第16話:レミィとオルの夢
「いやはや! まさかお二人のお役に立てるの機会が、こんなに早く来るとは!」
仰々しく前髪を揺らしながら、キラキラした何かを散らすのは前を歩くのはオルだ。私たち二人はその一歩後ろを歩いている。
デカルト先生が出て行った後、第三運動場とはどこにあるのかさっぱりだった私たちは、ダメ元でオルに尋ねてみた。すると彼は事前に校舎内の地図を手に入れていたようで、快く案内してくれると私たちに言ったのだ。
「ありがとう、オル。それにしても地図なんてどこで?」
「以前、兄がここに通っていてね」
兄から貰ったんだよ、と彼は手元の羊皮紙を見せた。覗いてみると簡易的ではあるが、校舎の各階層ごとに何があるのかが描かれている。
「オルさんにはお兄さんがいるんですか?」
「ええ、昨年の卒業生でしてね。今は見識を深める為、行商人として世界中を旅しているんですよ。あと僕のことはオル、と。畏まらなくて結構ですよ、レミオレッタ嬢」
彼は振り向き後ろ手に歩きながらレミィに答えた。レミィは少し困ったように、でしたら私にも敬語は、と呟いていたがどうやらオルには聞こえなかったようだ。
不思議そうな顔をしたオルに、私が代わりに伝えることにする。
「レミィは、でしたらオルにも気軽に喋って欲しい、と」
「おお、これはすまないことをした。いかんせんレオンゴルド家となれば、身が引き締まる思いでね。しかも、なんといっても美しい。男であれば緊張の一つもするというものさ。もちろん君に対してもね、フィリア」
一つ答えればその十倍は返って来そうだ、と私は思った。まあ綺麗だとか美しいとか言われること自体に嫌な気はしない。彼の場合は誰にでも言ってそうではあるが。
「ではレミオレッタと呼ばせて頂こう。不快であればいつでも言ってくれ」
「いえ、じゃない。ううん、大丈夫。ありがとう、オルくん」
「ははは! 何も問題ないとも! しかし、まさかレオンゴルド家の御息女と知り合った、などと父に聞かせれば驚かれるに違いない!」
声を上げながら笑うオルを見て、私たちは顔を見合わせ苦笑する。
彼は前へ向き直ると話を続けた。
「親交を深める為に、二人は何を学びに来たのか尋ねても良いか? フィリアは見たところ、剣術だろうか」
私の腰に納められた剣を見たのだろう。
「その通りだよ。あとは基本の学術とかかな」
「あ、そう! すごいんだよフィリアちゃんは! なにせあの“剣帝”様のお弟子さんなんだよ!」
私が頷きながら答えると、隣のレミィが何やら自慢げに付け加えた。たった昨日からなので、そこまで大々的に言われると実力を見られた時が怖い。
「おお、美しきフィリアの正体は勇ましき剣の乙女だったか!」
彼は私たちに背を向けたまま、両手を横に広げそう言った。恥ずかしい。恥ずかしさで顔が熱くなる。
「レミオレッタは何を? 多少想像はつくが」
彼は両手を下ろすと、視線だけ振り向きながらレミィにそう尋ねた。私にも想像できるが、どうせなら聞いておきたい。
「魔術全般かな……できれば開発とか研究の方を強めに勉強したいんだ」
「なるほど、魔術を使う者ではなく、魔術の真奥を目指す者か。印象だけで申し訳ないが、机上で戦う姿がよく似合いそうだ」
オルの言葉に私は頷いた。彼の言う通り、雰囲気的には彼女にぴったりだと私も思った。
実働系よりも机でその頭脳を使う方が、彼女の性に合ってそうだ。
「僕は経済や物流といった専門的な知識を学びに来た! なにせ将来は商人だからね! ……と、言いたいが」
彼はそう言って、一拍置いた後に小さな声で私たちに言った。
「僕はね、冒険者になりたいんだ。それだけじゃない。世界中で見聞きしたものを、本として書き記し、沢山の人々に世界を伝えたいのさ」
それまで見せていた軽薄そうな態度は身を潜め、彼は優しげな表情を見せながらそう語った。
「幼い頃に読んだ本、そこには世界が広がっていたんだ。王国の外、海の向こう、山の果てには想像できない何かがあるのだと。僕はそれ以来、“外側”に憧れてね」
親不孝と笑ってくれ、と自嘲気味に笑った彼の姿がとても印象的だった。
彼は思っていた以上に純粋で、ロマンを追い求める人物なのかもしれない。
「わ、私は笑わないよ……だって私も、本当は旅とかしてみたいし……」
