第12話:貴族と平民
私はレミオレッタと住宅地を歩いていた。自分の荷物を右手に纏め、左手で彼女の引きずっていたカバンを持つ。中身が大分詰まっているのか、その重量は中々のものだ。一応普段から鍛えている私は、あまり気にならない。
ガラガラとカバンの車輪が転がる音が道に響く。
「すみません、アスファロスさん……運んでもらって……」
私の一歩前を歩くレミオレッタが、首を振り向かせながらそう言った。その表情は申し訳なさそうに暗いものだ。
「構いません。鍛えていますし」
「うぅ……」
今にも泣き出しそうなレミオレッタに、私はリーシャの姿を重ねた。というか彼女は私の想像する貴族像とはかけ離れ過ぎている。
貴族は王族と平民の中間に位置する身分であり、その主な役目は平民の守護と、王政の遂行である。そのため、平民には毅然とした身分差による態度を見せることが多いだろう。
何も偉そうにしろ、とかそういうのではない。だがその身分に合った言動や態度は必要だ。
確かエドガーが言っていたのは“高貴さと義務”だっただろうか。
それを前提に考えると、一平民である私を敬称付きで呼ぶことも、すみませんという言葉を吐くのも彼女の立場からすれば見合っていない。
(本人の性格によるところだろうけど)
元々腰の低い人物なのだろう。悪い気はしないが、一応ここは平民しかいない住宅地だ。故に私はわざと一歩後ろを歩いているわけで。
「レオンゴルド様。差し出がましいとは思いますが、私はただの平民でしかありませんので、その、敬称はやめて頂けると……」
「あ、ご、ごめんなさい。そうだよね、うん……」
また謝られた。
私は気付かれないようにため息をひとつつくと、どうしたものかと考える。
すると彼女は思い付いたように表情を明るくし、私に話しかけた。
「で、でも! あなたも学園の生徒になるんだよね?」
「ええ、今日からです」
私がそう答えるとだったら、と言って懐から一枚の羊皮紙を取り出し私に見せた。
なんだろうと思い読んでみれば、それは学園の概要だ。
「ここ、ここにね、“学園生徒である間、その身分に囚われる事はない”って書いてあるの」
なるほど、と私は合点が言った。
以前も述べた通り、学園には様々な身分、人種が通う。それによって学園内部でいざこざが起きやすい。それを学園規則として彼女が今読んだものを用意し、生徒であるなら身分とか関係ありません、と決めているのだ。
いざこざ以外にも受ける授業内容の均等化など、生徒の誰が受けても同じように育つよう配慮されているのだと思う。
「つまりね、私とあなたは同じってこと」
頓知というか、なんというか。
私は毒気を抜かれた気分になった。決して彼女に嫌な印象を抱いていたわけではないが。
彼女は良い子だ。悪い意味ではなく、貴族らしくない。
「……わかりました、私の負けです。レミオレッタ様」
「敬語も様もいらないよ、えと、フィリアちゃん」
「一応ここ平民区なので……」
気弱そうに見えて押しの強い子だ。そこだけは貴族らしい。
彼女は満面の笑みで私の隣を歩こうとするので、私はまた一歩後ろへと下がるのだった。
―――☆☆☆―――
「フィリアちゃん、あの教会から来たんだ。通りでシスターさんみたいな服を……」
私たちは歩きながらお互いのことを話す。と言っても基本的には私のことだ。聞かれるので仕方ない。
ちなみに立ち位置は隣り合わせ。私が折れた形だ。
「立場としてはシスターではありません。あくまで住まわせて頂いていただけです」
「そうなんだぁ……私は教会って行ったことないなぁ」
今度行ってみたいなぁ、と彼女は言った。休みの日、彼女を連れて行ったら皆驚くだろうか、なんてことを思ったが、そんなことをしたらミリ姉が黙っていないだろう。やめておくことにする。
ちなみに、私の敬語は学園までの道のりの間は許してもらった。学園に入れば敬語を許されないとのことだったので、それはそれで冷や汗をかきそうだ。
私はそういえば、と思い一つの疑問を投げかける。
「レミオレッタ様はどうして平民区の中を? 貴族区から直接降りて行けるのでは?」
王都は王城を中心に、十字状の道が伸びている。その道は貴族区、総合区を抜け、王都の外壁まで続くものだ。長い道のりで坂にはなっているが、貴族区から学園に行くならその道を辿るだけで良いはずだ。わざわざ東の住宅地を経由すれば、さらに遠くなる。
