第15話:苦手な子、ローブの子
教室は扉から入った私たちの右手に教壇が一つ、左手に横に大きい机が六つ、それぞれに五脚の椅子が配置されていた。机と椅子がある床は段々になっており、一段につき二つの机が置かれ、合計三段となっている。廊下とは反対側の壁にははめ殺しの窓が造られ、日光をよく取り込んでいる。教室自体の広さはそこまでで、装飾も控えめ。廊下などと違ってあくまで必要最低限のものがある、といった印象を受ける。
席には既に何人かの生徒がついており、歓談する者から寝ている者、本を読んでいる者まで様々だ。
「どこに座れば良いのかな」
レミィが私に小さい声で尋ねると、手前の席に座っていた少年が立ち上がる。私たちが彼を見ると、彼は仰々しく一礼しながら近付いてきた。
「席は自由みたいだよ、お嬢さん方」
短めに切り揃えられた黒い髪をした彼は、レミィほどではないが高級そうな服に身を包んでいる。軽薄そうな笑みを浮かべる彼は貴族には見えないが、良家の出身だということはわかった。
「あ、ありがとう、ございます」
「なに、良い男というのは麗しき女性に優しくするものさ」
急に声を掛けられたので緊張したレミィが礼を言うと、彼は前髪を自分の手で払い、そう答えた。
何か、彼の周りがキラキラと光って見えるのは目の錯覚だろうか。
彼は髪を揺らしながらゆっくり私たちに近付くと、右手を差し出した。握手を求めているのだろう。敵意や害意は感じないが念のため警戒し、私はレミィの前に立つ。
「オル・ラパンだ。よろしく頼むよ」
「……ラパンというと、ラパン商会の?」
「お見知り頂き光栄だ。父も美しい女性に名を覚えてもらえたとあれば喜ぶだろう」
ラパン商会という名前は知っている。この王国内で多くの商店を営んでいる組織だ。比較的庶民向けの低価格を商材とし、日用品から食料まで手広く売っていたと記憶している。
おそらく彼は、ラパン商会を経営する一族の子供なのだろう。なるほど、身なりがいいのも納得できる。
「レミオレッタ・レオンゴルド、です……よろしくお願いします、オルさん……」
「おぉ! まさか“王の彩色”の金獅子の御息女様でありましたか! 王国随一と名高い魔術師の家系! であれば敬語も敬称も要りません。何卒、オル、とお呼び下さい」
「は、はい……」
レミィは差し出された手を取り握手をすると、困った表情で私を見る。押しの強い人物には弱いのだろうか。それとも異性とあまり喋ったことがないとか。いや受付の男性とは普通にやりとりしていた。となればおそらく前者が理由だろう。初対面で緊張しているのもあるだろうが。
オルは笑顔を絶やさぬまま、私の方を見る。なんだか眩しい。何か変な魔術でも使っているのか。
「申し遅れました。フィリア・アスファロスです」
「フィリアというのか! 家名に聞き覚えがないが、平民の出かな? いやなに、僕は身分など気にしないしこの学園において無用の長物。なにより美しい女性とあれば是非、仲良くしてくれると嬉しい!」
その勢いに気押され、私は一歩後ろへ引いてしまった。
軽薄ではあるが、根は多分悪い人ではないのだろう。悪い人ではないが、自分に正直過ぎる気がする。
私は彼の手を握りながら、笑顔を作った。引き攣ってしまっているだろうから、バレないことを祈る。
「失礼、あまり女性の時間を奪ってはならないと教えられている故、ここまでにしておきましょう。また機会があれば是非、紅茶でも飲みながら」
彼は私から手を離し、深々と一礼しながら私たちにそう言って、自身の元いた席へと戻る。
まるで嵐のような時間だった。
私が深く息を吐くと、レミィが周りに聞こえないよう小さな声で耳打ちした。
「私、こういった男性は初めてで……にが、いえ、得意じゃないかも……」
苦手、と言い切らないあたり、彼女の人の良さが垣間見える。
大丈夫、安心して欲しい。私も多分得意じゃない。
心の中で彼女にそう答えながら私は首肯し、彼女を連れて教室の奥へと移動する。
私たちは教壇から見て左奥、廊下側の一番後ろの席を陣取った。荷物を足元に置き、席に座る。教室の中で一番高い場所ということで、教室全体が見渡せた。二段下には先ほどの彼、オルが座っており私たちに手を振っている。
