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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
日常パート:性別転館の優雅な日々
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男だし

「そんな感じで杖の突いたお年寄りを見かけたんですけど、梓さんは見かけませんでしたか?」

「うーん、申し訳ないですが見てませんね」


 訓練室でストレス発散にパンチングマシンを繰り返したのち、私は談話室に向かった。どうしてもさっき見た老人が気になったからだ。

 杖が必要なほど足が悪いのであれば、用もないのに二階には行かないはず。おそらく性転換室に向かったのだろうと考え、真っ先に三階を覗いてみた――が、性転換室に予約は入っておらず当然中には誰もいなかった。というか、今日になってから性転換室を利用した人は誰もいないようだった。

 念のため装飾室も覗いてみたが、誰もおらず。ないとは思うが暇つぶしに本でも取りに行ったのかと考え、初日に結局訪れなかった図書室に行ってみた。

 図書室は名前の通り、小学校や中学校にある通りの、背丈より高い本棚が規則正しく並べられた部屋。一列ずつしっかり確認しつつ、さらに直結している情報室――この館で唯一外界の情報が得られるPCルーム――も覗いてみたが、こちらも先の老人含め誰もいなかった。

 ならばもう談話室しかないかと思いこちらを訪れたところ、部屋の中にいたのは梓さんとミスター・ヒエンの二人だけだった。

 二人とも特に会話をしていると言った様子ではなく、梓さんは優雅に読書を、ヒエンはコーヒー片手に遊戯室側でダーツに興じていた。

 ヒエンに声をかけるのは躊躇われたので、梓さんに杖を突いた老人を見なかったか聞いてみたのだが、見たことはないとの返事が返ってきたのだった。


「そうですね、可能性としては三つでしょうか」

「三つもですか?」

「はい。一つは単純に腰の曲がった若い宿泊客がいた。二つは人間でなくアンドロイドだった。三つはアンさんが秘密にしなければならない人物がこの館にいる。と言った感じです」

「ええと、一つ目は分かりますけど、二つ目と三つ目の意味がいまいちわからないんですが?」


 私が見た老人が人間でなくアンドロイドだった? どうしてそんな考えに至ったのか。それにアンが隠そうとしている人物がいるというのもよく分からない。この館に誰がいようとも、別に私にとやかく言う権利はないし理由はない。だからアンが隠す必要なんてないはずなのに。


「これは昨日から思っていたことなのですが、この館には最低でももう一体はロボットがいるんじゃないかと考えていまして」

「何でですか?」

「例えばこの部屋を見て、何か思い当たりませんか?」

「部屋?」


 言われるがままに見回してみるが、特にこれと言って思い浮かぶことはない。


「えーと、綺麗で整頓された部屋だなとしか」

「まさしくそこです。この館は綺麗すぎるんです」

「それが何か……って、ああ、お掃除ロボットがいるんじゃないかって話ですか?」

「はい。加えてこの館にはアンさんを始め最先端のアンドロイドもいますからね。人型のお掃除ロボットがいてもおかしくないのではと考えました」

「成る程……」


 確かに可能性としては零じゃない気もする。アンが掃除をしている様子はないし――というかほとんど仕事をしている様子がない。一体何の役割を与えられているのか?――掃除専用のロボットは別にいるのだろう。

 ……だけどあれがアンドロイドだったというのは、やっぱり納得しづらい。大体ただの掃除ロボットならアンがそう話していただろうし――いや、アンの性格を考えたらわざと黙っていても不思議じゃないか。

 何だかよく分からなくなり、私は思考を放棄した。


「それで、三つ目の隠さなければならない人物っていうのは?」

「あくまで例えですが、犯罪者とか、政治家、大企業の社長でしょうか」

「犯罪者はいたら確かに隠すだろうけど……、政治家や社長も?」

「はい。今の時代、性転換できることをポジティブに捉えて堂々とそれを主張する人もいますが、世論としてはまだまだ否定派も多くいます。実際かなり過激な思想団体もありますし、著名な人の多くはこの件に関しては極力中立な立場を取っている。ですがそうした中立的な立場の人の中にも、密かに性転換に興味を持っている人はいるかもしれません」

「そういう人がお忍びでこの館の中にいて、偶然私はそれを目撃してしまったと……」

「あくまで可能性の一つですが」


 この考えは一番ピンとくる。政治家や企業の社長ともなればそれなりに年もいってるだろうし、あの見た目であっても不自然ではない。それに今までの推測の中で、アンが嘘をついたことを最も合理的に説明できている。

