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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
日常パート:性別転館の優雅な日々
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不吉な予感

 雑談を交えつつゆっくり食事を終えた私たちは、その後二手に分かれた。

 私と馬酔さんはそれぞれ男になったことでどれだけ身体能力が上がったのか確認すべく、食堂の反対側にある訓練室へと移動。梓さんと小田巻さんは、もうしばらく食堂でゆっくりするとのことだった――因みにヒエンも食堂に残った。

 訓練室は、スポーツジムによくあるようなストレングスマシンやランニングマシン、ベンチプレスやダンベルといった筋力・体力を強化する機器を始めとし、ゲームセンターなんかで見かける握力マシンやパンチングマシン、他にも視力、聴力などを検査する機械が置かれていた。

 男になったことで、実際どれだけ身体能力が向上したのか。せっかくなら元の姿でも測定しておけば良かったと思いつつも、私たちはワクワクしながら一つずつチャレンジしていった。




「ふー、疲れたー」

「そうですね。でもとても楽しかったです!」

「いやまあ、馬酔さんほど強化されてればそりゃ楽しいでしょうね。私は微妙だったなあ」


 一通り訓練室を堪能した後、部屋の隅に置かれたベンチに座り私たちは一息ついていた。ベンチの横にはウォーターサーバーと紙コップが用意されていたため、互いに水を飲みながらゆったりと話をする。


「はい! 正直性転換後の私がこんな筋肉ムキムキの男性になるとは思ってなかったので、驚きもありますけど、今はすっごく楽しいです!」

「それは何よりだね。じゃあ馬酔さんはこのまま男性を選択する感じ?」

「うーん、どうでしょう? 確かに楽しいし、色々と便利な気もしますけど、流石に容姿が大きく変わり過ぎなのは気になりますね。この姿じゃあ、家族や仲の良かった友達とこれまでのように話せませんし」

「まあ、その問題はどうしても付きまとうよねー。こと人間関係は全てリセットする覚悟が必要かあ」

「ここに来ると決めた時点で理解してたことではあるんですけどね。でもいざ本当に性転換した後だと、改めて悩んじゃいます。あ、でも、水仙さんはその点あまり気にしなくてよいのでは? 女性の時と同じ顔のまま男性になれるなんて、ある意味理想的な性転換なんじゃ?」

「うぐ、私が気にしてる点をさらっと。そりゃあこの顔なら人間関係的には今までと変わらないだろうけど、その人間関係を変えるための方法として私は性転換を選んだの。だからこれは完全に失敗だよ」

「その顔で失敗って言われるのは少し心に来ますけど、まあ否定できる話ではないですね」

「そうそう。というか、馬酔さんはもし今の男の姿を望むんなら、話し方とか一人称とか、もっと意識して変えていった方が良くない? 今のうちから慣らしておかないと、家に帰ってから苦労するよ」


 さっきから何気なく話し続けているが、別に違和感を覚えていないわけではない。何せ筋肉ムキムキの大男が、野太い声のまま女性口調で話しているのだ。おネエ系だと思えばおかしくないのかもしれないが、本人がまだ自分のことを男だと認識できていないところが、その解釈すら妨げている。


「そうですね……。ちょっとずつ練習してみようと思います」


 どこまで本気なのか。あまり身の入っていない声が返ってくる。

 まあこれは馬酔さんの問題だ。私の方からとやかく言うことではない。それに人のことばかり言ってられない。私自身、男にするか女にするかまだ決め切れていないのだから。

 訓練室で色々と体を動かしてみた感じ、馬酔さんほど劇的に力が上がっていたりはしなかったが――馬酔さんはパンチングマシンで、男性平均100と書かれていたところ、150もの数値を叩きだしていた――、それでも男性平均の少し下程度までには上昇していた。それに肉体的に華奢なままだったのかが幸いしてか、柔軟性なんかもそこまで衰えていなかった――馬酔さんはかなりガチガチになっていて、体を動かしにくそうにしていた。