見たところ、席は埋まっていない。私たちを含めて十五人といったところか。
「見て、フィリアちゃん」
私の左隣に座るレミィが私をつつきながらそう言った。彼女の方を見ると一点を見つめており、私はその視線の先を見る。
そこには明るい茶髪の女子が座っており、一見なんの変哲もない。ふわふわとした長髪が気になったが、よく見れば気になるものがある。
頭頂部にピクピクと動くものがある。ピンとたったそれは、耳だ。人の耳じゃない。どちらかと言えば猫に近い。それに加えて、彼女の座る椅子の隙間から、細長い茶色の何かが見える。尻尾だ。
「私、獣人は初めて見た……」
この世界には人間以外にも数多の種族が存在する。動物や植物も含まれるが、人以外に知性を持った生物がいる。それらと人を区別するために亜人種と称され、中でも人と同じ姿形をしながらも、動物的特徴を持ったものを獣人と呼ぶ。
獣人は世界の中心にある大森林、“剣の森”と呼ばれる場所で生活しており、人と同じ知性を持ちながら肉体的に発達した身体能力が特徴だ。他の亜人種に比べてその気性はおとなしく、人類種との交流も多々ある。王都内で暮らす者もおり、私は南の商業区で見かけたことがある。
「貴族となると会える場所が殆どないからね。彼女たちは人類種のような身分制度がないから、貴族を嫌ってる節があるらしいし」
レミィは私の話に相槌を打ちながら彼女を見ていた。私はそれを途中でやめさせる。あまりジロジロ見ても失礼だからね。
しかし本当に多種多様、世界の古今東西からこの学園に来るのだと私は改めて実感した。
するとガチャリ、と音を立てながら誰かが入ってくる。
焦茶色のローブ姿、私たちの後に受付に来ていた人物だ。
あの時は遠目でだったのでよくわからなかったが、ローブの子は小さい。はたから見れば子供と思われても仕方がないほどだ。
加えて違和感だ。ローブの子は荷物を持っていなかった。寮に住まないとしても多少の荷物はあるだろうに、ほぼ無手、手ぶらだった。
そんな彼女にオルが近付こうと立ち上がる。女子じゃなくてもああやって挨拶に行くのだろう。意外と真面目だ。
だが彼は歩き出そうとしてその動きを止めた。同時に、彼の顔に焦りが見えるとそのまま席へと座った。
(お腹でも痛くなったのかな)
そんなことを私が考えていると、フードの子は教室をぐるりと見渡し、歩き始める。その子は私たちの座る席、その左隣である窓際一番奥の席へと座った。
(何かやってる?)
その子の歩いている姿や座った時の姿勢から、何かしらの体術や剣術といったものを習得しているような感じた。身のこなしが綺麗で、重心移動の丁寧さがそれを物語っており、興味が湧く。
「全員、揃っているな」
私がフードの子を見ていると、教団の方から渋い男性の声が聞こえた。
視線を移してみるとそこには、かっちりとした黒い服に身を包んだ男性がいた。年齢は三十代後半だろうか。
「一般的な教育機関と違って、入学式やらなにやらの煩わしいことはしない。時間の無駄だからな」
そう言って彼は私たちに背を向け、壁に設置された黒板へと書き込んでいく。黒板とはまた高級品を使っているな、と私は思った。
「今日からお前ら、ホワイトルームの“担任教師”を務めるデカルトだ。デカルト先生でもマスターでも好きに呼べ。担当教科は初等攻撃魔術と、魔術理論だ」
自身の名前を黒板に書くと私たちへ向き直り、彼はそう名乗った。
彼は教室内を見渡し、続ける。
「お前ら個人の自己紹介は省く。今日はこの後、身体能力測定だけで終わるから、その後にでも個人個人ですれば良い」
では十五分後に第三運動場集合、と最後に付け加え、デカルト先生は足早に教室を出ていった。
私とレミィは唖然としており、見渡せば多くの生徒たちも同様だった。
粗雑な人というのがデカルト先生に抱いた第一印象だった。
というか、
「第三運動場って、どこ……?」
隣のレミィが呟いた言葉と、全く同じ疑問を得ていた。
前途多難だ、と私はため息をついた。
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