 そう納得し、梓さんにお礼の言葉を言おうとした直後、


「ふふん、随分とぬるい推理じゃあないか」


 と、聞き耳を立てていたらしいヒエンがいちゃもんを付けてきた。


「ぬるいってどこが。私は凄く納得しましたけど」

「いーや、ぬるいとも。推理をするならありとあらゆる可能性を考えなくてはならない。たった三つ、それらしい推理を上げるのは二流のやることだ」


 聞くのもバカバカしいと思いつつ、他にどんな考えがあるのか気になり一応尋ねてみる。


「じゃあ一流のヒエンさんは、どんな考えをお持ちで?」

「そうだな。まず真っ先に挙げるのは、君が嘘をついている可能性だ」

「はあ? どうして私がそんな嘘をつかないといけないんですか」


 少しでも期待した私が馬鹿だった。こんな誰の得にもならない嘘をどうして私がつかなければならないのか。

 眉間にしわを寄せヒエンを睨みつけると、彼はおどけた様子で両手を上げた。


「理由なんて分かるはずがないだろう。重要なのは君が嘘をついている可能性があるということも、聞き手である僕らは考慮しなくてはならないということさ。可能性だけで言うなら君がこの館でこれから何かを画策しており、その布石として館に奇妙な人物がいると錯覚させようとしているとも考えられる」

「はあ。ヒエンさんは妄想力豊かですね」

「この程度当然のことさ。それから他にももっとシンプルな考えが――」


 私の皮肉にびくともせず、意気揚々と続きを話そうとするヒエン。しかしその直後、ガチャリと音を立て新たに人が入ってきた。

 やってきたのは一柳。今朝の印象からつい嫌な顔を浮かべてしまうも、それは私だけでなくヒエンも同様だったようで、険しい表情を浮かべ彼女を見つめていた。

 一柳も私たちの存在に気付くと少しだけ顔をしかめた。が、すぐに無表情に戻り適当な椅子に腰を下ろした。

 私とヒエンの顔を見て、梓さんが困惑した声で「こちらの方とお二人はお知り合いで?」と尋ねてくる。


「ええ、まあ。今朝食堂で会って少し話を……」

「……」


 もごもごと答える私の傍ら、ヒエンは黙したまま一柳に近づき、「何しに来た」と喧嘩腰で呼びかけた。


「何って、見て分からないかしら。読書よ」

「本なら自室で読めばいいだろう。ここは先に僕が利用していたんだが」

「だから何。別にあんたの部屋じゃないんだから関係ないでしょ」

「いいや関係あるさ。君がいると僕の気分が悪くなるんだ。だからここから出て行ってほしい」

「身勝手極まりない理由ね。私にそんないちゃもんを付けている暇があるならいい加減性転換装置を使ったらどうなの」

「え、ヒエンさんってまだ性転換してないんですか?」


 知らなかった情報が飛び出し、つい口を挟んでしまう。てっきり性転換してテンションが上がったが故に、きつい中二設定のキャラを演じてるのかと思っていた。

 一柳は切れ長の目を本から私に移すと、「そう、彼は性転換してないのよ」と頷いた。


「この性別転館は数年先まで予約が埋まっている貴重な施設。それぞれ理由は異なれど性別を変えたくて来ているというのに、彼は変える気がないそうよ」

「別に変える気がないわけじゃない。むしろそれを確かめるに来たと言っているだろ」

「どういう意味ですか?」


 ヒエンは前髪を指で払いながら、「要するに、僕が僕であることを僕自身が望んでいることを確かめるために来たんだよ」と、分かるようで分からないことをほざいた。


「えーと、この解釈であってるか微妙ですけど、性転換できる環境で、自分が性転換を選択せず今のままでいたいと思うか確かめるのが目的だった、的な感じですか?」

「まさしくその通り。自分を全く別の存在にできるチャンス。誰もが一度は夢見る状況に身を置いた上で、果たして僕は変身することを望むのか。今の僕がこの生き方にどれだけ満足しているかを確かめるために来たのさ」

「それって性転換する気がないということじゃ……?」

「なぜそう解釈するのか。もし満足していなければ性転換するつもりだったさ。まあ今のところ、性転換する気は全くないがね」

「ほらね。結局性転換しないらしいわよ」

「だからしないとは――」


 再びヒエンが一柳に突っかかる。

 この二人、それぞれ別方向にプライドが高いのが仇となりかなり相性が悪いようだ。

 私と梓さんは顔を見合わせると、お互い苦笑しつつそっとその場から離れた。

 それからしばらくは梓さんと遊戯室で遊び、少し遅めのお昼を一緒に食べた。

 昼食後、梓さんは情報室に行くとのことだったので、私は再び訓練室に。訓練室には馬酔さんがいたため、一、二時間一緒にトレーニングを。馬酔さんはすっかり男言葉に変わっており、昨日とは比べ物にならないほど男性っぽくなっていた――私と違い。

 馬酔さんは夕飯までトレーニングを続けるとのことだったので、私は一人で図書室に移動。何気に図書室をじっくり見るのは初のこと。アンが言っていた通り性別に纏わる雑誌、小説、論文、漫画、絵本、童話などありとあらゆる本が、国内国外もの問わず並べられていた。私はその中から背表紙に作家の名前が羅列してある漫画を数冊抜き取り、ついでに適当な雑誌を二冊持って、自室へと引き上げた。


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