そもそも、彼女と出会った時に感じた違和感がある。治安的な問題だ。一応住宅地は安全に保たれ、警邏の任につく騎士たちもよく見回りをしている。学園まで歩いている最中も二、三人見かけた程だ。
つまり貴族の女の子が一人で、しかもこんな大きな荷物を引きずりながらとなればリスクでしかない。
「お父様が、どうせなら平民の暮らしを少しでも見なさいって。荷物が思ってたよりも重くて、大変だったのは誤算かも」
レミオレッタの父、ということはレオンゴルド家の現当主だ。
「もし私の身を案じてくれてるなら、大丈夫。皆が“見てくれてる”から」
私はその言葉を聞き、周囲の建物を見回した。よく見れば人影が見える。しかも一人二人ではない。十数人ほどが取り囲むように建物の屋根、その影に潜んでいる。
彼女を守る、レオンゴルド家の者たちだろう。
レミオレッタは私の行動を見ると、ぱあっと表情を明るくし嬉しそうに手を叩く。
「わかるんだ! すごいね、フィリアちゃん」
「あ、いえ、多分これは……」
私は彼女に会い、その身分を知ってから周囲に気を配っていた。なにせ一人で居たのだ。何かあっても連れて逃げられるようにと思って細心の注意を払っていた。
だが、今の今まで何も感じなかったし、気が付かなかった。今は肌に突き刺さるような殺気と、確かめるような視線を感じる。
お前が何者かは知らないが、レミオレッタに何かあったら殺す。
わざとだ。わざと殺していた気配を表に出し、私に対して牽制している。
私は改めて、私の隣に居る者が何者なのかを実感する。
このままでは居心地が悪い。どうにかしてその殺気だけでもやめてもらえないだろうか。レミオレッタに言ったところで変わるだろうか。
そんなことを考えていると、私の中に一つ試したいことが浮かび上がってきた。
「ど、どうしたの……?」
隣のレミオレッタが驚いた顔で私を見る。当然だ。彼女からしたら私が、突然左腕を天に向かって突き出したように見えたからだ。
私の左手には師匠、つまり“剣帝”の使っていたブレスレットが着けられている。
「我が師の名に於いて、汝らが主人を傷付けぬ事を誓う」
そして私はなるべく全員に聞こえるよう、上に向かって言葉を投げかける。レミオレッタは固まっているが、気にしない。どうかこれで抑えてもらえないだろうか。
そう思っていると私への殺気が消えた。確かめるような視線と気配はまだあるが、幾分かマシだ。
ありがとうお師匠様、今度ミリ姉の料理を持って行きます。
そんな事を考えながら、私は腕を下ろし、深い息を吐く。
「フィリアちゃん、それ……」
目を丸くしたレミオレッタは、私の左手のブレスレットをまじまじと見る。
「もしかして我が師って、“剣帝”様?」
「はい。つい昨日ですが“剣帝”ジアッテ様より、弟子を名乗って良いと」
「じゃあやっぱりそのブレスレットの意匠、“剣帝”様の紋章なんだ!」
すごいすごい!と言いながら、彼女は私の左手を取り、ブレスレットを眺める。
確信は無かったが護衛たちとレミオレッタの反応を見るに、正しかったようだ。
ブレスレットの剣の意匠、これはジアを示す固有のものだったようだ。それによってある一定の信用は得られたのだと思う。だから殺気が消えたのだ。
「私、お父様から“剣帝”様のお話を聞いたことあるの! すごい人って聞いてて、フィリアちゃん、学園までで良いから“剣帝”様のこと教えて!」
興奮気味のレミオレッタが、私の左腕をグイグイと引きながら私にそう言った。その綺麗な碧眼がキラキラと輝いている。
なんとも感情の起伏が大きいことだ。リーシャというより、これはララ寄りの性格なのだろう。
私は苦笑しながら良いですよ、と言ってまた歩き始める。
さて、貴族のお嬢様が満足するような話ができるだろうか。少なくとも私にとってジアは、普段は優しげで稽古中は厳しい、ミリ姉の料理が好きなおじいさんといった印象しかない。
私は心の中で、あの状況から助けてくれたことに感謝をしながら、ジアとの日々を話し始めた。
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文中での時間経過の表現を少し変えました。他にも違和感のあるところは大きく表現を変えないようにしながら修正していきます。ご面倒おかけし申し訳ございません。




