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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
日常パート:性別転館の優雅な日々
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私だけに見える御老害

「うーん、ちょっとだけ体がバキバキする。男の体だからか、それとも慣れないベッドだからか、どっちだろ」


 性別転館二日目の朝。

 いつもより少し重たい体をベッドから起こし、大きく伸びをした。

 備え付けられた時計に目を向けると、午前九時。昨日はⅥ号室から6号室へと荷物を移動させた後、色々と部屋の中を物色していたため寝る時間が遅くなってしまった。因みに6号室はⅥ号室と基本同じつくりで、中にあるアイテムだけが異なっていた。


「興味深いものとか何に使うのかよく分からないものもあったから、色々試してみないと。取り敢えず髭剃りをしないとかな」


 女性に比べ男性は手入れする部分が少ない印象だが、唯一髭の手入れだけは男性特有のものだろう。洗面台には髭剃りの使い方が書かれた説明書も置いてあったし、などと思い洗面所の鏡を見るも、想像していたほど髭は生えてきておらず。

 見た目が中性的なだけあって、ホルモンも中性的な感じになっているんだろうか? 女性の時も、周りに比べて生理痛はそこまでだったし。


「男性になると性欲が強くなるみたいな話もあったけど、今のところ実感わかないしな。別に……タってないし」


 それにしても下半身にこれがついてるのを見ると不思議な気持ちになる。昨日トイレで何度か使用(?)したが、一度コツをつかんでしまえばそう難しくもなかった。


「後でエロ動画でも見てみようかな……どうなるのか気になるし」


 若干最低な予定を立てつつ、身支度を整える。それから、少し遅めの朝食を取りに食堂へと向かった。

 男性棟から食堂に向かうにはアンの前を通らなければならない。朝の頭が回っていない段階でアンと会話するのは面倒に思え、一方的に挨拶だけ投げかけ、駆け足で通り過ぎる。

 食堂に入ると、中にはクリームソーダを飲みつつ本を読んでいる、見知らぬ金髪ツインテールの女性がいた。

 黒と赤を基調とした中々派手目な格好だが、見た目のインパクトやスタイルの良さと相まってかなり様になっている。

 結局昨日この館で会ったのは四人ほど。急な欠員などなければあと三人はいるはずだから、彼女はその一人なのだろう。もしくは、梓さんの元の姿の可能性もあるか。


「えーと、初めまして?」

「初めまして。てか、なんで疑問形なわけ?」

「その、もしかしたら昨日会った人の性転換後の姿かなとも思ったから」

「ふーん」


 尋ねておきながら興味なさげな反応が返ってくる。

 梓さんとは違いかなり取っ付き難い人のようだ。それに、これは――


「さっきからじろじろ見てくるけど、何?」

「えーと、これから数日間一緒に過ごすわけだから、名前くらいは聞いておきたいなと。それから、どっちなのかなって」

一柳蘭いちやなぎらん。元男で今は性転換後の姿よ」

「元男……。あ、私は水仙葵です。元は女性で今は男性です」

「男性……? ふーん、まあいいけど」


 あまり会話を続ける気はないらしく、一柳さんは視線を私から外し、本へと戻した。

 無理に絡む必要性もないので、一旦朝食を頼もうと注文カウンターへ向かう。無難に焼き魚、みそ汁、納豆、ご飯、御漬物と、私の考える日本朝食セットを注文。席に着くことなくシェフロボットを眺めて料理ができるのを待つ。十分しないで出てきた料理の乗ったトレーを持ち、少し悩んだ末一柳さんのいるテーブルへ腰を落ち着けた。