少し目を伏せながら恥ずかしそうに、レミィはオルにそう答えた。
旅人や冒険者はこの世界において、憧れの職であると言える。昔、ララも冒険者になりたいと駄々を捏ねた話を、ミリ姉から聞いたことがある。
世界には未知が未だ多くあり、自分の知らないことやものを見聞きするのはきっと楽しいだろう。
だがその分、非常に危険性の高い仕事だ。依頼や旅先で魔物に遭遇なんて想像に難くないことだし、未開の土地を歩くことさえ危険な行為だ。
私の近くにいるこの二人は、貴族の息女に商会の男子だ。自身が家にとって大事な存在であることは、重々承知だろう。
だからこそ、言い辛そうにしているのだ。
「お互い、自身の生まれが違えば叶う夢だね。ああ、こう言うとフィリアに失礼か」
「気にしなくて良いよ。夢は……すごく、すごく大事なものだから」
申し訳なさそうに言ったオルに、私は答える。
夢の大切さは身に沁みて理解している。だからこそ、私は彼らにこう言うのだ。
「諦めなければ、きっとその手は届くよ」
それはまるで、自分に言い聞かせるようだった。
―――☆☆☆―――
その後、私たちは他愛のない話をしながら第三運動場を目指し歩く。
玄関から外に出てすぐ右に曲がり、校舎伝いにしばらく歩くと校舎の端に着く。そこからさらに右へ曲がると、奥に円形の建物が見えた。学園の門から見た時には気付けなかったが、おそらく校舎の陰になっていたのだろう。
「正面のあれが第三運動場だ。ここからはまだ見えないが、僕たちから見て右に第二、第一と運動場があるようだ」
オルが地図を見て、第三運動場を指差しながら私たちに言った。
第三運動場は簡易的な設備しかない総合的な運動場であり、その隣にある第二運動場が剣術などの武器を使った鍛錬場、第一が魔術専用の訓練場になっているとオルは語る。それぞれ用途が違うのはなぜだろうか、と三人で顔を見合わせた。
運動場への道のりには、何人かの生徒がいる。先ほど教室で見た面々だ。彼らの中に数人、オルと同じ地図を持っているのを見ると、地図自体はどこかで配布されているのだろう。
「……あれは」
オルが先ほどまでの明るい雰囲気とは違い、苦々しげな表情を浮かべながら一点を見ていた。
私は気になりその先を見ると、そこには三人の生徒がいる。
横に並んだ三人組、その両脇は中央で歩く人物に媚び諂っているように見える。何やら、あまり良い感じはしない。
「オルくん、知り合い……?」
「ああ、レミオレッタが知らないのは無理ないか」
隣で二人の会話を聞きながら、私はその人物を観察する。よく見れば左右の二人に比べて身なりが良い。というか、レミィと見比べても高級そうな服を着ている。“王の彩色”であるレミィよりもだ。
レミィから聞いた感じ、レオンゴルド家自体が己の威光を傘に着ない印象はある。だから他の貴族よりも、言葉が悪いが見劣りする格好をしていてもおかしくはない。
だが目の前の人物はそれを込みで考えても、あまりにも煌びやかすぎる。
「彼はマウロ・ロドリゴス。最近男爵を王より賜った、ロドリゴ行商会の御曹司だ。彼と僕は商売敵でね、あまり関係は良くない」
「ロドリゴス男爵……聞いたことないのは、本当に最近勃興したんだろうね」
レミィが知らないのであれば、当然私も知らない。ロドリゴス商会という名前からすれば、行商人として大成したのだろう。
「他人の陰口を言うと自身の格を下げるが、フィリア。一つだけ助言という名の陰口を許してくれ。貴族の仲間入りをしたと言うことで、彼の家はかなり幅を利かせている。それこそ平民を見下した発言を、商会の集まりでするようになった」
彼と話すことを禁止する資格は無いが、もし話すのであれば気をつけると良い。
オルは真剣に私にそう言った。
「……オルって結構、義理堅い?」
「商人の子だからね。信用と信頼、人情こそ我々剣を持たぬ商人の武器さ」
そう言って前髪を払う。またなんかキラキラしたものが見えるが、最初に比べて鬱陶しくない。
人というのは最初の印象からここまで変わるものなのか、と私は驚きながら彼を見た。
彼は私と目が合うとウインクした。
いやまあ、変わらないところもあるか。
私はマウロを見る。にやにやとし、どこか偉そうに感じるのは先入観だと思いたい。
お読みいただきありがとうございます。




