼女はマウロに体を向け、その口を開いた。
「お前は、フィリアを傷付けた」
「な、何……?」
様子を見ていたマウロは驚きつつも、彼女に答える。
すると彼女は懐から何かを取り出し、彼の胸に叩き付けた。その正体は、白い手袋だ。
突然の出来事に私の思考は止まりかけるが、何とか正常に状況を処理する。
手袋を投げつける意味。それは一つしかない。
「私と、“決闘”しろ」
彼女は眼を丸くするマウロを尻目に、言葉を放つ。
私はただ、呆然と、その様子を見ていることしかできなかった。
――これが私と、彼女の出会いだ。
そしてこれから起きる沢山の出来事と、日常を、私は彼女と過ごしていくことになる。
それは時に楽しくもあり、苦しくも悲しくもある。
だが、その全ては無駄などでは無く、輝かしい宝物だ。
だからこそ、私はこの物語の書き出しを、こう記す。
――これは“英雄”に憧れた何も才能が無い私が、運命と出会って変わっていく、“英雄譚”の序章である。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第一章、終幕となります。
次章『第二章 “英雄”の娘は学園で舞う』をお楽しみください。