「隣失礼します」

「……」


 こちらをちらりと見ただけで、特に歓迎も拒絶もされない。

 なら問題ないなと、いただきますを言ってから料理に箸をのばす。

 ある程度食べ終えたところで、不意に私は彼女に質問した。


「男性だったわりには、随分と様になっているというか、話し方に違和感ないですけど、ここに来る前から練習してたんですか?」


 金髪ツインテールという、男性であればまずやったことのないであろう髪形もそうだが、語尾や姿勢も、元から女性だったと言われても一切不自然さがない。

 梓さんのような例もあるわけだし、そこまでおかしなことではないと思うけれど、


 ――今回の被験者は変わった方が多いですね。


 アンの言葉が、ついフラッシュバックしてしまう。

 無視されるかなと思いつつ、ちらりと彼女に目を向ける。すると、こちらを見てこそこないものの、ちゃんと返事が返ってきた。


「してたわよ。まあイメトレ程度だけど」

「イメトレだけでそこまで身に付くの凄いですね。嫌じゃなければ、なんで女性になろうと思ったのかとか聞いてもいいですか?」

「大した話じゃないわ。私には独りで生きていくだけの能力がなかった。だから女性になろうと思ったの」

「うーんと、分かるようでわからないような、やっぱり分からないような」

「男が社会で成り上がるためには体力・知識・思考力・社交性・身映えの全てが必要になる。だけど女であればスタイルと見た目さえ良ければ簡単に成り上がれて楽でしょ。だから女性になろうと思ったの」

「……それ、全世界の女性を敵に回す発言って理解してます?」

「してないわね。だって事実だもの」

「……まあそう思うなら、それでやってみればいいんじゃないですか?」


 ふつふつと湧き上がる怒りを抑え込む。

 こういった考えを持っている男がいるのは分かっている。はっきり言って女のコミュニティや社会での見られ方を軽視し過ぎた発言で、舐め腐ってるとしか言えない。だけどそれをいくら伝えたところで、これまで男性として生き、女性をそうした目で見てきたこいつには分からないだろう。

 だから社会に戻ってから、理想と現実のギャップに苦しめられればいいと思う。ただ腹立たしいことに、一柳はかなり美人だ。それも単に地が良いだけでなく、メイクのレベルも高い。パッと見ただけで、そこまでおしゃれをしてこなかった私にも分かるほどに。

 悔しいが、彼女なら大した苦も無く成功者になってもおかしくない。そんな凄みも感じられた。


「……でも、運が良かったですね。性転換後の姿がスタイルの良い美人で。もしかしたらとんでもないブスになってたかもしれないのに」

「それなら元に戻すだけよ。取り得る選択肢の中で最も有効なのが性転換だったからそれを選んだだけ。まあ、私なら美人になるだろうとは思ってたし」


 強い。メンタルも口も。

 これ以上話していても私が疲れるだけな気がして、席を立つ。

 一応彼女に頭を下げてからトレーをカウンターに戻し、食堂を出た。

 さて、どこに行こうか。予想外にためてしまったストレスを発散すべく、訓練室で体を動かすのがいいかな。

 訓練室に向け歩き出す。今の精神状態でアンと会話するとさらに悪化しそうな気がして、できるだけアンを見ないように通路を歩く。

 しかしちらりと、横目で一瞬見た際に、少し気になる姿が目に映った。アンの後ろ、二階に繋がる階段を、杖を突いた腰の曲がった老人が歩いている。老人はすぐに二階へと上がってしまい、視界の中から消えてしまう。

 性転換を望むお年寄りも多くはないがいるのは知っている。だけど、杖を突いた老人というのはかなり珍しいのではなかろうか?


『どうかされましたか』


 いつまでも階段を見つめている私を不審に感じたのか、アンがジト目で見つめてくる。

 無駄に表情豊かだなと思うも、せっかくだしと聞いてみた。


「今回って、結構なおじいちゃんも参加してたんだね。階段上るのとか大変そうだし、手伝った方がいいんじゃない?」

『はて、今回の被験者に御老害はいませんが。性転換の副作用で幻覚でも見ましたか?』

「性転換の副作用に幻覚とかあるの? じゃなくて、今ちょうど階段を上ってた人のこと」

『申し訳ありません。居眠りをしていたので見過ごしたようです。ただ、現在この館に五十代以上の人類は一人もいないことは間違いありません』


 アンドロイドゆえの無機質な表情で、きっぱりと断言される。

 またからかわれているかと思いしばらく見つめてみるが、一向に言葉を取り消す気配はない。

 私はもやもやとした気分のまま、本来の目的通り訓練室で汗をかくことにした。


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