 とまあスペックだけで言うなら、女性時の完全上位互換になれたと言っても過言ではない。だから問題は、日常に戻った際に男性基準で色々と変えていかないといけないこと。そもそもの目的である中性的な見た目からの離別には失敗している以上、周りからの目は変わらないわけで、このメリットとデメリットのどちらを優先するのかだ。


 ――まあ、もうしばらく悩ませてもらいますか。


「さて、私はちょっと汗流したいし、そろそろ部屋に戻るけど、馬酔さんはどうする?」

「私、じゃなくて俺はもうちょっとここで体を動かすよ。せっかくだから、もっと限界まで体を追い込んでみたい」

「うん、そっか。じゃあまた明日」

「ああ」


 早速男性風の喋り方に変えてきた。

 性別が変わると性格も変わっていくというのは既に報告された話。馬酔さんのようにこうも男性的な体になれば、きっとその影響も大きいのだろう。私が心配するまでもなく、あっさりと男口調に慣れていくかもしれない。

 私は軽く手を振ってから、訓練室を出る。そしてⅥ号室へと足を向けた。


『性転換後も容姿が変わらないとは、ウケますね』

「あ?」


 訓練室からⅥ号室に行くには性悪口悪アンドロイドであるアンの前を通る必要がある。というか食堂に行った時と、食堂から訓練室に移動したときもアンの前を通り過ぎたのだが、その時は特に口を開かなかった。

 こちらから話しかけない限り、基本的に喋らない仕様なのかと思っていたのだが――どうやら勘違いだったらしい。


「何か今無礼なことを言われた気がしたんだけど、気のせいかな」

『はい。間違いなく気のせいですね。私は単に、あなたの容姿が性転換前と後で全く変わっていないことを笑っただけですから』

「いや無礼度120%じゃん! ていうかアンドロイドのくせに人の容姿で笑うとかどうなの?」

『おや、アンドロイド差別ですか。これは日本アンドロイド保護協会に訴えを出さないといけませんね』

「いやそんなもんないでしょ! 適当なこと言わないで!」


 どういうわけかアンは私に対しては妙に辛辣(雑?)になるらしい。梓さんにそれとなくアンの性格の悪さを言ったら「そうでしょうか? 私には礼儀正しかったと思いますが」と言われたし。

 しばらくの間アンドロイドと口喧嘩をするという謎の時間を繰り広げた後、ふと我に返り「もういいよ!」と別れ際のカップルのような態度でⅥ号室へと向きなおった。しかしその直後――


『ところで、今回の被験者は変わった方が多いですね』


 アンが急に真剣な声音で、意味深なことを呟いた。


「被験者って言葉がまず気になるけど、変わった人って? もしかして私のこと?」

『違います。プライバシーの点から名前はお控えしますが、数名、いまだに性転換を行っていない方がいるからです』


 私は首を傾げて尋ねる。 


「それ、そんなに変なの? 来たはいいけど怖気づいてるだけじゃない?」

『単に怖気づいて性転換しない臆病者は確かにいました。しかし今回は、明確な意図をもって性転換装置を使用していないようなのです。性別転館に来たにも関わらず』

「明確な意図って、どうしてそんなこと分かるの?」

『それは私が超優秀なアンドロイドだからです』


 聞いた私が馬鹿だった。


『別に信じないのならそれはそれで構いません。私には何の不利益もありませんから』

「はいはい。じゃあなんで私に教えてくれたわけ」

『からかい甲斐があるなと感じたからです』

「真剣に聞いた私が馬鹿だった。じゃあ私、もう行くから」


 今度こそⅥ号室に向け歩みを再開する。そんな私の背に、無機質な声で、


『お気を付けください。今回の集まり、何かが起きるかもしれません』


 不吉な言葉が送られる。

 一瞬足を止めかけるも、どうせ遊ばれているだけだと思い直し、振り向くことなくその場を後にした。

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